不幸のなかにいないこと
幸せの数が減ることだけでは、不幸にはならないかもしれない
と、なんてなんとなく気がつきました。
じゃあ、"不幸"ってなぁに、っていう。
もちろん、幸せの定義がそれぞれであるように、不幸の定義も人によって違うと思うけど。
考えてみた。
わたしにとっての不幸は、
「幸せを感じられない"状態"」かもしれません。
幸せが点だとしたら、不幸は"囲い"のようなものなのかも。
朝起きて土砂降りでも不幸じゃないけど、晴れた日に心地がいいなと感じられなくなったら、自分は"不幸のなかにいる"と感じるかもしれません。
いまの生活を「幸せだなー」と感じられるくらいには、そうじゃない時間も過ごしてきたつもりでいて。
そうじゃない時間って、どんなときだったかなって振り返ると、瞬間瞬間ではなくて、そういう状態だったのかもなぁと思いました。
"自分にとって"のよくない状態を明確に定義づけることで、これからの人生でも、きっと辛いときや悔しいとき、望んでいない形になることもあると思うけど、その状態に「常駐しない」工夫をできるかもなぁと思いました。
幸せじゃない=不幸、ではないことがわかっただけで、いまはひとまず満足。
そう簡単に、わたしの幸せは奪われないかも、と思えたから。
昨日、この話をまとまらないながらも夫にしてみた。
そしたら、全然違う着眼点からの答えが返ってきて、本当におもしろかった!
人と比べるって、おもしろい。
人との違いで、自分を知れるし
自分との違いで、相手が見える。
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