スクラム開発が辛い、という話


導入

スクラム開発をどうすればうまく回せるのか、という記事は大量にありますが、スクラムそのものに対する問題提起をしている記事はあまり見かけないので、実際にスクラムチームに入ってみて、難しいと感じた愚痴を並べ立てていきたいと思います。

スクラムチームという難題

スクラム開発というものがありますが、この体制は人を選ぶ開発体制なのではないか、という話です。

スクラムは1986年に日本の竹内弘高氏と野中郁次郎氏によって初めて提唱され、その後1990年代に西洋で広まりました。スクラムの基本的な枠組みは、チームの自律性と自己組織化を重視するものです​。

スクラム開発が初めて提唱された1986年は、バブル経済の真っただ中で、いわゆる「モーレツ社員」と呼ばれる働き方が主流だったようです。(その後のバブル崩壊でモーレツ社員という働き方は徐々になくなっていったそうです)

当時の価値観として企業や組織に忠誠を誓い、みんなで頑張れば成長でき、個人も組織も成功できる、という価値観があったのではないか、そして、その時の価値観がスクラムチームにも少なからず取り込まれているのではないか、と実際にスクラムに参加して思いました。

みんなでやればなんとかできる! 高い情熱を持って積極的に仕事をしよう!

というのが、スクラムチームの根底に流れている思想なのではないか、と感じています。

しかし、30年以上前の考え方が現代に通用するのかというと疑問があります。
組織の在り方を考えるうえで、ここ30年で何が変わったかというと、ビッグファイブ理論が完成したことが大きいと思います。

ビックファイブ理論の完成

ビッグファイブ理論は、1950年代後半から1980年代にかけて研究が進められた性格理論で、人間の性格は次の5つのパラメータで説明できるよ、という理論です。

外向性 (Extraversion): 社交的でエネルギッシュな特性。
協調性 (Agreeableness): 他者への共感や協力的な態度。
誠実性 (Conscientiousness): 目標志向で組織的な特性。
神経症傾向 (Neuroticism): 感情の不安定さやストレスに対する感受性。
開放性 (Openness): 新しい経験への関心や創造性。

そして、この理論はSNSの台頭により、とんでもない精度を誇るようになっていきます。

2016年のアメリカ大統領選で、この理論と、SNSを利用して集めたビッグデータを利用して支持層を予測し、宣伝を行うことで、トランプ氏の支持率を数パーセント増やすことに成功したというデータが公開されました。これは心理操作としてビッグファイブ理論が驚くべき効果を発揮した例です。この理論によって、人間の性格をほぼ完全に説明できると注目されるようになりました。

ここまで来ると、この理論で「人」をある程度説明できるようになります。
ビッグファイブ理論の五因子は、先に述べたように外向性、協調性、神経質傾向、(経験への)開放性、誠実性で、この五つのパラメーターで人間の性格を説明できるということがトランプ大統領選で示唆されました。

ビッグファイブ理論では、SNSの「いいね」の数を200集めることで、その人の性格を配偶者や恋人よりも把握できるという話もあります。

詳しい話は橘玲さん著の「スピリチュアルズ 「わたし」の謎 (幻冬舎文庫)」という本に書かれてあります。

また、ビックファイブ理論の本は「パ-ソナリティを科学する: 特性5因子であなたがわかる」というダニエル・ネトルさんの書かれた本が分かりやすくて面白いです。

ビックファイブとスクラム開発

もちろん環境や個人に差があり、絶対にそうだ、というわけではありませんが、ビックファイブをもとにスクラム開発体制を考察すると、おおむね次のようなことが言えるのではないでしょうか。

内向的な人

スクラムをビッグファイブ理論的に考えると、オープンなコミュニケーションが必要なので、外向性は必須です。
むしろ、内向的な人がスクラムに参加すると、内向的な性格の洞察力や発想の自由さが阻害されます。
内向的な人は静かな環境でこそ集中力を発揮するため、作業中や仕事をしている時は一人の環境が必要です。
というのも、内向的な人は外部からの刺激に敏感で、レモン汁を舌の上に乗せただけで外交的な人よりも唾液が多く出るという実験結果もあり、神経系の反応が外向的な人に比べて敏感であることが示唆されています。
つまり、「気の持ちよう」ではなく、そういう「体質」だということです。
このように、刺激に対して敏感な内向的な人は、開放的なコミュニケーションが求められるスクラムに適していないでしょう。
内向的な人は発言の機会を失いやすく、スクラムチームには不向きだと思います。

