『The Last of Us Part.Ⅱ:Game Novel』ラスアス2電子小説版
[鉄塔]
俺はこの1年の全てを弟であるトミーに打ち明けた。いくら弟でもこの事実を受け入れてくれるかわからない。だけど…トミーだから、弟だから、全てを話す。
エリーとの、苦難と決別と信頼と絆の旅路。俺はこの一年を忘れない。そして、忘れたくない。ひとを忌み嫌っていた俺が、久々に心を通わせられてくれた。しかも子供だ。まさかこの俺が、子供に心動かされるなんて…。
人里離れた、ジャクソンの森林地帯。空き家にてパトロールの休憩時間中に、それを話した。
感染の抗体を持つ、エリーを運ぶ仕事は長い長い物語となった。2人で経験した様々な出来事は、2人の意思疎通を最大限に高めさせた。初めは、言い合いばっかの俺らだったけど、旅路は俺らに数多くの試練を与えた。【ハンター】と言われる略奪組織、人を食うイカれてるヤツらとの決闘、そして感染者。この旅路は、俺も経験したことの無い苦難の連続だった。トミーは、ジョエルとトミーの出来上がりきった絆に感服する。だが、最終幕。2回目のジャクソンに来訪する前に起きた出来事はトミーを当惑させた。
─
「救ったよ。」
─
その言葉を吐き出すには、それ相応の覚悟が必要だった。人を殺しまくった。『虐殺』という言葉が適切なのかもしれない。
自分を正当化した、というトミーへの問いかけに近いものだ。俺の行いは決して許されるものじゃない。
エリーにも、嘘をついた。彼女の顔は俺に対して、何か言いたそうな顔をしていたが特に何かを発する事は無かった。彼女も勘づいているのかもしれない。エリーはそういう子供だ。察しが良い。俺が一番知っている。彼女は強い子だ。本当に、本当に、強い子だ。生半可な事じゃ、怖気付くことは無い。俺の方が人間として劣っているかもしれない。彼女の事を思うだけで俺は…俺は…。
彼女を守りたい…と思っている。
だから、救った。
─
「わかった。」
─
エリーはその一言だけを残して、ジャクソンへ向かってくれた。
ジョエルとエリーの過酷な1年間の旅路の内容を聞いたトミー。今となってはどうする事もできない。巻き戻すことのできない出来事の連続を抱え込ませてしまったと思った。申し訳ないが、俺だけで抱え込むには、これ以上こんな顔をエリーに見せる事ができないと思った。少しでも柔和した顔面に再構成させたい…という回答が導いたのが弟への告白だった。
「戻らなきゃな。」
少し時間を食ってしまった。パトロールに出向いていた2人は、ジャクソンに戻る為に馬を走らせる。山岳を下り、優美な夕陽が俺の行ってきた大罪を覆い隠すように照らし続ける。そびえ立つ鉄塔が射し込む陽光を切り刻むことで地帯一辺を、神々しくしている。こういう風景を、エリーは見た事あるのか…。川を伝って、次第に見えてくる街。
壁のある安住の地・【ジャクソン】。俺達は今、ここを拠点として新たなる生活を送っている。馬を預けて、トミーの元を離れようとする。
「さっきの話だけど、俺も同じ事をする。」
弟なりのエールのように思えた。少しでも気持ちが楽になってほしい…という弟の気遣いにとても嬉しかった。この事はトミーだけにしか、話さない事にした。とても他の人間に言うに値しない内容だし、返ってエリーにも迷惑がかかる。
何せ、【抗体】という事実をジャクソンの住民はどうやって受け止めるのか…?ジャクソンの住民は、平和的な者が多い。子供も沢山いるし、暴力で解決を行ってきた人間が少ないように思える。勿論、トミーのように戦闘能力に長けた兵士もいる。
もし話した場合、その後、俺達へ向けられる目線がとても想像ができなかった。エリーの抗体の事も、俺が人を惨殺してエリーを救済した事も、秘密にしなければ人間関係の構築に障壁だと思った。せっかく弟が迎えてくれた街だ。
大事になることはもう勘弁だ。
エリーの所へ行こう。
[紡がれる音楽]
俺に与えられたガレージにはエリーがいる。エリーはジャクソンで、友達を作れたようだ。この1年間エリーと一緒にいたが、ずっと俺といたから他人とどうやって人間関係を作るのか知らなかった。唯一、ヘンリーとの会話を聞いていたぐらいだ。その時はとても和やかな雰囲気で気の合う者同士だったように思える。俺と会う前に親友と言っていたライリー、という女の子がいた事を聞いたが、彼女の最期を見たエリーは陰鬱な顔をしていた。もうライリーの事を触れないようにしようと思った。その気持ちは俺も痛い程判る。
ガレージの扉を開けて、「エリー?」と投げかけた。エリーから返事は無かった。その理由は直ぐにわかった。少し遠くでも判るぐらい、エリーの耳に爆音で流れている音楽。
──
♪「Through the Valley」
──
後ろから少し覗いてみると、鹿の絵を描いていた。どんなに大きな音を立てても全くこっちを向く様子が無いエリー。そんなエリーを気づかせようと、俺は椅子を蹴った。
「ちょっと、ビックリさせないでよ。」
かなりビビった様子を見せたエリーの表情。してやった感で俺の心は埋め尽くされた。エリーは俺の顔を見て理由は判らないが、『心配』してくれた。訪問の理由を聞かれ、俺は直ぐに「顔を見に…」と言った。こんだけの理由でエリーの元を訪れたが、他にももっと色んな理由があったように思う。
『真実』を話すなら今だったのかもしれない…。チャンスだったかもしれない。だが俺は、その後は特にこれと言って話す事を見つけずに、物理的に、ただただエリーと相対した。エリーは非常にこの街の住民に好かれている。
