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「大きな鳥にさらわれないよう」に?

寝ない子どもや、聞き分けの悪い子どもへのしつけとして、「鬼が来るよ」等、恐ろしい何かがお前を攫うよと脅すことがある。
私はといえば、直接親からそういった脅しを受けたことはないけれど、なぜか勝手に怖いものを想像し、素直に言うことを聞く子どもだった。

何かわがままを言いたくなった時、こっそりズルしてしまった時、少し夜更かししてしまった時、その時々の「怖いもの」の気配を背中に感じてぞくりとする。
それは魔女だったり、悪いねずみのおばあさんだったり、雑巾の化け物だったり……読んでもらった絵本やアニメに影響を受けながらさまざまだったけど、どんな時も薄っすらと持ち続けていた、悪い私を攫う者のイメージがある。

それは大きな鳥だった。

夜闇にまぎれる真っ黒いからだに、感情の見えない瞳。そんな大きな鳥が音もなく舞い降りて、私のことをむんずと掴み、どこかへ羽ばたいてしまうんじゃないか。そんな恐怖があった。

誰に脅されたわけでもないのに、いやに具体的である。今まであまり意識を向けてこなかったが、こうして言葉にしてみようとすると、かなり輪郭はっきりとした輪郭を持っていることに気がつく。
そして言葉に表していくことで、私はなんとなくこの「大きな鳥」の正体がわかった。
たぶん、「姑獲鳥」だ。

「姑獲鳥」と書いて「うぶめ」と読んだり、「こかくちょう」と読んだりする。
日本の妖怪で、死んだ産婦の無念が大きな鳥の姿に変化したものだ。赤子の夜泣きに似た声で鳴きながら夜間飛行をして、子どもを攫い、自分の巣へ連れ帰ってしまう。

その姑獲鳥をどうして幼い私が知っていたかというと、当時好んでいた『ゲゲゲの鬼太郎』に登場したことがあったのだ。
話の詳細は覚えていないけれど、たしかかなり強くて、鬼太郎は苦戦していた。幼い私にとって、鬼太郎は無敵のヒーローだったので、ショックを受けていても無理はない。
その印象が残っていて、私は大きい鳥が怖かったのだと思う。鬼太郎版・姑獲鳥と私の「大きな鳥」イメージは、概ね一致しているし。

かなり辻褄の合う解釈ができたと思う。
だけどまだもう一個、納得できないことがある。


川上弘美の著書に『大きな鳥にさらわれないよう』という小説がある。

このタイトルを見て、私は「あっ」と声を上げた。子どもの頃の私が抱いていた不安そのものだったから。
このタイトルに記憶を呼び覚まされて、私は今日、この話をしている。

姑獲鳥に怯える子どもは、一般的ではないだろう。だから「大きな鳥」への恐怖は、私だけの恐怖だと思った。
しかし本に立ち返ってみるならば、「大きな鳥」にさらわれる不安は、少なくとも川上弘美は抱いているはずで、もしかすると私が知らないだけで、けっこう一般的なイメージなのかもしれない。わからない。

もし「大きな鳥にさらわれるのが怖い」人があれば、イメージの根源に心当たりのある人があれば、私に教えてくださいませ。


【参考】


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