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脱・マーケティング宣言! 大転換したビジネスの価値観!

最初にお断りしておきます。
この記事は2012年4月、経営月刊誌「商いは門門」に掲載されたものを復刻版として転載します。

みなさん、こんにちは。
社長の大学主宰、株式会社リンケージM.Iコンサルティングの長谷川博之(はせがわ・ひろゆき)です。
2011年3月11日午後2時46分以降、ビジネスの価値観が大きく変わりました。
具体的には、戦後始まった右肩上がりの経済である「高度成長期~バブル期」が、ようやく終焉したということです。
右肩上がりの経済の頂点は、日経平均株価が38,000円を記録した1990年です。
それ以降、日本の経済は右肩下がりです。現在の日経平均株価は9,600円、つまり全盛期のわずか4分の1です。
しかし、日本の経済は、2011年3月11日午後2時46分以前まで、高度成長期~バブル期に培った価値観を「善」として手放せずにいたのが現実です。
そして、その価値観を強制的に捨てざるを得なかったのが、東日本大震災だったのです。
その証拠に、大量生産&大量消費を前提として成り立っている大企業は、海外進出を一気に加速しました。
では、日本国内で商売をする中小零細企業は、どのような価値観で商売をおこなったらいいのでしょうか?
そこで今月の特集は、「脱・マーケティング宣言!大転換した商売の価値観!」をお届けします。


巧妙に仕組まれたマーケティングの罠!お客様は儲けるための手段です…

おかげさまで私は、マーケティングコンサルタントとして独立して12年目を迎えました。
そして、マーケティングと付き合って35年です。
マーケティングをご存知ない方のために、まずはマーケティングについて説明させていただきます。
その理由は、マーケティングと戦後から現在に至るまでの日本の経営は、密接な関係にあるからです。
マーケティングとは、①お客様が求める商品やサービスを開発すること、②その商品やサービスを効果的にお客様に伝えること③お客様がその商品やサービスを効果的に購入できるようにすることの三点に集約されます。
つまり、お客様が欲しい商品やサービスを開発し、お客様にスムーズに知らせ、購入してもらうには、どうしたらいいのかを工夫する活動です。
私は、企業とお客様が商品やサービスを媒介として、「喜び」や「感謝」を交歓するコミュニケーションだと思っています。
このマーケティングですが、20世紀初頭にアメリカで誕生しました。
いかにして新規のお客様を獲得するか、いかにして商品を効率良く売るかに重点が置かれました。
アメリカは国土が広いため通信販売が盛んなことも、マーケティングが重視された要因です。
商品を見なくても、カタログだけでいかに買わせるかを研究したのです。
その結果、生まれたのが、数々の小手先のテクニックです。
たとえば、日本でも今では当たり前に使われている「無料オファー」「購入特典」「期間限定&人数限定」「お客様の声」「返金保証」「バックエンド商品」などが代表的なテクニックです。
すべて、テレビショッピングや通販などでお馴染みの手法です。
健康食品や化粧品などは、お客様の声や体験談をふんだんに使った宣伝をします。
そして、サンプルを無料でプレゼントします。
次に、サンプルを請求してきた人に対して、期間限定や人数限定の購入特典を付けて商品を販売します。
さらに、30日以内ならば返金保証も付けます。
定期購入をすれば安くなりますが、さらに様々な商品を売り込んできます。
これらは、効率良く売り(買わせ)、簡単に売上と利益を構築する目的で、巧妙に仕組まれたマーケティングです。


誰も幸せになれないマーケティングが、日本の「会社」と「経営」をダメにした!

誰も幸せになれないマーケティングとは、売上と利益のためだけに、小手先のマーケティングを駆使することです。
実は、これまで日本の会社と経営は、アメリカ型経営の多大な影響を受けたマーケティングを使ってきました。
私はサラリーマン時代、10年間で3,000点ものチラシやダイレクトメールを作成し、小手先のマーケティングを売上と利益のためだけに駆使しました。
どうしたら商品をスムーズに購入してもらえるのか、いや、むしろ、どうしたら買わせることができるのかを考えました。
まるで、狩りです。
来る日も、来る日も、お客様という獲物を追いかけ、罠を仕掛けていました。
結果、私は自分勝手で、打算的な人間になりました。誠実のかけらもなく、人間性も最悪だったと思います。
私の例は極端なのかもしれませんが、小手先のマーケティングをおこなった人たちは、こうなる可能性が高いのです。
こんなマーケティングと考え方で、お客様が幸せになるでしょうか?
地域が幸せになるでしょうか?
社会が幸せになるでしょうか?
取引先が幸せになるでしょうか?
そして、会社が良くなるでしょうか?
答えは「No」です。
私の勤めていた会社は、私が辞めてから一年半後に、30億円の負債を抱えて倒産しました。


もういい加減に、小手先のマーケティングを手放しませんか?

