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女豹の恩讐『死闘!兄と妹。禁断のシュートマッチ』(64)優しさと非情さのせめぎ合い。

鮮やかに決まった麻美の右ストレートでリングを這う龍太。
麻美はここで一気にマウントになり勝負を決めてしまおうと考えたが、何か不気味なものを兄に感じる。
急ぎすぎると必ず落とし穴がある。兄はそんな甘い相手ではない。

龍太が倒れた瞬間をテレビで観ていた佐知子は、両手で顔を覆い悲鳴を上げそうになった。
正視出来る出来るわけがない。
このまま龍太が立ち上がらないことを一瞬祈ってしまう。こんな残酷な試合早く終わらせてほしいから。

(でも、それじゃあまりにも龍太がかわいそう。変なこと思ってごめん)

麻美はリングを這っている兄を見下ろしながら、強烈なサッカーボールキックを見舞った。そして、何度も何度も兄の身体を何の躊躇もなく残酷な目で蹴り上げ踏みつけた。

「麻美! やめなさい!」

佐知子はテレビに向かって叫んだ。
妹が兄を蹴り上げるなんて、なんてひどいことを。。。 私の息子が私の娘に蹴り上げられている。

佐知子はテレビを消した。

龍太は麻美のパンチに一瞬意識が飛びそうになったが、まともには入らなかったようだ。それでも、気が付くと妹が自分を冷たい目で蹴り上げている。

(このままではレフェリーに試合を止められTKO負けだ...)

龍太は蹴り上げられながらも、必死にその脚を掴まえようとした。

麻美が龍太に馬乗りになった。
そして、冷酷に直角に拳を振り落としてきた。一発目が入り龍太は口の中を切った。血の混じった唾を吐いた。

佐知子は気を取り直してテレビを再び点ける。どんなに辛くてもふたりの試合を最後まで見届けることが母親の責任と考えたからだ。
すると、娘が息子に馬乗りになってパンチを振り落とす画面が目に入った。

(私の子どもたち、、こ、こんなの耐えられないわ。なぜ、こんなことまでして、兄と妹が戦う必要があるの? 天国の源太郎もきっと悲しんでるわ)

龍太は麻美からマウントからのパンチを受けながらもそれは想定していた。
巧みにガードすると、振り落とされた腕をキャッチした。それを引っ張り込み両足で麻美の首と肩をロック。下からの三角絞めである。

(実況)

「開始早々凄い攻防になっています。一時はあっけなくASAMIのKO勝ちかと思われましたが、今度は堂島龍太が三角絞めで反撃です、、ああ、これはガッチリ極っているようだぞ! ASAMI が逆にピンチになっています」

ふたりの試合を見ている今井宗平は、麻美の右ストレートが決まるとそのまま決着がついてしまうと思った。
龍太にとっては残酷な結果になると複雑な気持ちになりかけたが、その後のサッカーボールキック、マウントパンチを食らっても龍太は耐えている。
並の格闘家ならそこで失神しているはずだ。龍太は逆に三角絞めで逆襲。

(龍太は相当身体を鍛えてきたな。この打たれ強さはゾンビのようだ)

ギリギリギリ...

龍太の三角絞めが深く入り始める。
普通ならここで極められるだろう。
しかし、それは相手が男子の場合であって、女子には女子の男子と違う肉体的特徴がある。特にNLFSの科学的トレーニングは、女子の身体構造を活かしたもので男子側の常識は通用しない。

(男とは違う生き物、とくに麻美はその特徴が顕著だ。捉えどころがない)

兄の三角絞めをを受けている麻美は、
その剛力に焦りを感じていた。
(やはり、兄はつよい...)
冷静さを失いながらも、麻美はこの状態から逃れることに頭を巡らす。
でも、何か妙な違和感がある。

(兄は自分では本気のつもりでも、無意識のためらいがある。この試合には絶対負けないと本気で勝ちにきている。でも、そんな甘いものじゃない。私は違う!勝つために兄を破壊するつもりでいるの。その結果殺してしまうかもしれない。そうじゃないと勝てない。兄は妹である私にそんな気持ちにはなれない? そんな気持ちじゃ私に勝てないわよ。この試合は兄と妹の関係を捨てたシュートマッチ! 死闘なのよ)

