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しごと での ぎくしゃく

人生における物事の多くは、どうしてうまくいかないのでしょうね。

どこかの記事で、わたしは障害のあるお子さんの支援をする仕事をしているとお伝えしました。
ものの貸し借りが苦手だったり、環境の変化にものすごいストレスを感じたり、手が出てしまったり…。障害の特性によって、内に秘めた感情を言葉にして伝えるのが苦手なお子さんが多いです。言語化が難しくて、結果他害などの行動として出てしまうんですよね。
そういった目の前のお子さんはみんな「困った子」に映るかもしれません。家族からしたら確かにそういった側面もあるでしょう。ですが「困っている子」であること、これもまた事実です。

相手を叩くことが良くないことだなんて分かってる。でも目の前の支援者は僕の気持ちをくみ取ってくれない!こんなに辛いのに!苦しい中頑張っているのに!注意ばかりして、僕のやりたいことを止めてさ…!
知的な発達の遅れもある。障害の特性もある。言葉にして伝えられたらどんなに楽か。でもそれが難しいんです。それをくみ取って寄り添って、一緒に解決策を考えていくのが支援者なんだと、わたしは常々思っています。

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少し遡り昨日の出来事です

気持ちの切り替えが難しいお子さんがいました。やるべきことより先にやりたい気持ちが先行してしまったのです。職員が話しても納得せず、ついには手が出てしまいました。
手を出すのはいけないことだ、とその職員は注意をしました。カッとなっているお子さんはさらに手を出します。職員もヒートアップし、他の職員や子どもたちが見ている前で、その子の腕を引っ張って強引に自分の方を向かせ、強い口調で叱りました。周りの子達は萎縮してしまいました。私は慌てて職員に一言「みんなの前では…」と伝え、子どもたちとその他の職員を次の活動場所へ流しました。

みんなの前で叱責したこと。
叩かれた怒りを強い口調でその子にぶつけたこと。
その子の気持ちを汲み取らず自分の正しさに  はめこもうとしたこと。

どれをとっても許せませんでした。
大人という権力を、正論を、振りかざして、力で言うことを聞かせようとしている。自分のような大人の言うことが正しいんだから、言う通りにしなさい、なんで反発するの。
そんな濁った感情が見えた気がしました。

わたしは20代半ばで、リーダーという役割を担わせていただいています。職員は3,40代 60代がほとんどです。でも障害のあるお子さんと接してきた経験や、独学で学んだ知識、得た資格などやってきたことに自負はあります。
絶対に正しいとは思いません。未熟さを痛感しますし、まだまだ知識も経験もスキルも足りません。だからこそ、磨いていきたい。向上させていきたいです。それは子どもたちの心の重りを、少しでも軽くすることに繋がるから。そして子どもたちがこぼす笑顔が、言葉が、私の幸せに直結するからです。
これが本音です。

でも、きっとその職員には伝わっていないでしょう。1番年下の私に偉そうに言われプライドが傷ついたかもしれません。私のことを生意気な奴だ、調子に乗るな、と思っているかもしれません。
でも、私にはそんなことは大したことではありません。
何よりも大切なのはお子さんの気持ちです。
障害の特性のことも、声掛けのちょっとしたコツも 避けるべき対応も伝えています。私だけでなく外部の専門職の方も伝えてくださっています。それでも尚、こんな杜撰な対応ができてしまうこと、それを黙認するような空気があること、これが私の精神にものすごく重くのしかかります。

どうしたら、伝わるのだろう。
どうしたら子どもたちに、より良い環境を提供できるだろう。

考えて、動いて、つまづいて、絡まって。
ちょっと大変な今日この頃です。

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