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「カミ様ヘルプ!お父さんに会えた日」

地球温暖化のせいで、世界中から紙と言う物がなくなり、十数年たちました。
先ずはトイレットペーパーがなくなり、紙おむつもなくなり、本もなくなりました。
今では、紙と言う物は、国立の博物館に残されている物のみです。
キャッシュレス化から始まり、今ではお札が貴重なものになりました。
全てのお金の流れはwebです。
皆タブレット端末、スマホ、PCを数台使いこなして、もちろん、本も電子書籍です。
 
今年の春、小五になったマリモは、ため息をつきました。
「図書館って、いうところに行ってみたいな。」
お母さんは、タブレット端末のファッション誌を見ながら、退屈そうに答えました。
「タブレット電子書籍、今は無料で読める時代。わざわざ時間使って、行くところではないわよ。」
「でも、転校生のミズキちゃんは、毎月図書館に行っているんだって。」
 マリモは、むきになって言いました。
「図書カードも見せてもらったの。なんと紙でできているのよ。」
「紙?お母さんが若い頃見たきりね。ミズキちゃん、お金持ちなのね。いいわ、行きたかったら行ってらっしゃい。」
 マリモは嬉しそうに、はしゃぎました。お母さんは、あいかわらず退屈そうに聞きました。
「で、いつ行くの?」
「今度の日曜日!」
 お母さんは、「日曜日、マリモは図書館」、とスマホのスケジュールに入れました。
「新しい服がいるわね。ネットショップで買っておくわ。」

 マリモは図書館に行けるのは嬉しいけれど、お母さんの、
「何でもwebで!」
というのが、大嫌いです。webよりも、もっと大切なものがある気がします。
「だから、お父さんは出て行ったのかな?」
 マリモは自分の部屋で、つぶやきました。

 マリモのお父さんは、画家の卵でした。やっと作品が売れ始める頃、紙やキャンバスが買えず、お母さんは、
「webで描けばいいじゃない。」
と、今までの作品をオークションで売り、このマンションを買いました。
 マリモが三歳になった頃、お父さんは「絵を描いてくる」と言って、帰って来なくなりました。
 マリモが図書館に行きたい理由は、お父さんの紙で出来た画集が見たかったのです。紙の質感に触れてみたかったのです。
 ミズキちゃんは、図書館に行くと、開館時間から閉館時間までいるそうです。
 今、「モモ」と言う物語に夢中になっているそうです。その話を聞いていると、
「マリモも図書館に行きたい!」
と、毎回毎回言うので、ミズキちゃんも誘ってくれました。
「しかし、楽しみだな……。」
 いつの間にか、眠りにつくマリモでした。

 日曜日になりました。
 ミズキちゃんと図書館に行く日です。空も晴れて、マリモはお母さんが買ったワンピースをいやいや着ていきました。ピンクでお母さんは、かわいいと思うかもしれないけれど、フリルやリボンが付き過ぎて、着心地が悪いのです。
 バス停で待ち合わせたミズキちゃんは、空色のTシャツにGパンです。
「行こっか!」
「うん!」
 ミズキちゃんは、サンドイッチを作ったそうです。チーズとトマトと卵のサンドです。
「もちろん、マリモちゃんのもあるよ。」
「うぁー嬉しいなー!」
 国立図書館前で降りた二人は、スキップするようにドアまで行きました。木でできた、重厚なドアに驚きました。
ミズキちゃんは、マリモの分も、仮の図書カードを用意してくれていました。そのカードは紙です。それがないと、入館出来ません。
 今や本は、重要文化財になっているため、貸し出しは出来ないのです。
 受付で、ミズキちゃんは、顔認識で入りました。マリモは仮の図書カードで、顔を登録し無事に入館できました。

 図書館内は、森の薫りがしました。紙は樹木から作られているからだ、と図書館のしおりで前もって読んで知っていました。
 ミズキちゃんは、「モモ」の続きを読もうと探しに行きました。
 今まで読んだ所は、時間泥棒をやっつける所です。ミズキちゃんは、吸い込まれるように集中して、読破しました。
 マリモも読んでみました。初めての紙の本です。ページをめくるたび、森の薫りです。
―これが紙の本と言うものか?―
 マリモは感動して叫びそうになったけれど、図書館は静かにしなくてはいけないと、しおりで読んだので、黙って読みました。
 二人は、時間を忘れて、本に夢中になりました。
 ミズキちゃんは、江戸川乱歩の「少年探偵団シリーズ」を読み始めました。
マリモも「かいけつゾロリ」を読み始めました。
この本たちは、もうボロボロで破れそうです。
―お母さんならこんなボロボロ読むなと、怒るだろうなぁ。―

 中庭でサンドイッチを食べて、マリモは聞きました。
「ねぇねぇ、ミズキちゃん。見たい画集があるの。お父さんの画集なんだけれど、どうやって検索したらいいの?」
「司書さんに聞いたらいいよ。」
 ミズキちゃんに言われた通り、司書さんに聞いてみました。だけれど、お父さんのペンネーム「yotarou」で探してもらいましたが、司書さんが、小さな声で「あっ!」と叫びました。
「この画家さん、新しい絵本を出されましたよ。今日入荷しました。だけれど。」
「えっ?」
「ほら、この絵本、『マリモ』だけれど、これを描き上げてから亡くなったらしいのです。」

 マリモは驚いて目を見開きました。涙で溢れる目で、絵本を開きました。
内容はマリモが生まれてきたことや、お風呂で溺れかけたことや、自転車でこけたことなのです。マリモがどんなにも、お父さんに愛されていたことが、よく伝わったのです。
遺言で、webではなく紙の絵本にしてくださいとのことで、お母さんの耳に入ってこなかったのです。
最後に、あとがきで書かれていました。
「妻にマリモを産んでくれてありがとう。いつかマリモに読まれることを祈っています。」
ミズキちゃんは、励ましてくれました。
「良かったね。でも、哀しいね。元気出してまた来ようね。」
司書さんは、マリモに仮のカードではなくて、本カードを用意してくれました。
「わぁ!紙のカードだ!ありがとうございます!」

これで、お父さんにいつでも会えます。

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