私は、今年の1月7日~8日にかけてTwitter(ツイッター)でマーケティングに関することを数多くつぶやきました。
そして、そのつぶやきをまとめて、Facebook(フェイスブック)に投稿しました。
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人間関係は、マーケティングを超えます。
今、世の中は、人間関係や人間性を重視するから、
どんどん従来のマーケティングが効かなくなっている。
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商品を売るためだけに、
マーケティングをやっている会社から買いたくない!
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何のために、誰のために、
マーケティングをやるのかを考える時代。
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これからの商売の三つのポイントは、「農耕型経営」「顧客密着」「先用後利」。
あなたとお客様の間に、いかにして「喜び」と「感謝」の善循環の輪を創れるかです。
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結局、マーケティングは、
いかに人間関係を構築するかの実践です。
つまり、より良く生きるための哲学とも言えます。
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継続できないマーケティングは意味かない。
継続が蓄積されても、パワーにならないマーケティングも
意味がない。
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ざっと、こんなことを書いたところ、あっという間にコメントが続々と書き込まれました。
多くの方々に、共感していただいて、とても嬉しかったです。
「既存のマーケティング」「アメリカ型のマーケティング」「新規顧客獲得のマーケティング」「狩猟型のマーケティング」などに対して、「もしかして違うかも?」と違和感を感じている経営者は、ひじょうに多いことがわかりました。


マーケティングとは、「喜び」と「感謝」の人間関係を創ること!

人間関係の前では、マーケティングは無力です。
売り手と買い手の信頼関係ができていれば、そこに割って入ろうとする企業が、どんなに素晴らしいマーケティングをおこなったとしても効果はありません。
売り手と買い手の関係を引き裂くことはできないでしょう。
愛の前では、マーケティングはもっと無力です。
愛し、愛される売り手と買い手の関係であれば、マーケティングなど、まったく無意味です。
巧妙な小手先のマーケティングを使ったところで、見向きもされないでしょう。
今後、自社の商品やサービスを売るためにだけに、要は自社の売上と利益のためだけにマーケティングをおこなっている会社やお店は、お客様が「No」を突きつけるでしょう。
お客様に喜びを与え、お客様から感謝される。お客様から感謝という喜びをいただき、お客様に感謝する。これが売り手と買い手の「喜び」と「感謝」のキャッチボールです。
私は、この善循環を創ることが、本物のマーケティングだと思っています。
「喜び」と「感謝」のキャッチボールは、信頼を生みます。
信頼は、「絆」を育み、「強固な人間関係」を築きます。
そして、「あなたから買いたい!」という気持ちが、お客様におこります。
その結果として、売上や利益がついてくるだけです。
「お客様と真剣に向き合うこと!」、これがマーケティングをやる上での大前提になります。
もう、売るためのマーケティングは、終わろうとしています。
そして、人間力に溢れたマーケティングが、始まろうとしています。
ですから、経営目的も新たな方向に舵を切らなければいけません。


マーケティングは「業績」と「人間性」が、比例しなければ意味がない!

