サンプリング2022 〜SPLICE問題とこれから

 昨今のヒップホップにおいてサンプリングが再注目されています。しかもこれまで主流とされてきたサンプリング手法とは少し違って聴こえるところがある。その辺りを制作手法と新興サービス、それにまつわる諸問題に分けて個人的に整理しつつ、主としてビートメイクや音楽制作におけるこれからの展望を考えてみようと思います。

サンプリング黎明期 - スタンダードな手法

 サンプリングおよびヒップホップの史実などは他の優れた文献をご参考いただくとして、そもそものサンプリングを簡単に言ってしまえば、

  • 誰も知らないレコード、まだ有名になっていない楽曲の再発見

  • 敬愛する楽曲の一部をサウンドツールとして使う

  • 新しいグルーヴとして再構築する

  • リリックやボーカルそのものを自身の楽曲のアイデンティティとして組み込む

と言ったことが挙げられます。これらは守らなければならないルールというより、クールなビートを組むためにこのような選別基準が暗黙のうちに出来上がったと言え、これらが変わらずずっと続いているわけではありません。サンプリングが発見されてしばらくの間はネタがバレないことがドープだと言われた時期もあり、反対にDiddy率いるバッドボーイ・レコードの出現によって誰もが知る大ネタのサンプリングが人気を博したこともあります。コアなところで言うと80年代、90年代、そして00年代と、時代によって細かく手法が変化していることも忘れてはいけません。上記の基本を踏まえつつ、時代ごとに少し変わった手法も流行として取り入れられたというのが適切な解釈のように私は思います。

近年のサンプリングスタイル

 ここ4、5年のタームでの話ですが、前出のような往年のやり方に加えて、少し変わったサンプリングの手法も取り入れられ、かつそういった楽曲がヒットに繋がる事例も増えてきています。

 最近の実例をいくつか挙げると、

 Lauryn Hill の“Ex Factor”をサンプリングしています。具体的にはリフレインするボーカルの音程を上げてループしています。 1998年にリリースされたヒップホップR&Bヒット曲を使って、サンプリング元の楽曲の持つ意味合いも含めて新しい楽曲の世界観を再構築しています。極端なくらい音程を上げてサンプリングする手法自体はKanye West “Thru The Wire”辺りが初期のポピュラーな曲ではないでしょうか。2000年代前半に流行した方法です。 

Bruno Mars の“24K Magic”を音程を上げ、さらに逆回転させてサンプリングしています。この楽曲は2016年に発表されていて、比較的近年のヒップホップR&Bヒット曲を加工して使った好例だと思います。楽曲のもつ世界観、アイデンティティも含めてサンプリングしているのはDrakeに共通する点です。

Playa FlyJust “Awaken”1999年のボーカルフレーズとShaken+Brook Benton “You were gone”のループをメインに使用した楽曲です。こちらは二つ以上の異なる楽曲をサンプリングするという往年のルールに準拠していますが、特徴として00年代の比較的新しい作品をサンプリングしている点があげられます。

Brandy & Monica “The Boys Mine”をサンプリングしつつ、曲の内容も原曲を踏襲しつつ、カバーの括りとしても捉えられるような楽曲です。Drakeのサンプリング元であるEx-Factorと同じ1998年リリースの楽曲で、Drakeと同じように見えますが、2020年ごろまでの数年間はR&B業界で90年代R&Bの再構築というムーブメントが起こった特殊な時期でした(*この風潮を把握できる参考プレイリスト)。それだけ90年代に良質なR&Bが量産されていたということでもあります。もう少し言うならば00年代も同じ流れが続いたので、これからサンプリングネタを探すのには良い時代設定かもしれません。

 このように何がどこから始まった、と正確に指摘することは出来ないものの、流行りやムーブメントとして緩やかに推移するサンプリング手法の変化が見てとれます。

制作手法として

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