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朝から正座した彼氏に深く(本当に深く)反省された話

彼氏の朝は遅い。決まって6時に起きる私の形がぽっかり空いたベッドで、のそのそと8時まで寝ている。
 その間の2時間を前半は化粧に、後半は朝ごはん作りにかけた私の「ご飯出来たよ」の声で起き上がると、「わぁありがとう」など言って席につき、むちゃむちゃ……。と口にしはじめる。

今日の朝は小さめの目玉焼き乗せトーストと焼きウインナー4本、レタスとトマトのフレンチサラダ。バナナシェイクに食後のクリームがたっぷり乗ったコーヒーゼリー。

私は食べながら、最近見た映画や欲しいものの話をする。彼氏はそれに少なく相槌を打ちながら、どこか上の空になっているようだった。
 食べ終わって、さあ今日は昨日決めた通り映画に出かけるぞ、となったときに「真剣な話がある」と言われた。私は「真剣な話」とやらが味気ないおしゃべりよりも楽しそうなので、相手が正座に整えるのを見ながら同じような姿勢をとった。

「ごめん、今とても反省しています。」

そう言った彼の目はいつも通り右に流されていて、私の視線には合わなかった。黒目が私を見ないのは初めて会った時からそうで、だから人と話している気がせず緊張しない。私にとっては良いことなのだろうが、多分。

「昨日の夜、ーさんに言われたことをずっと考えていて、それで不安にさせて悪かったなと思って、だから今日はこれで帰ります。」
私は聞きながら、特に不安を感じてはいないし、なんで今から遊ぶと決めていたのに帰ることになるんだろうなと思った。
 たしかに昨日の夜ベッドに入って、出会ってから思ってきたことや今考えていることを端的に告げた。眠かったせいで記憶は曖昧だが、あらかたこういうことを言ったんだと思う。
・今夜は生理だから性交渉は出来ないこと
・もし生理ではないとしても、妊娠したくもないのに会うたびに義務のように性交渉する今の状態は負担だということ
・彼の個人情報が確定しておらず万一があれば飛ぶだろうと考えているため、住所や職場が特定できないうちはスキンシップを取らないで欲しいということ
 少し言いすぎた気はしたが、言葉に私の感情が含まれていたわけではない。客観的な事実から、世間常識的なやり取りをしておかねばならないと思って伝達したまでだ。
私は彼氏のことを彼氏だと思ったことは一度も無かった。なぜならカフェで初めて出会った帰りにすぐLINEが来て、次回はあなたの家に泊まらせてくれないか、夜ご飯を食べさせてくれないかとやや強引に家に来ようとしたからだ。私は自分のお金も時間も、友達でもない人に使う気にはならなかったが、人を家に招く機会には乏しかった。きっと恋愛なんてここで踏み止まらないことから始まるのだから、大人としてその先を見ておかねばならないと思い、シーツや食器を新調し夕飯を用意して招いた。
 それでもどこか悔しさは残ったので、もし一夜限りのことになった場合の心の抵抗として、夕飯は私が作りたかった本格的なタコスにした。それでどんな初夜を迎えたかは過去記事の通りである。

その後も頻繁に家に通ってきた彼は一度も私に素性を告げることなく、食事が外食やコンビニ飯のこともあったが全て夜に来て朝に帰った。もう「そういう関係」であろう、他にも女性がいるんだろうとほとんど腑に落ちていた。それでも何も感じなかったのは、私が彼のことを素性から性格までよく知らず、知らないから人間扱いできなかったからだ。仕方のないことだが良くないとは思っていたから、何度もそれとなく趣味くらい話してもらおうとしたが、返事の中身は曖昧だった。もはや個人情報も性格もわからない、何か自然の影のようなものであった。だから性交渉をしていても、それを良くも悪くも感じなかった。行為中の演技の必要さえ見つからず、申し訳なくて少し笑ってみたりした。

昨日の夜に真剣な話を持ちかけたのは私の方だった。
「私の人間に対する意識は尊敬と友情の2種類しかなくて。だから一目惚れもしないし、よく知らない人を触って何が嬉しいのか分からない。なんでセックスしてるんですか?」
好きだからじゃない?、と彼は答えた。好きなのか……?と私は思った。
「それ、ペットを触っている感覚ですか。」
「好きな人と一緒になれるのは嬉しいことだよ。」
 その「一緒になる」ことがセックスで、セックスが「一緒になる」なのが分からないんだよなと思ったが、もし本当に私のことが好きなんだったら、もしかしたら他に女の人が居るわけじゃないのかなと考えた。
 生理のため性交渉はしなかったが、そのせいで体を触られることだけを単体で経験することになった。その時、手を握られるのとハグは頑張れるが、キスと耳を舐められるのはめちゃめちゃ嫌だというのが際立った。特に後者はちょっと厳しめに目が回った。まだ挿入の方が菌の量で汚いのは私の方なので気楽だったが、でもこれは妊娠が怖い。(妊娠して、飛ばれて、対処のためのお金が自己負担になるのは惨めだ)

