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アマゾンの流通倉庫で北米初の労働組合ができたことの意味

(結局、長い文章になったんで、小見出しをつけました。興味のない部分は飛ばしてもらっても結構です。私もずいぶん成長したなw)

4月1日に流れてきたこのニュース、最初はエイプリルフールかと思ったよね。


いや〜、ニューヨークのニュースだったから気にはなってたんだけど、昨年アラバマ州でも労組結成運動が盛り上がってた時も結局ダメだったし、今回も無理だろうなぁと思っていたので投票日のことも忘れていたんだけど。なもんで従業員の過半数が賛成票を投じたと知って「なんと天晴れな!」とビックラこいていたのに、日本だと鼻クソほじりながら「ふ〜ん」みたいなニュースになっていて、おまいらわかってねぇな、って気持ちになったので説明するとだな。

日本の「労働組合」はあんまり意味ない

アマゾンで労働組合ができたよ!ってニュースはインパクト薄かったみたいだよね。日本のアマゾン流通倉庫の労働環境がキツいってのは知られているんだろうけど、誰もスパルタカスのように立ち上がらない。厚生労働省が「労組」は社員の権利ですよ〜ってページ作ってるけど。


日本の会社で「労働組合」っていうと、大手企業の正社員やってると、そのうち何やらお誘いがきて、メイデーに緩いイベントやったり、入るとよくわかんないお金が給料から天引きされてて〜、ってな感じ?なんかもう、絡め取られて骨抜きになった形だけの組織になってない?どっかの労組がストやデモ活動やったなんて聞かないもんね。

あまりにも違うので、ここではアメリカにおける労働組合を指す意味で「ユニオン」と書きます。

元々ニューヨークはユニオンが強い土地柄

ハリウッド映画に出てくるユニオンといえば、マーロン・ブランドの「波止場」(1954年)とか、サリー・フィールド主演の「ノーマ・レイ」(1979年)とか、イメージがちょい古いんだよな。まぁだいたい田舎の工場や鉱山できつい仕事していた人が目覚めて一致団結する筋立て。長い間ハリウッドで労組映画が作られなかったのには、理由がある。冷戦真っ只中のアメリカで、「労働者で組織を作ろう」みたいなリベラル寄りの考え方のインテリ層は「アカ」認定されて、映画関係の人がブラックリストに載って仕事を干されたから。

その一方で、ニューヨークでは、昔からシシリアなど南イタリアや、スコットランドやアイルランドなどの地域で飢饉が起こったり、宗教のことで弾圧されたりして、そこから逃げて食ってくためにアメリカ目指してやってきた移民労働者が底辺で働いていた。彼らが移民なのをいいことに思い切り搾取労働させる雇用主も多く、んなわけで仲間と結託してお互いを守るしかなかった。ユニオンもその一つの形だけど、もう一方でマフィアも、そうやって生まれてきた。両者はかなり近い関係にある。え?イタリアンマフィアが労働組合と何の関係があるの?って思う?

ここでジミー・ホッファの名前が浮かんだあなたは偉い。そう、彼は「ティームスター」と呼ばれるトラック運転手のユニオンのリーダーとして名を馳せた男なんだが、裏ではマフィアと結託して、かなり汚いこともやっていた。結局ホッファは行方不明になってんだが、マフィアに誘拐されて暗殺されたというのが定説。彼の遺体はニューヨークのイーストリバーに沈められている、っていう実しやかなウワサがあってな。昔、その辺で釣りをしている人を見て「え、(マンハッタンの横を流れる)イーストリバーの魚なんて食べられるの?」と言った私に「ホッファを食べた魚を食べる勇気があるならね」って答えたシュールな釣り人のおじさん、元気ですか?w

