いきかた

この世界も随分と住みにくいものになった。
どこへ行くにもマスクをして、大きな声を出せば嫌な顔をされる
どのニュースを見ても、感染者数を知らせるアナウンサーの険しい顔が映る

この国にある日舞い降りたウイルスは一瞬にして人々の生活を蝕んでいった
そのウイルスへの明確な対策はなく、マスクやアルコール消毒など一般的な対策から詐欺商品が出てくるようにもなった。
数か月を経てワクチンが開発され感染拡大の脅威もおさまり
人々はそのウイルスを風邪のようなものだと、今まで熱心に行っていた予防対策を怠り始めた。

結果、感染者は増加し月に数人の死亡者が出るまでとなった。
私もその感染者の一人だ。
一人暮らしの部屋には、憂鬱な気分と私の体内から出たウイルスだけが充満している。

最近では、鬱になる人が増えた。
私も、はじめこそは人と会わなくて済むなどとのんきなことを考えていたが
今まで当たり前のようにしていた生活ができず自宅から出てはいけないと縛り付けられ3日が経ったころには、うつにいなっていた。
自分がいなくても成り立つこの世界を見ていると、自分の存在意義なんてものはなくなっていた。

ある日、在宅ワークが終了し本を読んでいると
「外に出してくれ」とつぶやいていた。
それが自分が発したものだとわかるのに数分かかった。
外出を許されていないこの身だが、いつの間にか深夜誰もいない公園まで歩いていた。

するとマスクをした同世代の男が歩いているが遠くに見えた。
その男は私のほうに近づいてきた。
するとその男は私の顔を見るなり「お、久しぶりだな」としゃがれた声で話しかけてきた。
私が不思議な顔をしていると、彼は「まぁマスクしてるしわからんか。相棒」と言われハッとした。

彼は前職で私と仕事のペアを組んでいた相棒だったのだ。
マスク越しでも当時よりやつれ生気がないのを感じた。
私は彼が不安になった、私と同じにおいがして不安になった。

「私は今流行りの感染症になって部屋から出るなって言われたんだ、でもなこうして部屋を出たんだ」
「奇遇だね、僕もだよ相棒」優しい顔で彼は私を見つめていた。
「僕はね部屋から出るつもりなんてなかった、でもこの世界に存在しているって実感が欲しかったんだ」
「自分の頭上には誰かの見ている空が同じように広がっていて、僕も星や月と同じように太陽に照らしてもらっているんだと感じたくなったんだ」

そう言った彼は、前に比べればやせこけ生き生きとした人間のようには見えなかったが、生きていたいという強い思いが感じられた。
それから私たちは感染してからの話をしてお互いの帰るところに帰っていった。

翌日、テレビをつけると昨日歩いていた公園で彼がなくなっていたという報道が流れた。

彼が夜空に見送られてこの世界に存在していたことをわからせながら亡くなって行けてよかった。

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