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【短編小説】キラキラ、ぜんぶ。

 金色の折り紙、おもちゃのゆびわ、ケーキの上のアラザン。小さい頃からずっと、キラキラしたものが好きだ。ジルスチュアートのリップ、ビジュー付きチョーカー、ヴィヴィアンのピアス。
 いわゆる「地雷系」と呼ばれるファッションを身に纏って、夜の街を歩く。世間は二日後に来たるクリスマス・イブに向けて浮かれまくっている。ルナはそれが嫌いじゃなかった。街は大きなツリーやイルミネーションでこれでもかというほどキラキラしていて、唯一の友人であるニチカとの待ち合わせに赴く足も軽やかだ。街の大型ディスプレイでは連続バラバラ事件なんて物騒なニュースが流れているが、立ち止まる者はいない。シャンパンゴールドの電飾によって、みんな特別気分に浸るのに忙しいのだ。

 井の頭線西口、渋谷マークシティの入口。いたいた。小学生のときから変わらずよくわからないニチカのファッション。良く言えば個性的、悪く言えば超ダサい。その色にその色? とツッコむのはもう諦めた。どんな服を着ていようとも、ルナはニチカの内面が好きだったから。

「ニチカ! ごめん、待った?」
「ううん、全然……あー! ルナちゃん、また短いスカート履いてる! もう、こんなに寒いのに」
「しょーがないじゃん、可愛いんだもん」

 ニチカの履いている、数年前に流行ったデザインのガウチョパンツが揺れている。そのカーテンのようなゆらめきに隠れて、男物の靴がこちらを向いている。そして知らない男が、優しげに話しかけてきた。

「女の子らしい格好だけど、脚、冷えちゃいそうだね」
「……ニチカ、行こっ」
「ま、まってルナちゃん!」

 ただでさえナンパの多い渋谷で、地雷系の女といかにも免疫なさそうなおぼこ女。こういう輩には、見えないフリが定石だ。
 ニチカの野暮ったいアウターの袖を引いて歩き出そうとすると、想定外の静止の声に驚く。

「あのね、この人は……!」



「彼氏ィィ?」

 二名で予約してあった個室居酒屋は、寛大にも三人目──ニチカの彼氏も「ごゆっくりどうぞー!」と受け入れた。席は最大四人掛けだったので問題はないが、こちらの気持ちとしては問題大アリである。

「ルナちゃんごめんね、駅でたまたま会っちゃって、今から友達と会うからってちゃんと言ったんだけど、聞かなくて……」
「だってニチカの友達だろ? 見てみたいと思ってさ」
「……」

 ならもう見ただろ、帰れよ。そう言おうとして飲み込んだ。唯一の友達の彼氏を無碍に扱えるほどの胆力はない。
 ただ、言ってやりたいことは山ほどある。どうせクリスマス前に焦っていけそうな女狙ったんだろ? とか、いかにも処女厨っぽい顔面してるよな、とか。私のほうがニチカのこと好きなのに、とか。

 座席の関係で、視界に入ってくる男がただただ煩わしい。それに比べてニチカは綺麗だ。いくらダサい服に身を包まれようとも、心の清らかさを写し出すその透き通った瞳はとてもキラキラしていて、そこがずっと好き。
 それが今はどうだ。私の、私だけのキラキラが、どこの馬の骨とも知らない奴に向けられている。

「ルナちゃん、だっけ。ニチカと仲良くしてくれてありがとうね。ニチカ、意外と人見知りするからさ」

 何目線だよ。あと別に意外でもねーよ。

「でも、こういう感じの子が友達っていうのはちょっとビックリだな。ルナちゃんの彼氏さんも、なんていうの、そういう、ビジュアル系? なの?」

 あーあ、早く帰りたい。

 彼氏なんていない。でも、彼氏を連れてきたニチカが羨ましいわけじゃない。
 これは強がりではなく、ルナの本心だった。じゃあ、何が気に食わないんだろう? ニチカに彼氏の存在を隠されていたこと? 店内にかかっているクリスマスっぽいBGMのボリュームが大きすぎること? いきなりちゃん付けで呼ばれたこと? ……多分、どれもちがう。
 きらっ。店の照明に反射して、ニチカの彼氏の胸元でポールスミスのネックレスが光った。

……ああ、わかった! キラキラが足りないんだ。キラキラのニチカの隣に、平凡で、どこにでもいるようなポッと出の男がいるのが私をこんな気持ちにさせるんだ! 
 私の世界に入るものはキラキラじゃないといけない。時間をかけてキレイに巻いたハーフツインも、黒にシルバーのパーツが輝くネイルも、大好きな友達の彼氏も!
 そうとわかったら話は早い。んー、見た目は普通、じゃあ中身だ。ニチカの隣にいるんでしょ? じゃあほら、内側から滲み出るような、太陽みたいなキラキラを。見せて、見せて、見せて!



「あはは、あはっ……はーあ。ニチカの彼氏の中身……全ッ然きらきらじゃなかったや」

 ──渋谷区の路上で男子大学生が殺害された事件で、……──犯行の手口から、これまでの事件と同一犯の疑いが強いとみて捜査を──……

 いよいよ明日はクリスマス・イブ。街のロマンチックさは昨日より一層強まって、心なしかカップルの割合が高い気がする。そんな中で、もちろん誰一人としてモニターを見上げる者はいない。 
 大画面の中で淡々とニュースを読み上げているアナウンサーも、明日はケーキを食べるのだろうか。

「あーあ、クリスマスって最高!」


作者 : イ九

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