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ほうきで虚空をはくように

Evernoteが縦書きになったらいいのになぁ

縦書きと横書きとでは、心臓のあたりの心の描き方が違う気がする

パソコンが、キーボードが、机の上にあって動かせないよりも

膝の上に乗せられる方が、

より一層自分を表せる気がするのとおんなじだ。

点と丸をどう組み合わせるのか

昔からずっと試行錯誤してきた。

人は勝手に点をつけるし、勝手に丸をつける。

どこにどうつけるかど受け取り方は変わるけれど

一体どれだけの人がそれを気にするだろう

気にしながら生きることは生きづらさを生むだろうか

考えすぎるなという人がいる

人もいる、とした方が柔らかく感じるのはなぜだろう。

より一般化されたように感じるから?

分母を増やして薄められているように感じるから?

薄められたカルピスは美味しくないけれど、感情は薄めた方が楽なのか。

点と丸の付け方に悩んで何分も時間を費やすのは無駄だろうか?

いや、もしその行為を無駄というのなら

人とのコミュニケーションの齟齬を少しでも減らそうとする行為のその全てを否定することになるだろう

それはきっと司法の世界が許さないに違いない。

正確さを選ぶと心傷病者が減る。

正確さは曖昧さを排除する。

私たちの「心」は曖昧さの中にこそ生まれ得るのだろうか。

心とは曖昧さのことなのか。

明確な境界線を引けないというのは、現代文的でもあり、非科学的でもある。

科学の世界は境界を引くことで成り立たせてきた。

分断し、選別し、違いを認め、違いを生み出し続けるのが科学の世界だ。

その科学の世界では、いまだ小さな小さな粒を分けていくことにこだわっている。

最小の粒は果たして存在し得るのか。

大きな大きな大宇宙に限りがあるようには見えないように、

小さな小さな小宇宙にも限りがないように見える。

「見える」という表現は面白いもので、物理的に眼が何かを捉えることのみを意味しない。

思える、感じられる、というときにも「見える」と表現する。

果たして私たちの「心」は何かを捉えることがあるのだろうか。

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ここでこの文章のタイトルを決めてみた。

脳内に浮かんだものをそのまま言葉で捉えてみた。

浮かぶ映像は、魔女の宅急便のキキが、夜空に浮かびながらほうきをはくところ。

さっとはかれるほうきからは小さな小さな星々が生まれては消えてゆく。

小さければチリというが、夜空に散りばめられた星々は

その大きさはあまりに大きすぎてイメージすらできない。

距離という概念が、モノの大きさを自由自在に変化させてくれる。

あまりに近づきすぎたなら、離れればいい。

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目が描きたい。

最近のブームだ。

最近とは、いつまでをさして最近と言っていいのだろう。

いつも一言目には「最近のことなんだけどさ」と言ってしまうが、

果たして振り返ってみれば1年や2年、簡単に超えてしまうくらいの期間だったりする。

「齟齬」という言葉はそんなに難しいだろうか。

普段から自分が使い慣れた道具は、あまりに馴染みすぎて、

自分の世界は自分でしか構成されていないかのように錯覚させてくれる。

自己中心的とは言ったもので、確かに「自分」という宇宙の中にいる中心は自分なのだから

当然と言えば当然だ。

その世界の中心には「私」しか存在しない。

何か気の利いたことを言いたいけれど、そんな言葉はなかなか浮かばない。

まだまだ余地があるという意味では、この宇宙もまだまだ楽しめるということだ。

外はまたいつも通りに暗い。

毎日毎日、ちゃんと明るくなっては暗くなる。

外に出て遊ぶことがいつでも自分の自由自在だったというのは思い込みだったと気付かされた数年

ちゃんと毎日朝と夜が繰り返されることが当たり前でなくなることもあるのだろうか。

気の利いた文房具を探しに行ったのに、唯一見つけた4,000円もする微妙に納得できないペンケースよりも

コンビニで買って食べた後に残ったチップスターの入れ物の方がよっぽどフィットするのはなぜだろう

私が望む機能を備えてくれている万能物。

そんなことは元々の予定に1mmも含まれていなかっただろうにうまれてしまう副産物

この世界は副産物に溢れていて、それが世界の余裕と余白と面白さをたくさん生み出していると思う。

ほうきではいた時に飛ぶ星々のチリのように

私たちの小さな小さな営みが、また新しい楽しさをたくさん生み出していく。

ほっこりして力を抜き、そっと余白を増やしていくお手伝いがしたいと思っています。一緒にお手伝いしてもらえたら嬉しいです。 サポートいただいたお金は、神社にご寄進したり、いただいた分お祈りを捧げたり、大好きな飲み物(ココア・紅茶)代として自分の癒しに使わせていただきたいと思います。