そうなるともう何も出来ないことになるんじゃないかと思った。寝落ちる前、最後に何度も折れるくらいハグされたので、かわいそうになって背中をさすり頭を撫でてやった。もう私のところには利益がないので、来たくなかったら来なくても良いと思った。そういうことになってほしくはなかったが、それを覚悟して本音を伝えたつもりで、でももしこれで本当に興味を無くされたらあとで後悔する予感も痛いほど分かった。私はやっぱり肝心なところで諦めて失って、そろそろ一生1人なんだと感じて、抱き合った肩越しに暗い自分の6畳半を見つめていた。

ーーーー

「私は不安じゃないけど、なんで反省してるの?」

だから朝にもう今日は帰ると言われたとき、やっぱり「帰る」んだな、と思った。
「いや、不安にさせてた。自分の身に置き換えてみて。」
「自分がされたら嫌なんですか。」
純粋に、目の前の人が何をなぜ反省しているのか知りたかったのだが、彼は「不安にさせた」とオウムみたいに何度も言った。
「一旦、1週間くらい、明日シフトを見たら次会える時を言うから、この気持ちを整理する時間が欲しい。」
経験上、その1週間後は来ない気がした。
「自分で悩む派なんですか、せっかく遊ぼうと言ってたし、悩みの原因がここに居るから一緒にいる間になんでも話してくれて良いし……。」
「いや、自分で悩む。悩んで、それでもダメだったら言う。」
その態度が、何気に真摯な感じもして、いったい彼が良い奴なのかそうでないのか、踏切が明滅するみたいに定まらなかった。

「自分を指摘した言葉の100%を、180%にして考えてしまうんだ。」

彼が言った。自分の性格について初めて自己紹介した。
 私はそれこそやっと本音だと思った。初めて相手の扱い方に活路が見出せた気がした。これまでずっとそういうことを言ってほしくて、あなたのことを教えて欲しいと言い続けてきたのだった。それさえ分かれば話し方も分かった。

「初めて家に来て料理を作ってくれた時も、ーさんの優しさに甘えてたし、本当はもっと激しく怒ってくれてもいいことだったのに、昨日の夜も言葉を選んで話してくれた気がして、こう外堀から埋めるように……。」
「いや私はなにも怒りを隠して我慢して話したわけじゃなくて、あの言い方で100%か、それでも言いすぎた気がしてたよ。」
「あれで!?、いや、本当に優しいよ。でもだから甘えるんじゃなくて、もっと自立して気持ちも整理して、昼間に会うようにして1からやり直したい。」

「これまでを水に流そうとしてるのか。もう段階を踏んで上がっていくところをグッと登っちゃったから、今更1には戻せないよ。私だったら賭けが上手くいったんだから、そのまま突き進むけどな。」
 明るく大胆に言うことで、本当に気にしていないということを印象付けようとしてみる。でも、相手の性格や感じ方を大切にしないといけないと思い、自責なら私の手は出せないから好きなだけ悩めば良いとも言った。

相手の恋愛経験は定かではないし、私の恋愛経験はほとんど無い。とりあえず、私以外の人ともしこれから会った時に、それが私じゃなかったらきっと上手くいかないだろうから、必要な心持ちを学べて良い経験になったんじゃない?と締めた。

「じゃあまたね、今度は誕生日プレゼントも持ってくるから。」
 やけに小さな水色の傘を持って、本当に彼は家を出て行った。私は化粧をして服を着替えて、そのまま1人残された。外は雨上がりだ。見るはずだった映画でも見ようと思った。

彼は遊ぶために空けた丸一日を過ごしながら、今頃何を考えているのだろう。文字通り私の知ったことではないが、そこまでするようなお題について、1人で悩んでいるとしたら逆につらくないのだろうか。他人の考え方に合わせるのは難しい、特に相手が打ち明けてくれない場合にあっては。でも自分に合ったやり方があるのなら、気持ちが落ち着くまで何週間でも待って、相手の気が向いたらまた会おうと思っている。

今日は少しだが、初めて彼のことが知れて良かった。私は偏見を挟んでものを見るのが苦手だが、真実だけを並べるのではなく、人の性格を察せるそれぞれに居心地が良い人間になれたらいいなと思った。

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