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【その他】2023 - 「経験」の年でした

実は今年は、「動き」の一年になるはずだったのですが、あまり行動しなかったように思います。その代わり、いろいろと経験し、これから先を見据えることがありました。

両親が歳を重ねていくことで私の行動は少し変化します。
また、私自身病気を患ったことでわかったこともたくさんありました。


私の母が今年の2月頃に謎の膝の痛みを発症しました。歩けないくらい、寝ていたもズキズキすると。話を聞いてみると「鵞足炎(がそくえん)」かなと思っていたのですが、地元の大きな病院へ行くと奇妙な診断が下されました。

・骨はとても綺麗
・関節の中がボロボロ
・膝関節 変形性関節炎

骨が綺麗なのに変形性とはどう言うこと?
中がボロボロとは半月板損傷ではないのか?何がボロボロなんだ??

そして、すぐに入院してください、人工関節を入れましょうと言われました。
それ以外の処置は無し。

両親には頑張ってもらって、私がお世話になっている東京の整形外科の先生の紹介を受け、もう一つの先生を訪ねました。

この時、母は痛みでぐったりしていました。
大きな病院でもらってきたMRI画像は、なんとたった一枚。しかも紙にプリントアウトした画質の悪いもの。
個人病院の先生も、これを見せられても何も分かりませんでしたが、とにかく痛みを抑えるためにステロイド注射を打ってくれました。

すると、その日の午後には痛みが治り歩けるように!
(なんだ、やっぱり炎症だったんじゃないか)

個人病院の先生とのやり取りは割愛しますが、両親なりに納得のいく話だった様子。

この痛みを2度と経験したくないから、必要なら手術を受ける!と母が覚悟を決めたようなので、私もこれ以上何も言わず意見を尊重することにしました。

大きな病院に戻り、セカンドオピニオンをとった話や東京の先生の名前を出したり(なぜか自慢げに)、すると「入院しろ」と言っていたのに手術がなくなりました。
担当の診察をした先生も「手術するなら当分先ですよ」とか「どうして入院したのですか?退院してもいいですよ」と言う始末。1週間何もしないまま元気に退院してきました。

母も「なんだったんだ??」と言っています。今でも元気にグランドゴルフをしています。


母が入院するとき、母の友人やら親戚やらが実家を訪れました。

まるで根性の別れのように。

これを見ていた私は、これはまずいなと思いました。
母に「自分は病気だ。大病なんだ。」と思われては困るのです。

そこで私は、さりげなく
「病気って言うよりケガだからね〜」
とか
「退院したら動けるようになるから、リハビリしっかりね〜」
などの言葉をかけ続けていました。

すると母は
「あ、そうだよね。私病気じゃないもんね」
と口するようになり、入院中もベッドに横になるのは夜だけと決めて、昼間は病院内を散歩したり本を読んだり、とにかく病人にならないように努めてしました。

だから退院したときは、入院したときよりも元気でした。


私は10月にバセドウ病であることがわかりました。

それまで筋肉痛程度だったのですが、バセドウ病だとわかった頃が1番調子が悪かったです。

その体調不良について「これはおかしい」と気づきました。
病気とわかる前までは、症状以外は元気だったのに、病気とわかってから体調が悪くなっている。
振り返ってみると、病気の症状で寝不足と疲労があり帰宅するとぐったり。ご飯を作る気力もなく、でも病気のせいで食欲亢進しているので、できあいのものばかり食べていました。パンとかお惣菜とか。

私は葉野菜を馬鹿みたいに食べていると調子が良く、炭水化物をたくさん摂ると調子が悪くなります。好きなのに。

これは病気のせいで調子が悪いのではなく、食事のせいだと気づき、食事改善をすると体調が戻りました。メンタルも元気いっぱい。


病気になったり、ケガをしたりそれを無かったことにはできません。
ですが、2時災害的な症状を予防することはできます。

かける言葉:気をつけたいですね。

自分自身の場合は病気の症状とそれ以外の症状を見極めることが必要です。


母が元気に復活してグランドゴルフを再開したとき、
「1ラウンドで疲れちゃう。情けない。」
としょぼんとしていたので
「1ラウンド周れてすごいじゃん!元々体力あったからだよ!少しずつ戻しな〜」
と言ったら
「そっか!私だからすぐにできたんだね!元々体が強くてよかった〜。」


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式会社りとるジム
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