WRC 2023 Rd.10 EKO Acropolis Rally Greece
神々のラリー
アクロポリスラリーは、前戦フィンランドと同様に1973年のWRC初年度からラリーを開催してきた伝統のイベントだ。
この伝統のイベントは何と言っても、その荒れた路面と照り付ける太陽を含めマシンにもドライバー、コ・ドライバーにも厳しいラリーであることが挙げられる。
切り立った岩々は特にタイヤへ攻撃的であり、パンクを如何にして避けて走るかという部分もこのラリーを戦う上で重要な要素。更にステージはそうした鋭い岩々を抱く山岳地帯で、ミスコースをすると法面をマシンが転げ落ちてしまう。運よく滑り落ちた程度でも復帰は難しく、コースアウトすればデイリタイアは必至だ。
WRCからは2013年を最後に一旦退き、2019年~2020年はそもそもの開催すらなかった時期もある。しかし、この伝統のラリーは2021年に復活し、その復活年のラリーでは現チャンピオンのカッレ・ロバンペラが圧倒的な走りで、当時における自身2勝目を挙げるなどした。
昨年の2022年大会では、ヌービルが優勝し、ヒョンデがマニュファクチャラーとして初めて1-2-3独占を果たす。しかし、当時ヒョンデに所属していたタナックが、22年のアクロポリスラリーでチームオーダーが出ず、ロバンペラをドライバーズタイトル上で追うための十分な援護をしてもらえなかった。
このことで22年シーズン中、密かに囁かれていたダブルエース体制の亀裂が表面化、結果的にタナックは23年の契約を切り上げて古巣のフォードへ飛び去ったことは記憶に新しい。
神々のラリーと渾名されるだけあり、今年も古代アクロポリスのモニュメントの下でセレモニアルスタートで始まり、特設のスーパーSSでラリーは火ぶたが切られる。明くるSS2から本格的に山岳地帯でラリーが開始される。
アクロポリスラリーは全15本のSSが設定され、競技区間距離は307.89㎞、総走行距離は1235.17㎞となった。
山火事とハリケーン
ラリー開催を前に、実はギリシャは山火事と台風で荒れに荒れた。
8月下旬ごろ、ギリシャは猛暑が続きアテネ近郊やトルコ国境近くで山火事が複数発生、アテネ近郊での山火事は6日間にも及び、そのことが事前テストを予定していたトヨタ、フォード、ヒョンデの計画を変更させた。
山火事で大変なことになっていると思ったら、今度はハリケーンだ。
このアクロポリスラリーのラリーウィークとなる現地時間9月4日ごろから地中海ハリケーン「イアノス(Ianos)」がギリシャを襲った。
ギリシャ気象庁がそう名付けたハリケーンは、ラリーのHQがおかれるラミアにも直撃、Yahooニュースによるとラミアはこれまでの観測以来9月度の1日当り平均の8倍の雨がドバッと降り注いだのだそう。日本に住む我々も、近年の線状降水帯やゲリラ豪雨による冠水被害と身近なだけに、山火事よりもこちらの方がなんとなしに"ヤバさ"の度合いのイメージが掴みやすい。
こんなハリケーンがラリーウィークをもろに直撃し、レッキの予定も大きく乱れて一部では木曜日の朝までレッキが出来ないステージもあった。
さらに、レッキ中は非常にマディで泥濘と言った状態の中で行わねばならず、実際のラリー本番とは路面状況がまるで違う中でレッキをすることになった。これはノートの精度に大きく影響し、砂や砂利が流されて路中に埋まっていた鋭い岩々が"サプライズ"で姿を現すことも意味する。
勝田選手が、この豪雨の中でのレッキについてX(旧Twitter)で投稿しており、レッキ用GRヤリスが真っすぐ走るのが難しいとコメントしている。
これらのこともあって、安全上の理由でオーガナイザーは最終日のSS14/SS15となる「Grammeni」のステージ距離短縮を決定、約19㎞ほどあったステージは約9㎞に短縮された。
