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アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(最終章)メチャ売れしたのは「オンナコドモ」の本…だけどそれでいい気がする

本のコンテンツでこの10年の傾向などはあるだろうか? 年ごとのベストセラーリストもあるけれど、全体の傾向を見るにはこの10年でもっとも売れた本トップ10が参考になるだろう。以下はベストセラーリストでは紙版もEブックもいっしょにしているUSAトゥデイ紙に載っていたリストで、NPD社が提供するBookscanの情報(全米の85%のPOSデータを集計)を基にしている。

Best-Selling Book of the Decade in the U.S.

順位 タイトル 著者 出版社 刊行年 売上部数
1.    Fifty Shades of Grey    E. L. James    Random House    2011    15.2 million
2.    Fifty Shades Darker    E. L. James    Random House    2011    10.4 million
3.    Fifty Shades Freed    E. L. James    Random House    2012    9.3 million
4.    The Hunger Games    Suzanne Collins    Scholastic    2008    8.7 million
5.    The Help    Kathryn Stockett    Penguin Group USA    2009    8.7 million
6.    The Girl on The Train    Paula Hawkins    Penguin    2015    8.2 million
7.    Gone Girl    Gillian Flynn    Random House    2012    8.1 million
8.    The Fault in Our Stars    John Green,    Penguin Group    2012    8 million
9.    The Girl with the Dragon Tattoo    Stieg Larsson    Random House    2008    7.9 million
10.    Divergent    Veronica Roth    HarperCollins    2011    6.6 million

みごとにYA(ヤングアダルト)と女性向けの本ばかりが並んだ。Girlがタイトルに入っている本だけで3冊もある。主人公が全員ティーンエイジャーから30代ぐらいまでの女性。著者で男性は2人だけ。なんだかんだ言って版元は「ビッグ5」の本ばかり。(スカラスティックは児童書ナンバーワンの大手)

この前の10年分については資料が見当たらなかったが、おそらく「ハリポタ」シリーズの後半の何冊かと、ダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」でトップ10の半分が埋まるものと思われる。

とにかくこの10年でいちばん売れた本として「50シェーズ」シリーズがトップを占めているのを見ると、かなりモヤモヤする。1位になった第1巻はしかたなく読み通したが、かなりの苦痛だった。文章も稚拙なら、会話やEメールのやりとりもバカバカしく、肝心のSMもお尻ペンペン程度の甘々。読んでいるとすぐに疲れてきて、中断しては甘いものを食べていた記憶がある。それでも、この本がどういう経緯で大ヒットになったのかを振り返ることに意義があるかと。

「50シェーズ」って元々、ファンサイトの投稿小説だったのね。The Master of the Universeというタイトルで、それも人気YAシリーズ「トワイライト」のSMパロディみたいな。「トワイライト」は、幼馴染みクンが狼男で、気になるイケメンが吸血鬼で、その2人に愛されて三角関係で悶々とするちょっと根暗な転校生の私〜ってなお話。「トワイライト」は映画化(当時流行りの三部作で4本作るやつ)もされてメジャーな人気も出たけど、その前からかなり「腐」の入ったファンコミュニティーがいくつもあった。

そこに E・L・ジェームズ(確か“アイスクイーン”みたいなペンネーム使ってたけど、エリカ・レオナードってのが本名)が、SM風味を加えたファンフィクションを投稿したのだった。日本のコミケの二次創作みたいなものかな。それがけっこう読まれて、書いた本人も舞い上がっちゃって「コレ、出版したいな。Eブックにして売ろうかしら?」と書きこんだところ、「いやそれは著作権ってものがあってムリ」と言われたので、主人公の名前や設定を変えてセルフ・パブリシングのEブックにしてみたというわけで。この時点で3万ダウンロードあったらしい。