その様子はエリーと住民の交流を見れば誰もが判る。俺はそれが嬉しかったし、エリーの友好的な姿を真似したいとも思ったし、何より、単純に凄いと思った。本当に頼り甲斐のある女の子だ。エリーはジャクソンの住民と学校に行ったり、遠出をしたり、娯楽を楽しんだりして、意味のある時間を過ごしている。その全ての物事に、エリーは笑顔を見せている…と俺は住民から聞いた。これは1年間の旅路で経験できなかったことだ。エリーが満足のいくイベントに参加できているなら、この上なく嬉しい。俺はトミーと遠出をしていて、あるジョークを思い出しそうになっていた。エリーがよく話していた『時計のジョーク』…。エリーとの会話を絞り出そうとした結果がこれだ。その答えを聞こうとするがエリーは、「ジョエル…明日は早いんだ…。」と言って、俺を離そうとする。決して悪気は無い言い方だった。本当に疲れている様子だったから、俺の訪問もめんどくさい…と思われてしまっているような気がした。だけど、俺はとある事を思い出してその場から一時撤退をする。申し訳無さが十分に溢れているジョエルの姿にエリーは少しだけ、表情が柔らかくなる。
ジョエルが再びエリーの元に戻ってきた時、私はあえて「なにそれ?」と言った。ギターだと判っていたけど、何故かジョエルを少しばかり困らせたかった。確認作業みたいなものかもしれない。ジョエルからよく聞いていたギター自慢。それを弾いてくれようとしているようだ。
「いいよ。」と言って、ジョエルが奏でるギターを迎えようとした。
「絶対に笑うなよ…」
「笑わない…絶対に。」
大学だったかな…。一緒に馬を乗っていた時にこんな会話をした事を思い出した…。
ジョエルはなんだか、気恥しそうで私に目線を合わせる事が無くなった。
─────
君を失ったら、私は私でいられなくなる
手に入れたもの全ては、自分一人じゃ手に入れられなかった
ろくでなしなこの俺でも
キミがいれば真っ当な生き方ができる
他人の真似をする、まやかしな自分は
もう必要ない
だって信じているから
君とならうまくいくと
2人の未来を
信じているから
─────
「どうだ?」
「まぁ、悪くないね。」
もうラブレターみたい…と思ってしまった。ジョエルは恥ずかしそうに歌っていたけど、これを受け止める身にもなってほしい…。私の方が恥ずかしい…。歌でしか、自分の想いを伝えられないのかな…。ようやく目を合わせてくれたジョエル。やりきった感がものすごい愛おしく見えた。するとジョエルが持っていたギターを私に授けた。
あの約束を果たそうとしている。
ギターを教えるという約束を。
約束は果たすべきもの…。
明日の夜から、私は“ジョエルのギター教室”に通う事になった。
「ねえ、ジョーク思い出した?」
ジョエルに問いかけてみた。その回答は私達にしか理解できないから省略する。。。
ジョエルはガレージを去っていった。授けられたギターを見て、ほんの少しだけ浸っている。ジョエルのような音色を奏でてみたい…。持ったからには、ジョエルに褒められるような音を出したい…。あと、ジョエルを負かしてやりたい。これが私とジョエルを紡ぐ架け橋のような存在になった。
絆の象徴。
記念すべき私の初ギターが奏でた音は、鈍くて低い仰々しい音だった。
4年後───。
家をノックする音で目を覚ました。時間を見て、私は悟った。そして反省する。
「おはよう。」
予想通り、家の前にいたのはジェシーだ。今日は外部のパトロールだったのだが、待ち合わせ時間を寝過ごしてしまった。直ぐに私は、パトロールの支度へと取り掛かろうとする。
「昨夜は盛り上がったって?」
私はてっきり、ディーナとのキスの事を持ち掛けているのかと思ったが、ジェシーが言っていたのは、セスとの言い合いの件だった。自分から勝手に吐き出してしまった…。ディーナはジェシーの元カノ。関係性を知っているにも関わらず、こんな事を言ってしまった…自分の勘違いに甚だしい…。
防寒ジャケットを着用して、リュックサックを装備する。冬のジャクソンは雪が降り積もり、パトロール中は吹雪が吹き荒れる事も屡々。最低限の装備を整えて、ジャクソンから離れるのが、パトロールのルールだ。支度を整えた私はジェシーと共に、馬繋ぎ場へと向かう。ジャクソンは住民間の交流が盛んで、私にはあまり得意では無い場所。別に人との繋がりが苦手という訳では無い。ただ単純に、自分から好んで望むものでは無いという事。皆私の事を気にかけてくれている。名前を呼んでくれるし、助けを求める声もくれる。信頼されているんだ。その事実だけでも私が存在する理由であると言える。
なんで私が生きているのか判らないから、自分の心に蓋をした。
『私は信頼されている。』
何回も自分に言い聞かせた。厩舎の元へと向かう道中で、ジェシーは集会所へと訪れる。マリアに会う為だ。だけどそこは、今の私にはあまり出向きたくない場所。昨夜喧嘩したセスが運営する集会所だからだ。
「私は頑固オヤジと話す気は無い。」
そんな私の意見は突っ撥ねて、マリアはセスを呼んだ。案外セスは申し訳無さそうに、こちらへと向かってきた。反省している様子だ。仲直りの品物として、セスは自作のステーキサンドウィッチをくれた。
これで女の機嫌が晴れると思っているのが、男の雑魚い部分。
セスの作ったサンドウィッチを食いたくないという理由でも無いが、これはジェシーに上げた。特段腹が減ってる訳でも無かったから。
