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新作 『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』(1)女が男に挑むということ。

前作『雌蛇の罠&女豹の恩讐を振り返る』(33話)は『雌蛇の罠』(20話)『女豹の恩讐』(72話)を振り返ったものでしたが、此処からはその続編的新作になります。途中で挫折するかもしれませんが、興味あれば、今まで同様読んで頂ければ嬉しく思います。

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『Genderless 雌蛇&女豹の遺伝子』

総合格闘技界絶対王者パウンド・フォー・パウンド氷点下の男との異名を持つ植松拓哉に、雌蛇NOZOMIが挑んだ試合は、堂島兄妹(龍太、麻美)による禁断のシュートマッチ後に行われた。日本MMA界最強の男に女子が挑戦するなんて異常事態である。普通なら誰しもNOZOMIに勝ち目はないと思うだろう。あんな危険な男と女を戦わせるなんて人道的に許されるのだろうか?  この試合にはそんな批判も少なくはなかった。しかし、彼女は多くの大物男子格闘家を倒してきたのだ。何が起こるか分からない…。 そんな期待と不安の中でゴングは打ち鳴らされたのだ。

NOZOMIはリングに向かう途中でも、この前の試合でASAMIが兄である龍太を頭からリングに叩きつけた時の不自然で危険な角度の残像が頭から離れなかった。堂島龍太は意識のないまま担架で運ばれ病院に搬送されたようだ。

“あの試合は私が仕組んだもの。父である源太郎さんに続いて、御子息である龍太君にまで何かあったら、、、。私はあの家族に顔向けできない。どうか、無事でいて… ”

NOZOMIはそんな思いを残したまま、打ち鳴らされたゴングの音を聞いた。

植松拓哉はこの試合に臨むにあたって腹を立てていた。“ 何故、オレが女と戦わなければならないのだ?”  本当はこの試合、堂島龍太という、まだ少年の面影を残した若手と対戦するはずだった。彼は植松への挑戦権をかけシルヴィア滝田という女子選手と戦いその権利を得た。万一、女子であるシルヴィアという選手が勝っていたら植松は女と戦わなければならなかった。それでもその戦力分析をすると必ず堂島龍太が勝ち上がってくると確信していた。
その通りにはなったが、それがどうだろうか? 堂島龍太はその権利をこの目の前にいるNOZOMIという女に譲ってしまった。植松は女と戦うことに難色を示したが、諸々の事情で受けざる得なくなった。

「自分は女子とリングで拳を交えることは本意ではない! 女が男に真剣勝負を挑むということはどういうことなのか? 彼女は身を持って知ることになる。そして自分の愚かな挑戦を後悔することになる…」

無口でパフォーマンス嫌いな植松は、対戦相手に対し挑発的な口を叩くことはない。余程、腹に据えかねていたのだろう。

植松とNOZOMI。
お互い低い体勢から相手の出方を窺う。ファーストコンタクトは手四つの形だ。
植松は女子とは試合は勿論のこと、練習さえしたことがない。こうして実際肌を合わせてみると力を吸収されるような妙な感覚がする。男子とは明らかに違う。

“ 柔らかいな、、これが、NOZOMI云うところの女子が男子より優れている別種の肉体的特徴、長所なのだろうか?”

手四つの形を外すと植松は軽くジャブを放ってみた。それをNOZOMIは見事に躱す。
続いて前へ出ると右ストレート、左右フックと拳を振るった。
想像した通りだった。この女の反射神経は尋常ではない。それでも組み付くとコーナーに追い込んだ。そのまま首を抑え込むと腰に乗せ首投げ。袈裟固めの体勢に持ち込んだ。並の相手ならばそのまま固めてタップを奪えるだろう。
しかし、植松は異な感覚に陥っていた。このまま固め技で極めてしまおうと力を込めれば込めるほど、この異常に柔らかい女の肉体はそれに合わせてシュルっと逃れてしまうような感覚。どう仕留めようか?考えていると、彼女の長い手足がシュルシュルと伸縮しては植松の身体に密着する。

しばらくグラウンドでの攻防が続く。
上になって相手の身体を支配しているのは植松の方だが攻めあぐねている。NLFS流の女子による女子の身体的特徴を活かした格闘技スキル、その戦法は流石の植松も経験したことがない。それに、女の肉体は男とは全然違う。間合いとリズムも全然違う。これに多くの男子格闘家は惑わされてきたのか?  捉えどころがない。

“ オレは女子と戦うことは本意ではないが、こうして決まったからには、例え相手が兎でも全力を尽くす。その為にNLFS女子選手のビデオを見て研究してきた。それでも、こうして実際に肌を合わせてみると想像していたのとは全然違う。同じ人間であっても男と女とは全然違う生き物。否、別種の生物か、、、 これが雌蛇なのか?”