あなたのお店に、一人のお客様が来店しました。
一番高い商品を購入すると言っています。
この商品が売れれば、今月の売上目標は達成します。
しかし、このお客様がこの商品を購入しても、さしてメリットがないことは明白です。
むしろ、この商品の半値の商品の方が、このお客様には最適です。
十分過ぎる程のメリットを享受できそうです。
あなたは、このようなシーンに遭遇しました。このお客様にどう対応しますか?
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1.売上目標を達成したいので、
  メリットのない高額商品を販売する
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2.お客様のメリットを考えて、
  高額商品ではなく、半値の商品をすすめる
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どう考えても、前者は商売の良心に反しますし、後者は良心的です。
言葉を変えると、前者は嘘つきで利己的、後者は正直で利他的です。
前者の考え方で商売をおこなうと、短期的には売上と利益は伸びるでしょう。
しかし、自社の売上と利益のために、お客様の喜びやメリットをもみ消すことになります。
結果、信用を失い、尻すぼみの商売になる可能性が高いと言えます。
また、利己的な商売を長い間続けていては、人間性も悪くなります。
その結果、業績は悪化するでしょう。
これに比べて後者は、短期的には売上と利益は伸びません。
しかし、お客様の喜びやメリットは大きくなります。
結果、お客様には良い買い物としたと感謝され、信用を得ることができます。
このように、利他的な商売を長い間続けていれば、業績は伸びて、同時に人間性も上がります。
まさに、業績と人間性が比例している商売です。
これが大切ですね。
さて次は、購入していただいたお客様に対して書く、「礼状」についてお聞きします。
あなたは、どのような目的で礼状を書いているでしょうか?
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1.購入したお客様に礼状を書くと、
  リピーターが増えると聞いたので書いている
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2.購入していただいたお客様に、
  心からの感謝を込めて礼状を書いている
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前者のように、リピーターを増やす目的で礼状を書いている人は、やはり自社の売上と利益のことだけを考えている利己的な考え方です。
ですから、手書きの礼状の方がリピーターが増えると聞けば、手書きにするでしょう。
しかし、後者のように、購入したお客様に対して心からの感謝を現す目的で、礼状を書いている人は利他的であり、手書きであろうとなかろうと関係ないはずです。
心からの感謝は、お客様の琴線に触れます。
前者は小手先マーケティングとしての礼状、後者は本物マーケティングとしての礼状です。
これも長期的にみれば、業績の向上と人間性の向上が比例すると思います。
結局は、お客様の「幸せ」や「喜び」のために商売をおこなうことが、業績の向上に繋がるということです。
自社の売上や利益のために商売をおこなっても、業績は向上しません。
このことは前述したように、私はサラリーマン時代に嫌というほど味わいました。
そして、東日本大震災後、ようやくこの価値観が本格的に顕在化してきたのです。
もう商売の価値観は大きく変わたのです。


日本人特有の商売哲学があります!本物のマーケティングは足元に

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利己的なマーケティングは、戦後、アメリカからやってきたものです。
「自社の利益至上主義」「新規顧客重視」「狩猟型経営」「短期的付き合い」「売ったら売りっぱなし」の考え方です。
しかし、よく考えください。
このアメリカ式マーケティングは、日本人の心に合っているのでしょうか?
本来、日本人はアメリカ式マーケティングとは真逆の商売をおこなっていました。
「お客様の利益優先」「既存顧客重視」「農耕型経営」「長期的な付き合い」「売ってからが勝負」などの考え方です。
同志社大学経済学部の末永國紀教授が、財団法人滋賀県産業支援プラザのホームページで、近江商人の31個の考え方を紹介しています。
一番有名なのは、「三方よし(さんぽうよし)」という商売の哲学です。
三方よしとは、商売は「売り手(会社やお店)も良く」、「買い手(お客様)も良く」、「世の中(社会)も良い」ということです。どれかひとつだけ良くても、信頼を得ることができません。
現在は、この三つのほかにも、「取引先」や「社員」も加えて、「五方よし」にした方がいいと思います。
さて、三方よしのほかにも、今こそ学ぶべき近江商人の代表的な商売哲学を紹介します。
■正直・信用
 時代は関係なく、商売で一番大切なものは信用です。
 そして、信用のもととなるのは正直だという考え方です。
 近江商人の原点である繊維商社の外村与左衛門(とのうらよざえもん)
 家の「心得書」では、正直は人の道であり、若い時に早くこのことをわき
 まえた者が、人の道にかなって立身できると説いています。
■出精専一(しゅっせいせんいつ)
 商売の成功に欠かせない要素は、勤勉で商売一筋に励むことです。
 近江商人の屋号に、「山星金星」「星久」「大星」など、星をつけたもの
 が多いのは、朝は星を抱いて商売に出かけ、夕べは月影を踏んで帰宅する
 勤勉さを象徴しているからだということです。
■利真於勤(りはつとむるにおいてしんなり)
 真の利益とは、権力と結託したり、買い占めや売り惜しみを しない
 で、その結果得たものたという意味です。
■天性成行(てんせいなりゆき)
 商売の基本は、自分の都合や勝手だけを優先するのではなく、自他ともに
 成り立つことを考えるということです。
 だから、時には損をすることもあるので、損益は長期的に考えることが大
 切ということです。
■しまつしてきばる
 倹約につとめて無駄をはぶき、生活の支出をできるだけ抑え、勤勉に働い
 て、収入の増加をはかる生活を表現しています。
 ただし、単なる節約ではなく、モノの効用を使い切ることが大切だと説い
 てあります。
■信仰と家業
 近江商人は、家業の永続という、独力では不可能な願望を実現し、営利活
 動を支える拠りどころを信仰に求めました。
 信仰は、悪心を抑え、無益な散財を防止し、家業永続の助け となりまし
 た。
 初代の伊藤忠兵衛は、宗教による人格の向上 を期待して、有無相通ずる
 商売は菩薩の業であると信じて、店員とともに朝夕念仏を唱えました。
■創意工夫(そういくふう)
 前述の外村与左衛門家の「心得書」には、先祖代々の家業でも、時代の流
 れに応じて変えていかねばならないと書いてあります。
 しかし、熟慮の上で改革し、時流の趨勢に遅れないように毎日工夫をせよ
 と述べられています。
■売って悔やむ(うってくやむ)
 商売は、お客様の望む時に、そのときの相場で損得に迷わず販売し、先々
 の値上がりを考えて売り惜しんではいけないという考えです。
 将来を考えて、長続きする取引への配慮を促した言葉です。

