凱旋門賞回顧

 回顧と言っても海外のレースに詳しいわけでもなく、具体的な力関係などについて言及したところで虚しいだけだろう。しかしながら、日本馬がここ最近、凱旋門賞で馬券に絡めないどころか大惨敗を繰り返す要因に何があるのか、凱旋門賞を通じて少し考えてみたい。

 ただ、その前の大前提として、90年代末辺りから海外遠征でも日本馬が結果を出すようになり、その理由が「日本馬」の実力がそれ以前と段違いに上がったからだという論調が目立つことの是非について触れておく。同時にそれはジャパンCで日本馬が上位独占するようになったことからも立証されているという説だ。特に御三家(サンデー、トニービン、ブライアンズタイム)の中でもサンデーの導入の影響が大きいとされている。

 確かにこれらの説について、絶対間違っているとは思わない。しかし、海外遠征による結果とは、遠征馬自体の実力もさることながら、それを発揮できる状況にあるかどうかということも重要なことは言うまでもない。海外遠征経験の蓄積が大きく影響していることは間違いなかろう。
 そしてもう一つ重要なことは、日本馬の実力が上がっていると断言する為には、海外馬の実力自体も、絶対的な意味で最低限それ以前と同じか上がっている必要がある。実はこれが非常に判断が付き辛く、レーティングの不確かさ(これは長年数値を見ていれば、非常にブレやすい数値であることがわかる)もあって、よくわからないというのが本音。
 一方、オブライエンだったかファーブルだったか、はたまた他の海外有名調教師だったか忘れたが、「近年の欧州馬は血統的にスタミナが低下してレベルが下がっている」と指摘した人がいたが、マイルから中距離路線が整備されて来ている一方、2400mクラスはチャンピオンディスタンスとしての機能が低下していると言う意見もあり、海外実績が上がったから日本の競走馬のレベル自体が(劇的に)上がったかは、遠征技術も含めやや微妙な部分はある。

 そしてJCの日本馬の強さについてだが、切っ掛けとなったのは、エルコンドルパサー・エアグルーヴ・スペシャルウィークの3頭で上位独占となった98年辺りからだと思う。ただ、この傾向についてもやや疑問がある。実はそれ以前は出走馬の大半が海外からの招待馬で、日本馬は15頭中5頭とかいう時代もあり、勿論芝も、硬い芝を問題視する海外陣営からの要請で、当日の昼過ぎまで散水することもあったことに注意する必要がある。
 昨今の高速馬場程ではなかったが、府中の秋開催は以前から馬場が硬くタイム自体は出やすい傾向にあったものの、JC週について言えば、タイムがかかりやすい要因が明確にあり、出走頭数含め、必ずしも日本陣営に完全に有利というわけではなかったのだ。現在はもはや国際レースとして機能していないので、日本側が海外陣営に遠慮する必要はなくなったが、90年代前半までは確実にそういう状況があった。
 またジャパンカップの「賞金の高さ」は年代を経るごとに相対的に魅力がなくなってきたことも、出走する海外馬が減っている要因であり、「日本馬の実力が上がったから」だけではなく、馬場状態含め、魅力が相対的に低下していったことも、結果的に日本馬が牙城を築いた理由にもなっている。

