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201130 〈TED〉メンタルヘルス系10本


最近、黄色に心惹かれる。

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心のレジリエンスのメモが、地味にアクセスされ続けているようだ。

こんな過疎地に足を運ぶ方もおられるくらいだから、それだけニーズが高まっていると言えるのかもしれない。そこでふと思い立ち、メンタルヘルス関連のTEDをまとめてみることにした。

0.長い前置き/これを書くに至る経緯

コロナ下の生活を強いられるようになってから、一年近くが経とうとしている。最近は全国的に感染者数の増加傾向が強まっているし、経済・医療の逼迫、自殺者の増加といった辛いニュースも目につく。

昨年頃から自分の視野の狭さに嫌気がさしてTEDを見るようになり、気づけば視聴数は200件近くになる。TEDの存在は随分前から認識していたにもかかわらず、私の中では「実学をゴリゴリ吸収していける勉強熱心な人が英語学習に用いるツール」という偏った固定観念が強すぎて、なかなか近寄ることができずにいた。英語学習を度外視し、あくまでも講演テーマに対する興味関心に従って心の赴くままに見続けていくと、実際には自分の無意識のレッテル貼りが全く無意味なものであったことに気づかされた。

たしかに、“THE TED”という感じの見るからにエネルギーに満ち満ちた話者も、いるにはいる。「改革!革新!新時代のソリューション!」みたいな熱いテンションについていけないときもあったけれど、圧倒的に多くの場合、語り手の豊かな知見やそれを伝える技術、聴衆に訴える力の強さに心打たれたし、それらは私にたくさんの学びを与えてくれた。

歌や詩の朗読のようなパフォーマンスを中心に据えたものや、個人の内面に関わる非常に私的な語り、質疑応答・対談を含むものもあり、形式の多様さに驚かされると同時に、単なるスピーチの枠を超えた魅力を発見することもできた。短いものでは3分程度、生活に関わる身近なハウツーから地球規模の課題まで、取り上げられるテーマは多岐にわたる。

要するに、先入観を捨てて気軽に触れてみることさえできれば、色々な目的に対応可能な情報で溢れているなと思った。英語学習の文脈だけでなく、何かを考えるきっかけとして、あるいは、自分の悩みに応えてくれる救いの場として、様々な形で利用可能性は見いだせるはずだ。TEDの一般的な認知度や利用者数がどの程度なのかはわからないけれど、より多くの人にとってアクセスしやすい場所になればいいなと思う。

私は常々、自分の気持ちの波の大きさに悩まされてきたので、心の用い方や向き合い方に関するものには、特にお世話になってきた。ここでは試しに、私が視聴したTEDの中からメンタルヘルスに関すると思しきものを取り上げ、ごく簡単な感想とともに紹介してみる。

他方で、上記と矛盾する書き方になるけれど、「読めば痩せる」ダイエット本じゃあるまいし、たかだか15分程度の講演動画を見たからといって、各々が今抱えている問題を根本的に解決できることは、まずないと言ってよいだろう。そんな即効的な役割を期待することはできない。

だけど、何かに苦しんでいるときに共通しているのは、今見えている現実以外の世界の見え方を想像できなくなっていること、「苦しい現実」を耐えがたくも逃れがたいものとして絶対視してしまっていることだ。この意味において、今まさに直面している感情的苦しみ(苛立ち、悲しみ、後悔、怒りなど)以外の視点に気づくことは、それだけでも十分に意義のあることだと思う。だから、苦しみから抜け出すための一つのきっかけとして、私はTEDを愛用している。

この場所は主に自分の気持ちを整理して落ち着けるために使ってきたけれど、今回は誰かの役に立つといいなという気持ちを持って書いてみる。偶然にもこれを目にした方々にとって、支えや救いとなる人(言葉、考え)が見つかりますように。

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※冒頭括弧内は、日付/講演時間/再生回数(各ページより)
※すべて日本語字幕あり。コメントは感想を含む私的理解

