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さよならの手紙|#シロクマ文芸部

書く時間があっても、ね…

私は、彼に手紙の返事を1週間経っても書けずにいた。いつもなら、届いたその日に便箋三枚くらい軽く書けたのに。彼に話したいこといくらでも、他愛のない話しばかりだけれどいくらでも、綴ることができたのに。

彼は大学の一年後輩で、私の方が先に社会人になった。大学では会えなくなったけれど、これからもずっと一緒にいようと約束していた。会えない時は、手紙を出しあう約束もした。それも三枚以上書くという、かなり高いハードル!でも私たちは小さな字で、三枚どころか五枚くらいの分厚い手紙を、週に一、二回程度送り合っていた。

社会人新人研修があったり、彼も卒論の提出があったりと、物理的に会える機会がめっきり減り、手紙の役割はかなり重くなった。「会いたい」の文字ばかり並ぶ日もあった。

研修が終わり、初めて仕事も任されるようになった。彼も、公務員試験に向けて更に落ち着かない日々が続く。

私は手紙に、職場での出来事を書くことが多くなった。いかにも人生の先輩みたいな上司の話しや、おかしな同僚のこと、初めて組んだプログラムのこととか、彼の知らない世界のことを紹介するような記事を綴っていた。彼は彼で、懐かしい部活の仲間の話しや就職先が決まった同僚のことなどを書いて「俺も早く落ち着きたい!」と訴えていた。

暮れが近づいた頃、彼の就職先も無事に決まり卒論も通ったようだ。これでようやく…と思ったものの、私の社会人一年目の年の瀬は仕事の繁忙期であり、有給休暇というものも新人には有って無いような存在。彼と会いたくても会えない。手紙には仕事が忙しいことばかり書いていた。彼は、とりあえず落ち着いたので、私が忙しくなくなる日を待つ…と綴っていた。

年が明けて、上司が休日を突然くれた。私は嬉しくて、彼にこれから突然だけど会いに行くと電話をした。「おう!」少しビックリした声が聞こえた。

そういえば、一年前のその日は初デートした日だった。半分無理矢理のデートの約束をさせられ「来てくれてありがとう」そんな言葉をもらって交際が始まった。いろんなことがドタバタと、目まぐるしく私たちの周りを駆け抜けていたな… そんなことを考えながら、彼のアパートに着いた。

インターホンを押したが、すぐに出てこない。電話で来訪を知らせたし、留守のはずはない。ほら、やっとドアが開いた。でも、中に入れてくれない。なんだ… そういうことか。

「えーっと、就職決まったそうだしおめでとう!お祝いしようかと思ったけど、今は無理そうだね。今日は初デート記念日だったけど… お祝いは無しだね。じゃあね!」

一人で玄関前でしゃべって、持ってきたケーキ押し付けて帰ってきた。

すぐに彼から手紙が届いたけれど… 正直、何が書かれていたのか理解できなかった。故郷に帰って就職するから、もう会えないね…みたいな文字があったような。

さよならなら、もう返事書かなくていいよね。


ほとんど自叙伝…

#シロクマ文芸部
#書く時間

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