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放物線の英語「parabola」の語源

日本語「放物線」は読んで字の如くに「物を投げたときに描く曲線」である。対し、その英語「parabola」は古代ギリシア語「παραβάλλω (paraballo)」まで遡り、「横へ」を意味する接頭語「παρα- (para-)」と「投げる」を意味する動詞「βάλλω (ballo)」に分解できる。ところが、一見「水平投射」の意味に見えるものの、語源的には「適用、比較、同等」という別の意味になっていた。「物を投げる」意味とは無関係だった。

そもそもの疑問

「parabola」について、鋭い指摘があった。

「ギリシャはニュートン以前なのに」は2つの事実を前提にしていると思える。まず、「parabola」という用語を導入したのが、紀元前のギリシア数学者であるアポロニウス。次に、投射物の軌跡を解析的に研究したのが17世紀の学者ニュートン、少なくとも17世紀前後の学者たちの成果である。この間には千年以上の隔たりがあり、アポロニウスは目の前の曲線が「物を投げたときに描く軌跡の形」とは知らないはずである。このため、「水平投射」のような名前を付けられる訳も無い。

ごもっともである。

en.wikitionary.org

語根を調べるのに wikitionary.org は便利である。疑わずに信じるのは危ないが、調査のきっかけや関連キーワードを収集するには役立つ。

Etymology
Borrowed from New Latinparabola, from Ancient Greekπαραβολή(parabolḗ), from παραβάλλω(parabállō, “I set side by side”), from παρά(pará, “beside”) + βάλλω(bállō, “I throw”). Doublet of parable, parole andpalaver.

https://en.wiktionary.org/wiki/parabola#English

要は、新ラテン語「parabola」経て、古代ギリシア語に「παραβολή (parabolḗ)」、さらに「παραβάλλω (parabállō) = 並べて置く」、さらに「παρά (pará) = 横に」+「βάλλω (bállō) = 投げる」からの借用である。ついでに、「parable = 比喩, 寓話」「parole = 発話, 仮釈放」「palaver = 無駄話」と同根である。

千年もあれば言葉はとんでもない意味に化ける。「仮釈放」まで行かなくとも、途中に「並べて置く」意味が挟んでいることから、「parabola」には「投げる」という原義が殆ど効いて来ないのが容易に想像できる。

ネット上の解答

その真偽を調べるため、"balo" を指定して検査すれば、幾つかの解答が見つかる。

Karlheinz Fenstermacher 氏の説明

1つ目は「If parabola means 1 bola, why is hyperbola 2 bolas?」という質問に対する Karlheinz Fenstermacher 氏の答えである。非常に長いので、重要な部分だけ引用する。


Now, the verb "paravallo" comes from the preposition "para", roughly meaning "from", "near", "against" and the verb "ballo". This last has a spectrum of meanings, but the one relevant here is "to compare". All in all, "paravallo" means roughly "to place close for comparison".

Naturally you will ask what is the relevance to mathematics. Here it is: In Euclid's celebrated geometry text, the Elements, there is a geometric construction that asks to construct a rectangle on a given side and of given area. The wording there uses the verb "paravallo" in the sense that it is required to produce a rectangle comparable in area to a given one. This became in antiquity the standard terminology.

Later it was taken up by Apollonius in his celebrated book of Conic sections (of which the parabola is an example). There, when he proved the property (in modern notation) y^2 = a*x, he wrote that the area y^2 is comparable (in the above sense) to the rectangle whose one side "a" is given.

https://groups.google.com/g/alt.usage.english/c/uOOkgY7YPEM/m/-TVQo6Ytl8QJ

まず、「paravallo」が「同等と見なせる」の意味と説明している。「横に投げる」とも「並べて置く」とも異なる新説である。次に、ユークリッドの本にある幾何問題で、「与えられた辺長と面積を持つ長方形を作る」意味で「paravallo」を標準的な用語として使っていたことを説明している。その後、アポロニウスは著書『円錐曲線』で y² = ax の関係性を示し、「面積 y² は a を一辺に持つ長方形と同等と見なせる」と書いたと説明している。

