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陶器のワタシ
ピシリ。
またこの音だ。
ピシリ。
この音は嫌い。
ワタシの心のどこか、裏側のあたりで時より小さく発する亀裂。
ピシリ。
彼とは行きつけのBARで出会った。
私が小皿の中のオリーブを楊枝で追いかけまわしているとき、
「うまく逃げるね」ってふいに耳元で声をかけてきて。
普段かたくななワタシのプライベートエリアにいとも簡単に入り込んできた。当然身構えたけれど、無邪気な笑顔を振り撒くものだから。
長髪も無精髭も好みじゃないし、服装も気遣いのカケラもない。
だけど屈託のない笑顔で前髪をかき上げる仕草は、悪くなかった。
ふたりで借りたアパートは、白い階段が印象的で。
ベランダからはスカイツリーが見える、光のある家。
カメラマンの彼は、撮影がないときはずっと家にいる。
私が仕事から帰ってくると、夜ごはんを作って待っていてくれた。
他人に期待しないって決めていたけれど、私の中で絡まった糸がほどけてゆくのを感じていた。今まで躊躇していたのが馬鹿みたに、それはあっさりと簡単に。
ピシリ。
でもいつからか、この音が聞こえてきて。
滑らかな陶器のような私の心の表側。
普段彼には見せない、綺麗なほうのワタシ。
でも亀裂はその裏側で、小さく、少しづつ。
ピシリ。
ああ、ダメなんだ。
またダメになるかもしれない。
そう思うたびに。
ピシリ。
彼の笑顔は変わらないはずなのに。
ピシリ。
髪をかき上げる仕草が、とても嫌になっている。
きっかけひとつで大丈夫になることも、もうわかる。
だけど抑えられない、本心では抑えたくないのだ。
ピシリ。
あと少しで、私のカケラは落ちてしまう。
彼は拾ってくれるだろうか。
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