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【和田彩花×高橋明也】マネを愛する二人が語る、美術の魅力

2020年8月25日、三菱一号館美術館は開館10周年トークイベントを開催。同館館長の高橋さんと、アイドルの和田彩花さんが対談を行った。本記事ではトーク内容を元に、三菱一号館美術館の歴史を振り返り、マネを愛する二人が語る、美術の魅力について紐解く。

2010年に丸の内で開館。10周年を迎えた三菱一号館美術館

三菱一号館美術館は、2010年4月に東京・丸の内に開館した美術館。三菱地所が運営母体で、主に19世紀後半から20世紀前半の近代美術を主題とする展覧会を開催する。

特徴的な赤レンガの建物は、1894年に建てられた日本初の洋風事務所「三菱一号館」を復元させたもの。美術館にはカフェ「Café 1894」も併設されており、かつて銀行営業室として利用されていた空間を再現している。

館長は高橋明也さん。19世紀フランス美術史専攻で、主にフランスをはじめとする近代美術に造詣が深い。1980年代にパリのオルセー美術館の開館準備に携わり、国立西洋美術館での研究員を経て、2006年から三菱一号館美術館の初代館長を務める。約40年間にわたり、美術の仕事を務めたプロフェッショナルだ。

館長肝入りの「マネとモダン・パリ」展で開館、来場者数30万人超え

三菱一号館美術館のオープニングの題材として、高橋さんが選んだのは「マネ」だった。

エドゥアール・マネは19世紀後半にフランスに端を発する印象派画家のひとり。西洋絵画の伝統に挑み、しがらみに真正面から挑んだ画家であり、近代絵画の創始者とも言われる。代表作品は「草上の昼食」(1862-63)、「オリンピア」。

マネの代表作品「草上の昼食」出所:オルセー美術館 / © RMN -Grand Palais(Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski

高橋さんにとってマネは、最も敬愛する画家であった。東京藝大の学生時代からマネの研究に従事しており、「いつかマネの展覧会を開きたい」と構想を温めていたという。

その理由は、マネの知名度・認知度が日本国内では印象派の他画家(ルノワール、ゴッホ、セザンヌなど)と比べてもあまりにも低く、名前が似ているモネと混同されることに歯がゆさを覚えていたからだと語る。

高橋さんの積年の思いが叶い、日本における初の大回顧展となった「マネとモダン・パリ」展。来客数は31万人超と、年間目標動員数の30万人(年間3企画を前提)の動員数を大きく超える結果を残した。

三菱一号館美術館が開館10年で企画した展覧会の数は32(2020年8月末現在)。近代美術が中心だが、19世紀以前の作品を中心に展示する「プラド美術館展」(2015)や、ファッション作品を展示する「PARIS オートクチュール展」(2016)、「マリアノ・フォルチュニ 織りなすデザイン展」(2019)など、さまざまなジャンルに挑戦してきた。

美術館運営の難しさは、出展作品を集められるか、金銭的にカバーできるかどうか。主にこの2つにあったと高橋さんは語る。特に同館が取り扱う近代美術の作品はコレクターも長年大切にしており、開館から歴史も浅い美術館のため、当初は信頼関係を築き交渉するのが大変だったという。

「マネとモダン・パリ」展で現代美術作家のジェフ・クーンズから作品貸与があり、わざわざ本人が来日して持参したという驚きのエピソードも紹介された。高橋さんの情熱に、心が動かされたのであろう。

出会いは偶然。和田彩花さんとマネ・三菱一号館美術館の関係

「マネとモダン・パリ」展は、ある女性の人生を変えることになる。その女性とは、アイドルの和田彩花さんだ。

和田さんは、三菱一号館美術館の開館と同じ2010年に、ハロー!プロジェクトのアイドルとしてメジャーデビュー。群馬県から東京駅まで新幹線で通っていた際に、偶然ポスターで見かけたマネ展に足を運んだ。

それまで美術に興味なかった彼女が、展覧会でマネの魅力に魅せられて、美術に興味を持ち始めたという。マネ展が美術の世界に入ったきっかけとなり、「運命的な出来事だった」と後に回顧する。

興味を持つだけに留まらず、彼女は大学・大学院で美術史を専攻。アイドル活動を行いながら、「乙女の絵画案内」(PHP新書)など2冊の美術書を執筆する本格派だ。

和田さんが卒論の題材に選んだのは、展覧会のメインビジュアルともなった「すみれの花束をつけたベルト・モリゾ」だった。修論でも「草上の昼食」を題材に仕上げた、生粋のマネ好きだ。

高橋さんが構想から約30年間の時を経て実現したマネ展で、新たに美術の世界に目覚めた一人の女性が誕生する。一つの展覧会は、人生を変える力があるのだ。

高橋さんと和田さんの出会いは、前出の和田さん著書「乙女の絵画案内」の推薦文を高橋さんが寄稿したことに端を発する。二人の共通点は最も好きなアーティストがマネである点、また同じ誕生日である点。この二人の出会いを運命的と言わずに、何というだろう。

マネを愛する二人が語る、美術の魅力

美術に情熱を注ぐ二人。美術の魅力はどのような点にあるのだろうか?

和田さんは、「美術の魅力は、テーマから新たな知識や発見を得れることだ」と語る。美術を通じて、新たな知識や経験を得ることが多く、人生が豊かになったという。

また、筆跡から画家の個性を見ることも楽しみにしているそうだ。絵の具の色の出方、筆の流れ方に画家の個性が観れる。彼女は美術鑑賞として、本物の絵画を見ること、また筆跡に注目することをお勧めしている。

高橋さんも同様に、「美術を楽しむ面白さは、新たな視点や知識、価値観と出会えること」だと語る。

展覧会を企画する際にも、ストーリーや素材の生かし方の創意工夫、これまでにない新たな切り口を提供することを意識しているという。

美術鑑賞に正解はない。高橋さんは著書の中でも「まずは作品にまっさらな気持ちで接して、目に映る印象をあるがままに受け入れ、素直に感動を自分の中に取り込んでみる」と語っている。

2020年9月をもって初代館長を退任予定の高橋さん。今後は館長の立場としてでなく、まっさらな目で美術を鑑賞できるのが楽しみだと語る。

* * *

民間の美術館長として近代美術の枠に捉われず、さまざまなジャンルの展示会に挑戦した高橋さん、アイドルの既存の概念にこだわらず、自ら新しい概念を創り出す和田さん——その二人の姿に、西洋絵画に自由をもたらしたマネの面影を感じるのは私だけだろうか。

参考:
開館10周年記念トークイベント「プレイバック三菱一号館美術館」
高橋明也「美術館の舞台裏—魅せる展覧会を作るには」ちくま新書
三菱第一号美術館 NewsLetter 2014 Vol.3 館長対談

(文・Lisa Fujino、写真:出所記載のあるものを除き三菱一号館美術館HPより)

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