英語「compare」は「比較する」意味を持つ、どうもしっくり来ないので調べてみれば、「同等であると見なす」意味も見つかる。すると、アポロニウスが書いた「comparable」は「同等と見なせる」意味と解釈できる。要は「等しい」と言いたいのだろう。

【自動】〔~に〕匹敵する、〔~と〕同等であると見なす

https://eow.alc.co.jp/search?q=compare

要するに、放物線の英語「parabola」は語源的に「同等」や「等しい」意味でしかない

Karlheinz Fenstermacher 氏はさらに気にある情報を綴っていた。要約すると、アポロニウスは「hyperbola = 双曲線」と「ellipse = 楕円」も導入していて、メナイクモスが発明した古い名前を置き換えていた。「hyperbola」は「超える比較する」意味であり、楕円も「hypobola」という「及ばん比較する」意味の名前になるべきだったが、ギリシア語では既に別の意味があったため「省略」も意味する「ellipse」となった。


This is the name that survived up to our time, replacing the old name " section of a rectangular cone" used by its inventor Menaechmos.

Thus he coined the term "hyperbola", roughly meaning "the one that exceeds in comparison", replacing its old name " section of an obtuse angled cone".

The ellipse could be called "hypobola", only that this word has a different meaning in Greek, and so perhaps was not preferred.

https://groups.google.com/g/alt.usage.english/c/uOOkgY7YPEM/m/-TVQo6Ytl8QJ

まとめると、こんな意味の名前が使われてたとのこと。
  メナイクモス名 = アポロニウス名
  直角円錐の切断 = 等しい比較
  鈍角円錐の切断 = 超える比較
           及ばん比較 → 省略

この「直角円錐の切断」というのが円錐を切断して得られる円錐曲線に基づく古い名前で、今の切り方とも少し異なっている。これは後に調べる。

Ben Waggoner 氏の説明

2つ目は「What is the meaning of the suffix "bola"?」という質問に対する Ben Waggoner 氏の説明である。これも長いので、一部のみ引用する。

Apparently, the -bola in parabola has nothing to do with the fact that a thrown object follows a parabolic curve. Parabola literally means “beside-throwing”, as in throwing two objects together to compare them—so it came to mean “comparison” and then “application”. Apollonius of Rhodes used the word to describe the “application” of a given area to a given straight line.

https://www.quora.com/What-is-the-meaning-of-the-suffix-bola

まずは語根「-bola」が投げられた物体が放物線と描く事実と無関係とキッパリ否定している。続けて、「beside-throwing = 横に投げる」意味から「2つの物を投げて比較する」意味から「comparison = 比較」に派生し、さらに「application = 適用」を意味するようになったと説明している。アポロニウスは「与えられた面積を与えられた直線に適応する」意味で「-bola」を使った、と説明している。

さらに、出典として、Online Etymology Dictionary へのリンクを残してくれた。

Online Etymology Dictionary

Online Etymology Dictionary は『現代英語語源辞典』『英語語源辞典』『オックスフォード英語辞典(OED)第2版』『バーンハート語源辞典』など名だたる辞典をソースとしたオンライン辞典である。丁寧に日本語訳もあるが、機械翻訳かもしれない。引用は英語版から取るが、日本語訳のリンクも併記しておく。

parabola (n.)
"a curve commonly defined as the intersection of a cone with a plane parallel with its side," 1570s, from Modern Latin parabola, from Greek parabole "a comparison, parable," literally "a throwing beside," hence "a juxtaposition" (see parable), so called by Apollonius of Perga c. 210 B.C.E. because it is produced by "application" of a given area to a given straight line. It had a different sense in Pythagorean geometry.

https://www.etymonline.com/word/parabola
(ja) https://www.etymonline.com/jp/word/parabola