以上が、昔から近江商人に伝わる代表的な商売哲学です。
言われてみれば、当たり前で普遍的なことばかりです。
ですから、まったく目新しさはありませんが真実です。
なぜ私たちは、こんなに素晴らしい日本の商売哲学を戦後捨ててしまったのでしょうか?
私には不思議でたまりません。
日本には、近江商人のほかにも、まだまだ素晴らしい商売哲学があります。


富山の置き薬に学ぶ!「先用後利」の商売哲学とは?

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私が戦略セミナーで必ず紹介するのが、「富山の置き薬」です。
富山の置き薬には、「先用後利」という考え方と、「懸場帳(かけばちょう)」という長年に渡ってお客様との良好な関係を築く仕組みがあります。これは、17世紀に始まりました。
「先用後利」とは、お客様に先に薬を使ってもらい、使った分の薬代金をいただくという考えです。
当時、薬売りは現金商売でした。
つまり、商品と現金の交換です。
当時は、使うか使わないかわからない数多くの薬をすべて常備しておくことは、一般庶民にとって経済的に困難でした。
ですから、薬売りは定期的にお客様を訪問して、必要な薬を販売していました。
しかし、何回もお客様を訪問するのであれば、「数種類の薬をお客様に渡して、次回訪問した時に使った分だけ薬代金を受け取ってもいいのではないか・・・」と考えました。
これが、先用後利の原型となった考え方です。
つまり、お客様に先に商品を使ってもらい、使った分だけ代金をいただくという考え方です。
これを応用させて、現代に蘇らせたのが、小売業の店舗でよく見かける防犯ミラーの分野でシェア1位の「コミー」という会社です。
防犯ミラーの分野では、何とシェア80%を誇っています。
コミーには「顧客の役に立つ商品だけを売る」という哲学があります。
しかし、役に立つ商品なのか、役に立たない商品なのかは、実際に商品を使ってみなければわかりません。
業種や業態を問わず、これは紛れもない事実です。
そこでコミーでは、お客様から注文がくると、用途や取り付け場所、部屋の広さや天井の高さなど、使用現場の情報を詳細に聞き取ります。
その理由は、いたって簡単です。
お客様に最適な防犯ミラーを提供するためにです。
つまり、お客様に役立つ商品を提供するという目的を実現するためにです。
そこで、コミーでは、防犯ミラーを2週間無料で貸し出します。
「まずは無料で貸し出すので、それで試してみて、よかったら買ってください」という思想です。
初めてのお客様は、大変驚くそうです。なかなか、防犯ミラーを売ってくれないからです。
しかし、お客様は安心です。
実際に防犯ミラーを試せるので、購入に関する不安は限りなくゼロに近づきます。
私は、コミーのお客様の不安を解消するという、当たり前のことを真摯に追求している経営思想が大好きです。
これは、日本人にピッタリだと思います。
そして、私はこれも一種の「先用後利」だと思っています。