いずれにせよこのラリーは難しい山火事とハリケーンによる被災の中、なんとか開催に漕ぎつけ、てんやわんやだっただろう中、無事に全日程をやり遂げたオーガナイザー及び関係各所を賞賛したい。
また、山火事とハリケーンで被災したギリシャの人々の1日でも早い復興とこれからの安寧を祈るばかりである。
王者の底力
激動のアクロポリスラリーを制したのはロバンペラだ。
砂かき役を強いられることが予測され、その点で昨年は大分苦労を強いられ金曜日に1分以上を失う展開だったことを覚えている諸兄も居るだろう。
だが今年は、ハリケーンで荒らされ、急速にドライアップしていくようなところと、尚も泥濘の表情を残しヌタヌタになっている難しい路面状況。
更に土や砂が流されて、鋭い岩がレッキ時には把握できないがため、果敢に走りすぎればパンクのリスクも孕む。
そんな中、ロバンペラは冷静でステディにマシンを運び金曜日を総合3位でトップから25.5秒差でまとめ上げて見せた。
続く土曜日、首位争いを展開するオジェとヌービルに対し、出走順不利から解放された現王者はSS11終了までに都合4回の1番時計を奪取。
ラリーの流れを冷静沈着に見極めながら二人を追い、その中でSS10はヌービルが路面の穴でマシンを壊しリタイア、土曜日最終のSS12もオジェが足回りを壊し首位陥落、ここでロバンペラが首位に立つ。
SS12もベストタイムでまとめ上げたロバンペラは、追いすがる2位ソルドに2分以上の大差を持ち最終の日曜日に進んだ。
迎えた最終日、ロバンペラはまさに勝利へのクルージング、最終日開幕のSS13はタイヤを労わる余裕のドライビング。2位に2分以上ある差を潤沢に使って走りパワーステージでのフルポイント獲得をすでに匂わせる。
そして最終SS15パワーステージ、ロバンペラのゴールまでにエバンスがタナックに0.1秒削って暫定1番時計を出していたが、ロバンペラがスプリットを抜けるたびに、スペクテイター達はどよめいた。1秒、2秒とエバンスから削り取って最終的には2.5秒を圧倒するタイムで今季3回目のフルポイント優勝を記録、失意の結果に終わったフィンランドの無念を圧巻のパフォーマンスで晴らした。
アクロポリスラリー 2023 最終結果
1位:カッレ・ロバンペラ/ヨンネ・ハルットゥネン(トヨタ)
2位:エルフィン・エバンス/スコット・マーティン(トヨタ)
3位:ダニ・ソルド/カンディド・カレーラ(ヒョンデ)
4位:オイット・タナック/マルティン・ヤルヴェオヤ(フォード)
5位:エサペッカ・ラッピ/ヤンネ・フェルム(ヒョンデ)
6位:勝田 貴元/アーロン・ジョンストン(トヨタ)
7位:アンドレアス・ミケルセン/トシュテン・エリクソン(シュコダ) ※WRC2
8位:ガス・グリーンスミス/ヨナス・アンダーソン(シュコダ) ※WRC2
9位:ヨアン・ロッセル/アルノー・デュナン(PHスポーツ) ※WRC2
10位:セバスチャン・オジエ/ヴァンサン・ランデ(トヨタ)
各チーム其々の週末
◆トヨタガズーレーシングWRT
トヨタは10戦中8勝を計上、筆者の願いが届いたのかこの謳い文句での書き出しが今回も継続できた。ロバンペラとエバンス、そしてトヨタには感謝しきりだ。
昨年は最上位が勝田の6位(しかしニュージェネレーション枠だったのでメイクスポイントではトヨタ本体にはポイントとならない)だった。レギュラー陣は軒並み総崩れを喫し、エバンスはリタイアしていたし、ロバンペラと当時所属だったラッピもトップ10圏外でフィニッシュ。メイクスは繰り上げ相当のポイントで扱われるため、得点はあったにせよ5位相当と6位相当で、ヒョンデに25ptも詰め寄られる大惨敗を喫したのだった。
しかし今年は1-2フィニッシュを決め、パワーステージも1-2で走り抜けるメイクスではこの上ない完璧な勝利を勝ち得たトヨタ。
これでフィンランド終了時点ではヒョンデに67pt差を持っていたが、これが一気に91ptまで拡大。実はこの点差、昨年のメイクスタイトルでトヨタが一時期持っていた最大リードの88ptを超えている数字なのだ。