一般に、円錐とその側面に垂直な平面の交点として定義される曲線であり、1570年代の現代ラテン語「parabola」から来ていてる。紀元前210年ペルガのアポロニウスによって、与面積を与直線に適用した結果である理由から、字面上では「横に投げる」を意味するギリシア語「parabole = 比較, 寓話」と命名された。ピタゴラス幾何学では別の意味を持つ。

これには Karlheinz Fenstermacher 氏の説明を裏付ける記述も見られている。parabole の意味が一周回って「水平投射」とも捉えられるのは言葉の綾であり、語源が「横に投げる」でも言葉自体の転用で「適用」や「比較」の意味で使われていたことは事実であろう。

数学実験室

円錐曲線の古い定義

古い円錐曲線の定義を探すと、数学実験室というサイトで『円錐曲線による円錐』という逆に見えるタイトルのページに出くわす。

メナイクモスの時代では、円錐の母線の垂直面で切断する断面で円錐曲線を定義した。円錐を軸に沿って真っ二つに斬ると、軸断面に三角形が得られるが、その形状により鋭角円錐、直角円錐、鈍角円錐に分けられる。それぞれでの切断面が楕円、放物線、双曲線に対応している。

  メナイクモス名       = アポロニウス名
  鋭角円錐の切断面 oxytome = ellipsis 不足
  直角円錐の切断面 orthotome = parabola 過不足無し
  鈍角円錐の切断面 amblytome = hyperbola 超過

今では、任意の円錐を、軸を含まない任意の平面で切断するときの断面でしているため、異なる定義になっている。今の定義では、母線と並行な平面で放物線、軸に垂直な平面で円、その間の傾きが楕円、それ以外の傾きで双曲線が得られる。

直角円錐では軸断面上の2本の母線が互いに垂直関係にあるため、直角円錐に限り、母線に垂直な古い定義と母線に平行な今の定義に一致する。そして、必ずどちらかの母線に垂直する必要があるため、昔の定義では円が現れない。

二次方程式と面積の問題

さらに、parabola などを円錐曲線に使ったのはアポロニウスが最初ではあるが、もともとピタゴラス学派が別の代数問題に使っていた用語のようである。

一般に、原点を頂点とする放物線の方程式は y² = cx で与えられる。これは、現在よく使われてる y = kx² とは変数の当て方が x と y が逆な上に、係数も逆数になっている。しかしこの古い形式が便利で、二次項を加えることで原点を頂点に持つ楕円と双曲線を得られる。

 楕円  y² = cx − c²x²
 放物線 y² = cx
 双曲線 y² = cx + c²x²

特に y² = cx について、これを辺長 y を持つ正方形と、長さ c と x を2辺とする長方形の面積が等しい条件と解釈し、y と c を与えて x を求める図形問題と考えるのがアポロニウスの研究ではある。これが Karlheinz Fenstermacher 氏が言っていた「y² = ax」で表される「面積 y² は a を一辺に持つ長方形と同等と見なせる」問題となる。

この時、単純に両辺の大小関係に着目すると過不足の話になる。

 楕円  y² < cx 不足 ellipsis
 放物線 y² = cx 同等 parabola
 双曲線 y² > cx 超過 hyperbola

結論

放物線の英語 parabola は正方形の面積 y² と 長方形の面積 cx を比較する際の等しい関係を表す言葉として命名されたものだった。字面上では「para = 横に」と「bola = 投げる」の意味ではあるが、ギリシア語の派生で「比較」「相当」「適用」の意味に変っていて、命名する時点で「物を投げる」イメージは無かった。

同じ理由で、古代ギリシアでは、楕円、放物線、双曲線をそれぞれ不足線、同等線、超過線のような名前で呼んでいたようなものだった。もとい、語根的に「線」すら無かった。古くは、もう少し情報量のある鋭角切断面、直角切断面、鈍角切断面という名前もあったが、過不足な名前に取って代わられた。もっとも、こちらも「円錐」の情報が欲しいどころではある。


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