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緑色の理由

バラバラになった、絵のない真っ白のパズルを黙々と組み立てる1人の少年Cがいた。訪問する時代を間違えたことに彼が気づいたのは3歳の時だった。あいにく、生まれる前の世界に戻る手順の記憶は消去されていた。

彼は、1人でいる時間を多く必要としていた。繋がることで生じる幸福を避けるかのように。教室の中では使用済みの、馴染みがあるフレーズで溢れている。少年Cは、まだ誰も使ったことのない、新品な台詞を胸に秘めつつパズルを手に取っては戻すを繰り返している。そもそも、パズルは完成されることを望んでいるのか。未完のままでいたい確率は何%なのか。神様は、未完と完成品のどちらが好きなのだろう。意味を求め続けるラットレースから抜け出し、今はまだ無意味だとされている領域に浸りたい。無意味さが意味に染まり始める頃、別の無が準備を始める。

✴︎

少年Cは、頬を撫でる微かな物語を感じて窓の外に視線を移す。桜の樹の下で少年Dが座っていた。眠っているのか起きているのか分からないくらいDは静かに存在している。C少年はパズルを中断し、外に出た。

「白のパズルを中断するなんて珍しいね。」とD。
「なんとなくね。」とC。

「あのさ、例えば効率が便利さを生むなら、非効率は何を産む?」とD。

「今、何の問いも欲していない、残念ながら。僕自身は非効率な存在だと思う。誰にとっても。」とC。

「植物も水も鍾乳洞も、効率さの火花が散る時間とは一定の距離を保っているような気がするんだ。植物が効率だけを求めていたら葉の色は緑ではなく別の色だったかもしれない。けれど、植物は植物なりに考えた結果、緑色を選択した。自らが甘受した光を配るために。生まれたての酸素を引き継ぐために。植物の非効率さが他の生命体を救っている。」とD。

「………。」

「誰も何も主張しないで、なんとなく集まっている場所があるとするなら、そこは一種のパワースポットかもしれない。水や森は主張を持たず、固形化する思想を持たず、意味による壁を造らず、数千年の時を刻んでいる。ここに何かしらのヒントがあるのかもしれない。そうして目に見えるものは、ほんの一部。見えない、聴こえてこない、あの人が敢えて言わなかった台詞、そうしたものの中に大事なものが隠されているような。」とD。

「君は、今この瞬間、どんな音楽を聴いている?表面上は何にも聴こえてこないけど。」とC。

D「植物が奏でる、柔らかく静かな音楽を聴いている。例えば、桜は春の祈りを。土の下で眠る、誰にも知られることなく亡くなった人々や動物達の、かつて生きていた軌跡を忘れないようにと。年表に載らない、けれど大事な物語がここにある」

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