トヨタは次戦のチリで、ヒョンデに13pt差を叩きつけてラリーを終えることができれば、その時点で3年連続のマニュファクチャラーズタイトル獲得が決定する。この終盤戦4戦のうち、苦戦が予想されたギリシャでの完勝はトヨタの強さを印象付けたと共に、選手権にほぼ王手をかける素晴らしいものだったと言って差し支えないだろう。
◆MスポーツフォードWRT
タナックは再び我慢を強いられた。だが、今回はエストニアやフィンランドに比べたら少しばかり報われたかもしれないし、それはチームにとっても同じ事だっただろうと思う。
金曜日のSS2が始まる前にルーベはウォーターポンプのトラブルで戦列を去り、走り出すことさえ叶わなかった。
そしてそのウォーターポンプトラブルはSS3後にタナックにも襲い掛かる。だがタイヤフィッティングゾーンでタナックはメカニックの手を借りることが出来、タイムオーバーしながらもなんとか戦列に復帰。
3分40秒という大きなペナルティを負いながらラリーを戦い、最終的には総合4位でラリーを終え、パワーステージも3位でまとめて見せた。
厳しい週末であったことに変わりはないが、3台目のプーマRally1を走らせた地元出身のセルデリディスがギリシャ人勢の中ではトップの総合17位完走。日本でも"セルデリディスおじさん"とSNS上で尊敬を集めるシニアの星は、このアクロポリス完走を笑顔で満足感たっぷりに喜んだ。
次戦チリではWRC2を走るミュンスターが、そのセルデリディスの支援を受けプーマRally1を駆ることが予定されており、チリのサービスパークには新風がそよぐことだろう。
◆ヒョンデ シェル モービス WRT
トヨタが圧倒的な勝者だったという事は、それを追うヒョンデにとってかなり美味しくない週末だったことは言うまでもない。金曜日はヌービルが快走しラリーリーダーで1日を終えたが、翌土曜日にSS10でヌービルは手痛いデイリタイア、ラッピも金曜はラジエターを破損、土曜はサイドブレーキトラブルにトランスミッションの不調で低迷、ソルドは金曜にエンジンストールを喫するなどしてタイムロスが重なった事が響き、土曜終了の段階で2位だったが結果的にはエバンスの逆転2位を許している。土曜日の段階で昨年の再演はほぼ不可能となり、少しでもトヨタの牙城を崩したいところであったがついぞ叶わず。挙句、ソルドとラッピの間にタナックが滑り込んだことで、更にメイクスポイントの獲得量が目減り。昨年は48ptも稼ぎ出したこの地で、28ptを得るにとどまった。トヨタは91ptも遥か彼方を行くため、残る3戦すべてで52ptを得るパーフェクト3連勝を飾っても、トヨタが順当に3-4を埋めた場合、彼らの逆転栄冠は叶わない。このギリシャは赤信号灯る週末となった。
最悪の週末を過ごしているヒョンデだが、ソルドについては、その仕事っぷりがいぶし銀の如く光り輝いていた。こういう荒れたラリーでのソルドが持つスピードと安定感のバランスは素晴らしいと言わざるを得ない。そんな彼が逆転を許したものの持ち帰った3位表彰台は、少しばかりのポジティブ要素であった。
アクロポリスラリーのおわりに
【ヌービル限りなく赤信号】
エストニア、フィンランドの僥倖にも似た2位獲得と、フィンランドでのロバンペラのノーポイントは、アクロポリスが彼にとって反撃の地となるハズだった。金曜は首位で締めくくったが、土曜はデイリタイア、更に日曜はパワーステージさえ出走順の不利もあって僚友に弾き出されてしまいノーポイント。
フィンランドで大きく詰めたロバンペラとのポイント差は、そっくり返されるどころか丁寧にフルポイント優勝という形で熨斗が付いて戻ってきてしまった。これで彼は66pt差を抱えることになり、次のチリで何とか59pt差に留まらなければ今シーズンのゲームオーバーが決まってしまう。