それに目をつけたオーストラリアの出版社(とはいっても個人がやっているような小さいEブック出版社)が「うちで出させて」とEブックとPODで作ってみたら、イギリスやアメリカからもわざわざ輸入して読む人がいて、mommy pornなんて言葉が生まれるほどに。おそらくティーンエイジャーの娘を持つようなママ友さんの間で「うちの娘ったら、こんなのが流行ってるっていうんですよ」って興味を示してこっそり回し読み(っていうかキンドルにこっそりDLしてると思う)たところで、腐女子ティーンエイジャー向けのSMおとぎ話を超えて、ベストセラーへの道が拓けた。

なにしろアメリカでは熾烈なオークションの末、7桁(数億円)という高値で文芸の薫り高いペンギン・ランダムハウスのインプリントであるクノップフから出ることになったのだ。さらにその年のブックフェアで版権がヨーロッパでも売れだしたのを見て当時の私は笑うしかなかったね。日本でもハヤカワさんが出してたね、ご苦労様w 

でもさすがにフランスだけは最初、ガンとして版権を買おうとする出版社がなかった。さすが、サド侯爵やO嬢を生んだ国、と思っていたら結局Univers Poche社から出版されて、なんだかんだいってフランスでも読まれてて笑った。(三献ヌアンスでグヘーですってよ、奥様w その年のブランクフルト・ブックフェアでフランス人編集者をいじる材料にはもってこいだったね)

ファンサイトの投稿小説から世界を股にかけたベストセラーになっても、相変わらず中身はひどい本という評価は変わらなかったけれど、そこから読み取れるものがないでもない。ひとつ記憶に残っているのが、このストーリーに王子様として登場するクリスチャン・グレイは、ヨーロッパの公爵さまでも、ヘッジファンドのウォール街バンカーでもなく、シアトルのIT長者で(なのにちゃんとスーツを着ているのがザッカーバーグと違う)、バラの花束ではなく、最新すぎて市場に出回っていない仕様のアップルのパソコンをプレゼントしてくれるのだ。

しかもお尻一つ叩くのに、いちいち主人公の同意を求めるどころか、詳細な契約書まで用意するのである。いやもうね、現代の王子様ってのはハリー王子でもなく、ジョンジョン(JFKジュニア)でもなく、#MeToo時代を先取りした「合意を求める」男なのね、って今から思うと先見の明はあったのかも。

そしてもっと大きな枠でこの作品を考えると、昔からビデオデッキでも、インターネットの映像投稿サイトでも人間の「エロが見てぇ」という本能的欲望がテクノロジーを牽引してきたわけで。それがここにきて女の子やママさんのエロになっているのが新しいというか、世界規模のトレンドを感じたところ。(それに引き換え、どこぞのガラパゴスな国は相変わらず巨乳女子を使って消費や寄付を促すことしか考えてないうちに平成が終わっているのだが、大丈夫か。)このmommy pornと日本におけるBL消費の腐女子について誰か論文でも書いてほしい。

とりあえず、50シェーズの話はこれでおしまい。(なんだかんだ言って語ってしまったw)

さてさて、ジャンル別の売り上げのトレンドで追うと、この10年で「YA(ヤング・アダルト)」と呼ばれるジャンルが成長し、今その成長期のピークを超えた感がある。チャートの本では、4、8、10位の本がYAに含まれる。どれも映画化され、興行成績もよかった。ティーンエイジャーの女の子がトレンドを作って、他のデモグラフィーがそれを大ヒット作として享受するという構図が見える。これからの10年でもさらに多くのYA作品が生まれるだろうが、ここまでのヒットがどのぐらい出てくるかは予測できない。

でもYAはただの流行り廃りのあるトレンドではない。このブームの土台となっているのは1997~2007年にほぼ毎年、シリーズ刊行された「ハリポタ」で、この時期は「若者の読書離れ」なんてどこ吹く風で、小学生〜中学生ぐらいの子どもが毎年500ページもあるような、文字だけの本を一気に読むのが当たり前、なんて事態が起こって、ガッポリ儲けた版元だけでなく、出版業界全体への福音となった。

