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六丁の娘 第三章【総集版】

「おう四郎左しろうざたちばな辻子の方の修築はどうかね」
 そう声をかけてきたのは、振売ふりうりの魚屋だった。小袖の諸肌を脱ぎ、皺くちゃの平礼ひれ烏帽子を傾けている。
 進は曲尺かねじゃくを肩にかけ、玄翁げんのうを片手に、かんなのみを入れた革袋を背負っていた。
「昨日の昼には終わったよ」
「ほう、仕事が早いね。あそこは転法輪てんぼうりんの三条さんのお屋敷やったかな」
「そう。ご隠居と、まだ若いご当代がいたな。ちょうど将棋仲間が集まってて、何くれとなく手伝ってくれたよ」
「ご隠居は、元大臣と言ったかのう」
「うん」
「あそこはお屋敷と言っても、中門ちゅうもんひさしもなくて、母屋一つきりやな」
「それはまあ、ここではみんなそうだから」
 進は屈託なく笑うと、小さく一つ頭を下げて帰り路を急いだ。
 町筋には老若男女が溢れ、肌を接するばかりだ。棟上げしたばかりの骨組みが、空のあちこちに仰がれる。壁の木肌も、犬矢来いぬやらいの竹もまだ新しく、近くを通れば爽やかな香りが鼻をくすぐった。
 洛中でもこの六丁の賑わいは、格別に活気がある。滅びたものの中から新しいものが甦ってくる、そういう時だけの活気だ。
 今やその端くれでいられることを、進はこの上ない喜びに感じた。

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