 そして御三家の導入、特にサンデーサイレンスの導入が日本の競馬を変えたという意見についても考察してみる。これについては、同意すべき点が当然あって、「全体的なレベルの底上げ」は確実にあったろう。
 しかしながら、御三家の中でも特にサンデーサイレンス産駒が突出し始めたのは、産駒デビューから5年以上経った2000年代以降であることに注意する必要がある。それまではスペシャルウィークやサイレンススズカなどが居たものの、GI馬やクラシックには強いが、必ずしもトップクラスの馬が居たわけではなかった。毎日王冠の圧勝と非業の死で神格化されているサイレンススズカだが、実績はGI1勝で、その宝塚もステイゴールド(同じサンデーサイレンス産駒とは言え、この馬は典型的なシルバーコレクターであり、少なくとも競走成績的には他の種牡馬産駒と比較して抜けているわけではない)に詰め寄られている。スペシャルウィークはグラスワンダーとエルコンドルパサーとの対戦比較だと世代ですらナンバーワンとは言えない。
 また、上位馬が故障で離脱やリタイアしたナリタブライアンのクラシック世代(これを理由に世代レベルを疑問視する向きもあるが、旧4歳当時の秋・古馬との対戦成績を見る限り、確実にレベルは高かった)の生き残りである、トニービン産駒のオフサイドトラップ(屈腱炎3回でまともに長期間調教も出来ず、クラシックではブライアン世代の中で掲示板も入れなかった)に、旧8歳という高齢で天皇賞(秋)を取られるなど、スズカの骨折を考慮しても、サンデー導入やサンデー世代が劇的に競馬を変えたとは言い難い側面もある。
 むしろ2000年代のサンデー独擅場となった理由は、極端な馬場の高速(軽)化やレース展開のスロー化(無駄な直線延長もこれに影響している)によるサンデー特化環境が影響したのではないかと考えている。
 また、海外から実績のある肌馬を社台グループ中心に買い漁っていることも、全体的な底上げに貢献しているだろうことは想像出来、サンデー血統の安定性を考慮しても、トップクラスが本当にサンデーの血で上がったかと言われると、正直疑問も多い。

 そしてこのサンデー産駒全盛の、調教技術の進化含めた環境や血統も含めた影響が、クラシックディスタンスにおいては好影響から逆回転し始めたのが今ではないかというのが自分の見立てである。
 軽い馬場、緩いレース展開で最後の瞬発力勝負に長けた馬の伸長と、それらを目指した育成により、日本の特殊な競馬に特化しすぎた馬が「はびこる」ことで、欧州の長距離レースに全く対応出来なくなってきたという意味でだ。無論これはアメリカダート型の競馬にも対応出来ない(アメリカクラシックで掲示板に入る馬も出てきたが、あくまでサバイバルレースに破れた馬を交わした結果に過ぎない)ので、香港やドバイでは活躍出来ても、「本場」では勝負にならないということになる。
 これらについては、欧州育成のディープ産駒が日本同様ピークこそ短いが、欧州路線(但しクラシックディスタンスではイマイチだが)でもクラシックならそこそこ通用していることからして、どちらかというと、血統的背景以上に環境背景の方が大きそうだということになるかもしれない。

 さて、サンデー産駒隆盛と日本生産(育成)馬が本当に実力が上がったのか軽く考えてみたが、これらのことは、昨今凱旋門賞で歴史的大敗(着差を見ると、着順以上の歴史的大敗)を繰り返すこととリンクしていると思う。つまり、馬場やレース形態やコース形態の特殊化が凱旋門賞で大敗を繰り返す要因だということだ。
 以前は、むしろ良馬場よりも多少重い方が日本馬にとって有利と言われた(エルコンドルパサー、ナカヤマフェスタ、オルフェーブルなど、馬場が重い時に成績が良かったので)が、今の馬にとっては真逆になっていることからもそれが窺える。