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アメリカの出版社が偉いなと思うのは、この時「ハリポタ」類似本で次のヒットを狙うことではなく(それやってコケた出版社もあったけど)、ハリポタのおかげで本が好きになったり、本を読む習慣ができた若い世代(とはいえほとんどが女の子)が「次に」読めるレベルの本を用意しようとしてヤング・アダルトに取り組んだことだ。

ヤング・アダルトの本を作る側には、見えないところで色々な縛りがある。使われる語彙がむずかしすぎるとアウトで、子供がお小遣いで買えるように値段を抑え、そして多感な青春真っ只中のティーンエイジャーの女の子が直面する問題に、ごまかすことなく向き合い、親の離婚、摂食障害、妊娠、暴力、虐待、身近な者(あるいは自分)の死、といった重いテーマからも逃げることなく、絶妙なバランスが取れているコンテンツが求められていたからだ。

著者にも編集者にも、それなりのプロ意識と専門知識を持ってYAを作り出していたし、そこから大人が読むに耐えるストーリーもたくさん生まれた。マーケティングを担当する人たちも、すぐバレるようなステマや、安易なピンク色の販促グッズを配るのではなく、あるいはイケメン芸能人を使う広告に走ることなく、多感な青春真っ只中の女の子たちの真摯な興味がどこにあるのか、どこから情報を得ているのかを真剣にリサーチして本を作っていた。

2003年ぐらいになるだろうか、ランダムハウスが講談社のマンガの版権をとって出していこうという話があって、まず最初は少女マンガから地道に始めようということになった。なぜなら、左開き右綴じや、コマ割りというアメリカ人にとって馴染みのない読書法に柔軟についていけそうなのは、この世代だろうと判断したからだ。

彼女たちがまずマンガを読み始めて、定着したら彼女たちが成長するのに合わせて次は大人の女性向けのコンテンツにも着手して…という長期的で地道な計画があった。性的な表現の取り扱いには特に気を使い、日本では単なる「読者サービス」として加えられていたパンチラをどうするか、くノ一忍者の技がセックスを通してしか発揮されない場面がレイプと捉えられないか、延々と議論をした。

だが、その一方で、とりあえずマンガを出せば売れる!と勘違いした日本の出版社は、読者層も、マーケティングのやり方も、版権売買のやりかたも無視してとりあえずなんでも出してみて、ヒットしたら続きをだそう、みたいなやり方で押し寄せてきたのが2000年代。

だが、そんなことしても全米の書店で急にマンガの棚が増やせるわけもなく、マンガに積極的だったバイヤーがいたボーダーズが倒産し、その後2011年にTokyopopもその役目を終えたとリストラするなど、この10年は減少傾向がつづいていた。

アメリカでの「マンガブーム」を狙うだけで、長期的にアメリカ市場に食い込む方法を模索してこなかった出版社側に非があると思っている。だが、アメリカでマンガを読みたい読者がいなくなったわけではない。この数年、つまり2018年からはまたマンガの売り上げはやや増えている。理由の一つは、ネットフリックスが牽引する複数の映像ストリーミングサービスで、日本のアニメがコンテンツとして視聴者を獲得しているからというのもあるだろう。つまりチャンスが再び巡ってきたのだ。とんちんかんな支援しかしてこなかった日本政府の「クールジャパン」政策に踊らされてはいけない。

あとは、マンガ出版社が英語で読めるコンテンツをいつどう準備できるかにかかっている。これ以上の詳しいマンガの話は、椎名ゆかりさんなど、アメリカ市場を理解している人に譲りたし。ただし、私のようなマンガ読みではない人間からひとつだけ付け加えておくと、アメリカで本を読む人にとって、イラストやマンガってけっこう「余計」なものなんだよね。みんな自分のイマジネーション逞しくして読んでいるものを楽しみたい、という気持ちがあるから。本を読んでいるアメリカ人が誰しもマンガを読めば好きになるものではないということは理解しておいた方がいいだろう。