今もニューヨークではユニオンが強くて、例えば日本から観光や留学目的でやってきて、うまく下っ端の仕事にありついて、マスコミや、ブロードウェイの劇団やダンスグループに潜り込もうと思っても、就労ビザの問題もあるけど、このユニオンが立ちはだかって、門戸を叩くこともできない、という事情がある。ニューヨークで議員に立候補して政治家になろうとしたら、警察だの消防隊員だの、教師だののユニオンの推薦をもらわないと、予選にも通れずに落選する。そういうユニオンの街なんだよね。

アマゾン流通倉庫や配達業者などの労働環境

コロナ禍の追い風もあって、この数年のうちにとうとう売り上げでウォルマートを追い抜き、アメリカで最多の従業員を抱える巨大企業となったアマゾン。アメリカ国内に100箇所以上あるfulfillment centerと呼ばれるそのアマゾンの流通倉庫は、最初から非ユニオンを原則に成り立っている。労働環境がかなりKなのは日本でも同じらしく、潜入ルポがあったような。

アメリカではアマゾン倉庫のロケーションが、黒人、ヒスパニックなどのマイノリティーが多く住み、低所得者層が多い地域に位置している。しかもスモッグなどの空気汚染で環境が悪い工業地帯だったりもする。地域の似たような仕事と比べると時給も悪くない。が、そこには大きなカラクリが潜んでいる。

全従業員は、就業〜終業時間まで分単位で管理され、トイレに行った時間まで計算される。休みを取ったりするにも全部オンラインで手続きするので、上司に「ちょっと来週休みま〜す」とLINE打つだけじゃ済まない。倉庫内は夏場は暑くて熱中症になったり、中には勤務中に心臓発作を起こしたケースもある。とにかく広い倉庫内を最短の時間で効率よく商品を取ってメチャクチャに働かないと、すぐにデータとして弾き出され、一定以上のスピードが出せないと容赦なくクビになる。

ニューヨーク市唯一の流通倉庫「JFK8」

上でも紹介したように、元々ニューヨーク州はユニオンの力が強い上に、街も人も個性があってナンボ、な場所なので、アメリカのどんな田舎にもあるような巨大チェーン店ができるのを嫌う性質がある。過去にもウォルマートやターゲットがニューヨーク市に店舗を出そうとして物件を物色し始めたとたん、不動産業者だけが閲覧できるデータベースみたいなところから「あ、XX社が店舗のリース先を探してる!」とバレ、地元民が「Big Box Retail(大型チェーン店)反対!」とデモをし始める有様なんである。

それでもニューヨーク市唯一の流通倉庫である通称「JFK8」は、スタッテン・アイランドに2008年にできた。とりあえずスタッテン島はニューヨーク・シティーの中でもマンハッタンから距離的に離れていて、ワーキングクラスが多く、リベラルな青いニューヨークにあって、ここだけはトランプ支持層が多いという白人の島だからなぁ。

スタッテンアイランドの地元民は白人が多くても、その流通倉庫で働くのは近隣(ともいえない)クィーンズやブルックリンといった地域から、あるいはニューヨークよりむしろ近い対岸のニュージャージー州から、公共交通機関を使って通勤してくるマイノリティーが圧倒的に多い。もちろん優雅にフェリーに乗ってくるわけじゃないから、大体みんな、地下鉄やバスを乗り継いだり、私営のミニバスに何時間も揺られて通ってるんだろうなぁ。

結局やっぱりJFK8倉庫での従業員退職率はめっちゃ高かった。アメリカは日本の企業より転職や解雇が多いので、この年間turnover rateが10%なら優秀、20%なら平均、ってとこが、アマゾンはぶっちぎりの150%だもんな。100%超えるのは1年で総入れ替えどころか数ヶ月でみんなコロコロ辞めたり、クビになったりしたってこと。

