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アメリカの書籍出版産業2020:これまでの10年と、これからの10年について(6)〜〜いわゆる取次や印刷はどうなっているのか

今月Hon.jpに載せてもらった(1)〜(5)の続きになります。この辺の話は、出版業界と関係のない人には特にあまり興味のない部分だろうと思い、Hon.jpからの連載と分けました。でも関係のある人には貴重な情報だと思うので有料で。

直取引の増加の陰で、それぞれ方向転換する2大ホールセラー

まずは、アメリカの書籍の流通チャンネルが日本の「取次」と違うのか、2019年『世界』出版の未来構想に寄稿した「再販制度と取次の特徴」の部分を引用する。

アメリカには日本のような再販売価格制度はなく、本は基本的にすべて返品できる。返品できるといっても委託制度とは違い、見計らい本やライン配本といった自動配本は行われない(ただし書店のプロフィールに合わせて見積もった本を卸すというサービスはある)。欧州連合メンバー国のほとんどが書籍を定価販売しているのに対し、アメリカの法解釈では、定価販売を義務づけるのはカルテルによる価格操作にあたるとするシャーマン法(独禁法)があるため、書籍の定価販売は法律によって禁じられている。
書籍の流通には、日本の取次に近い書籍卸業の「ホールセラー」と中小出版社に変わって受注や発送だけでなく営業をも請け負う「ディストリビューター」がある。日本との大きな違いは取次口座さえあれば全国の書店に本をおいてもらうことができるわけではないことだろう。つまり、どんな大手出版社であっても、ホールセラーやディストリビューター相手に自社の本を売り込み、タイトルごとに注文してもらわなくてはならない。本の企画書が通ってから刊行されるまでに1年半〜2年かかるのも、すべて事前のパブリシティによって本を売ってもらう努力をしないと流通ルートに乗らないからである。
各出版社は「返品可」「返品不可」の2種類のディスカウント・レート(卸値価格表)を持っているが、書店はほとんどすべて「返品可」で書籍を仕入れている。アカウントと呼ばれる各書店が、年に2〜3回発行される目録(カタログ)を見て、仕入れる。
これまでは新刊書は主に各出版社に発注し、追加分をホールセラーにまとめて発注することが多かったが、最近の出版社は自社の流通倉庫で細かい対応ができるようになり、追加分も直で注文できる。つい最近のニュースでは、国内規模第2位のホールセラーであるベイカー&テイラーが学校や図書館向けの卸業に絞り、一般書店向けの卸業を止めるというニュースがあった。ホールセラーの役目は毎年軽減傾向にある。一方で、最大手ホールセラーであるイングラムもPOD による書籍流通に力を入れている。
他にも量販店などに書籍を卸す「ジョバー」と呼ばれる取次もあるが、日本のいわゆる「取次」は姿を消しつつある。加えてビッグ5のペンギン・ランダムハウスやサイモン&シュスターは自社用の巨大な流通倉庫を持ち、その空いたキャパシティを使って、中小出版社の在庫を置き、注文に対応するサービスを提供している。シフリンがかつて嘆いたM&Aによって巨大化した出版社が、回り回ってその大きさを利用して中小出版社の流通を肩代わりし、経営を支えているという、皮肉にも逆の事態になっている。

要するにいちばんの違いは、日本では本というものは本屋にしかなく、流通ルートもこれまで取次を通す以外の方法がほとんどなかったが、アメリカでは本が売れる場所であれば書店に限らず、量販店や、空港や、ギフトショップにも置けるようにするため、流通ルートもそのリテールの種類によって様々な卸業者がいるということだ。そのため、流通ルートをchannelと呼び、本の卸先をaccountと呼ぶ。

ホールセラー最大手イングラムは、本社のあるナッシュビル郊外の他に、東海岸向けにペンシルバニア州、西海岸にはオレゴン州、中西部向けにインディアナ州に倉庫があり、全国のチェーン店とインディペンデント書店をカバーしている。90年代から2000年代にかけて、米国内の小さい印刷工場を吸収していた記憶がある。バンタ社とか。アジアの印刷工場も買い出した時は、おや、世界征服ですか?と思ったけど、そうならなかった。

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「ベイカー」と「テイラー」は社のマスコットの猫の名前で、ブックフェアに行くたび(あんまり可愛くない)ニャンコの絵のついたバッグをもらった

一方のベイカー&テイラーは、もともと卸し先に学校や図書館が多いホールセラーだったが、2016年に教育ツールを学校に卸すフォレット社に買収された。ちょっとしたトリビアになるが、フォレット社という名には、馴染みがないかもしれない。1873年に古本屋としてスタートした時の創業者の名前はチャールズ・バーンズ、後にその息子ウィリアム・バーンズが跡を継いだ。ウィリアムは1908年に会社をパートナーのチャールズ・ウォルコット・フォレットに売り、ニューヨークに移った。そしてクリフォード・ノーブルという人物と興した本屋が最初のバーンズ&ノーブルというわけだ。

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