数千円で買えて、文字が読めて想像力さえあったら何時間も楽しめるチープな娯楽、というのがアメリカでの本の立ち位置とでもいうべきか。本を読むのに文化が〜知識が〜お勉強が〜というお題目は関係ない。みんな本を読むのが楽しいから、本を読んでいるのに過ぎない。だからこの10年のベストセラーもこれでいいという気がする。

もちろんこれら「オンナコドモ」の本が売れている一方で、この10年でも分厚くて真面目で難しい本もたくさん出版され、ヒットしている。思いつくだけでも、スティーブ・ジョブスの評伝、ハラリの文明史、ボリャーノの2666、ドナ・タートのゴールドフィンチなどなど、ボリュームもあって文芸度?も高い本がいくらでもあった、売れた。

さらに「古典で何が好き?」と問われればこれからの10年も、ハーパー・リーのTo Kill a Mockingbird(すみません、これを『アラバマ物語』と書きたくないので)、フィッツジェラルドの『華麗なるギャツビー』、ヘミングウェイの『老人と海』、オーウェルの『1984』『動物農場』、ブラッドベリーの『華氏451度』がバックリストの大黒柱として一定数売れているだろうし、娯楽小説ではジョン・グリシャム、スティーブン・キング、ジェームズ・パタースン御三家の新作も旧作も健在だ。

もちろん、この10年のトレンドに対する揺り戻しが起きて、新しい男性ヒーロー像を扱ったYA三部作とか、もう少し成熟したSMを取り入れた話もヒットして欲しいし、トランプ政権後の移民ストーリーで秀逸なものが読みたいとも思う。今のところ、ディベートが喧しいのは、cultural diversityやcultural appropriationとどう向き合うのがあるべき文学の形か、というテーマだ。(これを「文化的多様性」「文化盗用」と訳してもいいのだが、そう訳して言葉の意味するところが理解されているのかも心もとない。)アメリカでトランプのようなリーダーが生まれるにあたって、批判的な政治ノンフィクションが一通り出版されたので、次のステージを考えようとしているのだと解釈している。

特に今この問題が発端で、ロマンス作家協会(RWA)が崩壊寸前の危機にあるし、メキシコ人親子の難民問題を南米出身でない著者が書ききれるのかを問うAmerican Dirtにまつわる賛否両論、人種ステレオタイプの枠から脱しきれていないと批判されて出版停止となったいくつかのYAの本の扱いを今後どうするかも問題になっている。

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これからの10年も読者にとっては楽しみで、著者にとっては腕がなるところで、出版社にとっては綱渡りの末にうまくやれば次世代のベストセラーが待っている状況だ。ワクワクするよね、本って。

さて、お正月からヒマだったのでなんとなく書き始めた「アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について」シリーズなんですが、Hon.jpで5回に渡って連載してもらい、取次や印刷のギョーカイ的な話は有料で書いてきたわけですが、一応これで一区切りとします。お疲れ様(と自分に言ってみる)

この10年のコンテンツの動きについては、なるべく多くの人に読んでもらいたいので無料としますが、これを読んで「面白かった」「読み応えあった」「他では得られない情報が得られた」人にはゼヒ、このnoteでのサポートをお願いします。いずれはもう少し系統立てて資料などを補足して一冊のEブックにまとめたいと思っていますので、その励みにもなるかと。これまでの部分は以下のリンクから(サポートの後にでも)よろしくどうぞ。

(1)Eブックで起こったディスラプション/米司法省対アップルと大手出版5社の談合の結末

(2)大きくなって交渉力をつけるか、小さくやってニッチを突くか/アメリカ出版業界の海賊版対策

(3)セルフ・パブリッシングから生まれた本のアマチュアリーグ/Eブック市場はこれからの10年でどうなるのか?

(4)出版社のこれからの10年を握るカギはやっぱりアマゾン/書店の二極化:大手チェーンとインディペンデント書店

(5)インディペンデント書店はなぜリバイバルできたのか?

(6)いわゆる取次や印刷はどうなっているのか


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