コロナ禍でオンラインショップの需要が急増

そんな中、2020年の春にニューヨークは新型コロナウィルスのパンデミックに襲われ、感染者・死亡者が爆上がり(オーバーシュートでございますわよ奥様)、市長は強制的なロックダウンを発令、街に出るのは医療関係者と、「エッセンシャル・ワーカー」と呼ばれる生活必需品の店で働く人たちぐらいになった。いやもう、出かけてもレストランも店も全部閉まってるんだもんな。となると生活物資を買うために欠かせないのが、アマゾンをはじめとするオンライン通販店。アマゾン流通倉庫からの物資がニューヨーカーのライフラインとなった。パンデミック以降、アマゾンでは売上高がざっと2倍になったとか。この期間に創業者ジェフ・ベゾスは世界一の大富豪になるし、アマゾンの経営にはもう飽きたのか、宇宙旅行してるし。

従業員の健康の危機を感じた正義の男にヤクザな対応のアマゾン

となると、もちろんJFK8で働く約6000人の人たちの忙しさも2倍になっただろう。倉庫内は前より密な状況で、体調が悪くても働きに行かざるを得ない従業員も多かっただろう。そんな状況を「ヤバい」と感じて、後先考えずにウォークアウト、つまり職場を放棄して、デモをやって上に意見しようとしたのがクリスチャン・スモールズという男だった。彼は倉庫開業時からのスタッフで、商品をピックアップするのも速いのが自慢だった。最初は頑張って働いて上のポジションに行けたらいいなと思っていたそうだ。

この事態にアマゾンの経営陣はどう対処したかといえば、全方向で阻止する動きに出た。社内で綿密に作られたマニュアルに沿って、「案件コマンダー」という肩書きのリーダーが組織する、「グローバル情報プログラム」というチームを結成。まぁ要するに元軍人もいたりする用心棒グループだ。さっそく普段見慣れない強面のオッサンたちが派遣されてきて、倉庫を出入りする従業員がストやデモをしないかどうか、見張り始めたって。

その間、本社ではアマゾンのお偉いさんたちが、これにどう対処するかを話し合っていた。アマゾン側の主席法律顧問の弁護士が、「このクリスチャン・スモールズって兄ちゃんは、あんまし頭よくなさそうだし、口下手。こいつが今回の案件の”顔”だってことにすればオケ」みたいなメールを間違えて1000人以上の人に送っちゃった、ってのが後になってバレてる。その一方で、スモールズはウォークアウトに参加した行為がアマゾン社のコロナ対策の検疫・隔離の規則違反に当たるとしてクビになった。

ストでクビになった男はBroとラップでユニオンいえ〜い

クリスチャンは、同じ倉庫で働く親友のデリック・パルマーと相談して(デリックはクビにならなかった)、こうなったらユニオンを作ろうと、1年に渡って2人で画策してきた。夜明け前にシフトが終わって帰りのバスを待つ同僚のために、駐車場で焚き火を焚いて、温まってもらいつつ、ユニオンのことを説明して賛同してくれる仲間を募った。TikTokにユニオン結成を訴える映像をアップした。活動に必要なお金はGoFundMeというクラウドファンドで12万ドルほど集まった。(これに対し、アマゾン社はユニオン結成阻止のための法律コンサルト料だけで430万ドルも使ったとさ。)

それまでユニオンがなかった企業でユニオンを作るには幾つかやり方があって、手っとり早いのは、前述のアラバマのように、地域の他の職業のユニオンの支部としてユニオンを組織する方法。こうすると、既にユニオンのメンバーの人たちから色々教えてもらいながら連携できる。その一方で、業種がちょっと違う職種のユニオンだと、全てそのまま真似するわけにもいかないから、結局その辺は自分達で、って部分も出てくる。でもクリスとデリックは、アラバマのユニオン結成時の時に、自腹を切って視察に行ったのに、割と上から目線で扱われたりしたらしい。だから他のユニオンに頼らず、自分達で最初のアマゾンのユニオンを作る方法を選んだ。