1.ブレネー・ブラウン: 傷つく心の力

(2010.6/20:04/50M views)
TEDの定番、最も再生回数の多い講演の一つ。話者は自身の研究を通じて、深い愛情や関係性を感じている人は、自分が愛されるに値する(自分には価値がある)と信じており、また、心のもろさを受け入れることができているという結果を得て、強い衝撃をもってその結果を受け止める。講演ではこれらの研究に関して、話者自身が経験した感情的葛藤やアメリカの現状などを織り交ぜながら、気取らない雰囲気でユーモアたっぷりに明るく語っている。

この講演は、TEDに対する私のイメージを変えてくれたものの一つだ。話の展開は必ずしも緻密に系統立てられたものではないし、要点をまとめろと言われると割と難しい。だけど、強く印象に残る講演であることは確かだし、それはひとえに話者の人となりとその魅力が溢れ出ているからだと思う。内容を文字化したテキストだけでは、決してこの講演の良さは伝えきれない。無理して自分を飾ろうとしない等身大の話者が、明るさをたたえつつ、人の弱さにも寄り添ってくれるような、そんな語りになっている。

↓は同じ話者による、文字通り「続編」的な内容になっている講演(2012.3/20:23/14M views)

2.ケリー・マクゴニガル: ストレスと友達になる方法

(2013.6/14:17/25M views)
こちらも再生回数の多い定番の講演。話者は『スタンフォードの自分を変える教室』の著者としても有名であり、その他にも翻訳された著作は多数あるようだ。

健康心理学者である話者は、これまで「ストレスは健康に良くない」と人々に伝えてきたが、ある研究結果から、ストレスが体に悪いと信じることの弊害が明らかになり、ストレスに対する認識を改めることになった。話者は講演を通じて「ストレスに対する考え方を変えることで、ストレスに対する体の反応を変えることができる」という主張を裏付ける実験や研究、その成り立ちについて語っている。ストレスは有害なものとしてとかく敵視されがちだけど、ストレスに対する通念や誤った思い込みを覆してくれる内容になっている。

3.ニッキー・ウェバー・アレン: うつを一人で抱え込まないで

(2017.6/06:27/2.4M views)
上記2本とは趣の異なる、約6分ほどのこぢんまりとした講演。これまでメディア業界で注目を浴びる仕事をやり遂げてきた話者は、数年前に不安障害とうつ病の診断をうける。病気を受け入れるまでの心理的葛藤、病気について自ら研究して理解したことなどに触れながら、うつ病の当事者としての率直な気持ちを述べ、自分自身について語ることの重要性を訴えている。

4.ティム・フェリス: 目標でなく恐怖を明確にすべき理由

(2017.4/13:14/9.3M views)
双極性うつ病を患う話者は、感情的な急降下に対処する際に最も信頼できるツールとして、ストア哲学を用いてきた。ストア哲学は、ストレスの高い環境を生き抜き、より良い決断をするための指針として有用であると話者は主張する。また、ストア哲学における重要な視点は、「自分でコントロールできることとできないことを見分け、前者に集中するように訓練する」という部分にあるという。

さらに、ストア派の哲学者・小セネカの「我々は現実よりも想像の中で、より苦しんでいる」という言葉に出会い感銘を受けた話者は、セネカの考え方に基づいて「恐怖の明確化」という方法を編みだす。それは、自分の抱いている恐怖を書き出し、起こりうる最悪の状況とそれに対して自分になしうることをリストアップするという方法である。すべての工程を具体的に可視化することが重要だとも指摘している。

話者自身の経験を例として、かなり具体的な方法・手順に言及しているので、とりあえず今すぐ行動したい、インプットした方法を地道に実践できるという人に向いているのかもしれない。

ストア哲学は禁欲主義のイメージが先行しがちだけど、逆境を生き抜く知恵として色褪せない魅力があることは確かだと思う。(残念ながら私は自分の理性を信用していないので、ストア派の信奉者にはなれそうにない。)
↓はストア哲学の概説動画(日本語字幕あり)

ストア派の哲学者で一般の書店でもよく目にするのは、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウスあたりだろうか。個人的には、エピクテトスが一番好き。2020年12月に岩波文庫から『人生談義』(待望の!)新訳が出るらしい。ずっと中古が高すぎて手がでなかったので、楽しみ。