少し歩いて、ディーナを見つけた。ジェシーは先に厩舎に向かい、2人っきりの空間を作ってくれた。子供と遊具を使用したり雪玉を投げたりして、戯れている所を呼び出した。
昨夜に起きたセスとの喧嘩に巻き込んでしまったことを謝罪した。ディーナは私がエリーを呼んだから…と謝り返してくれた。どんな状況に陥っても私の事を思いやってくれる優しいディーナ。私がジャクソンでできた最高の友達だ。ただし、あの場でキスにまで至ってしまった事は両者反省している。
2人が巡回パトロールに向かおうとすると、子供達が雪玉を投げてきた。
ホント、ガキどもってムカつく…。
子供達の臨戦態勢な姿を見て、黙っていられなくなったエリーは、受けて立とうと子供達からの宣戦布告に応える。
厩舎に着いた2人は、馬の手綱を受け取って、馬を引く。ジェシーから巡回パトロールの際の緊急時用としてライフルを与えられた。巡回パトロールの任務は、各々の担当区域に訪問の記帳をして、感染者の駆除を行う…という内容。厄介な状況に出くわしたら、即座に帰還。ジャクソンの安全はこうした警戒システムが人工的に作動しているから保たれている。エリーとディーナを含んだ6人の巡回者が雪原へと放たれた。倒れ込み錆び付いた電柱が、時代の流れを深く感じさせる。
[夢に魘される]
私がいつも見る夢。毎日とは言わないが、それは高確率で夢に現れる。もう勘弁してほしい。だけど、脳裏に焼きついているあの記憶はどうしようも無く、私を攻撃する。それを受け止めるしかできない私。そんな悪夢から目を覚ました。
皆が寝ている中、オーウェンだけが外の雪原を眺望していた。目の前には木が周辺に点在しているから、そこまで見惚れるような景色では無い。
「おはよう。」
「よお、なんの夢見てた?」
寝言が煩かったのか…ほんの少しの謝罪をすると、彼は『歯軋り』に注目していた。私の夢の影響は起床している者からしてみても、異質な光景だったようだ。オーウェンの防寒具を見ると、雪が付着していた。先程まで外出していたようだ。
「準備しろ。見せたいものがある。」
私に早急な準備をさせて何をするつもりだろうか…。彼の意図が判らないまま、私は防寒具とリュックを背負って外に出た。積雪量が危険域に突入しそうな、道を歩いていく。そして、オーウェンが指さした場所は明かりが点っていて、確実に人が住んでいるのが判る壁有りの街だった。オーウェンは誰にも話さずにまず、お前に最初に話したかったと言った。
「武装した見張りが出ていった。他にも拠点があるし、電気がある。銃もあるし。人が多い。」
オーウェンが一人で見つけてくれたおかげで、この旅が終わるかもしれない。
「もしヤツがいたらどうする?」
その答えは決まっていた。だがそれには大きな戦闘を引き起こす可能性がある。相手は武装をしているし、最大限の注意が必要。巡回者を人質にして、私達が『目標』と掲げる者を焙り出す計画をオーウェンに提案する。オーウェンはその計画に反対だった。
「メルに子供が…。」
仲間を駆り出すと、その未来はハッキリと見えていた。相手の街の様子から想定して、数多くの兵士が予測できる。現状少数規模の班員では、負け戦は決定的だった。オーウェンは私の意見に断固として反対だった。街を見続ける私に、オーウェンは手を差し出そうとするが、それを拒絶した。
「ロッジで待ってる。」
彼はそう言って、この場から去っていった。私は私のやりたいようにやる。私はロッジには帰らずに、電気が通っている見知らぬ拠点へ向かう。全ては私の目的達成の為に…情動的に動きを始めた私は、私でさえも、制御が効かなくなったように感じる。
雪山を下ったり、登ったりの連続で足がパンパンになりそう…。
途中、塞がれて道に出くわしたが家を通り抜ければ、前進できると踏んだ私は足を止めること無く進み続ける。その家の中には、腐敗の進んだ感染者が棲んでいた。腐敗と共に目視できるのは、極寒でできあがった矛盾脱衣の人間。自殺を測ったのか、殺されたのか、凍死したのか…死の理由がそれぞれの感染者の容姿を見て推察できる。試練ともとれるイベントを潜り抜けて、私は突き進む。
[深淵の愛]
馬を走らせ、ディーナと共に巡回を行う。雪山と化した登山経路を進み、拠点へと辿り着いた。
問題は特に無し…。
ずっとこの状態が続けばいいのに…という考えは遠の昔…。今では規則的な思考になった事で、子供時見た事を思わなくなった。拠点への記帳をして、私達は巡回の続きを行う。
吹雪が激しくなり、前進が困難になりつつある。ディーナは休憩所として活用されている図書館があると言い、そこへの退避を提案した。視界が危ぶまれる中で、なんとか目的地へと着いた。図書館内は誰も居なくて、一切の危険性を見せない宿だった。地下へと潜ると、そこに広がっていたのは、葉っぱ栽培所ライン。私達にとってこのような光景は見慣れたもの。驚く内容では無い。久々の大麻を見て、気分を晴らしたくなった私達はそれを使用する事にした。瓶に入っていたものを取り出そうと蓋を開けるがなかなか、これが固くて開きそうにない。あまりにも固すぎてなのか、ディーナは強硬手段として、瓶を地面に叩きつけて強制的に中の物を取り出した。私はその姿には少し、ビクついた。彼女にはこういった、突然何かをしでかす不気味なオーラを時々垣間見せる。それが良い事にも悪い事にも転がる所を見てきた。
ディーナはZIPPOを出して、2人で大麻を共有して吸入する。
