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4年ぶりの通学路(後編)|#夏の香りに思いを馳せて

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 気がついたら、教育実習も終わりに近づいていた。7月が目の前に来ている。教育実習が終わったら、確かすぐに期末テストになると聞いていた。『七夕飾りに、みんなのテストの結果が良いものでありますように…と、願いを書こうかな。』そう考えて、ある日帰り道途中で駅前の花屋に寄り笹を、文房具屋で折り紙を買って帰った。自転車の前かごで笹の葉がワサワサと揺れている。なんだか愉快。

 『みんなにも短冊を配って、いろいろ書いたのを吊るすのが良いかな…』そんなことを考えたりしながら自転車をこいでいると、いつの間にか福山君の家の前まで近づいていて、しかも家の前には男性が二人立ち話をしているのが見えた。え?もしかして…  福山君?え?どうしよう…

 人通りの少ない道だし、そこを七夕用の笹を前かごに刺した自転車が通ろうとしているのだから、遠目でも目立ってしまう。ドキドキしている私と福山君は目が合ってしまった。なんかちょっと『どこかで見たような…?でも誰?』の顔をしていた。よし、覚悟を決めるか!

 「あ、もしかして…福山君?私、中学の時お世話になった転校生の佐々木です。覚えてますか?」すると、「あ〜ぁ、覚えてる!おさげでメガネかけてたよね?」とニコニコ笑って答えてくれた。そう言えば、転校したての頃は三つ編みのおさげをしていたっけ。卒業する頃はボブにしていたけれど。そして今も。メガネは二十歳の時にコンタクトに変えたし。そうか… 福山君の私の印象はおさげの眼鏡っ子だったのか。覚えていてくれて、とても嬉しい。

 「佐々木さん、七夕の買い物してたの?」と福山君が話しかけて来た。「そう。実は今、母校の高校で教育実習していて、もうすぐ終わるからお別れのプレゼント代わりな感じ。懐かしい通学路をちょっと通ってみたら、福山君に会っちゃった…というわけ。」「ふ〜ん…」福山君は『なんでここを通って高校へ行くんだ?』と、チラッと思ったかもしれないけど深くは追求しなかった。「あ、コイツは同期の井上。他のクラスだったけど知ってる?」福山君は突然もう一人の男性を紹介した。「覚えている!確か福山君の行った高校に、成績一番で合格した人…だったよね?」「すごい!覚えられてる!」福山君と井上君は同時に呟いて笑っていた。それからは堰を切ったように、中学時代の思い出話を3人で立ち話した。彼の近況も…わかった。一浪したから学年が一つ下なこと、好きなスポーツが変わったこと、そして彼女はいないこと…  

 どのくらい立ち話をしていたのか… 気がつくと、辺りはけっこう暗くなっていた。井上君は「じゃあ、また!」と去って行き、私も「なんかごめんなさい。井上君との話合い中に割り込んで… つい、懐かしくなっちゃって…」と謝り、「さようなら。」と自転車をこいで帰ろうとした。すると!「あのさ!」と呼び止められた。なんだろう?

 「あのさ… 佐々木さんに久しぶりに会えて、とても楽しかったよ。同窓会したくない?来月は祭りもあるじゃん?集まれる人だけでも集まって… どうかな?」「え?いいと思うよ。」いいと思うと答えたけど… なんだろう、この展開?幹事の依頼?嬉しいけど、今は教育実習と、その後の採用試験のことが頭をよぎる。でも、福山君と幹事できるなら… でも、やっぱりどうしよう。すると、「僕が、中学時代の学級委員に聞いてみるよ。だから佐々木さんは、連絡待ってて!じゃあ、またね。」「わかった。ありがとう。またね。」そして福山君は、家に入った。

 翌日、飾りをまださげていない笹と、自宅でこさえた七夕飾りや短冊の入った紙袋を前かごに入れ、いつもの通り自転車で高校へ向かった。1年C組のみんなは呆れるだろうか。でも「わぁ〜!七夕飾りじゃん。」と喜んでいた。短冊を書いたり、鶴を折ってみたりと、男子も女子も楽しんでいた。他のクラスから「いいなぁ〜、1-Cだけ!」と羨ましがられたりした。そこは配慮が足りなかったかも…