5.スーザン・デイビッド: 感情に向き合う勇気の力と素晴らしさ

(2017.11/16:40/8.1M views)
話者は自身が15歳のとき、癌を患っていた42歳の父を亡くす。徐々に落ち込みが強まってゆく中、話者は自分の心の痛みを正面から受け入れることができずにいた。しかし、中学校の先生から今の気持ちをノートに書き出すように勧められ、それが話者にとって大きな転換点となった。

悲しみや怒り、深い哀しみなどは「悪い感情」とみなされて排除されやすく、「何事にもポジティブであることが正しい」という考え方は根強い。しかし、嫌な感情を無視し続けると、逆にその感情に自分が支配されるようになってしまう。そのため、「やっかいな難しい感情も含めてどんな感情もすべてを丸ごと受け入れることが、立ち直り、力強く生き、本当の幸せをつかむために不可欠」であると話者は言う。

ただし重要なのは、ただ感情に付き従うのではなく、感情を「データ」とみなし、その存在に気づき用いることによって、自分の価値観に基づいた行動を促すことである。講演の中では、その具体的な方法についても述べられている。

6.アミシ・ジャー: さまよう心を鎮めるには

(2017.3/18:00/4.8M views)
一言でいえば、マインドフルネスの有用性に関する講演。様々な研究や事例を用いて、その科学的根拠を明らかにしていく。

「注意」は人の認識において重要な役割を果たしているが、ストレスや気が散ることの影響を受けて崩れやすい。そこで、注意をうまくコントロールするために有効となるのが、マインドフルネスである。注意力は、筋トレと同様に訓練によって鍛え、ストレス下でもそれを保ち、あるいは向上させることが可能であると話者は言う。

キーメッセージは、“Pay attention to your attention.”(あなたの注意に注意を向けてください。)豊富な情報量と主張の明快さが光る一本。

7.ジョニー・ソン: 孤独なあなたは独りぼっちではありません

(2019.4/10:28/3.5M views)
作家・アーティストである話者自身が手掛けた(素朴で味のある)イラストとともに講演が進む。インターネットの世界は孤独を感じやすく、悲しみや怒り、暴力を見せつけられる場所である。しかし、それと同時に、親友と呼べる人にはオンラインで出会っていることもまた事実であると話者は言う。

この講演では、ネットの世界の負の側面を認めながらも、それでも尚、孤独を和らげ、癒す場としてオンラインの空間が有用でありうることが、話者の体験を通じて語られている。

私はおそらく話者の考えに共感している。だからこそ、自分だけが読めればいい日記でも構わないような内容でも、noteに投稿しているのだと思う。

8.リサ・フェルドマン・バレット: あなたは感情に流されているわけじゃない―感情は脳で作られる

(2017.12/18:21/5.8M views)
理解度にあまり自信がないけれど、大事な内容だと思ったのでリストに入れることにした。以下は私がこの講演の要点だと感じた内容である。

一般に「感情」は生まれつき脳に組み込まれているもの(どこからともなく湧いてきて人の心を占拠してしまうもの、自分の身に突然降り掛かってくるもの)のように思われているが、実際のところ、感情とは推論(自分自身によって構築されるもの、脳の予測が関与しているもの)である。

したがって、感情が生まれるプロセス(詳細な説明あり)を理解し、それへの適切なアプローチ方法を学び・訓練すれば、私達は自分で想像している以上に自分の感情を制御することが可能である。こうしたアプローチによってあらゆる負の感情(不安、抑うつなど)を制御できるようになるわけではないが、それでも、自分には感情的苦しみを緩和させる力があると知り、自分の感情に責任を持つことが重要であると話者は言う。

話者は感情制御について「自分の経験の建築家になる」と表現していた。この辺りの研究が進めば、感情に対する人々の捉え方も大きく変化してゆくのかもしれない。

9.ロリ・ゴットリーブ: 自分の物語を変えることで人生は変わる

(2019.9/16:18/4.1M views)
個人的にいつも心に留めておくようにしている一本。

人は誰しも自らの視点に立ち、何を強調して何を軽視するか、何を含めて何を除外するかといったことを無意識のうちに選択・判断し、その上で成り立つ偏った現実を見ている。そのため、人々の語ることの多くは、その人自身の視点に立ちさえすれば、正真正銘の真実である。つまり、私達はみな自分の人生の物語とともに生きている。物語は私達が人生を理解する方法である。この講演では、「物語」という視点が、人生とその中で直面する様々な困難に向き合うための鍵となる概念であることが語られている。