─
「10段階評価で、昨夜のキスは何点つける?」
─
ディーナが昨日のキスを蒸し返してきた。どういう気なのか、よく判らない。でも彼女はただ単に、キスの評価を知りたがっている。私にはキスの正解なんて判らないし、それを誰に聞けばいいのかも判らない。ましてや、正解なんて存在するのかも判らない。
「私は、6点。」
ディーナの自己評価は6点だった、という。それには愕然とした。平均よりは上だけど、明らかに上手とは言えない…と間接的に言われたように感じたから。少々ムカついた。彼女を満足させられなかったんだ…とあの時のキスに不満を抱いた。
「ほんっと可愛げ無い。」
「こっちの台詞。」
ディーナの素っ気ない愛情はエリーの心を満たしていく。
──
「今度こそ6点以上出してよね?」
──
[非情な不意打ち]
拠点へと足止めること無く突き進む私。だが吹雪は次第に豪雪となり、視界を遮ってゆく。その遮断された視界の中で、徐々に現れる魔の手。それは視界だけではなく、聴覚としても感知する事が可能になる。多勢の感染者が私を取り囲もうとしている。感染者の歪な鳴き声が豪雪と共に、奇っ怪な音を生み出す。走り出す私に呼応するかのように、感染者が走り出す。その音に反応して前からも感染者が現れた。道が塞がれたと思ったが、左右を確認してとにかく走り続ける。道無き道を走り続ける。後ろを確認したら…1回でも転倒すれば…死角から感染者が現れたら即終了。命の危機を感じる途方も無い逃走劇。建造物を発見、曲がり角を巧みに使い、感染者を翻弄する。有刺鉄線と建造物の間を掻い潜って、逃げようとすると、その有刺鉄線の向こうから感染者が出現。有刺鉄線の網を破壊しようと、感染者の群れが雪崩を起こそうとする。戦慄の光景に我慢していた声も限界が来る。息も切れて、疲労困憊が私の身体を攻撃する。
有刺鉄線の網が雪崩で破壊されそうになった次の瞬間、何者かが手を差し伸べた。
「いいか、走るぞ!」
2人の男性が私を助けてくれた。一先ず安心したし、感謝をしたくなった。でも今はそんな事を思っている暇は無い。すぐさまその場から逃げる事が得策だと確信した。2人に誘導されて建造物内に入り、一時的な休憩が与えられた。だが油断はできない。四方八方から敵がやってくるロープウェイ場へと訪れた。ロープウェイのゴンドラを利用して、逃げ道を作る。その為に、私と男性で時間を稼ぐ必要があった。なんとか感染者の群れを撃退して、その場から立ち退いた私達。レストランのような場所に行き着いた。バリケードで封鎖して、退路を断ちながらも感染者と隔つ事を最優先事項にした。封鎖した扉も感染者の雪崩の影響で決壊寸前。そして、助けてくれた人が名前を名乗った。
「大丈夫か?俺はトミー。君は?」
「…アビー。」
2人が感染者への対抗策を互いに出し合う中、私は2人の容姿を確認した。
「私の友達が北の屋敷にいるの。」
私は2人をロッジに連れて行く事にした。これが救済のお返しという意味で受け取ってくれたのか、彼等は私の言う事を信じてくれた。
「ボールドウィンの屋敷か…。」
私は…今のこの状況が複雑だった。私を助けた男が…まさかとは思った。聞いた事のある男の名前。いや、そんなものじゃない…。私が…ここ、ジャクソンに来た理由。その目的である男の名前…。心臓の鼓動が激しくなる。
私は男の馬に乗り、屋敷へと誘導する。
[欺瞞の傷跡]
2人はお互い裸に近い格好となり、蜜月な肉体関係を楽しんでいた。裸に近い格好という事もあり、普段は見る事のできない肌に刻まれた痕についての話になる。
ディーナの脇腹の傷跡は、スケートボードの時に失敗した技の事故。次は私の番。右腕のタトゥーで隠された傷跡をディーナに見せた。ディーナにはこの傷を『薬品の火傷』と紹介した。だがこれは感染者の噛み跡。この事実はジョエルから誰にも言わないように…という注意を受けていた。だけど彼女には真実を話した。噛み跡を隠す為に薬品を使い火傷を負わせた。歯形を隠す為にこうするしか無かった…と言った。
だけど、ディーナはそれを信用してくれなかった。そんな事有り得ないってね。あまりにも非常識過ぎて、信じてくれなかった。でもそれで良かったかもしれない。
私のためにも。
上から足音と声が聞こえてきた。ジェシーの声だ。2人は今の状況をまずい…と思い急いで服を着る。
「ちょっとジェシー、そこで止まって!」
だがジェシーは何かあったかと、思い一時停止させること無く、2人の目の前に現れた。2人の姿を見て愕然とした。だけどディーナには、何故ジェシーがここに居るのか判らなかった。ジェシーはジャクソンにて待機しているはず…。それを問う。
「ジョエル達が帰ってこなかったからだよ!」
ジョエルとトミーが巡回パトロールから帰って来ない…。行き違いという可能性も考えられたが、エリーはそれを有り得ないと思った。ジェシーは2人に何かあったかと思い、馬を走らせていた。捜索範囲はまだあまり広げていない。エリーは3方面からの捜索を提案、少しの時間短縮を測った。この豪雪で単独行動は危険すぎる…。一人じゃ捜索者まで、迷う事になってしまう。
だが、私は2人を本気で心配している。もし、2人に何かあったら…。いや…あの2人が帰還しないと言う事は何かが起きたに違いない。それを感染者だと強く思いたい。もし他のコミュニティとの対立が発生していたら…。とても嫌な予感がする。私達は3人で3方面に別れて、2人の捜索を開始する。
