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『はちどり』をみて、思い出したこと。

中学生の頃、朝礼でいつも倒れていた。
ストンと倒れるものだから、頭を打つことを心配した先生は「具合がわるくなったら、倒れる前にすわりなさい」と。でも、そんな加減はできっこない。
背が高くてやせっぽちだったわたしは、先生だったかクラスメイトだったかに、かかえられ、ずるずると引きずられながら、保健室へ運ばれる。
あまりによく倒れるので、二学年上の次兄に「お母さんには内緒にしてあげるから、お願いだから、もう倒れないで」と頼まれたことさえある。

山登りも大苦手。遠足や移動教室の山登りでは、リュックも水筒もクラスの男子に持ってもらい、やっとのことで登っていた。休憩場所でも、ぐったり。そんな時、校長先生が「まあ、君もここでゆっくり休んでいなさい」なんて言ってくれて、自分もベンチに寝転んで、私にも寝転がるようにすすめてくれた。

ある日、母にばれた。
自分で言った覚えはないから、先生から報告がいったのだと思う。
大きな病院に連れていかれて血液検査を受けた。長兄が極度の貧血だったことがわかって、同じ病気なのではと心配をされてのこと。でも血液にはなんの問題もない。次の検査は、15分ただ立っていること。15分後に病状がわかった。立っているだけで、急激に血圧が下がってしまうので、否応なく倒れてしまう。血圧をみた医師は「あら、これは倒れるね」と驚くほどの数字だった。その後、先生が言った。
「お母さんだけ残って、娘さんは外で待っていてね」
その後、どんな話がなされたのかは知らない。
診察室から出てきた母は、「学校でなにかあったの?」と。
適当に返した私に伝えられたのは、自律神経失調症という病名だった。朝起きるのが辛かったら飲む薬が処方された。

中学校で保健室によると、すでに診断結果を知っていた保健の先生は
「いとうさん、辛い時は無理しなくてよいから。先生も子供の頃、同じだったの。身体が辛かったら、ここにきて寝ていればよいわよ」と言ってくれた。
やたらと倒れて運ばれてくる私をいつも気にかけてくれていたのだと思う。
運動もちゃんとできるし、病弱でもないのに、朝礼でだけ倒れる子。そりゃ、心配にもなる。
それからは、辛くなると時折、保健室にいってベッドで寝ていた。

韓国映画『はちどり』をやっと観た。
主人公のキム・ウニは中学二年生。両親は餅屋の稼業で毎日が忙しい。兄は両親から期待をかけられ、そのうっぷんをウニを殴ることで晴らしている。姉はちょっと不良で父に怒られてばかり。両親は平凡なウニを気にかけてくれることもない。
学校にはあまり馴染めず、ひとり凛として立っている。迎えに来てくれる彼氏がいる。漢文塾にはべつの学校に通っている親友もいる。
ある日、塾に新しい女性の先生がやってくる。美しい言葉を黒板に書きつけながら、人生の不条理を教えてくれる。ウニのためにすてきな茶器で烏龍茶をいれてくれる。たばこをくゆらせながら、物憂げに語る先生。初めて自分をひとりの人間として認めてくれた大人。
彼氏にも親友にも裏切られたと感じたウニの中で、先生の存在がかけがえのないものとなっていく…。

そう、中学生の少女の日常は多感である。毎日が悩みに満ちている。
好きな人のこと、友達のこと、勉強のこと、部活のこと、塾のこと。学校と友達関係が人生のほぼすべて。なんであんなに悩んでいたんだろうと大人になって思うけれど、いろんなものを抱えて、その日を生きるのに、本当に精一杯だった。でも誰かに聞いてほしいとは思わなかった。見た目は成長しているのに、中身がついていけてない。そんな感じ。

いま振り返ってみると、あの頃の大人たちの対応に救われたのだと思う。
親はとくに病状や学校の出来事を追究することもなく、校長先生も保健の先生も無理をするなと言ってくれた。かといって、根ほり葉ほり聞かれたこともない。保健室のベッドでただ寝て休むことを許してくれた。自分の中でいろんなことを、落ち着ける時間が与えられた。

そして、時が経った。
いまそんなことを友人に話しても、誰も信じてはくれない。
早起きは得意だし、病気もほとんどしない。もちろん、15分立っていても倒れることなんてない。悩んでいてもすぐ忘れる。ただ、今でも山登りはちょっと苦手だ。

ある時から自分を上手に運転できるようになったのだと思う。
自分が何に弱いのか。具合がわるくなる予兆がどうでるのか。
まずは自分を知った。
挫けそうになったら、どうするか。どうしたら、立ち直れるか。
そして解決策を学んだ。
つい先日、沖縄の炎天下で仕事中、ひさびさに立ち眩みになった。あわてずに動きを止め、目をつむる。身体が持ち直すのをまち、ゆっくりと動き始める。無理はせず、定期的に休憩をとる。卒倒しないですむ術をもう私は知っている。

『はちどり』を観て、ひさしぶりにあの頃のことを思い出した。
必死で立っているキム・ウニの姿を観ながら思った。ウニは繊細だけど、強い。先生は立ち向かえと言った。世の中は不条理なことばかりだけど、この世界をちゃんと生き抜くね。そして、よく生き抜いたな、わたし。

#はちどり #韓国映画 #中学二年生 #思春期


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