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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(13)曖昧な性の境界線。

大会当日。

植松拓哉は鳩中敦(アツシ)とリングサイドの並び席で一緒に観戦することになった。
待ち合わせの会場前に着くと、アツシの姉である薫、NLFS代表榊枝美樹と共に彼はいた。スリムなデニムパンツに薄赤色のニットセーターにブルゾンを引っ掛け、メンズともレディースともつかない出で立ち。

「植松さん、今日は弟をよろしくお願いします。大会が終わったら迎えに来ますのでそれまでご迷惑かけます…」

姉の言葉に「分かりました」と答えると、植松はアツシに目を向けた。アツシはあの魔性の笑みを返し「よろしくお願いします」と頭を下げた。
席についても植松は妙にソワソワしている自分に困惑。無口でシャイな彼は自分の娘であるアカネとも上手く話すことが出来ない。なのに、何を考えているか分からない15才の少年とどう接していいのか?

「アカネさんはおじさんの娘でしょ?きっと勝つから大丈夫だよ…」

緊張している植松を見て、それはこれから戦う自分の娘を心配してのことだと思ったのか?アツシは植松にそう気遣う。

第一試合が始まる前だった。
植松のところに思わぬ人物がやってくると声をかけられた。

「植松さん、お久しぶりです。何年ぶりかしら? 一度お会いしてお話ししたかったのだけど、、アカネさん調子良さそうよ… 」

「ああ! これはこれは山吹さん。私は見ての通り無愛想な男ですから、、、」

それから二人は数分雑談した。
こうやって面と向かって話すのは初めてのことであった。
話が一段落すると、のぞみがアツシを “誰かしら?” という目で見ている。

「この少年はNLFSの鳩中薫さんの弟さんでアツシ君です。ちょっとした縁があって今日は一緒にこうやって観戦なんです」

「ああ、薫の、、、。では、私も席に戻りますので又。ご迷惑でなかったら私はお正月明けまで日本に滞在しますので、一度アカネさんも交えてお食事でも…」

そう言い残すとのぞみは席に戻った。

「今の人がNLFSの経営者でNOZOMIさんですよね? すごくきれいな女の人…。昔、おじさんに勝ったって信じられない」

植松は無神経な少年に苦笑した。

のぞみは久しぶりに見た植松の佇まい、その雰囲気に違和感を覚えた。最初はいきなり現れたのぞみに驚いたのだと思った。彼はずっとのぞみとの面会を避けていたので気まずさがあったのかと、、、。
でも違う! のぞみは彼の隣にいた少年が気になった。最初目にした時は少女だと思ったがすぐに少年であると見抜いた。

“ あの少年は私と同じ匂いがする…”

山吹望は所謂バイである。
彼女は格闘技の世界から身を引くとファッション関係のビジネスを始めた。一貫するテーマは「ジェンダー・レス」である。
その世界では、あのアツシという少年のように性の境界線が曖昧な者は多い。

しかし、あの少年は悪魔的魔性がある。

“ あの真面目一筋の植松拓哉さんが、あの少年に誘惑されたら骨抜きにされる”

のぞみはそういうことに敏感なのだ。

第一試合が始まった。

この大会は全10試合が行われるが、メインにはプロボクシング元世界フェザー、スーパーフェザー2階級王者であった宍戸拳児がキックボクシング界のスーパースター熊沢アキラを相手にキックボクシングルールで戦うというもので注目されている。
9試合目準メインでは、MMA全米女子王者オリヴィア・ニコルソンにNLFSの植松あかね(AKANE)が挑む世界最強女子決定戦。
それからNLFS期待の若手白木志乃と、植松拓哉の秘蔵っ子潮崎三四郎の試合は第6試合に組み込まれていた。植松にとっては自分の娘と愛弟子がリングに上がるのでクールな彼とて緊張の色は隠せない。

大会は第一試合から盛り上がり場内は大いに湧いていた。
そして、前半の5試合を終えると、いよいよ次は 潮崎三四郎 vs 白木志乃。

「次はおじさんの弟子潮崎さんと、お姉ちゃん(鳩中薫)がいるNLFSの白木さんの試合だね。おじさんは潮崎さんを応援するだろうけど、どっちも頑張れ!」

アツシはそう言うと、植松の方に身を寄せその肩に頭を預けた。

“うわ! この少年は何をしたいのだ?”

いくら子どもとはいえ15才の少年がまるで恋人のように男の肩に頭を乗せるなんて、、
植松は「何をするんだ!」とそれを振り払おうとするが身体が動かない。大の男がこんな少年にムキになって拒絶するのも不自然で大人げない。植松はここにアツシ少年と一緒にいるだけでドキドキしていた。自分の心にブレーキを掛けているのにこんなふたりの身体が密着すればどうしていいか分からない。植松は身体を寄せてきた少年なんか、気にもしていないというふりをするしかなかった。

リング上では入場を終えた男と女が相対していた。潮崎三四郎は柔道着ではなく黒のハーフパンツ。ここは畳の上ではなくMMAのリングであるという意思表示。白木志乃はNLFSカラー真紅のワンピース水着。
この試合は60㎏以下契約。計量では潮崎三四郎 168cm59.5㎏  白木志乃 169cm 58㎏であった。身体の大きさは同程度だが筋肉質の男子としなやかな女子で対照的だ。

