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ソプラノサックスを引っ張り出して...。


 これは、ソプラノサックス。キャノンボールのブラックニッケル。セルマーの深さやヤマハの正確さはないが、独特の音質とダークグレーの光沢にちょっと惚れた。数年前、小金が入った時、衝動買いした。しかし、やはり練習する時間がとぎれとぎれになり、またクローゼットにしまいこんである...。

 サックスをマスターしたいと、高校に入り吹奏楽部に入部した。楽器はまずクラシックをやると基礎ができる、と知っていたから。美人の先輩が勧誘してくれたせいも少しある。最初は、テナーサックス。毎日、授業前に朝連を1年ほどした成果が出て、翌年春にはソロで演奏させてもらうことに。やがて、軽音楽部との交流が増え、学外でフュージョンやソウル&ファンク系のバンドを組むようになった。ジャズを聴き始めたのもその頃。音大から来た先輩が、眼の前でチャーリーパーカーを吹いてくれて、そのバップのフレーズとリズムにとんでもない魅力を感じたからだ。

 サックスは、楽器によって本当に音が違う。正確には、マウスピースとリードと本体とのバランスで決まる。さらに演奏者の体型と口(顔の形)も音に出る。出したい音色は、もう決まっていたので、日々せっせとリードを削り、イメージする音を作っていた。サックスは、本体が金管だが、歌口部分は、エボナイト(ジャズの場合はメタルもある)のマウスピースに葦のリード。1枚1枚全部違い、またそんな長持ちもしないので、如何にいいリードを見つけるか、またマウスピースとの相性を探るかは、結構難しい。なんでそんなハマったのか、朝も放課後も、ひたすらリード削りと音色作り、後はひたすらフィンガリング(運指)の練習の日々だった。

 腹式呼吸の必要性を知り、走り始めたのもこの頃。肺活量が如何に大事かを知った。同じ音を揺らさず吹き続けるロングトーンばかりやっていた。ストレートなトーンを十分だせれば、それからそれにビブラートをかけて行く。基本的には歌と同じ。後は、倍音の練習。これをマスターすると、ぐっと音に深みが出てくる。特に、ジャズにおいては。

 高校2年の時、他校の連中と市民会館を借りて、初めてのライブ。クルセイダーズの曲とボーカル系の曲(吉田美奈子とか)を数曲やったことを覚えている。受験のシーズンを経て、大学に入ってからは、もうひたすらジャズへの道をまっしぐらだった。

 管楽器は、鍵盤楽器と違い、眼がいらない。口(アンブシュア)と舌(タンギング)と指(フィンガリング)で楽器をコントロールする。これが、リアルタイムに一体化していくことで、フレーズを作りだす。音が体に振動としてフィードバックしてくる感じもプリミティブでいい。
しかし単音しかだせないので、頭の中で和音を鳴らしながらフレーズを作り上げる。また、単音ならではのニュアンスもかなり大事。クラシックサックスと違い、ジャズサックスの本質的な自由度は、どこまでも広がる荒野に、暗中模索で踏み込んでいく気分だった。

 それでも否応なく社会に出る時間はやってくる。ライブハウスに出たり、トラ(エキストラ)の演奏バイトも減り、楽器が徐々に遠のいていった。一緒のバンドでボーカルをやっていた子は女医になり、ピアノの男は研究所に入り、ギターの男は公務員になった。今では、彼らとほとんど会っていない。

 なんだかいろんなことを思い出して、これをクローゼットから出し、休日公園で少し吹いてみた。おそらく以前より表現したいものは増えたような気がするが、表現力(技術)が、手や口から消えていた。人生は、つくづく矛盾だらけだ、と思う。

#jazz #sax #エッセイ


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