ショートショート「可笑しな夢」

早く寝ると当たり前だけど早起きしすぎてしまう。

今日も変な夢を見たのだけれど、とっさにメモを取りたいクセがぬけず、それはそれでよいのだけれど、タイピングの変換の間に私の細胞から鈴のような音を出してそれらははじけていってしまう。それらは独立して分裂し成長してあらゆるものの中に溶けていってしまう。それらは、くるんと丸まって膝の上にポトンと小さく落ちた巾着袋のようにまとまってしまった。

袋の中には何もなかった。
ここが神社ではないので胸から手をだして手を合わせるのは病院の敷地に大山木の花が 収縮するもののようにそこにあったというだけで目覚めろと言わんばかりに強い芳香だけが初夏を早々に迎えてたたずんでいる。


大きな客船のゆくえを知っているのは、なぜか小さなわたしと、私だけだった。その時にあらん限り出せる力いっぱいの筋力を使って懸命に門まで走った。まるで5次元と言う場所があるならこんなものかもしれないと思った。

小さなわたしの手を引いて私は、もうこんなことは二度とないと思い、一瞬一瞬を焼き付けたい欲望に駆られて涙を全部空中に散布してしまったらみんな消えてしまうかのように閉じ込められるのではないかと思った。

精いっぱい叫んだのはあなたの名前でした。と、わたしたちは叫んだ。「私だけが知っていては、こんなに大切なことを、私だけがしっていたら、あなたは哀しくないのですか、」

大山木の花がが胸から手を出すようにわたしを撫でた。神社ではなかったので私は自分の祈り方をそこで習った。

わたしだけが知っているのはそこの部分だけで、それは春の芳香が降ってきて、身体にかかり薄い霧の幕が張るような時の記憶だった。それはなんだか神社の境内に似た空気で、私とわたしの出会うもう存在しない場所だった。

ずいぶん可笑しな夢を見たもんで、うなされていたよとわたしは言った。私は目に湿気を含んだ朝の冷え込みをためこんだようなわたしの目を見つめて、霞んでしまって見えなくて断念した。

心音を刻む小さな黒い箱に水が跳ねるような軌跡がピチョン ピチョンと音を出すのを眺めて、「そうだねえ。私だけが知っていると思って、あの時いたみんなが全部消えてしまいそうだったから怖かったんだと思うよ」とそっとわたしの頭を撫でた。

朝はもう春の匂いがしていた。どこかレモンのようにも思えて重たい湿気を含んだ、甘い実は水気が多くて、小さなわたしのようだと思った。小さな頃は空気だったんだと思った。そんな可笑しな、夢を見たんだ。だから春の朝の早い時間はきっと永遠にそこまでしかないのだと思った。

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