[惨き鉄槌]
馬を走らせる周辺にはその音に釣られて、感染者が押し寄せる。眼前に現れたのは屋敷。私達が住まう隠れ家だ。2人を誘導して、屋敷へ帰還する事に成功した。ゲートを開けてもらい、仲間との合流を果たした。私達がゲートを通って、閉めると共に仲間が火炎瓶を投擲し感染者を葬る。安全は確保された。窮地を脱した私は2人を屋敷の中へと迎え入れた。
仲間は私の登場に少し驚いた。まさか男2人と共に帰って来るとは…という感じだ。だけど、仲間達からしたら「助けてくれてありがとう」という感じだろう。
この空間で唯一私だけが、これから起こる出来事を判っている。屋敷の奥へ奥へと2人を誘導させ、仲間と共に会話をしていた。特に笑い話では無い、ただ彼等も私達の事を少しばかり怪しんでいる様子が見えた。
「どうしてここにいる?いつからだ?」
明らかに何かを探っている。
「俺らはすぐ近くに住んでいる。出発する前に補給していくといい。」
「ありがとう、私はメル。」
「トミーだ。それと兄貴。」
「ジョエルだ。」
皆が静まり返った。男達へ向ける目線が一気に変わった。
「なんだか…俺達を知ってるのか?」
「ああ、知ってるね。」
私はジョエルへ、ショットガンを放った。超至近距離で直撃。ジョエルは衝撃のあまり、足を掬われうつ伏せに倒れる。その様子を見たトミーは絶叫し、仲間への暴行を開始しようとするが、両脇にいた仲間が拘束、ノラが顬をピストルでぶん殴った事で気絶させた。
ジョエルを窓際に運ばせる。右脚部の駆動機能は完全に停止している。中身が露呈し、肉と肉の繋ぎ目が破壊され、血管と骨が壊死している事も目視できた。仲間に拘束させ、窓際へと運ばせる。
「ジョエル・ミラー…。」
「お前は誰だ?」
「誰でしょう。」
こんな状況を作っているのに、こいつの顔は全く怖がっていない。まるで今すぐやれ…と言っているかのようだ。
「言いたいことがあるなら、さっさと言って。終わらせたらどうだ。」
ジョエルのこの言葉を聞いて決心した。
「止血して。」
こいつは直ぐには殺さない。苦しめて苦しめて苦しめて、死ぬ寸前、言葉にできない程の激痛を体験して死んでもらおう…と。永くして待ち侘びたこの光景。遂に訪れた復讐の時間。悪夢を晴らす為、私はゴルフクラブを手にし、裁きを下した。
[暴虐の咆哮]
東を任されたエリーの捜索範囲。その捜索区域になにやら、不穏な屋敷があった。壁に囲まれた屋敷。外壁にある感染者の死体が新しい。先程までここで戦闘が行われていた…。私はジョエルとトミーがここに退避したと推測して、屋敷の内部へと侵入する。ゲートから直接入らなかった理由は…ジョエルとトミー以外の在宅の可能性を視野に入れたからだ。激しくなる吹雪の音が、私の不安を掻き立てる。裏側から侵入、だが人の気配は今の所感じられない。だが少し歩いて中枢区画でもあるリビングのような場所に行き着くと、雰囲気が一変した。
人間の絶叫が聞こえる。その声はジョエルだ。心臓の鼓動が止まらなくなる。鼓動は激しさを増すが、それは私を前へ進ませる動力源となる。ジョエルの雄叫びは下から聞こえてくる。次第にその声の強さが弱まっていく事がとても怖い。それが意味するのは、もう1つしかない。ジョエルに生命維持の危機が迫っているという事だ。私は恐る恐る下へと潜り、白い扉を開けた。その前に見えた光景…。それは、とても言葉では表しようがない、人道から外れた光景だった。
一人の女がジョエルに手を加えている。あのジョエルがどうしようも無く、一人の女に倒されていた。私がする行動は即座に決定された。構えていたピストルでコイツを殺す。だがその願いは叶わず、扉の裏にいた男に襲われた。ピストルは落とされてしまったが、手にしている武器はそれだけじゃない。ポケットに装備しているバタフライナイフで拘束しようしてくる奴らを攻撃。ナイフの振り払いが男の顔面へ直撃。斜めに刻まれ、男は痛さのあまり倒れ込んだ。だがコイツらの数の多さにその後は何も出来ずに手を抑えられてしまった。うつ伏せになり、ナイフが直撃した男が仕返しで腹を蹴ってきた。私の感情は安定すること無く、眼前の光景が改めて目視される。
──────
「全員、ぶっ殺してやる!」
──────
強い口調で周りのヤツらへと宣戦布告をした。トミーも気絶して倒れている。
「何で…?」
あまりにも急な事で動揺と怒りと憎しみで満ち満ちた感情は今の私の肉体を更なる感情臨界点へと昂らせる。
────
「全員、ぶっ殺してやる。」
────
何度も何度もそう言った。だけど、私には何もできない。今、押さえつけられていなければ、私は奇襲を仕掛けてコイツらを皆殺しにできたかもしれない。私がもっと慎重に屋敷を見れていれば、もしかしたら…。もっと早くここに来れていれば…。様々な可能性が脳内を駆け巡る。
「ジョエル…なにやってんの?立ってよ。」
ジョエルに語りかける。だけど、ジョエルはもう喋れない。とても喋れる様子じゃない。目線はこちらに向けてくれた。何かを訴えているようにも感じ取れる。
「なんだよ…これ、外見張ってなかったのか?」
私の突然の登場に動揺している奴がいる。そうか…もっと隠密行動ができていれば…。どうしよう…こんな時に私は自分自身を責め続けている。
殺したい。コイツらを殺してやりたい。ぶん殴りたい。何故?何故なの?なんでジョエルがこんな仕打ちを受けているの?急すぎて私の思考では答えが導き出せない。
「ジョエル、、、立ってよ…。もうやめて…。」
