収斂3 

騒がしい。 それに動きづらい。寒い。

「帰りたい……」
「またそんなこと言って」

彼女は呆れるが、事実を並べただけだ。

大体、頼んでもいないのにこんな重苦しい着物を引っ張り出してきたのだから、もう少し控えめな態度であるべきだ。

「おまけに衣装の借料まで取られるなんて」
「し、仕方ないでしょ……私もあんまりお金持ってなくて……」
「貰ってないわけじゃないでしょ」
「困っている人をみたらつい……」

ミコトの善意からなる浪費癖には、未だに共感できない。

「そう言うと思って今日は僕の奢りだよ、2人とも」

駄々を捏ねているところに現れたのは、いつもの隊服に防寒具を重ねたツバメだった。
その手には2人分の手袋やら上着やらの防寒具を抱えている。

「本当に? あ、それより見てください。レジィにも似合っていると思いませんか?」

ミコトは奢りへの喜びもそこそこに、こちらの背をぐいと押し出して彼の方へ見せた。

「驚いたな……本当に着たのかい?」
「抵抗したよ」
「あはは、そっか! でも似合っているよ」


ツバメはこちらの格好を見ると、意外そうにして笑った。 着物というらしいが、可動域も狭い上に、案外風が通って冬の夜には寒い。
こんな格好で皆好んで出かけていくのだから、年明けというのは不思議でならない。

「本当に、写真を取れないのがもったいないわ。そうよ、1度鏡の前に立ちましょう」

いつになく楽しそうな彼女は、あれよあれよという間に姿見のところへこちらを引っ張って行く。 俺にとって、新年なんていうのは忘れた誕生日の代わりに歳を数えるだけの日だ。軍の奴らのことは知らないが、辺鄙な村では珍しいことでもない。

「面倒くさいなぁ〜って顔だね」
「実際そういう気分」


「……正直僕も、こういうお祝いには意味なんてないと思うよ。少なくとも僕らには必要ない」
「意外だな。ツバメもそういうこと言うんだ」
「最近は君の親近感さえ持っているよ……ほら、前に言っていたでしょ、『意味のあることばかりするのは辛い』ってさ」
「そうだっけ」

正直覚えていない。

彼はこちらの肩へ上着を引っ掛けて、白い息を吐きながら星空を見上げた。

「思えば去年、君が来てから僕らは変わったと思うんだ」
「悪かったね」
「否定はしないでおくよ。確かに良くないことも悲しいこともあった。でも同時に、その出来事は全部大事な意味があった……」

ツバメが続きを言おうとしたところで、白い息をかき分けるように声がする。


「二人とも、早く行きましょ〜!」


いつの間にか先を行っていたミコトがこちらへ振り返り、大きく手を振っている。 彼女あんなに騒いでいる様子は滅多に見たことがない。

「どうする? もう少し僕の話を聞くかい?」
「……いや、行こう。そっちの気が変わったら困る」
「うん、じゃあ行こうか」


――数えること十八。


軍営の中を進んでいくと、寒空の下にもかかわらず大勢の人でにぎわっていた。

部隊のだし物なのか、それとも仲のいい隊員同士が趣味でやっているのか、それぞれが小さな屋台を構えて団子や餅を振舞っているようだ。

「そういえば、レジィは何が食べたい? 特に希望が無いなら、せっかくだしお餅でも買おうかと思っているんだけど」

行事なんてその実、殆どの人が由緒なんて忘れて道楽の口実にしているだけで……何の意味もない。

それに今は戦争中……のんきなものだ。

食べるものか……そうだな——。

「……じゃあ」

「おう、そこの二人! ちょいとひとつ噺でも聞いていかねぇかい!」

ツバメの問いに答えようとした丁度その時、よこからやけに大きな声で呼び止められた。

きな粉みたいな色の服に、橙色の頭をして調子のよさそうな男は、手に持った棒でバシバシとちゃぶ台を叩く。

「ねぇ、だれ」
「ああ、ガラさんだよ。三番隊の副隊長。時間がある時は、ああやって噺家みたいなことをしているんだ。聴いていくかい?」
「いや……」

声の大きい奴は苦手だ。

しかし、ここは三番隊か……。


「ツバメ、餅はやめよう。」
「え?」
「おにぎり、多分この辺りにある」
「そ、そっか……分かった」
「じゃ、俺はここで待ってるから」
「ねぇレジィ、今日はなんだか楽しそうじゃない?」
「そう見える?」
「……少しね。じゃ、待っててよ」


暫くすると「おまたせ」と言って、二人分のおにぎりを持ったツバメが戻って来た。

「……ってな話があったとかなかったとか!! これが世に言う『正月天神参り』でぇ~ございやす!!」

「でもよぉ~ガラさん! うちの『天神』は酔い潰れちまってるみてぇだぜ?」
「アハ、アハハ! お酒こえぇ~お酒こえぇ~ッ!!」


気付けば周りには、ガラさんの話を聞きに来た人がどっと集まっていた。

しかし話が終わると、徐々に人混みは散り散りになっていった。

「いた~! 二人とも、何処へ行ってたんですか?!」

すると、そう言えばはぐれてそのままだったミコトがどこからともなく駆け寄ってきた。

「何処って、ここで少し噺を聞いてただけ」
「そんな~、先に言ってくれたら私も一緒に……」
「さっさと一人で走っていったのはそっちでしょ」

先走ったことを指摘された彼女は「ぅ」と言葉を詰まらせてそっぽを向いた。

「じゃ、俺は戻るね」

「え~、折角着付けたのに」
「まぁまぁ、人ごみに居て疲れたんだよ」
「そ、それは……仕方ないですね……」

「二人は?」

興味はなかった、が、自然と尋ねてしまった。

「私はまだツバメに奢ってもらっていませんから、あっちの桃色のお餅を食べます」
「……という事だから、あはは……」

「そっか」

「ねぇ、レジィ」
「ん」
「何だか変わったね。また」
「そう見える?」

今度のツバメは何も答えなかった。


一人隊舎に戻り、重い着物を脱いで寝転がった。

その後はよく覚えていない。


ただ、翌朝に着物を脱ぎ捨てたままだったことをこっぴどく叱られた。


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