Limited
あれからもう30年経った。
生まれ育ったところはミシガン州にある小さな町。産業革命の波に乗ってものすごく発展していたが、自動車産業の衰退につれ、ますます廃れてきた。今でもここに住んでいるのは、この町に感情を抱えている老人や自動車工場の解体作業をしにきた人しかいない。
恋人も急病で他界し、町の外に出ることがなかった私もそろそろもっと人気のあるところに行こうかと思っていた。そのときだった。
黄昏の帰り道にて、予想外の人物と巡り合った。
身体がずいぶん成長した。顔に刻まれたシワからしては、もう四十代になったのか。でも雰囲気はあのときと比べてほとんど変わっていなかった。猫背で、臆病で、いつまでも他人の顔色を窺うような言動。
思わず声をかけてみた。幸い、彼女はまだ私のことを覚えているようだ。
「だって、ニューヨークに行ったまでの私には、友達がきみしかいなかったもの」
「それにしても、様子は全く変わっていないね。魔法でも使って若さを保っているのかしら」
その通りだ。私の時間がもう止まった。死なない、老いない、傷ついてもすぐ治る、まさに不老不死の化け物。
数え切れないほどの人が求めて求めて、欲しくて仕方ないその能力が、私にとっては呪いにすぎない。
何回も恋に落ちて、相手と一生の契りを交わしてきた。だが人間には命が限られている。一緒に幸せになろうとか、死ぬまでぜったいに離さないとか、と誓った恋人は歳を重ねて、私より先に天国に行ってしまった。何回も繰り返されたこの悲劇に、こころはもう折れてしまった。
(きみたちは恋人がそばにいてくれるままに命の終末を迎えた。だが取り残された私は、大切な人を失った悲しみと苦しみを味わなければならない。ずるい。ずるいにもほどがある。)
だからこの再会に期待とか一切抱えていなかった。どうせ、再び恋人になったところで、限界のある人間は私ごときと最後まで歩むことができないだろう。
そのはずだった。
吸血鬼になった以上、人間と絡んでも先に待っているのは不幸な結末しかない、というのはずいぶん前から分かっていた。でも、でも…寂しかった。誰でもいいから、そばにいてくれて、とこころの奥でずっとそう思っていた。どうかしてるって知ったものの、その感情を抑えることができなかった。
「ねえ、マーリンさん、私、離婚してたの」
「夫がDVしてきたから、耐えられずにその家から逃げ出した。でも親はもうお亡くなりになって、私みたいな弱虫が一人でニューヨークで生きていけるわけもないし、結局ここに帰るしかなかった。」
「ていうか、ずいぶんボロボロになっちゃったわね、ここって。パートとかアルバイトとかもなかなか見つけられなくて、手持ちのお金ももうなくなって、このままだと死んだほうがマシかなと思っちゃった、えへへ」
「でもよかったな。マーリンと再会できて。ねえ、一緒に生活したらどう?あのときみたいに。ふたりだとなんとかなるんだと思ってね」
…
ここで断ったら、彼女はほんとに自殺してしまうかもしれない…と思ったが、彼女が死のうか死ぬまいか私とは関係ないし、死んだところで、別に悲しいとかを思うはずもないし。でも、結局彼女を拒まなかった。
一人で生きるのは、寂しく、怖くて、それに耐えきるすべが私にはない。
これからもきっと、何度も傷ついて、何度も限界まで追い込まれて、大切な人を失いながら自分だけ生きていくだろう。
でもそれはもういい。目の前にあるものだけを見て生きていけばいい。
「うん、いいよ。もしよかったら、うちに来たらどう?」
「ほんと?!よかった!これからもよろしくね、マーリン!」
彼女の瞳に、光が見え隠れしていた。
かくして、あの日を境に、新しい恋が始まるのであった。
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