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【お花とエッセイ】私の王国

その林の中へ行くと、私は王女になった。私だけの王国、家来とかはいない。地面を忙しなく往き交うアリたちを眺めてみたり、おもむろに石を転がして石の下にいたダンゴムシたちの右往左往ぶりを楽しんだり、モンシロチョウを追いかけたり… 王女の私に「そんなことをしちゃダメだよ」と言う人は誰もいない。

春には一面スミレの花が咲き乱れる。所々に黄色いタンポポやジシバリの花も混じって、夢のような世界になる。王女の私は花を摘んで花冠を作り、自分に被せ、さらに威厳を高めようとするのだが、悲しいかな花はすぐに萎れてしまい、王女は花の命の短さを思い知らされるのであった。

夏の王国はセミの鳴き声で溢れかえっていた。また、緑が眩しい世界でもあった。ツユクサの青い色やホタルブクロの淡い紫色が、風に揺れている。王女はコケを眺めるのも好きだった。ゼニゴケはよ〜く見ると、ジャングルに見えてくる。空の上からジャングルを見下ろしているような気がして、この時は王女は王女ではなく鳥に変身していた。

秋になるとドングリが落ちていた。クヌギもみつかる。「クリもあったらいいな…」と、王女は枯れ枝を杖代わりにして探検したが、ついに発見できなかった。赤いモミジの葉を代わりに拾い、地面に足跡みたいに並べてみたりした。秋の林には、コギクが少しばかり咲いていた。花よりも落ち葉がたくさんな王国になっていた。

冬は王国に行かれなかった。寒空の下では風邪をひくから…と、連れて行ってくれなかったのだ。しかたがないので、空想の中で王国を散策する。一面が雪の世界となり、そこに私は雪の城を築くのだ。王女の私しかいないから、城も一人分の部屋があればいい。あぁ、城というより『かまくら』だろう。窓は2つくらい作りたいな。そして花を飾りたい。良い香りのするフリージア、それも黄色いやつ。ピンク色のヒアシンスの水栽培も置きたいな。城の中で王女は暖かいココアを飲みながら絵本を読んで過ごす… そんな夢を見ていた。

そしてまた春が来て… スミレの季節が終わり、今度はハナニラの白い花が咲き乱れる王国となった。少し匂いが気にはなるけれど、星のような花たちに囲まれるのは嬉しいものだ。また王女に戻れた…と心から喜びを感じた。

「お〜い!そろそろ帰るぞ〜!」

この声が、私を王女から現実に呼び戻す呪文。王国は、父の会社の保養施設の一角にある雑木林に変わる。そして保養施設のテニスコートでテニスをしていた父を待つ時間潰しを終えるのだ。

「今日は何を食べたい?」と父が聞く。
「五目中華そば!」と答える私。
「また、それか!」笑う父。

王女は王国から戻った時に食べる、保養施設の五目中華そばが大好きだった。王国も好きだけど、花よりダンゴなところも否めなかった。​

*** 10/2 追記 ***

今年の2月に亡くなった父との思い出を綴りました。幼稚園の頃の私は、父とのお出かけが大好きで、テニスにもついていきました。テニスコートでおとなしく見学できるはずがないので、雑木林で一人遊びし、その後に食べる五目中華そばを楽しみにしていました。春のスミレが咲き誇る王国が今でも忘れられません。スミレが咲くと、いつも父と訪れた保養施設のことを思い出します。元気で若々しかった父の姿も…



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