 ついに、教育実習の終わりの日が来た。前日は、たくさんの先生方が実習見学にいらしてもの凄く緊張したが、最後の授業では渡辺先生も「好きにやりなさい。」と退席された。私は数学ではなく難読漢字、例えば海月くらげとか海星ひとでとかそういうのを黒板に書き「私は漢字の勉強も好きでした。ちょっとクイズみたいでしょう?はい、最後の授業は漢字をやります!」「え〜っ?」クラスのみんなはビックリしながらも「面白そう!」とノートに写しだした。答え合わせをして…「私は数学が面白いな、と思ってそちらの方面に進みましたが、なんでもいいんです。皆さんも、好きなものを見つけて、どんどん好きなことを極めてください。これで私の授業を終わります。」と締めた。

 「佐々木先生!」学級委員が突然呼びかけた。「はい!?」すると全員が起立の姿勢をする。「今までありがとうございました!」礼をした。感激で涙があふれる。更に「これ、僕たちから先生への感謝状です。」と何かを渡された。真っ白い下敷きで寄せ書きがされていた。この子たちと明日から勉強できないのは、本当に辛い…と感じてしまった。

 職員室に寄って、渡辺先生をはじめお世話になった先生方にお礼とお別れの言葉を伝え、半分ベソをかきながら校門を出て、自転車をこぎだそうとしたら…

 「えっ?何でいるの?」なんと福山君がそこにいた。「この前、今日が教育実習終わる日だって聞いていたから、ちょっと寄ってみたんだよ。会えるかなと思って。」意表をつき過ぎていて、どうして良いのかわからない。校門脇で二人立っていたら、クラスの女子が「あ、佐々木先生。誰?彼氏?なんだぁ!やっぱりいたんじゃん!」とはやし立てる。校庭でサッカーや野球の部活をしていた男子も「あ!佐々木先生。彼氏来てんじゃん。」と大騒ぎ。「違う、違う!ただの同窓生よ。はい、みんなさようなら。期末テスト頑張ってね。元気でね!」と、慌てて自転車に乗ってその場から離れた。「先生、幸せになってね〜!」生徒たちの声を背中で聴きながら。で、福山君は… 彼も自転車で追いかけてくる。

 踏切までは自転車をこいでいたが、その後は降りて自転車を押しながら並んで歩いた。「なんか、ごめんなさい。うちの生徒たちがバカなこと言っちゃって…」教育実習が終わって寂しいのと、はやし立てられて恥ずかしいのとで涙がグズグズ溢れてくる。「いや、僕が佐々木さんに会いたくて会いに行ったから当然だよ。彼氏だと思われたってしかたないさ。それに全然嫌じゃなかったし…」「…ふぇ?」
ビックリし過ぎて変な声が出てしまった。「あのさ、同窓会じゃなくて二人でお祭りに行かないかって相談したかったんだけど…」「…え?」「佐々木さんと二人でお祭りに行きたいんですが、ダメですか?」「ええっ!?」「僕、佐々木さんのこと実は好きだったんだけど…言えなかったんだ。中学の時。この前も。」「…本当に?」「本当に!だから七夕の笹と一緒に現れた時は、心臓が飛び出るかと思ったよ。」「実は私も…」「本当に?」「本当に!」「じゃあ、お祭り一緒に行けるよね?」「行きたい!行きたいけど…」「何か約束とか心配なことあるの?」「教員採用試験が目前だから、勉強しないと…」「佐々木さんは教育実習もちゃんとしていたし、今まで十分勉強していたんだろうから、1日くらい僕と気分転換した方がいいんじゃない?」「そうかな?」「そうだよ。だから、お祭り行こう!」「わかった。行くね。」

 福山君の家の前に着いた。「今日はいろいろありがとう。」「佐々木さん…」「…ふぇ?」緊張で、また変な声が出てしまった。「握手しよう。」「あ、はい。」ドキドキしながら右手を出して握手をした。男の人の手を握ったのは初めて…かも。それこそ、中学校のフォークダンスの時以来。大きいな…と思った。「佐々木さん。」「はい。」「手紙書くね。」「あ、はい!私も書きます。」「あとさ…」「何でしょう?」「彼女になってくれてありがとう。」「えっ、こ、こちらこそ…」握手の力が大きくなり、気が付いたら引き寄せられていた。「ゆうって呼んでもいい?」「…え、いいです…」「どっちの、いい?」「yesの方で…」

 教育実習は終わったが、こじらせていた初恋が動き出した。七夕の願い事が、また増えた。


#夏の香りに思いを馳せて

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