上になってNOZOMIの身体をコントロールしつつも、固め技だけで極めるのは難しいと判断した植松は馬乗りからのマウントパンチの体勢に持っていこうとする。

“ オレは渡瀬耕作さんとは違う。渡瀬さんはマウントからのパンチを女の顔に叩き込むことを放棄した。それが苦戦した最大の理由だ。この女だって、男に挑戦してきたからにはそれだけの覚悟があるはずだ。残酷だがオレは躊躇しない ”

しかし、その体勢に持っていこうとするとNOZOMIの柔らかく長い手足がシュルシュルと障害になってそれを赦さない。逆に密着され巻き付かれてしまうかもしれない。植松拓哉は寝技で極めることを一旦諦めると素早く立ち上がった。

立ち上がった植松の足元に、まだ仰向けのNOZOMIの長い脚がシュッと伸びてきた。足を引っ掛けようとしたのだが、植松は軽快なフットワークでそれを避けた。彼にとってそれは想定内。NLFS女子選手の研究をしてきた成果だろう。NOZOMIはマットに尻を付けたまま両脚を植松に向ける。ガードポジションを狙っているのだが、植松はそれに付き合わない。立ち上がって来い!のおいでおいでポーズ。
再びスタンディングの攻防になると、植松はボクシングの構え。対するNOZOMIはムエタイの構えになった。NOZOMIの格闘技バックボーンは柔術とムエタイ、植松拓哉はボクシングとグレコローマンレスリングである。どちらも、それをバックボーンに
総合格闘技に特化した自分流のスキルを磨き上げてきたのだ。

しばらく打撃戦になったが、体力に勝る植松の猛攻が続く。NOZOMIはその強打を防ぐので精一杯のようだ。
“これが男と女、体力の差なのか?” 
 植松の緻密な圧力に冷静なNOZOMIが弱気になりかけている。

試合前の計量では、植松拓哉 176cm 69.5㎏
NOZOMI 182cm 63.5㎏であった。身長こそNOZOMIが6cm高いがなんせ細く、体重は逆に6㎏も軽い。この試合は70㎏以下級男子王者に、65㎏以下級NOZOMIが男女の壁と階級の壁を超え挑んだもの。打撃戦でもグラウンドでの攻防でも明らかに体力の差がジワジワ出てきたようである。

ドスッ!

ロープに追い込んだ植松の右がNOZOMIのボディを貫いた。NOZOMIは今まで見せたことのないような苦痛の表情を浮かべる。
ボクシングでも、アマ時代全日本準優勝の経験がある植松のボディーを喰らえば、普通ならマットの上でのたうち回っているはずなのだが、NOZOMIは動体視力が優れており、動物的カンと反射神経で被弾する瞬間に微妙に身体をずらしているのか?苦痛の表情ながら片膝を付いただけだ。

そこへ冷酷な表情の植松がNOZOMIに覆い被さると首を取った。それをグイッと引き寄せるとフロントチョークだ。

極まった!
誰しもがそう思ったところで第1ラウンド終了のゴングが打ち鳴らされた。

呆然とした表情で植松はNOZOMIの首を解放した。NOZOMIは四つん這いになった。
28戦全勝。その殆どがKOかタップアウトで相手を沈めてきた(判定に持ちこまれたのは3度だけ)植松。この12戦は連続して1RKO決着をつけてきた。無表情な氷点下の男が信じられないといった表情。

彼はこの試合、1RKO予告していたのだ。


1Rを終えて、植松の猛攻を防ぐだけで殆ど何も出来なかったNOZOMIは、弱気になりそうな自分と戦っていた。

“ 強い! 2R以降、どうやって戦っていけばいいの? 無差別級元王者だった渡瀬耕作さんも恐かったけど、彼は女子との試合に本気を出していいのか?戸惑っていた。そういう点で隙があった。それに比べ植松さんは迷いがない。殺気がある”

NOZOMIは心底恐怖を感じていた。
まだ1Rの5分間を終えたばかりなのに、既にNOZOMIの肉体は悲鳴を上げていた。

第2ラウンドに入っても植松拓哉の圧力は凄まじかった。スタンディングからのパンチがNOZOMIの顔面を襲う。NOZOMIもローキックを返そうとするが、ガンガン前に出てくる植松はその距離を取らせない。時折グレコローマンレスリング仕込みのリフティングでNOZOMIの身体を持ち上げると、女の身体を無慈悲にマットへ叩き付ける。
うつ伏せに倒れているNOZOMIの背後から植松の筋肉質な腕が伸びてくるとスリーパーホールドの形になった。植松の猛攻をその雌蛇と形容される身体の柔軟性で防ぐのに精一杯で何も出来ないNOZOMI。

もはや、これまでなのか?

どんな技を仕掛けられても蛇のようにシュルシュルと、または頭脳的に知恵の輪を外すように抜け出してきたNOZOMIだが、植松のチョークは力だけではなく技もある。
NOZOMIは意識が遠くなりかけていた。

日頃、“ 格闘技ジェンダーレス” を世に訴えてきたNOZOMIであるが、そんな彼女とて
それは無理があるとは思っていた。
NOZOMIが追求してきた女子による女子のための革新的格闘技スキルに、最初は男子格闘家も戸惑うだろう。しかし、必ず近い将来それを覚えられる時が来る。そうなったら男子には勝てない…。

“ 今まで私がやってきたことは、格闘技の世界でも「女だって男に対抗できる!」と、世に一石を投じることは出来たかもしれないがそれは幻想だったの?”

NOZOMIは植松に首を絞められ、薄れゆく意識の中でそんなことを考えていた。

違う! 幻想なんかじゃない。

第2ラウンドの残り時間も一分も過ぎた頃、
レフェリーがNOZOMIの顔を覗き込んでいる。このままでは試合を止められと思ったNOZOMIは必死に植松のチョークから逃れようとする。蛇のようにニュルニュルと抵抗し、完全には極めさせない。

そこで第2ラウンド終了のゴング。

NOZOMIの顔は痣だらけである。もう、心身ともに限界が近付いていた。

次の最終ラウンドで私の格闘技人生すべてを賭けこの最強の男を絶対倒す。
逆に倒されるかもしれないが、そんなリスクを負ってでも私はやってやる。
延長戦はない! 次で私は燃え尽きる。。。

つづく。



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