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『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』 (31)妹が俺を倒しに来る。

レスリング流反り投げから、飛び膝蹴りで天才キックボクサー・ダン嶋原を倒した麻美は勝ち名乗りを受けている。そこへ、半失神状態でしばらく立ち上がれなかった嶋原がフラフラと起き上がるとセコンドに支えられながらやってきた。

「麻美ちゃんは強いな。完敗だよ…」

「そ、そんなこと、、たまたま今日は運良く勝てただけ。嶋原さんは強いです」

嶋原はそんな慰め言われたくはなかった。自分は男なのだ、女の子相手に運がどうとか、、そんなことは関係ない。麻美ちゃんは好きだけど残っているのは屈辱だけ…。
現役最後の姿が女子にKO負けだなんて、自分の格闘技人生とは何だったのか? この時嶋原は引退を決意していた。麻美にハグをすると、ニヤッと笑いリングを降りた。もう普段の優しいダンお兄ちゃんの目に戻っていると麻美は思った。

数日後、ダン嶋原は堂島家を訪問した。
義理がある堂島源太郎の仏前に、「あなたの愛する娘さんと、死力を尽くして戦うことが出来ました。成長した麻美ちゃんを褒めてやって下さい」と、報告。
嶋原は麻美に目を向けると、顔をしかめながら母佐知子に向かって頭を下げた。
「大切な娘さんの、こんな可愛い顔を痣だらけにして申し訳ない…」

NOZOMIは、龍太vsシルヴィア、麻美vs嶋原のことを振り返っていた。
正直、堂島兄妹ふたりは苦戦必至と思っていた。その格闘家としての才能は認めてはいたが、兄の相手はNLFS No.2のシルヴィア滝田であり、妹は不世出のキックボクサー、ダン嶋原なのだ。そんな相手に、ふたりとも勝利するなんて想定外だった。

“ 堂島源太郎さんの子どもたち、、その宿命のリベンジマッチを真剣に考えなければならない時期のようね。そして、どちらかの挑戦を受ける責任が私にはある…”

どちらかの? そこで、NOZOMIはある妙案が頭に思い浮かんだ。しかし、それはとても残酷なものだった。

シルヴィア滝田を下した龍太はMMA70㎏以下級王者植松拓哉への挑戦権を得た。シルヴィア戦から一年後の大晦日での大会に向けて交渉中だが、植松のことを調べれば調べる程とてつもない相手だと知ることになった。パウンド・フォー・パウンド、絶対王者の彼は未だ不敗であり、龍太戦など通過点に過ぎず、その先は本場米国にわたり世界王者ドナルド・ニコルソンに挑戦するという野望を持っていた。

「植松は本当に強い! お前が目標にしているNOZOMIなんか問題にならない…」

龍太は継父である今井トレーナーにそう言われた。龍太自身も、まだ20歳になったばかりでキャリアのない自分が勝てる相手でないことは分かっていた。無謀な挑戦をして敗れれば、NOZOMIに父のリベンジを果たすという夢はかなわないかもしれない。それでも逃げる訳にはいかない。

その春に、NLFS主催の格闘技大会があり龍太も麻美も参加。龍太にとっては植松戦の前哨戦になる筈だ。
“ 植松さんに勝てば、必ずNOZOMIさんは俺の挑戦を受ける…。その前にこの相手を倒さなければならない”
龍太の相手はNOZOMI、シルヴィアに次ぐNLFS第三の女?雌蛇の遺伝子奥村美沙子。
美沙子のねちっこい密着攻撃に苦戦を強いられたが龍太は落ち着いていた。最後はマウントから数発殴打すると、美沙子側セコンドからタオルが投げ込まれた。

麻美の相手も厄介だ。あのシルヴィア滝田と1勝1敗の酒井篤。
酒井はMMA70㎏以下級で、65以下級の麻美とは約7㎏も重い。彼は70以下級では植松拓哉、シルヴィア滝田、そのシルヴィアに勝利した龍太に次ぐ実力者と目され、一回り以上小さい女子である麻美にとっては容易ならざる相手。キックボクサーである嶋原より、この総合ルールでは手強いと思われる。しかし、麻美は覚醒していた。
嶋原戦の経験が大きかったのか? あの時より打撃が格段に進歩。組んでも離れても酒井を圧倒していたが、ウェート差が大きいせいか後半になると圧される場面が目立ってきた。それでも最後は酒井の背後に回ると腰をクラッチ。そのまま、嶋原を葬ったように高速反り投げが決まると、立ち上がったところを滅多打ち。恐るべき女豹!酒井はそのまま白目を剥いて昏倒。

この、龍太 vs 奥村美沙子、麻美 vs  酒井篤の模様は、本編『女豹の恩讐』(58)戦い終わって、、ダン・嶋原の笑顔。にあります。

試合後。
龍太、麻美が、一人ずつNOZOMIの元に呼ばれる。まずは龍太に向かって言った。

「年末の植松拓哉さんへの挑戦権、私に譲ってほしい。アナタには他の格闘家と戦ってほしいのだけどどうかしら? それで勝った方が来年の大会で私と戦うの。来年の年末格闘技大会で私は引退するから…」

龍太にとっては願ってもないこと。植松拓哉と戦いたい気持ちもあるが、NOZOMIと戦うために今まで頑張ってきたのだ。でも誰とNOZOMIへの挑戦権をかけて戦うのだろうか? イヤな予感がした。

次に呼ばれたのは麻美。

「アナタの実力は既に、シルヴィアや美沙子を遥かに超えたと思う。そろそろ、私も挑戦を受けてもいい頃と考えている。そこでどうかしら? 今年の年末格闘技戦で私への挑戦権を賭けて、ある格闘家と戦ってほしいのだけど…」

麻美にはそれが何を意味しているのか分かっていた。NLFSの道場で、毎日のようにNOZOMIと接しているのだから考えていることは大体分かる。こんな日が来ることを想像しては複雑な気分だった。

「はい!分かりました」

数日後だった。
マスコミを通してある発表があった。NOZOMIが今年の年末格闘技戦で、植松拓哉への挑戦を宣言。そして、来年の年末格闘技戦を最後に引退したい。

NOZOMIの発表のあとにマイクを握ったのはASAMIこと堂島麻美である。

「NOZOMさんへの挑戦権を賭けて、私は兄堂島龍太へ挑戦することを決意しました。勝った方が、来年の格闘技戦でNOZOMIさんと戦うことになります。これは、子どもの頃からの、私と兄の夢であります…」

それをテレビを通じて観ていた堂島龍太の顔色が青ざめた。龍太、麻美の母である佐知子は自分の目を疑った。

血を分けた実の兄と妹が、非情なるシュートマッチというリングで拳を交えるなんて絶対あってはならないこと。。。

佐知子は龍太に目をやった。
龍太は黙っている。

次回更新は来週の予定。

つづく。

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