だが、昨今のデイリタイアからの再出走がある状況では、そうそう何度もライバルの完全ノーポイントは望めない。そういう状況を鑑みると、今年も"シルバーコレクター"という不名誉な称号は返上出来ないのかもしれない。
【エバンスの機転好転大逆転】
土曜日、ミッドデイサービスを前にエバンスはラジエターにダメージを負い、SS9の後半からハイブリッドシステムを使いEVで走り切った。
トップからは1分18.3秒も遅れるフィニッシュとなり、総合でも5位に落下した。
しかし、彼のEVで走り切るという機転が彼自身とトヨタを救ったのは結果を見れば明らかだ。事がミッドデイサービス直前に起きたのも幸運だったが、しっかり車を労わってサービスまでクルマを戻したこと、サービスでメカニック達は時間内に不具合をやっつけたことなど、トラブルに対して一遍の隙も無く仕事をやり遂げている。
エバンスは、まだロバンペラを追える立場にいる。彼は今回2位かつパワーステージでも4ptの追加を得たことで、再びのリードは許したがランキング上は33pt差で踏みとどまっている。
筆者個人がこのアクロポリスでのドライバー・オブ・ザ・ウィークを選ぶとしたら間違いなくエバンスだ。圧巻の優勝を果たしたロバンペラはもちろん流石なのだが、トラブルにめげず車をゴールまで持ち帰り、2位を取り返して見せた彼の奮闘はチームにとって、とても重要な成果となったことを讃えたい。
【トヨタは世界で八面六臂の1-2フィニッシュ祭り】
実はこの週末、アクロポリスラリーが行われる傍ら、日本では全日本ラリーのラリー北海道が行われていた。
モリゾウさんとカンクネンのデモランなど話題も多く、モリゾウさんがホンダ車で会場入りするなどSNSでもバズを提供したラリー北海道。
そこでは、前戦フィンランドで代打オレを務めたラトバラ監督がフィンランドより持ち込まれたGRヤリスRally2コンセプトでラリーに出場、圧巻の走りで北海道を盛り上げ、僚友の勝田パパも2位に入り、モリゾウさんが見守る中、北海道もトヨタの1-2に沸いた。
そして日本ではもう一つ、世界耐久選手権(WEC)の富士6時間が富士スピードウェイを舞台に行われ、6時間中残り2時間弱までペンスキーポルシェのエストーレがトヨタの7号車を巧みに抑えつづけてレースをリードするなど、トヨタとしても楽な戦いではなかった。しかし、逆転してからは7号車と8号車がポルシェを引き離し、宿敵フェラーリもラップダウンたらしめるなど力走。
こちらも1-2フィニッシュを決め、さらに一足早くWECのマニュファクチャラーズタイトルを確定させた。
さらにさらに北米ではNASCAR最高峰となるカップシリーズが、カンザスを舞台にハリウッド カジノ400として行われ、プレーオフの進行でどんどん熱を帯びる激戦の中、トヨタ勢が躍動。
新興チームの23XIレーシングに属するレディック(45号車)が優勝、2位にもジョーギブスレーシングのハムリン(11号車)が入って、北米の大人気レースであるNASCARもトヨタの1-2という素晴らしい結果だった。
次戦は熱狂のチリ
次戦ラリーチリは9月28日~10月1日に行われ、これから夏を迎える南米のチリが舞台となる。
チリの開催は2019年以来で、アルゼンチンがカレンダー落ちしている昨今、熱狂の南米ラウンドをチリが担当することになる。
2019年はタナックがヤリスWRCで優勝を飾っており、今年はプーマRally1で再び頂点に立つのか、はたまたフィンランドとグレートブリテンを混ぜ合わせたようなと形容されるチリでエバンスが追撃を試みるのか、それらを跳ね除けてロバンペラが圧巻の走りを披露するのか。
そして、我らが勝田選手も19年にはこのチリでWRC2優勝を果たしているので、各選手の活躍が今から楽しみな一戦だ。
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