龍太の三角絞めは長続きしない。
ジワジワとその柔軟性と弾力のある肉体を駆使しまるで知恵の輪を外すように麻美は脱出した。龍太は逃れようとする麻美を捕まえると抑え込んだ。
柔道vs女子アマレスのグラウンドの攻防がしばらく続いた。
体重とパワーに勝る龍太が麻美の上になって、その身体をコントロール?しているように見えるが、麻美も下からのチャンスを虎視眈々と狙っている。

龍太はダン嶋原の言葉を思い出す。

(麻美ちゃんは相手の隙をちょっとでも見つけると、その首筋にガブリと牙を立てる女豹だ)

龍太は自分が上になって攻めながらも下になっている妹に怖さを感じる。
そのまましばらく膠着状態。

スタンドになったのは1ラウンドも終盤になったころ、そこで龍太は強烈なローキック、麻美も負けじと蹴り返してくる。そしてパンチの打ち合い。
どちらも堂島源太郎の子であり本質的にはストライカー同士なのだ。

龍太の右フックが必死にガードする麻美の顎をとらえるが浅いようだ。
しかし、そのままコーナーに追い詰めると龍太のラッシュが始まった。

麻美はダウン寸前か? そこで第一ラウンド終了のゴングに救われた。

コーナーに向かうとき、麻美は兄に目を向けニヤッと笑った。

(お兄ちゃん、やっぱりためらいがあるようね? 次のラウンドは本気に、、否、怖い目に遭わせて死にものぐるいにさせてあげるからね)

ふぅ~~!

第一ラウンドは終了した。
ふたりの攻防をテレビで観ていた佐知子は大きくため息をついた。

こんな試合早く終わってほしい。

佐知子は兄の龍太が、自分の可愛い妹を打撃でKOするか失神させるところは見たくない。それ以上に妹にKOされたり失神させられるところは想像もしたくない。そんなことを思うということは、心のどこかで麻美が勝つと思っているのかもしれない。

否、違う。
古い考えかもしれないが、龍太の男としての兄としての立場を思えば、負けた時の彼の気持ちを思うとやりきれないのだ。出来ることならば、このままふたりとも大きなダメージを負わずに判定で龍太に勝ってほしい。
麻美は女の子なんだから、この試合のあとは普通の女の子に戻ってほしい。

それが母の願い。

(明日の元旦はお雑煮食べて、みんなで御節料理を突こうね...)

今井宗平は佐知子が会場に来ないので代わりに岩崎と共にいた。
岩崎は今井と同じジムで、主にグラップリングのトレーナーをしている。
彼はかつて、NOZOMIとの対戦が決まった堂島源太郎が最初に相談した人物であり(雌蛇の罠、その2その3参照)、
今井と共にNOZOMI戦での源太郎のセコンドにも就いた。

龍太、麻美の継父という立場になった今井は、この試合に向けて龍太だけ指導するわけにはいかない。
岩崎は密かに龍太の元へ出向き指導アドバイスしてきた経緯がある。

「岩崎さん、今日のふたりはどうですか? 今のところは五分五分だが。龍太はアナタの指導もあり急激に強くなっている。驚くほどです」

「うん。格闘家としての龍太は親父(源太郎)を遥かに超えてるよ。でも、この試合、、物理的には龍太だが、勝つのはどっちか分からない。きっと、魂と魂の戦い、、もっと言えば、優しさと非情さのせめぎ合いになる」

「優しさと非情さのせめぎ合い?」

(実況)

「この兄と妹との試合に、場内は異様なムードが漂っております。血を分けた兄妹がこんなに殴り合っていいものなのか? 第二ラウンドのゴングです」

ゴングが鳴り向き合ったと同時。

麻美が遠距離から飛び掛かるような超低空高速タックルが龍太の足元へ。

警戒してはいたが、それは意外すぎて龍太は防ぎ切れない。
麻美は兄の足首を取るとあっという間にテイクダウンを奪う。

(まずい!)

龍太は逃れようとするが女豹のような速さで麻美は襲いかかってきた。
仰向けの兄に飛び乗るとマウントになったと同時に兄の顔面に拳を垂直に振り落とした。

「あさみ、、、なんてことするの...」

佐知子がテレビの前で叫んだ。

つづく。

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