最後に振り下ろされたゴルフクラブがジョエルの頭蓋をかち割った。脳みそが露出し、目玉が飛び出している。顔面のパーツがグチャグチャになり、破片として私の眼前にも飛び散った。女が振り下ろしたクラブにも肉片が付着していた。真っ赤な染まったゴルフクラブ。今でも手と胴体がほんの少し、ビクビク動いているジョエルの身体。まだ生きようとしている…。だけど、頭は全壊。私側に向けられたジョエルの顔面は、人の形を留めていない、グロテスクすぎるものにされた。
なんだか…耳鳴りが凄いする。聞こえてくるのは、私の鼓動と復讐を決意する私の言葉のみ。何回も何回も「殺してやる。」と連呼している。そして、エリーは頭を蹴飛ばされ、気絶した。
「エリー?エリー!なんなの…これ…。」
目を覚ました時には、ディーナがいた。他にもジェシーと応援に駆けつけたジャクソンの仲間達がいた。ジョエルの姿を見て、皆が泣いている。
一体どうして…。
ジョエルの無惨な遺体。顔だけが攻撃を受けた、最悪の光景はとてもこれ以上、目に入れていいものでは無かった。ディーナは布を覆い被せて、馬へと繋いだ。トミーは軽傷で済んでいた事もあり、トミーからここで起きた全てを聞いた。遺体を運ぶ時、ジェシーとディーナ2人で胴体を持とうとしたら、ジョエルの頭がとれかかってしまった。もはや、首の接合部分が半壊寸前。慎重に屋敷から持ち出した。私は廃人状態と化してしまい、ディーナとも会話をする事が無かった。
ずっと震えている。
直立不動で目線をずらす事が無いエリーに、なんと語りかけていいのか判らないディーナ達。
吹雪は止んでいた。夜になり、外へ出るのは危険だったが、こんな所に一晩いるのは地獄だ。ディーナ達は、慎重にゆっくりとジャクソンへと帰路に着く。
[後悔の墓標]
ジャクソンへと着いたエリー達。廃人状態からなんとか立ち上がったエリーの元へ、トミーが現れる。トミーのおでこには怪我ができている。トミーも奴らの仕打ちを受けたんだ。私も目元に蹴りを食らい、痣ができた。お互いが傷を患ったが、ジョエルは怪我では済まなかった。この違いはなんなのか…。今の私には全く判らない。トミーは、エリーを少しでも慰めようと訪問してきた。だけど今のエリーには、真っ当な人間としての回答等できそうにない。エリーは取り敢えず、トミーの訪問を受け入れた。
「マリアが、これ食べろって…。」
両者、目を合わせずに会話を進めている。
「絶対に諦めないよ。」
エリーからの発せられる言葉は大体予想がついていた。エリーの心は復讐で満ちている。俺がどうやっても多分エリーはアイツらの元へ行く。それを静止させる為にトミーは来た。独り善がりになると、ジャクソンの警戒レベルが著しく低下する。もしまたこんな事態になると、今後こそ危ない…。ジャクソンシティの安全を最優先にしたいトミー。そんな願いは今のエリーには通用しない。トミーに向けるエリーの表情。こんな顔はトミーにとって初めて見た。眉間に皺を寄せ、ギロっとトミーを睨んだ。
「立場が逆ならジョエルはとっくにシアトルに向かってるね。」
敵の居場所の判断がついていた。恐らく根城はシアトル。私が、トミーが殺されていたら、ジョエルは絶対にアイツらを殺しに行く。なのに何故、私達は今こうして足を止めているのか…。エリーには理解ができない。『ワシントン解放戦線』。彼等の記章にはそう書いてあった。シアトルにいる可能性は十二分にあった。こんだけの判断材料だけど、ジョエルは絶対に旅に出ている。トミーとジョエルは兄弟だけど、会っていない日の方が長い。私はジョエルの全てを知っている。親密度も私の方があると言える。トミーにとやかく言われる筋合いはなかった。記章には確実性が無い、盗んだジャケットだったら…。トミーは不確定なままシアトルに行く事の危険性を第1に考えている。そんな意見をエリーは一切受け入れない。
「明日出発する。来たきゃくれば。」
強気な発言。トミーは耳を疑った。向こうの人数も判らないし、武器の豊富さも予想ができない。シアトルという巨大都市を根城にしている可能性を考えるなら、相当な物資を誇っているかもしれない。とても危険な旅路になる。だけどエリーには、そんなことどうでもいい。
「1日くれ、マリアと話す。」
そう言ってトミーはエリーを抱擁した。
翌朝──。
ジョエルの墓標を急造した。現実を受け止めるにはこうした行動が必要だった。形として遺す為にも。あまりにも早すぎる別れ…。しかも昨日に限っては一回も話さずに終わった。最後の会話があんな言い合いに近いものだなんて…。本当の最後は殴り殺される寸前のジョエルへの問いかけ。だけどこれは会話として成り立っていない…。でも、どうしてもあれを最後の会話としてカウントしたかった。本当に一昨日の会話は私が強く言いすぎた。申し訳無い事をしたから、あれを最後の会話とは言いたくなかった。
ジョエルの家を訪れた。ディーナとも合流、玄関前で待ってると言われ、私は一人で訪問した。2階がジョエルの部屋として機能していた。愛用していたリボルバーを手に取り、時計をジョエルの形見として持ち帰った。この家にはジョエルの全てがある。ジョエルの匂いがついた防寒具。男臭さで、クレームやら、いちゃもんをジョエルにつけていたあの頃が懐かしい。
