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奇跡講座WB実践284 私は、痛みをもたらすすべての想念を変えることができる
第二部
7 聖霊とは何か
レッスン284
私は、痛みをもたらすすべての想念を変えることを選択できる。
まったくワークができない一日。
ずっと分離の世界こそ現実。この体こそ私という見方をしている私。
そう見るという選択をしているのは、私。
そう見たくなければ、真に見るという選択を私がすればいい。
でもその選択ができない。
その選択をしたくない自分がいる。
その心を取り去ってください。
こんな赦しで、この心が変わるんだろうか・・・
そんな疑いがまったくないとは言えない。
それしかないんだから赦しをするけど、
きっとすぐには変わらないんだろう・・・
なんて思ってしまう。
だって時間がかかることだって言うし・・・
この袋小路感をLinpに話そうとは思ってなかったけれど、
夕食時ふと話そうと思った。
頷いて聞いていたLinpは、私に質問してきた。
「イエスに頼ってる?」
「イエスに頼ることに抵抗はある?」
数ヵ月前はイエスに呼びかけ話していたこともあったけど、
赦しは聖霊だし、あっちもこっちもよりひとりに話していたいと思い、今は聖霊に呼びかけたり話したりしている。
聖霊もイエスも同じ働きだというし、それでいいと思っていた。
あえてイエスに抵抗している意識もない。
いやだとも思わない。
だって以前クリスチャンだった時期があるし。
・・・
イエスに抵抗があるんだろうか・・。
Linpは話し続けた。
「聖霊とイエスは同じ働きだけど、イエスは肉体を持ったことがあるからイメージしやすい。だからイメージしにくい聖霊よりはじめのうちはイエスを頼ったほうがいい。」
そういえばLinpは以前、自分がイエスに抵抗していたことに気づいたと言って、讃美歌をよく聞いていた。
なんで今イエス?
”はじめのうちは”ってなに?
自分はもう通りすぎたところを、私がまだ気づいてないって言ってるの?私はまだ”はじめ”の段階だって言ってるの?
だんだんLinpに腹が立ってきた。
真理について話してるとよくこうなる。
Linpは真理を歪めずに正しく理解できる力がある。
経験があって理解できるのが普通だけれど、経験がなくても理解ができるのは特異なことだと言われたことがある。
理解したあとに経験して体得していくタイプだ。
私は逆で、真理をいくら聞いても経験するまでは腑に落ちない。
正確に記憶するってことも苦手で、ざっくり理解する。
だからよくLinpから真理の話を聞くのだけれど、
それを私が攻撃されてるように聞いてしまう。
Linpだってこうだし、ああだし、
私が負けてるようには思えないけど、
Linpの話を素直に聞いたら、負ける気がする!
もうこの思考が分離。
私とLinpは別物っていう見方。
Linpは真理をずっと話す。
それはわかってるよ!
だけどできないんだよ!
「だからイエスをはじめのうちは頼るのがいいんだ」
イエスの名前を出してると、クリスチャンみたいに思える。
クリスチャンじゃないって思いがどこかにあるかも。
なんでイエスじゃなきゃいけないの?
!!
あれ、私、イエスに抵抗してる?
「奇跡講座でイエスの言葉を聞いているのに、イエスに頼るのは嫌だって、おかしくない?イエスは頼ってきてほしいんだよ。」
・・・
この話を今聞いているということは、
今、私にこの知らせが必要だからだろう。
これはLinpが話しているのではなく、イエスが話しているのだろう。
これは、素直に受け取るのがいいに違いない。
だけど今夜は私の感情が拒否している。
寝ちゃえ!
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