お金を返せばいいのか?日本人の心理を利用した返金保証

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先用後利やコミーの話しで、最近気になっていることを思い出しました。
それは、「返金保証」です。
今や通信販売などでお馴染みの手法です。
今から二年半前、ロッテリアが「絶妙バーガー」で返金保証をおこない、話題になりました。
2週間実施して、約120万食が販売されて、返金率は0.2%でした。
絶品バーガーは、1年間で2,000万個販売されています。
これを2週間に換算すると77万個売れる計算になります。
今回の返金保証では、2週間で120万個も売れています。
あくまでも、平均と比較しての数字ですが、売上で156%の効果です。
そして返金率は0.2%、わずか2,400個です。
この返金保証ですが、日本人は返金手続きが面倒だという心理と返金を申し出るのが恥ずかしいという心理が働きます。
ですから、返金率は思ったよりもウンと低いのが現実です。
ここに目をつけて、信頼感を高め、安心感を演出するために、返金保証を導入している企業もあります。
この手法はアメリカからの輸入ですが、アメリカは訴訟社会です。
ですから、返金保証や返品保証が大切なのです。
しかし、日本は訴訟社会ではありません・・・。
先日、こんなことを言っている、経営者に遭遇しました。
「効果がなかったら、返金すればいいよ」と。
ちょっと待ってください!
返金保証という手法が当たり前になってから、このような商売人が増えたような気がしてなりません。
先用後利の精神やコミーと比べると、商売のルールを逸脱しているような気がしてなりません・・・。
やるべきことは、誰が使っても効果が出るように企業努力することや適切なお客様に買っていただくことで、お客様を不愉快にさせる返金保証など、なくすことではありませんか?


長年に渡ってお客様と良好な関係を築く、「懸場帳」という宝物とは?

富山の置き薬の核となる仕組みに、「懸場帳(かけばちょう)」があります。
懸場帳とは、現代で言うところの「顧客管理」に通じます。
お客様の名前や住所、家族構成、訪問日はもちろんのこと、置き薬の種類、使用量、回収した薬、さらに支払明細、家族の健康状態に至るまでを記録しているものです。
この懸場帳があることにより、お客様のことを把握した会話ができます。
また、薬の在庫量を予測でき、計画的な仕入れができたといいます。
要は、過剰な在庫を持つというリスクを抑えることができました。
そして、懸場帳は、薬売りが引退する際、高額で取り引きされました。
懸場帳を買う人はこれがあれば、すぐに薬売りとして商売ができます。
引退する薬売りは、そのお金を退職金とすることができます。
本当によくできた仕組みです。
これにより、薬売りとお客様の良好な関係が、長期間に渡り構築されます。
もうおわかりだと思いますが、懸場帳がなくなったら商売ができなくなります。
ですから、商品よりも懸場帳の方が価値があったのです。
もし、会社が災害に遭っても、懸場帳さえ残っていれば、すぐにでも商売が再開できるのです。
富山の薬売りにとっては、命の次に大切なものだったと思います。


究極の商売哲学、「商いは門門」という考え方

私はことある度に、「商いは門門(あきないはかどかど)」という諺を紹介してきました。 
もう十年になります。
この諺の意味は、「お客様一人ひとりに合った商品をすすめるのが、商売繁盛のコツである」ということです。
つまり、お客様それぞれに合った、最適な商品やサービスを提案するということです。
そして、お客様にとって最適か最適でないかは、そのお客様のことを理解していなければわかりません。
たとえば、あなたがファッション関係のショップの店員だとします。
お客様のことを理解するということは、お客様の「ワードローブ」「好み」「職業」「家族構成」などを知ることです。
先ほどの富山の薬売りの「懸場帳」と同じですね。現代でいうところの「顧客管理」です。
しかし私は、顧客管理に力を注いでいる会社にもお店にも遭遇したことがありません。
せいぜい、お客様の「名前」「住所」「電話番号」など、お客様と連絡を取ることができる顧客名簿レベルです。
また、購入履歴も記録している会社やお店もありますが、売る側都合のABC分析に使う程度で、お客様に最適な商品やサービスを提案するためには使ってはいません。
理由は簡単です。手間がかかるからです。
そして、このような顧客情報を収集するには、一朝一夕ではできません。
つまり、時間がかかるのです。
だから、ほとんどの会社やお店はやりません。
顧客名簿を使って、画一的なダイレクトメールを送る程度です。


片田舎の小さな水道設備屋さんが、近畿地域の売上ナンバーワン!