あの時は本当に楽しかったな。笑い合って、貶し合って、怒ったり、怒られたり、悲しんだり、苦しんだり…焚き火を囲んでゲームもした。ギターも一生懸命練習して、教えてもらった楽曲を披露したら褒めてくれた。中々褒めてくれない厳しめのジョエル。私がイライラしてやめようとしたら、直ぐに改善案を教えてくれる。凄く優しくて私にとって初めての『先生』だった。ジョエル直伝のギターを弾けるのは私だけ。誇らしく思える。旅以降も色んな所に連れていってくれた。今でもたまに夢に出てくる。私にとって、相当お気に入りの思い出だ。下の階に戻ると、そこにはマリアがいた。
マリアが置き手紙を読み上げていく。それを書いたのはトミーだった。トミーは一人でシアトルへ向かったらしい。トミーの身勝手な行動にマリアを憤りを隠せない。
エリーとディーナもシアトルへ向かう。2人にはここに留まってほしかったけど、強い意思はマリアを反発させた。
「お願い…あのバカな夫を無事に連れて帰ってちょうだい。」
マリアは2人の選択に納得し、トミーとの合流を強く懇願した。2人はそれを受理した。馬と武器も用意してくれたと言う。長いシアトルへの旅がこれから始まる。
[幹線道路]
2.5 エリーの日記編。
──────
◤《シアトル 1日目》◢
──────
[隔離地域]
森林地帯を進むエリーとディーナ。2人の会話は、それぞれの過去を回想する内容だった。エリーは、初めて人を殺した時の事。ディーナもそれに相当する内容のことを話した。初めて人を殺した話になり、エリーは14歳。ディーナは10歳だった事を知った。
「ママに襲いかかったから刺して殺した。」
ディーナにはまだ私が知らない過去が沢山あるんだな。ディーナが現在の私達が“迷子”になった可能性を示唆してきた。ちょっとは私の事も信じてほしい。馬を少し走らせると、車が4台無造作に停車していた。生い茂った緑の中で、タイヤの半分が埋まっている状態。何日も前からあったと思われるもの。更に走らせると停車車両が次第に増えていく。森をようやく抜けた先に見えたのは、緑が生い茂る幹線道路だった。
「ほーらね。」
ディーナに前言撤回をさせてやった。幹線道路の脇には、小さな休憩室のような場所を見つけた。中身を物色したが、何も無かった。恐らく、もう既に誰かがここを訪れたに違いない。
【route 5 north Seattle】の看板を発見。幹線道路は断絶され、そこに川が流れている。断絶された先からの幹線道路は終末さがレベルアップしていた。車は横転し錆具合が何日では無く、何年も前のように思える内容だった。やけに静かなシアトル入口。偽装している事も視野に入れ、慎重に前進する。もはやここからは道では無くなり、森林地帯へ再び舞い戻っているかのように思える。再び幹線道路に戻れた時には、目の前にゲートが現れた。
【WLF 侵入者見つけ次第、射殺】
随分とイカつい警告看板を見つけた。周囲にあるのはゲート検問所と思われる。検問所の中には、シアトルの観光地図と感染者の進化段階が書き記された資料を発見した。非常に興味深い内容の物とシアトルの位置情報を把握できるアイテムだった。検問所には留置所があった。確かこんな感じのやつ…、、ボストンにもあったことを私は思い出した。アメリカはこんだけ広いのに、人のやることっていうのは全然変わらない。FEDRAって書いてあったから、そういう事なんだろうけど。留置所を使って、柵を飛び越えて、ゲートを超える為に梯子へと手をかける。障害物を乗り越えて、飛び越えて、時には大ジャンプをしてやっとの思いでゲートの向こうの世界へと行き着いた。確かに聞いていた通り、シアトルは巨大都市だ。この都市のどこかにWLF、アビーがいる。ゲートの向こうにも検問所があった。一応中を調べてみると、ゲートの暗証番号が記載された紙を発見する。裏を返すとガソリンの回収場所と『セレベナ基地』という名の記載も発見。なにやら、指標が明かされたような感じがした。ジェネレーターを見つけ、電力を回復。コードを電源コンセントに繋げてスイッチを押すと、私の目の前に位置するゲートが開いた。だがこのゲートは、ディーナと私を隔つゲートの方では無い。ちっちゃいちっちゃいゲートだ。向こうにディーナがいる、どデカいゲートの開門にはどうしたらいいのか…。そういえばもう1つの検問所があった。開門されたゲートの向こうにある検問所へ行くと、そこにはゲートを開く為の指令コンピューターが搭載されていた。そしてその検問所の外観を見渡すと、先程開けた時に繋がった電源コンセントと酷似したものがあった。先程使用したコードを引っ張って繋げようとしたが、どうしても距離が足らない。どうしたらいいのか…と頭を悩ますと、答えはディーナが導き出してくれた。投げればいいんだ。奥に投げれば、コードが柵を飛び越えて距離の短縮になる。実行した。作戦は大成功。距離は短縮され、コードが電源コンセントへと届いた。検問所の電源が回復し、指令コンピューターへメインゲートのパスコードを入力した。パスコードは先程見つけたものに記載されていた。探索をこれから重要視していこう。
[爆撃地帯]
ゲートが開門した事でディーナと再開できた。2人はキラリに乗って前進する。WLFの金庫が隠されているセレベナ基地という拠点を知ったエリー。一先ずはここを目標にして、歩みを進める。目的が明確に判るのはとても大事。最終的な目的の為には様々な壁が立ち塞がる。それを一つずつクリアしていく事で達成感にも繋がる。感情に身を任せて動くのはとても危ない。丁寧に私は、試練を越えていく。生身で危険な有刺鉄線バリケードを馬で飛び越える。