話者は人が抱える様々な悩みを一つの「物語」として捉え、個々人が直面する状況(現実)と切り離す。そして、物語は状況によって形作られるのではない、自分でどう語るかによって人生は形作られる=自分の物語を変えることが自分の人生を変えることにつながると主張する。

自分で自分の物語の「良い編集者」になるためにはどうすればよいか、その方法についても具体的に示されている。そして重要なのは、自分の物語の中で被害者ではなくヒーローになることであり、「人生とは、どの物語に耳を傾け、どの物語を変えるかを決めること」であるとして、講演を締めくくる。

私は、私の目に見える現実しか見ることができない。しかもその現実は、大きく歪められていることが多い。あるいはまた、日々直面する状況そのものは、私個人の力では変えられないことの方が多い。

私はありのままの現実を認識することはできないし、事実そのものが受け入れがたくても、私にはどうすることもできないという場面はたくさんある。それでも、自分が囚われている物語に気づき、それを編集・改訂していくことなら、私にもできる。不安に駆られて嫌な物語に引きずられそうになったとき、このことを思い出すようにしている。

10.ヘザー・ラニエ: 物事の「良し悪し」は思い込みに過ぎない

(2017.10/13:28/2.5M views)
九本目の視点を踏まえるとより深い洞察が得られるような気がしたので、最後にこの一本をもってくることにした。

話者の娘フィオナは、ウォルフ・ヒルシュホーン症候群という遺伝子異常による先天性疾患を患っており、発達に遅れがある。話者は「発達の遅れや障害は悪いもの、普通とは違うものである」、「五体満足な生活のほうがいい」といった考え方を手放し、人生の良し悪しを決めるものについての文化的な偏見を捨て、娘の成長のありのままを見守る道を選ぶ。

冒頭では「塞翁が馬」の寓話が紹介されており、上記のような話者のスタンスを導いたのは、「現実は流動的なものであり、物事の良し悪しは思い込みにすぎない。良し悪しを決めつけると、状況を真に見極められなくなる」という教訓であったことが語られている。子育てのリアルなエピソードを多く取り入れており、話者自身が物事の良し悪しに対する思い込みにとらわれず、開かれた考えと好奇心を持って娘の人生と向き合う様子が伝わってくる。

「塞翁が馬」は使い古された言い回しだし、「物事の『良し悪し』は思い込みに過ぎない」と言葉にするのは簡単だけど、実際に現実の見え方を変化させるには、大変な勇気と忍耐を要すると思う。

2020年に起きた出来事と直面した事態は、多くの人にとって「悪い」ことだっただろう。本音を隠して無理やり「良い」ものだったと思い込もうとするのも、努力の方向として健全とは言いがたい。しかしここで一つ深呼吸をしてみて、「良いか悪いかは分からない」と言ってみることなら、できるのかもしれない。

物事の急激な変化は私達を不穏な「物語」へと導き、その強固な世界は徐々に私達を追い詰めてゆく。一度見定められた良し悪しは、決して覆ることのない「真実」であるかのように振る舞う。そうした「物語」に編集の余地はあるのか。あるいは、自分自身の「物語」は今後どのような方向に導くことができるのか。私は今、こうした問いの中に救いを見出そうとしている。

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追記(201217)
複数の講演全体を通しての感想。メンタルヘルスに関わる各手法・知識に強いて共通点を見出すとすれば、「メタ認知を鍛えよ」という教訓が得られるのかもしれない。「自分の心の状態がAである」ことそれ自体よりも(むしろそれ以上に)、「Aという状態を無視する・否定する」ことの方が心の健康にとっては害悪となるのではないか。この視点は私にとっては重要な気づきであり、心の不調にまつわる様々な場面で応用可能ではないかという気がする(A:ネガティブな感情を抱いている、ストレスを感じているなど)。