白木志乃はまだ17才高校2年女子である。しかし、一年前16才でデビューすると男子選手を連続撃破。その圧倒的戦闘センスに「天才」との呼び声も高い。NLFS内でも先輩の角川聖子、久住琴を超え桜井ツインズに迫る勢い。NLFS次期エースになるのも時間の問題と思われていた。本人もその自覚はあり上昇志向も強い。そんな時に現れたのが植松あかねであり、志乃はあかねの実力に “絶対勝てない!” と舌を巻いた。
それでも、あかね23才、自分はまだ17才でいつかは超えたいという目標になった。
“相手の潮崎さんは高校柔道日本一?それでも絶対勝って波乱を起こしてやる!”
強い気持ちで志乃はリングに上がった。

潮崎三四郎は今年の高校柔道60㎏級で全国優勝を果たした。彼は小1から柔道を習い、
小4からは植松拓哉のもとで総合格闘技も併行して練習してきた。しかし、中学卒業すると植松から「高校三年間は柔道に専念してみろ」と言われ、その結果日本一になれたのは感謝している。「次はオリンピックを目指せ!」とも言われたが、その前に経験を積む意味でMMAでの舞台で戦いたい。それは柔道にも必ず役立つはずだ。
” 相手は自分より一つ年下の高2の女子だ。自分は高校柔道日本一で、小1から12年間の格闘技キャリア、彼女はまだ5年もない。そんな女の子に負けたらオリンピックの夢は諦める覚悟でここに立っているんだ“

男と女。
絶対に勝つ! どちらも強い気持ちでゴングの音を聞いた。だが、試合は濃厚ながら実にあっけない結末となる。

三四郎はやや前傾姿勢ながら柔道流のゆったりした構え。志乃は低い構えでアマレス流に近いか? 隙の見えない三四郎の構えに志乃はその前後左右、時にはフェイントをかけながら飛び込もうとする。
一旦後ろに下がったと見えた志乃がそこからすかさず三四郎の足元に飛び込む。意外な間合いからの低空タックルに三四郎はそれを防ぎ切れない。志乃が三四郎からテイクダウンを奪ったかと思われたが、三四郎は志乃に覆い被さるように抑え込んだ。

身体ごと覆い被された志乃は身動きが出来ない。上から絞め上げられるが、女子特有の身体の柔らかさでそれ以上の危険な体勢は赦さない。志乃は下から腕を伸ばすと三四郎の足を取った。それは足首に及びそれを捻った。ギリギリギリ、、、まるでテコの原理を応用したような巧みな足関節に三四郎は悲鳴を上げそうになり抑え込んでいる志乃の身体を放しそうになる。柔道に足関節は禁止されている。並の柔道家ならここでタップしているだろう。
しかし、三四郎は柔道と併行して植松拓哉の元でMMAのトレーニングもしてきたので完全には極めさせない。志乃は三四郎のフィジカルの強さに、三四郎は志乃の柔らかさに戸惑いながらも次の攻防を頭に描く。

三四郎は徐々に身体をずらし足関節から逃げようとするが志乃も放さない。しかし、
ジワジワ男女の体力差が出てきたのか?気が付くと三四郎は志乃の首を取った。それはグラウンド状態でのフロントチョークの形になり、その剛力、激痛に志乃は三四郎の足首を放してしまった。
グググッ、、、志乃は持ち前の柔軟さでそれから逃れようとするが三四郎は赦さない。
“絶対諦めない…” それでも志乃は気が遠くなりそうな自分を感じた。

リング下、志乃のセコンドに就いているシルヴィア滝田がここでタオルを投げた。

1ラウンド 1分57秒。 潮崎三四郎がTKOで白木志乃を下した。
勝ち名乗りを受けている三四郎の横で、負けん気の強い志乃が「まだ極まっていません。私はまだ出来る!」と、抗議しているがシルヴィアはそれを宥めている。
シルヴィアにしてみれば、将来NLFSを背負って立つスクール期待の星を潰されたくなかったので仕方ない判断なのだ。

「おじさん、潮崎さんが勝ったね。でも
白木さんもかっこ良かったよね?」

植松拓哉は女子相手の戸惑いから三四郎は苦戦することはあっても最後には必ず勝つと信じていた。試合は三四郎の圧勝に見えたかもしれないが、下からの足首関節は極めて危険だった。ウエマツジムでは自分がNOZOMIに敗れた経験から 対 NLFS女子ファイター対策も指導してきた成果かもしれないが、やはりあそこの女子選手は油断ならない。恐るべきNOZOMIの遺伝子。


その後、第7試合、第8試合を終えるといよいよ準メインの世界最強女子決定戦だ。
まず、AKANEこと植松あかねの入場。
タキシードにシルクハット。その全身黒ずくめの衣装は宝塚歌劇団男役を思わせる。花道の途中でシルクハットを放り投げるとショートカットの黒髪が凛々しい。

「おじさん、アカネさんの番だね。女の子なのにまるで王子様みたいでかっこいい。ドキドキしてきちゃった」

アツシはそう言うと、植松の肩に乗せていた頭を胸に、右手は腰にまわしてきた。まるで抱き合っているような状態だ。植松はどうしていいか? パニック状態。それでもアカネがリングインすると、それに集中しようと自分に言い聞かせた。

オリヴィア・ニコルソンの入場。
こちらは金髪の髪をなびかせ、ゴージャスなガウンを纏って入場。全米女子王者の風格は凄い。パーフェクト女王。

「私は男子と戦うNLFSスタイルを否定しています。何故、女が男と戦う必要が? それは、騎馬で戦車に挑むようなもの。女子には女子の良さがあるのよ。それに、対男子に特化したNLFS流スキルは案外女子には通用しないかもよ。女王蜂? 本物の女王の恐さをAKANEは知ることになる 」

オリヴィアは来日すると記者を前に、そう自信満々に語っていた。

ゴングは鳴った。

植松拓哉の胸にアツシが顔を埋めた。


つづく。





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