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210109 Viennaと年齢

雪がこんなにもしんしんと降り続けるのは、何年ぶりだろう。
子供の頃、雪化粧をしたクリスマスの朝、玄関から家の外に向かって少し大きめの足跡だけがくっきりと残されていた。それを見た私は、サンタさんは本当に私の家に来てくれたんだ、それを示す気配を置いて帰ってくれたんだということが何よりも嬉しくてたまらなくて、それは手にしたプレゼントよりもずっと大切な思い出になった。その後、あのときのような雪は経験してこなかった。

近年は暖冬傾向が強まっていたし、これから先はもう、雪だるまを作れるくらいの降雪に見舞われることはないかもしれないと思っていた。その分、見慣れたはずの景色が今まさに真っ白に様変わりしていることが、とても新鮮に感じられる。食材の買い出しに出るのも難しそうだから、今日は家で大人しくじっとしているしかなさそうだ。と言いつつ、なんとなく落ち着かなくて腰を据えて本を読む気にもなれなくて、これを書くことにした。


先日、Billy JoelのViennaという曲を知った。彼の曲はPiano Manくらいしか聞いたことがなかったけれど、これも名曲だなと思った。

↓は歌詞。ブログや動画で和訳を紹介している方もおられるようだ。

[Verse 1]
Slow down, you crazy child
You're so ambitious for a juvenile
But then if you're so smart, tell me
Why are you still so afraid, hmm?
Where's the fire, what's the hurry about?
You'd better cool it off before you burn it out
You've got so much to do
And only so many hours in a day

[Chorus]
But you know that when the truth is told
That you can get what you want
Or you could just get old
You gonna kick off before
You even get halfway through, ooh
When will you realize, Vienna waits for you?

[Verse 2]
Slow down, you're doing fine
You can't be everything
You wanna be before your time
Although it's so romantic
On the borderline tonight, tonight
Too bad but it's the life you lead
You're so ahead of yourself
That you forgot what you need
Though you can see when you're wrong
You know you can't always
See when you're right, you're right

[Chorus]
You've got your passion
You've got your pride
But don't you know
That only fools are satisfied?
Dream on, but don't imagine
They''ll all come true, ooh
When will you realize, Vienna waits for you?

[Instrumental break]

[Chorus]
Slow down, you crazy child
And take the phone off the hook
And disappear for a while
It's all right, you can afford
To lose a day or two, ooh
When will you realize, Vienna waits for you?

[Chorus]
And you know that when the truth is told
That you can get what you want
Or you could just get old
You gonna kick off before
You even get halfway through, ooh
Why don't you realize, Vienna waits for you?
[Outro]
When will you realize, Vienna waits for you?

GENIUS/Vienna Billy Joelより)

歌詞も曲調も、なんとも言えない味わい深さを醸し出している。残念ながら自分で訳出するほどの英語力は私にはないけれど、この曲が最も直接的に響くのは、やはり若者ではないかなと思う。各々が自分なりに何らかの夢や大志を抱いていて、かといって何の保証も確証も持てない未来に心の片隅で不安を抱きながらも、日々目の前の生活と努力に忙殺されて冷静に自己を省みる暇もないままに、一心不乱に頑張り続けている。そんな若者たちに「ちょっと肩の力を抜いて、たまには座ってお茶でも飲んで、少しずつ歩いていこうよ」と語りかけてくれるような優しさを感じる。

他方で、この曲がすごいなと思うのは、上記で描写したような「夢のある若者」だけではなくて、恐らく聴く人の年齢や立場、境遇によって異なる響き方をするだろうということを想像させてくれることだ。誰がどんな場面で聴いても、きっと何かしら胸に迫るものを感じさせる力を持っている。絶妙な曖昧さを保ちつつ、心の深いところに訴えるだけの核心は決して失われていない。そういう見事なバランス感覚を体現している曲であるような気がする。二十歳前後のがんばり屋さんの若者には、きっと響くんじゃないかな。もしくは、早く「答え」を知ろうとするばかりに生き急いでは空回りして、色々なことを見失っていた十年ほど前の私に聴かせてやりたい。きっと泣くだろう。

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かく言う今の私は、この曲を聴いてボロボロと涙を流してしまうような純粋な精神の若さは既に失っているような気がする。かといって、一周回ってこの曲の含蓄の深さをしみじみと堪能するほどには、成熟も達観もできていない。なんともいえない中途半端な時期に出会ってしまった気もするけれど、それでも名曲だということは十分に伝わってくる。
この曲と自分との間に一定の距離を感じるのは、年齢の問題というよりも、私自身の現在の境遇や事情によるところが大きいのかもしれない。それらを加味すると、今はこの曲に酔いしれることを自分に許してはならないという気がしている。そんな資格や権利が、今の自分にあるとは到底思えないのだ。

私は今年、三十歳になる。数年前辺りから新しい年を迎えたら自然と一つ年をとったなと感じるようになった。だから、誕生日は半年以上先だけど、気持ちの上では既に三十だ。歳を取ることに怯え悲しむ感性はおおよそ費えたし、そもそも若さの恩恵を自ら放棄してきたようなところがあるので、二が三に変わったからと言って、だからどうしたという気持ちもある。
とはいえ、日々少しずつでも変化(老化)し続ける体力や気力を無視することはできない。昨年二十九を迎えた頃から些細なことで体力の衰えを実感するようになり、このことは身に沁みている。年齢だけでなく、その時々の気候やストレスの影響もあったと思うけれど、ともかくこうした変化を受け入れてゆくことは大事だなと感じるようになった。

これほど未熟で幼稚なままにこの歳を迎えるとは想像もしていなかったし、いずれ「年相応」の成熟を遂げる日が来るとはとても思えない。これから先は死ぬまでずっと、年に不釣り合いな内面に対して若干の後ろめたさを抱えながら生きていくのかなと思ったりもする。

私にとって二十代とは、自分に失望し尽くすために用意された十年だった。失望の念は、それ以前に抱いた期待が裏切られたことによって生まれる。ここ十年の間、私は私の期待を裏切り続けてきた。期待が常に裏切られたのは、能力と気質に見合わない高すぎる期待を自分にかけてきたからだ。私は私に、あまりにも多くのものを期待し、あまりにも多くの要求を突きつけてきた。

今はもう、ほとんど自分には何も期待しなくなった。たまにうっかり夢にうつつを抜かすこともあるけれど、しばらくすると冷静になって現在地に戻ってこれるようになった。それは私にとって、よいことなのだと思う。もっと言えば、それがよいことか悪いことかは、私にとってどうでもよいことになりつつある。それでいいのだと思う。期待がなければ、失望することもない。二十代の日々が私に残した糧があるとすれば、それは今の私には何も失うものがなく、この上なく身軽であるという事実である。落として困る荷物もないのに、一体何を恐れて立ちすくむ必要があるというのだろう?

逃げて立ち止まることなら、もう嫌というほど長い時間をかけて経験してきたはずだ。雪もコロナも、私自身の問題に限っていえば、言い訳に過ぎない。今の状況の中でもできることはいくらでもあるし、動くことはできる。期待を捨てて開き直ることができれば、少しは元気になるだろう。「年相応」は無理にせよ、多少はまともな大人になってほしい。
雪はもうしばらく降り続きそうだ。大きな災害につながることなく、おさまってくれますように。