杏平ゼロ。「結晶」を観て②

<鷹野杏平に何があったのか考えてみた>
「昔はこうじゃなかった」というセリフが気になる。彼はなぜあんな風に顧客にズケズケとものを言うのか。何回か観て自然にそれはわかった。結論を言えば、彼は優しい人間なのだ。人間であろうとする、人間の形をした何者か、なのだ。彼はある日、本当の優しさとは何か、に辿り着く。その物語を極端な想像から綴ってみよう。あくまでも、とても極端なわたし個人の身勝手なストーリーだ。肯定も否定もいらない(わたしは反論に弱い)。では始めよう。まずは杏平の父(人工子宮児一世)が必要だ。仮に名前を槻男(ツキオ)とする。「槻」は欅(けやき)の古名なので、一族に相応しいと考える。

鷹野槻男(タカノツキオ)ー杏平0

K大医学部。それは現在も過去も不妊治療の最先端を行く。槻男がK大医学部に進んだのは、彼の叔父が教授であったから、と槻男の誕生は叔父なしではあり得なかったという理由が大きい。槻男は臨床で迷いなく産婦人科学を選ぶ。それは叔父と同じ道であり、叔父の研究を未来に繋ぐためでもあった。
2020年。槻男の叔父・樹(イツキ)25歳。ストレートで国家試験に合格した若き天才医師は、教授に誘われ「人工子宮の研究」に参加していた。実験段階のそれは、重大な国家機密でもあり、樹はもちろん、携わる医師たちは守秘義務に忠実であった。が、樹はその秘密を妹に打ち明けることになる。妹・杏子の子宮に癌が見つかり、子宮(卵巣も)摘出を余儀なくされたからだ。
杏子の落胆ぶりは、一族全てを憂鬱にさせた。義弟(杏子の夫)は跡継ぎを産めない嫁は要らないと両親から責められ、それを知った母親は樹に懇願した。

「なんとかならないの?あなたの大学は、その筋の最高峰でしょう?」

実際、ラボではもう人工子宮児を誕生させていたし、大学附属病院のベイビーラボは、年末に開設がプレスリリースされることになっていた。
「絶対(おすすめ)とは言えないけど」と前置きをし、樹は母と妹夫婦に人工子宮による「出産」の話をした。杏子はもちろん、杏子の夫と一族にとってそれは奇跡であった。2022年、槻男は人工子宮児一世として誕生した。
その30年後。父と同じく、人工子宮児として杏平は誕生する。そして、父と大叔父の背中を追うようにK大医学部→産婦人科学→附属病院勤務、と歩んでいく。
人工子宮で子供を誕生させることは、杏平にとってとても誇り高いことだった。大学附属病院ではデザイン(ゲノムの調整)をしない。が、民間ラボではどんどん親のエゴに応えたベイビー造りが行われており、杏平は神をも恐れないそんなやり方に怒りを感じていた。
ーーーそんなことをしたら、安全を守れない。弊害はきっとあるーーー
杏平は抑止力となることを決意する。全てをマックスにしたら子供はどうなってしまうか、その危険性を皆に知らしめなければならない、と。杏平は大学病院をやめ、民間ラボへの就職を決める。そして、自分の細胞を使って苺佳を造る。結果は・・・なんの問題もなかった。抑止力になるはずの苺佳は、ただただ愛らしい玉のような赤ん坊で、精神の乱れもなく保育ラボで育っていった。自分の細胞で欠陥を証明することが、神と折り合う唯一の方法だと思っていたのに。
杏平は、なぁんだ、と半分正義を捨てる。「イタズラ」と口の悪さは捨てられなかった方の半分の正義、なのだった。(終)

とまぁ、これは指先に溢れた勝手な物語。20歳になって目の前に現れた苺佳の手をとり、手のひらをゆっくりみて、腕をさする杏平は、初日では見られなかった。何回目かで、その仕草を見た時に、わたしはこんな彼の過去を見た。
読んでくださる方がいたらご笑納にて。

(「結晶」についてはまだ続くと思う)

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