 今回の日本の3頭はフィエールマン・ブラストワンピース・キセキであったが、いずれの鞍上も「馬場が悪くて直線向くまでにスタミナが喪失していた」と言っているが、完全に脚が上がったのは間違いない。キセキなどは日本の極悪馬場で行われた菊花賞で勝った馬だが、その馬ですら全く対応出来ていない。つまり、日本の極悪不良馬場など、欧州の馬場にとっては大したことがないということだ。それだけ日本の馬場が元々極端に軽く、芝丈も短く、走りやすいことを意味しているだろう。反発係数が高く、走りやすい馬場ばかり走っていれば、小手先の走りでもスピードを維持出来るので、その点が仇となっている可能性が高い。
 ここで注意すべきは、スタミナには心肺機能面と肉体面での両方の意味があるということだ。心肺機能がどんなに高くても、走力を発揮するには足回りのスタミナがなければ脚は上がってしまう。マラソンでも心肺機能が無事でも脚が痙攣すれば走れなくなるのと一緒。
 また、前半スローで後半の直線だけの勝負をしすぎていることで、乳酸値が溜まった状態での耐久経験が無いことが、大したペースでなくても馬場でスタミナを消費する欧州競馬では、早々に脚が上がる要因にもなっているだろう。
 これらの説を証明出来るかもしれないのに良い比較対象レースがある。キタサンブラックが勝った天皇賞秋。極悪不良で勝ちタイムは2分8秒3(上がり38秒5)。キタサンブラックにしては珍しく後方からの競馬になったが、上がりが38秒台後半と、昨今の競馬では信じられない数値だ。
 一方、これより遙か29年弱前の1989年の弥生賞。この年の春先は雨に祟られることが多く(サクラホクトオー受難の要因にもなった)、牡馬クラシック路線はずっと悪い馬場で行われたが、この弥生賞の馬場はまさに象徴的な程悪かった。勝ちタイムは2分7秒(上がり39秒9)。

 違う競馬場、違う年代のタイムを以て、速い遅いを比較することはかなり難しい(まして弥生賞は世代限定で、しかも春クラシックの前哨戦だから成長度合いでもタイム的には不利)とは言え、それぞれのリンク先の動画を見ていただければわかる通り、弥生賞の方が同じ不良でもかなり馬場が悪い。リアルタイムで見てきた世代だから言うが、当時の中山は特に排水性が悪く、一度馬場が悪くなると、なかなか回復しない。同様のことがミホノブルボンの92年クラシックでもあった。対して今の府中は改修もあり、排水性は当時より相当良くなっている。
 これらのことから見て、通常レースの上がりタイムやレコードタイムだけ見ていると、あたかも馬がこの20年で劇的に変わったかのように思えるが、実はそれらはレース形態や馬場の走りやすさに影響されている度合いの方が大きく、馬場が悪化すれば、その虚飾はすぐに剥がれるということでもある。
 そして、その29年前の極悪馬場で勝ったレインボーアンバーを母父に持つレインボーラインが、キタサンブラックとサトノクラウンに続く3着に入ったのも、象徴的な出来事だったと言えるだろう。レインボーアンバーは種牡馬としては実績皆無の無名種牡馬で産駒もほとんど居ない。
 そもそも、メジロマックイーンが勝った1991年天皇賞(秋)もまた不良であったが、キタサンの年よりはマシだったとしても、少なくともこの馬場で2分2秒9(上がり37秒4)で走れる馬なら、キタサンの年でも2分8秒台まで掛かることは到底あり得ない(リンク先動画確認)。後続も千切られたとは言え、8着までが2分4秒台であり、馬場が悪くなると極端に対応出来ないのが昨今の馬と言える。

 こうして見てきたように、日本馬の海外実績面では、以前と比較してこの20年で相当上がってきたと思われる一方、むしろ能力そのものを弱体化させる要因も蓄積してきているというのが自分の見立てだ。その傾向がここ最近の凱旋門賞での想定外の大敗に象徴されているのではないか、そんな気がしている。
 極端にタイムが出る馬場。そしてその馬場で行われているにも拘らず、マイル重賞戦ですら半マイル47秒を切れないレース展開のスロー化。これらが、日本の競走馬の本質的弱体化につながるのなら、JRA含めた競馬サークル全体で考えていく必要がある。
 同時に、実力馬陣営によるレースの過度の選択や同馬主による使い分けなどで、実力はあるとは言え虚弱馬が多くなり、鎬(しのぎ)を削る様なレースを国内でする経験がないことも、力勝負になるとボロ負けする実力馬が増えてきている要因なのかもしれない。当然、遠征環境が整っていなかった昔の遠征による「ボロ負け」とは意味が違うことに留意する必要があるだろう。

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