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【短編】あの頃|#ストーリーの種(約2500字)

あの頃は、ニ段ベッドの上が世界で一番高い場所だった。いや、ちょっとちがうかな。屋根裏部屋に置いてある二段ベッドが、世界で一番高い場所だった。

夏休みとかになると、いとこのカナちゃんの家へ泊まりがけで遊びに行くのが楽しみだった。カナちゃんの家は山の上。山登り観光客にご飯をつくっている、小さなレストランだ。

夏休みは観光シーズンで、カナちゃんのご両親は仕事で休めない。だからカナちゃんは「せっかく夏休みなのに、どこにも行かれなくてつまんない」と、いつも怒っていた。そこで、いとこの私に「トモちゃん、うちのカナと遊んでくれないかな」と声がかかる。私はカナちゃんもおじさんおばさんも大好きだから「夏休み中、ずっといてもいい?」なんて言って「好きなだけいいよ」と言われていた。カナちゃんも「ずっといて!」と喜んでいた。

私は宿題や好きな本・マンガなどを持ち、あとお母さんから「これ、お世話になるおじさんおばさんに渡すのよ」と頼まれた(多分お菓子だと思う)荷物も持って泊まりに行く。電車は終点までだし、駅を降りたら能戸山行きのバスに乗って終点まで行けば、すぐにカナちゃんの家だ。バス停でカナちゃんが手を振って待っている。

「待っていたよ〜、トモちゃん!早く早く!一緒にスイカ食べよう。」

「待っててくれてありがとう。あ、これ、おじさんとおばさんに渡してくれる?」

片手に下げた紙袋をカナちゃんに渡した。

「そんな気を遣わなくていいのに〜。でも、ありがとう」

カナちゃんも、意外と大人びた対応するのがおかしい。そのくせ「ママ〜、トモちゃんがね、これを…」と、紙袋を振り回してバタバタ家の中に駆けて入って行く。

昼過ぎなので、ほんの少しだけ忙しさのピークを過ぎたレストラン。おじさんとおばさんが「遊びに来てくれてありがとう。スイカ切ってあるから、好きなだけ食べてちょうだいね」と出迎えてくれた。

1階がレストラン。奥に家族用の台所と食堂、お風呂がある。2階は半分が倉庫であとは家族の部屋、3階も家族の部屋でカナちゃんの部屋は3階にあるし、更に屋根裏部屋もある。

カナちゃんの部屋に荷物を置いたら、台所横の食堂でスイカを食べた。「珍しいでしょ?黄色のスイカだよ!」私のために選んでくれたようだ。確かに、まだ一度しか食べたことがない。それもパフェか何かについていた一切れみたいなやつだ。「うん、珍しいし…美味しい!嬉しいなぁ!」「まだ、いっぱいあるよ。おかわりしようね」

スイカを食べたら、屋根裏部屋に行った。そこは物置の予定だったそうだが、そもそも置くようなものが何もなかったので、おじさんが子ども時代に使っていたという二段ベッドがポンと置かれているだけだった。おじさんと私のお父さんは兄弟なので、小さかった頃、このベッドで寝ていたのだろう。

カナちゃんは、普段は自分の部屋で布団を敷いて寝ている。でも、私が泊まりにくると、屋根裏部屋の二段ベッドで眠るのだ。ちょっとホテルに泊まったような気分になるらしい。私もそうなんだけど。

「さぁ、トモちゃん。今夜はどっちが上で寝る?ジャンケンで決めよう」

「そうね。3回先に勝った方が上ね。最初はグー、ジャンケンポン!」

今夜は私が上の段で眠ることになった。明日は逆、そしてその後も交互に変わる。二段ベッドで眠る時のルールだ。

屋根裏部屋には、四角い窓が一つある。カナちゃんの家というかレストランは、崖みたいな所に建っているので、窓の下はちょっとした渓谷だ。夏は緑が綺麗で、蝉の声がこだまになって聞こえてくる。山波も遠くに美しく見える。二段ベッドの上から窓をのぞくと、何もかも見下ろしている気分になる。飛行機に乗ったら、こんな気分かな…なんて思ったりしていた。

「そうだ!窓に飾る花を探しに行こう!」

カナちゃんは私を外へ誘う。二人でドタドタと階段を駆け降りて「お店に響くわよ〜!」とおばさんに注意され「ごめんなさ〜い」と言いながら、玄関の戸をバタンと開けた。

「庭に、いろいろ咲いているんだけど、何がいいかな…」

私は、道路脇に真っ直ぐに並んで咲く、濃いピンク色の花をつけた背の高い花が気に入った。

「私、この花がいいな」

「あぁ、タチアオイね。いいかも!」

何本か摘んで屋根裏部屋に持ち帰り、花瓶が無かったから、牛乳パックを花瓶代わりにして活けた。牛乳パックは、そのままだと本当に牛乳パックで夢がないから、折り紙を貼り付けて可愛らしくした。

折り紙を持ち出したついでに、ままごとセットを作った。いろんな箱を折っただけだけれど、お皿やお鍋や丼とか何にでもなる。

おままごとで、いろんなご飯を作り食べているうちに、本当のご飯の時間が訪れた。

「トモちゃん、カナ、ご飯の時間だから、下にいらっしゃ〜い!カレーライス、できたわよ」

「「は〜い!!」」

今夜のご飯がカレーライスなのは、美味しそうな匂いでわかっていたけれど、やっぱり嬉しい。それに、レストラン開くくらいだから、本当に美味しい。それをタダでおかわり自由に食べられるなんて、本当に幸せ!

食事が済んだらお風呂に入り、ちょっとテレビも見たりして…屋根裏部屋へ。

窓辺の花が、月明かりに照らされて、床に長い影を作っていた。影の先に、おままごとのお鍋やお皿たちが転がっていた。

「あ、お片付けしていなかったね」

「どこにしまう?今日は、とりあえずベッドの下にする?」

「そうしよう。明日ちゃんと考えよう!じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみなさい」

・・・・・

あの頃は二段ベッドのある世界が特別だったけれど、いつの間にかベッドが窮屈になり、屋根裏部屋よりも外の世界の方が楽しくなってしまった。

私がカナちゃんの家へ泊まり込みに行っていたのが、いつしか逆になり、カナちゃんが私の家へ遊びに来るようになった。二人で飛行機に乗り旅行することもある。二段ベッドの上が世界で一番高い場所だと思っていたこともあったけれど、もっとずっと高い場所へ何度も行くようになった。

だけど、あの頃がきっと、一番空想の翼が広がっていたんだろうな… と思う。


Sheafさんの『ストーリーの種 04』から出だしをお借りしました。いつもありがとうございます。

二段ベッドに寝た経験がないので… 憧れています。

#ストーリーの種
#短編

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