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エストニア日記 第一章 出発


 出発前日に空港に間に合う始発列車がないことに気付いた。急いで空港近くの安いホステル(一泊二千円くらい)を予約。

 経由地の中央駅で移民系の男から罵声を浴び、治安の悪さを実感する。地図を頼りにホステルに向かうが見つからない。指示された道を通るが、いつの間にか通り過ぎてしまうのを繰り返した。ホステルのオーナーに電話をかけ、場所を教えてもらうと、ただのアパートの入り口のような場所に着いた。そして扉が開かない。たまたまそこに居合わせた旅行中の韓国人と朝鮮統一・高齢化社会の話なんかをして開くのを待っていた。それでも開かない。オーナーに電話をかけると、とりあえず上手く開けられるように頑張れと投げやりな対応。いや、玄関まで開けに来い、もう少ししてから様子を見に行く、ふざけるな、さっさと来いの押し問答の末、オーナーの重い腰が動いてやっと中に入ることができた。

 アパートの中の数フロアだけをテナントとして借り、ホステルを運営しているようだった。THE・宿泊施設のような入り口を想定してきた自分がわからないわけである。部屋も二台の二段ベッドとロッカーがあるだけでおしゃれさのかけらもない。先に来ていた客が大きないびきをかいて寝ている。自分もシャワーを浴びて来たが、想像以上に外での時間が長引いてしまった。冷え切った身体をいたわりつつ、ベッドに入った。

  朝3時起床。4時台後半に来るバスのため、身支度をして共同キッチンに。入ったら英語ができないジョージア人の男が4人。あいさつ代わりに安いビール缶を渡された。起床後一発目の水分はビール。

渡された缶ビール


 日本出身と言ったら、柔道!空手!と騒いでいたので空手を習っていたことがあると伝えた。それを聞いた彼らは空手技を体験したいとのこと。優しめに投げ技をかけてあげたら、いきなり知らない技で反撃された。実は彼には柔道経験があったそうだ。しばらく寝技を固められた。
金品目的のだまし討ちか。そう思い、動かない彼の腕の中でかなり焦った。結果的には、彼の性格がやんちゃなだけだっだった。それにしても、旅行当日の朝に無駄に神経をすり減らした。

 今の時点で起床してから10分も経っていない。起床後10分にしては内容が濃すぎる。値段分だが、今までで経験した宿泊施設の中では最低評価である。

 ホステルを出て、バス停へ。またしてもマップがずれる。あまりにもマップが合わないので、空港の方向に行きそうなトラムの運転手に聞くことにした。

 空港に到着後わかったことだが、バス停から空港は、直進した後に直角に曲がった道をまっすぐ行くと着くことができる。ただ、馬鹿正直な運転手はそれを教えてくれるところまで気が利かない。トラムは直角に曲がる手前までしか行かない。そのため、このトラムに乗れば空港に行くことができるかという問いには全てNeinと返された。

 そこは途中までなら行くと言えよ。4本程バスを逃してもいいように余裕をもってホステルを発ったため、遅れることはなかったものの、途中まで直進するトラムに乗ることになった。
 降りた後、次のバス停まで700メートルの徒歩。周りは煙が立ち並ぶ工場群だった。朝4時台ということもあり、建物の合間から真っ暗な空に輝くオリオン座が見えた。
 もう諦めて帰ろうかと思った。何故、エストニアに渡航する前の段階で、ジョージア人と取っ組み合ったり、道に迷ったりしなければいけないのか。


 空港に着き、荷物検査でリュックに入っている水筒を飲み干すように指示された。朝二回目の水分は水筒の水。
 キンキンに冷えた喉越し(寒い冬の朝の身体には悪そう)が、長かった空港までの道中を想わせる。

 いよいよ搭乗。ここからは飛行機に行先を委ねられる。もう使い物にならないマップを見なくていい。フライトの行先は経由地のミュンヘン空港。

 滑走路を見ていたら野ウサギがたくさんいた。生まれて初めて見る野生のウサギ。何匹いるのか数えていたら飛行機が浮いたからなのか何なのか、意識が飛んだ。さすがに自分を疲れさせ過ぎた。ミュンヘンに着くまでの間の自分には、少しでも多く休んでほしい。ウサギを数えて寝てしまうなんて。そこは羊であれ。

 まだエストニアに着いていないエストニア日記。

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