神経質傾向の高い人

次に、神経質傾向の高い人もスクラムチームには適さないと思います。
開放的なコミュニケーションの量が増えると、言葉の裏を読んだり気にしすぎたりしてストレスが増えます。
また、神経質傾向の高い人にとって、大量に執り行われるスクラムイベントの際、みんなの前で発言することは大きな恐怖を生みます。

協調性の低い人

さらに、協調性の低い人もスクラムチームには向いていないでしょう。
スクラムチームは自己組織化がコアとなる考え方であり、協調性の低い人はチームワークを乱す可能性があります。
また、スクラムには様々なイベントがあり、それに参加しないとチームとして成り立たないため、単独行動を得意とする協調性の低い人には適していないと思われます。

誠実性と開放性

一方で、誠実性については高くても低くてもあまり関係ないと思います。
結局チームで協力し合うため、相互監視してサボらないようにするという側面があるためです。
開放性については、新しいことを試みる提案をする開放性の高い人と、いままでの作業方法を維持しようとする開放性の低い人、両方がバランスよく組織にいる状態が良いのではないかと思います。

「チームに起きたことを自分事のように」という難題

スクラムの問題点はそれだけではありません。
スクラムチームは全員が対等で、リーダーがいないという前提で成り立っています。
自己組織化の哲学は、チームメンバー一人ひとりがチームの出来事を自分ごとのように考えることを求めていますが、これは非常に難しいことです。

たとえば、家族ですら、長年一緒に暮らしていても、家族の身に起こった不幸を自分ごとのように感じることは簡単ではありません。
家族の問題でさえ、自分とそれ以外を明確に線引きするのが一般的だと思います。
極端な例になってしまいますが、父親が会社をクビになったとして、息子や娘が父親の就職先を探してくるか、と言われれば、現実的ではないでしょう。
開発チームにおいても、チームの問題をみんなの問題として捉え、全員が責任を持つことを求めるのは無理があります。
定時を過ぎているのに「他人の問題を自分ごととして解決しなければならないから解決しなくては」というような状況になった時に、口には出さないかもしれませんが、内心、面倒だと感じる人は少なくないでしょう。

逆の場合も同じで、自分が抱えている問題に他人を巻き込んで残業までさせてしまっては、罪悪感によるストレスを抱えることになりませんか?

もっといえば、人間が生来、自分と他人の境界線を自由に引くことが出来る生き物であれば、エヴァンゲリオンという作品はこの世には生まれなかったでしょう。

世の中の戦争もほとんどは起きずに済んだかもしれません。

しかし、これがどれほど難しいことかは、長年生きてこられた皆様からしても想像に難くないでしょう。
他人との境界が曖昧になると他人に過度に依存してしまい、境界性パーソナリティー障害などの疾患につながる恐れがあります。
逆に境界を強く引きすぎると回避性パーソナリティ障害、回避性愛着障害のような問題を引き起こすことがあります。
これらは、結局、自分の意思で他人との境界を引くことが難しいが故に、発生しうるのだと思います。

(上記は極端な例かも知れませんが、そうでなくても他者依存傾向のある人、他者回避傾向のある人は珍しくはないですし、もしくは、自分自身がそうだ、という方もいらっしゃるでしょう。いずれにしても境界線を自由自在に、というわけにはいきませんよね)

このように難解な問題を「チームに起きたことを自分事のように考えよう」という言葉で強制するのは無理があると思いませんか?

結論

もちろん、経験をベースにし、開発のサイクルを高速化させ、柔軟に開発要望をかなえていくスタイルは素晴らしい発見だと思います。

しかし、スクラムは「みんながこういう風にふるまえばプロジェクトが上手くいくはずだ」というある種、人間の多様性を見なかったことにし、理想を押し付けてしまっている側面があるのではないかと思います。

とはいえ、当たり前ですが、人間は理想通りには生きられません。
人間は多様であり、内向的な人、神経質傾向の高い人、協調性の低い人も社会にはたくさん存在します。

あるいは、外交的で協調性が高く、神経質傾向が低い人たちだけで構成されたチームであれば、スクラムは成功するかもしれません。

ただしそれは、偶然そのような人たちだけでチームが作られた場合であり、運の要素が大きいものです。
そのため、スクラムという開発スタイルをより実用的なものに昇華するためには「多様性」の観点が必要なのかもしれません。
(具体的な案を私はまだ持っていません。すみません。)

また、これからスクラムをプロジェクトに導入するのであれば、スクラムチームに参加するメンバーは技術的な側面だけでなく、性格も踏まえて慎重に選ぶ必要があるのではないかと思いました。


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