和歌山県有田川町(合併前の金屋)に、「平岡水道設備」という会社があります。
いわゆる、水廻りを中心としたリフォーム屋さんです。
この会社の商圏人口は、わずか9,000人です。
しかし、イナックスの販売コンクールで三年連続で関西全域で1位(個人商店部門)に輝きました。
さらに、自社主催のリフォームのイベントを開催すれば、お客様の参加率は40%にもなります。
チラシを250軒に配って、103組260名の人に来場してもらったと言います。
和歌山市内のリフォーム会社が、同じようなイベントをおこなっても、40組程度の集客がザラだそうです。
平岡水道設備の集客力がいかに凄いのかが、理解できると思います。
イベントの内容は、よくあるリフォームフェアです。
平岡水道設備の敷地内に、トイレやお風呂の住宅設備機器や説明パネルを展示して、メーカーの営業が来場者に説明をします。
そして、アンケートを書いてもらうだけです。
狙いは、来場者にリフォームの意識を高めてもらうことです。
では、これだけ多くのお客様がイベントに足を運んだ理由は何でしょうか?
イベントの告知チラシをポスティングしたのは、以前修理や工事でお伺いしたことのある既存のお客様が中心です。
このチラシは、恐らくワードで作ったと思います。
お世辞にもセンスが良いとは言えません。
むしろ、ダサいと言った方が正解です。
しかし、このチラシには、お客様が喜ふようなちょっとした思いやりがあるのです。


お客様のことをとことん考える!その思いやりがお客様を行動に駆り立てる

その秘密は、チラシの数箇所に書いてある手書きのメッセージです。
これは、お客様一人ひとり、違うメッセージが書いてあります。
たとえば、坂上さんというお客様のチラシはこのようなメッセージが、ところどころに書いてあります。
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「夕方までやってますョ~! ウチでやってます!」
「やっちゃんや大村さんにもご案内しておきました!
 お誘い合わ せの上いらっしゃってくださいね~!」
「坂上さん、ご家族で楽しんじゃってください!」
「P.S Gワンは元気ですか?」
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橋本さんというお客様のチラシはこのようなメッセージが、ところどころに書いてあります。
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「夕方までやってます!農作業が終わったら来ちゃってよ!」
「橋本さん、先日はポンプの修理でお世話になりました。」
「おやっさんとこのポンプ、サビもだいぶまわりだしているんで、
 また水が出なくなるかもしれません・・・。
 調子が悪くなりましたら、いつでも呼んでくださいね!」
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お客様の飼っているペットのこと、お客様の友達のこと、お客様の仕事のこと、お客様の水廻りのこと、そして、感謝の「メッセージが書かれているのです。
これは、お客様のことをよく知らなければできません・・・。
社長の平岡智秀さんは、「不思議とお客様の家の前までいくと思い出します。
その場で手描きメッセージを書きました。」と語っています。
このように、自社の売上や利益優先の利己的なマーケティングではなく、お客様の幸せや喜びを優先に考える利他的なマーケティングこそが、間違いなくこれからの商売の価値観になります。
近江商人の「三方よし」、富山の置き薬の「先用後利」と「懸場帳」、そして「商いは門門」。
すべて、お客様の利益を最優先に考える商売哲学です。
だからこそ、お客様と末永い絆を構築でき、業績が上がると共に人間性も上がるのです。
新潟市にある千代田設備の佐藤袁也社長は、「会社は人間道場」であり、「会社で本物の財産を作れ」と言っています。
本物の財産とは金銭や物品ではなく、優しさや勇気など、人間力のことです。
要は、会社と仕事を通じて、人間性を養い、よりよい人生を生きるということです。

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