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牛乳石けんの親子

「石けんもうなくなるよ」と父が言っていたのを思い出し、脱ぎかけのシャツから手を離して、棚から石けんの箱を取り出す。こういうことは思い出した時すぐにやらないと、絶対に忘れてしまう。

昔ながらの牛乳石けん。
水色の箱を開けて包み紙を剥ぐと、輝くような乳白色をした石けんが現れる。きめの細かい肌と爽やかな香りの奥にある、若干の乳臭さ。新品の牛乳石けんは、赤ちゃんみたいだ。
傷つけないように指の腹でそっと掴み、お風呂場の隅っこに置く。そして自分の服はさっさかと脱ぎ、雑に洗濯かごに放り込む。

体を洗う段になって、私は新品の石けんを手に取り、その裏表をよく確認した。片面には「COW」の文字。丸っこいフォントがかわいらしい。もう片面の中央には、小さく牛の絵が彫られている。ぽつんとした佇まいがキュート。うーん、迷うなぁ……。
しばし考え、私は「やっぱりこっち」と牛の絵側の面を選ぶことにした。
石けん入れに張り付いている、ペラペラなベテラン牛乳石けんを少し水に濡らし、新品の石けんにくっつける。牛の絵が見えるように、「COW」側に貼り付けた。よしよし。

こうして重なった二つの石けんは、まるでカメの親子だ。大きくてどっしり構えた一方の背中に、身軽で小さなもう一方がしがみつく。なんとも微笑ましい。
一見、上に乗ったちびの方が子どもに見えるけれど、そこはカメの親子とは違う。新品の石けんは、その背に老いた親を背負う孝行息子だ。あるいは戸愚呂弟だ。

くっつきたての石けん同士はまだ馴染まないようで、端っこが少し浮いている。
くっつけた側で擦ったら剥がれてしまいそうなので、仕方ない、息子石けんの牛の絵をボディタオルに擦り付ける。かわいい牛の絵は、その一撃で薄れてほとんど見えなくなってしまった。

共にひと仕事をこなし、石けんたちはすっかり打ち解けたらしい。私が体を洗い終える頃には、完全にくっついており、もう分かつことはできまい。

この後また別の家族が使い、石けんはますますしっかりと馴染む。
明日お風呂に入る頃には、すっかり同化して、この石けんが元々二個であったことすら思い出さないだろう。

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