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【エッセイ】3m70cmの向こう側|#これぞ我がジャンプ

日本の女性平均寿命の半分をとっくに通り越し、そこから成人式を迎えようとしている自分です。いろんなことがありましたし、これからも多分いろいろあると思います。

そんな私の半生の中で、文字通り運動で一番ジャンプした記憶は、中学3年の時の走り幅跳び…ですね。その時の思い出を語りたいと思います。

※ 一部加筆ではなく減筆しました。2022.6.11



中学3年の6月に、我が家は東京から神奈川へ引っ越しました。こんな変な時期に引っ越すもんだから、修学旅行には行きそびれるし(東京では秋に、転校先は終了直後)、都内と神奈川と高校受験のシステムが違うので、もう何が何だか…な世界でした。

それでも級友が良い人ばかりで、みんなと一緒に最後の中学生活、勉強も部活(コーラス部)もその他諸々楽しむことができました。特に、転校してすぐ隣の席になった男子には親切にしてもらい、初恋の人となったのです。(片想いでしたが)

さて、秋に体育大会がありました。全員何かの競技に出なくてはなりません。私はスポーツは得意ではないのですが、水泳(クロールのみ)と走り幅跳びだけは何故か記録が良いのです。体育大会に水泳は無いですから…そして、幸いにも?走り幅跳びに挙手する人がいなかったので、それにエントリーしました。

特に何も練習とかもなく体育大会の日が来て、走り幅跳びの競技に参加し…中3女子の部(6名)において、3m70cm で優勝しました。なんてラッキー♡ 私は、これで終了したと思ったのですが…違ったのです。転校生の私は知りませんでした。体育大会の成績で、それから1ヶ月後に開催される地区陸上記録大会(以降、地区陸)の選手に選ばれることを!

「○○と△△と□□と…は、今度の地区陸の選手に選ばれたから、放課後は運動場へ集合するように。」と担任が朝の学活で言い、そのメンバーの中に私の名前が挙がっていたのです!

「え?どういうこと?地区陸って何?部活に出たらいけないの?私って何の選手に選ばれたの?」

理解できない私に級友は説明してくれました。

「この前の体育大会で走り幅跳び優勝したからに決まってるじゃん。地区陸はうちらの学校は湘南学区だから、平塚に行くんだよ。部活は地区陸の練習後だね。頑張って!」

とんでもないことになりました。コーラス部の私は、それからほとんど毎日、地区陸の日まで校庭10周走った後走り幅跳びの練習をすることに!地獄です。他の競技は適材適所というか、ちゃんと運動関係の部活の人が選ばれていました。走り幅跳びと走り高跳びの選手だけ、何故かコーラス部という謎…「コーラス部なのに、なんで地区陸の選手になっちゃったんだろうね。」と、お互いぼやきながら校庭を走っていました。

それでも、ちょっとは嬉しいこともありました。私の片想いの男子も長距離走の選手に選ばれていたのです。別に一緒に練習する訳ではないのですが、校庭10周の時や、幅跳びの練習している時、視界に彼の姿が入ると『私も頑張ろう!』と思えるのでした。その上、私が疲れた足にエアーサロンパスをシューッとしていると、「僕にも貸して!」と声をかけてくるのです。もちろん貸しました。(キャッ♡)

地区陸の日が来ました。雨も降らず…しっかり全競技開催されました。私も練習で4m近くは跳べるようになっていました…が、やはり素人です。ちゃんとしたアスリートたちに囲まれて雰囲気に呑まれ、フライングするか踏み切りが弱くて…記録はさっぱりでした。体育大会の時より酷かった記憶が…

あんなにたくさん練習して頑張ったのに…

・・・・・

以上が、私史上最高(最低か?)のジャンプをした体験談でした。記録はないけれど記憶だけはしっかりと残ったというか…

実はこの後、片想いの男子とあれこれとかあるのですが、そのお話はまた別の機会に。

え? 今、聞きたいですか? では、サラッと…

・・・・・

自分の出番を終えた私は、長距離走に出場する片想いの彼を応援しようと思ったら姿が見えず、肉離れを起こし棄権したとのこと。あんなに毎日一生懸命練習していたのに…  

下手に声をかけるより…と思い、私はコーラス部の友人の走り高跳びの応援に向かいました。

彼女も競技が終わって戻って来る途中でしたが、なんとそこに私の片想いの彼が!しかも渾身の告白中!

「あ、なんか…ごめんなさい。」

とんでもない場面に遭遇し、そう言って立ち去るしか無いじゃないですか… 私の初恋は誰も知らないまま終わりました。


卒業式の後、校門の所で待ち伏せされ肩を叩かれ

「いろいろお世話になりました。」

と、声をかけられたのが最後のドキドキです。


[1970字前後]

#これぞ我がジャンプ
#エッセイ

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