ユニオンを組織するには、まずユニオンの規約を作って、参加すると会員にどのようなメリットがあるのかを仔細に提示しなければならない。ただでさえ薄給の従業員に、毎月ユニオン会員費を払ってもらって、そのお金でどのような恩恵が受けられるのか、きっちり計画を立てて納得してもらう必要がある。だって、面倒臭そうなことにお金まで出せ、っていうんだからそれなりの見返りがないとね。それにもし賛成票を投じても、結局票数が足りなくてユニオンができなかったら、マネージャーに目をつけられるに決まってるしね。

例えばユニオン独自の健康保険とか、給料や福利の交渉ができる弁護士を雇わなくちゃいけない。クビになりそうな従業員に代わって申し立てをしたり、より時給が上がるようなスキルの勉強会を開くとか、細かく決めて、それを説明してユニオンができたら参加しますというメンバーを集めなければならない。そして最終的には全従業員で結成賛同の過半数を得れて、その後もNational Labor Relations Boardに色々不正がないか審査されて、ようやくユニオンとして会社経営側と話ができるようになる。


その間もアマゾンはユニオン結成阻止行動に出た

今までもアマゾンはどこかの倉庫でユニオン結成の動きがあると、即座に全力で阻止してきた。就業時間中に社員全員参加必至の講習会で拘束して、ユニオンのデメリットを懇々と説明するとか、勝手に集まらせないようにしたり、個人的に呼び出してあれやこれや詮索したり、まぁ合法的にできる意地悪は全部やりました、みたいな対応。


全米初のアマゾンユニオン誕生、そしてこれから

そして開票結果は、ユニオン結成賛成が2654票、反対票2131。仲間達とシャンパンでユニオン誕生を祝ったクリスチャンのスピーチがふるってるよな。「まず、俺たちがユニオンを作ろうとしている間、宇宙に出かけてアマゾンを留守にしていたジェフ・ベゾスに感謝します」だとよwww 

早速ユニオン側の代表は来月にも賃金や労働条件の向上に関する話し合いを始めたいと伝えており、最初の時給が最低30ドル、有給を増やす、ってなことを既に要望として挙げている。それまでアマゾンは現行の労働規定や福利厚生を改定することは許されない。

今回のユニオン結成の背景には、アメリカでコロナ禍から立ち直りつつある好景気の追い風があり、インフレ率が高まるの中、どこも人手が足りない、新社員がなかなか集まらない、という事情がある。そして米国内の他のアマゾン倉庫も、ニューヨークのJFK8をお手本に、次々とユニオン結成に動くことが予想される。そうなったらプライム会員費が倍増、商品値上げ、返品不可、みたいなことになるんじゃまいか?知らんけど。(CBSテレビ局のキャスターが意地悪くクリスに「でも、ユニオンの人の待遇を良くしたら、その分、商品が値上がりするとか、消費者の方が損することにならない?」と聞いたら、クリスは笑って「大丈夫。アマゾンの総売り上げを考えたら、全米中の時給を30ドルに上げてもお釣りが来るほど儲けてるさ。」と答えてた。)

さらに、バイデン政権は大統領に立候補した時から明確にユニオン支持を打ち出しているし、出版業界への影響についても、ここんとこ出版社同士のM&Aやエージェンシーの合併などが棚上げになっていて、「これ以上、企業の巨大化・市場寡占を許さない」という方針が感じられる。

さて、どうなりますか。

追記:ユニオンのことを扱ったハリウッド映画ってないよな…って書いたけど、ひとつ思い出したよ!あり得ないことにディズニーのミュージカルなんだけど、Newsiesがそうじゃん! 舞台化されてて、日本でもやってたはず。前世紀ニューヨークの新聞配達小僧たちがメディア王ハースト相手に団結決起する話、まさにユニオンじゃん! 思えば、まだ少年っぽい可愛さを残すクリスチャン・ベール主演で、ロバート・デュヴァルやビル・プルマン出てたし、実話に基づいた歌って踊れるユニオン男子のストーリー、サイコーやん。でもストリーミングサービスで観れない。orz  ああ観たいぞ。


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