転院と医師の言葉
2020.07.17-19
陣痛誘発剤2日目の午後、急遽、大学病院へ転院が決まり、救急車で搬送ということになりました。
救急車の到着を待つ間、同乗してくださる助産師さんに、不安な気持ちを聞いてもらってました。そしたら、お腹を擦りながら優しい笑顔で、「お腹の赤ちゃんは、ママのお腹が居心地いいんだね〜」って言ってくれて、とても嬉しかったのを憶えてます。
救急車が到着し、大学病院へ向かいました。大学病院へ到着すると、救急隊員が押してくださるストレッチャーに載ったまま、産科病棟へ移動します。医師、研修医、助産師、看護師と多くのスタッフがすでに部屋に集まっています。初めての光景で、萎縮する私。そして、そのままベッドに横になります。
救急隊員の方が「我々はこれで失礼します」と挨拶してくださったので、私はお礼を伝えました。搬送中は終始、親切に声を掛けていただき、とてもありがたかったです。
そして、付き添ってくださったクリニックの助産師さんにお礼を言いいたくて、ベッドの上から入り口を振り返ったのですが、申し送りしている声は聞こえるものの、クリニックの助産師さんが見えません。そして、クリニックの助産師さんはお部屋には入ってくることはありませんでした。お礼が言えなかったのが、とても心残りです。
バイタルチェックやルート確保などで、左右、足元でたくさんの人がテキパキ動いてます。私はすっかり大学病院の雰囲気に飲まれてしまって、ガチガチに固まったままでした。
そして、内診も始まります。研修医が足元に数人いて見学してます・・・。とても嫌だなと思ったのですが、これが大学病院なんだなと状況を受け入れるしかありませんでした。
中堅ぐらいの男性医師から、今後の処置の説明がありました。
・本日の処置はなし
・明日以降陣痛誘発剤を行う
・母体の状況次第では、帝王切開も考えなければならない
・入院や処置の説明および各種同意について
そこで、再び私は、「次の妊娠も考えたいので、年齢的に帝王切開は避けたい」と伝えました(理由は前回記事を参照)。その医師からは、「お気持ちはわかりますが、状況によっては避けられない」という回答でした。
そんな話をしていたら、私の担当医になる産科部長の女性医師が部屋に入ってきて、自己紹介と挨拶をしてくださった後、「私達はお腹を切るつもりは、さらさらないからね!いずれは生まれてきてくれるから!きっと赤ちゃんはママのお腹が名残惜しいのよね〜」と、とびっきりの笑顔で声をかけてくれました。
教科書どおりではない、私に寄り添ってくれた女性医師の言葉と笑顔に、とてもパワーをもらいました。一瞬にして、私はこの女性医師を信頼し、転院してきたことは、とても幸運だったのかもしれないと思い始めていました。
そして、お産が進むようにと、医師により破水の処置がありました。(※注:子宮内胎児死亡のため)
その後は、入院の手続き、バースプランの確認、葬儀屋さんの手配など、助産師さんから説明がありました。お部屋は、今いるお部屋(陣痛室)でよければ、4人部屋料金で手配できますとのことで、お願いしました。陣痛用のベッドなので、寝心地はかなり悪く・監視カメラがついているという点はありましたが、個室でトイレ付きという点は非常にありがたかったです。
夜は、相変わらず眠りが浅く、すぐ目が覚めてしまいます。お別れの準備も同時しなくてはなりません。娘に似合う可愛らしい骨壷を探し始めました。
そんな夜を過ごしてると、隣の部屋は分娩室のようで、お産が始まりました。ドップラーから赤ちゃんの心拍音がきこえ、妊婦さんの声、そして、生まれたときには赤ちゃんの産声が聞こえてきます。自分が叶えられなかった光景だと思うと、耳を塞ぎたくなりました。
このような状況にいると、いろんな想いが湧いてきます。大学病院ということで、この病院のどこかで、生死を彷徨っていたり、悲しいできごとに直面している人がおそらく居るだろうななどと考えてました。
そして、「もし、この世が私と同じように産声のないお産ばかりだったら・・・」と考えてみたら、「それは悲しすぎる」という答えが私の頭に浮かびました。それならば、隣のお部屋に対して「元気に生まれてよかった」と、そう思うことができました。そして、お腹の娘だけが亡くなってしまったという事実は悲しいし、とても複雑な気持ちにはなりますが、自分が生かされていることに感謝しなくてはと思いました。
朝を迎え、陣痛誘発剤3日目。
しかし、この日は、まったく状況かわらず、1日を終えました。
そして、陣痛誘発剤4日目。
今日こそお腹の赤ちゃんに会いたいと思うものの、まったく有効陣痛はなく、状況に変化はありません。
しかし、お昼頃、急に悪寒が走りはじめ、手足体ががガクガク震え出し、ナースコールをしました。「熱が出てきちゃったね〜」と言われて、私の頭には帝王切開がよぎりました。助産師さんや医師は、はっきり言いませんでしたが、おそらく感染症数値があがってきてしまい、日数も掛かってることから、母体(私)がそろそろ危なくなっていることを意味していると思いました。
電気毛布を掛けてもらい、お腹の赤ちゃんに「お願い、そろそろ出ておいで〜」と声をかけお腹をさすりながら祈りました。
続きます。
お読みいただき、ありがとうございます。
lily
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?