セレベナホテルを発見した。この前には先程と同様のゲートがある。ジェネレーターもあり、起動させようとするが、電気が通らない。もしやと思い、メーターを見ると、ガソリンメーターの針がゼロを指していた。これじゃあ、前に進めない…。そういえばさっき手に入れた、ゲートパスコードの紙の裏にガソリンの回収場所が記載されていた事を思い出す。
ガソリンの容器がある『裁判所』、ガソリンがある『ドーム』。2つのアイテムを探し回るために、馬へ乗って、セレベナ基地を後にする。ディーナはセレベナ基地を『ぶっころゲート』と呼称した。有刺鉄線バリケードを複数回越えた先に広がった光景は、爆撃を受けたシアトルの廃墟都市ダウンタウン。高速道路の陥落、何年もの経過で、建造物の劣化が激しい、広がる草木。かつて花の都と謳われた大都市の有様。終末という名に相応しいポストアポカリプスの世界が確認できた。広大な空間を馬で自由に駆け回る様はなんだか気持ちが落ち着く。
感染者と抵抗組織への攻撃として、軍隊が爆撃を行った当該区域シアトル。そのお陰で、両者を一掃する事ができた。ボストンでもこれに似た光景は見た事があったから、これは予想の範疇にあった。私にとっては、特に驚くべきものでは無い。私がもし軍の兵士になっていたら、一番厄介な敵として、ディーナの前に立ち塞がっていたかもしれない。
ここまで人に出くわさないとは思わなかった。きっともっと奥のシアトル区画、それともセレベナ基地に隠れているのか…。感染者の登場にも注意しよう。
崩落した幹線道路に消防車があった。その中に斧を見つけ、近接武器として装備した。
「ねぇ、キラリって牝馬かもね。」
「えぇ?なんで?」
「ヒンヒンヒーン!って鳴くし。」
「フフん、なにそれ…。」
「今のウマかったでしょ?」
ディーナとの他愛も無い会話をする時がこの旅路で一番落ち着く時間だ。和やかになるし、気持ちが穏やかになる。彼女も私の心情をコントロールしてくれている。とっても、できた女だ。
ウェストレイク銀行。先程のゲートパスコードの件もあり、探索を重要視する事にした私は、ダウンタウンに点在する様々な廃墟箇所を物色する事にした。手始めに近場だった、この銀行から片付ける。形が歪になり、地下深くへと誘う構造になっている。その形成されたルートを行儀よく進むと、そこには先客がいた。汚くて、気色の悪い声…いや鳴き声を発するキモい存在、感染者だ。少数では無い、そこそこの数を確認した。まだあちらからは攻めてくる気配は無いので気づかれていない。戻るなら今だが、久々の感染者との遭遇…。肩慣らしにカマしてやろうと思った。方法はステルス攻撃を優先。銃撃は相手を興奮させてしまうし、何せ、一気に集まってくる。感染者は一匹だとしょうもないが、群体で来るとマジで面倒臭い。臭いし。しゃがみながら、音を立てずに隠密で1匹1匹を確実に仕留めていく。3分かかって、感染者を全部葬った。
感染者は防護服を着ていた。ここの警備員なのだろうか。感染者の所持品を漁っているとその答えは判った。彼等は銀行強盗だ。この終末の世界で金なんて必要無いと思うけど…。金庫のパスコードをゲットし、金庫を開けると、そこには肉が剥げた死体があった。その者が所持していたと思われるショットガンがこの銀行での物色成果だ。
感染発生の日に銀行強盗…。彼等の末路は非情なまでに残酷だ。金庫には大量の金があった。きっと何でも買える。ディーナはその金で、農家を買いたいと言った。だけど農家はこの世界でも自作で作れる。夢が無い。そんな私は、この大金でスペースシャトルを買いたい。宇宙オタク…と罵られたけど、農家よりはよっぽど夢らしい。実用的なのは農家だけど、もっと大きく多次元に世界を見てほしいとディーナには思った。
街灯が地面から生えている…と言うより、地面が異常に盛り上がっている。
その街灯の傍に、戦車があった。もう動く事がままならない、オワコン戦車だ。ハッチが開きそうだったから、開けてみるとそこには黒焦げの死体がある。こいつの結末がだいたい予想できた。爆撃に巻き込まれたんだ。逃げられなかったのかもしれない。戦車のエンジンが停止して、周辺には感染者が押し寄せてきて、無理心中…“マーダースーサイド”って聞いた事がある。それをしたんだ。結果、戦車の中に居たまま、爆撃を受けた…。生きる事を諦めたやつの成れの果てだ。こんなんにはなりたくないな。
食料配給センター、ここの天蓋部分がドーム型になっている。紙に記載されていたのは恐らくここだ。入口を探そう。唯一開いていた所に、【燃料配給】という看板を見つけた。案外優しいんだな。ここもボストンによく似ている。ボストンでも食料配給でよく並んだ。制限された時間の中で沢山の人間が来るから、よく暴動が起きていた。子供の私は、小汚い大人達のせいで押し潰されそうになった。横入りするクソみたいな奴らも居た。クソムカついたからそいつらの背中に唾つけたやったっけ。痰も吐いた。ざまぁみろ…って感じだったな。今みたいにナイフ持ってたら、殺してたかも。そんぐらい殺るか殺られるかみたいな街だったな…ボストンは。まっ、ここもそうか。
食料配給センターの裏側から内部への侵入を計画する。裏側には感染者が数体。ここは草木が生い茂る場所なので、戦闘を起こさずにうまく巻けた。感染者の察知範囲から上手く掻い潜り、非常階段を見つけた。そこから食料配給センター内部に到達。一先ずは、侵入成功。
「エリー…ここシナゴーグだよ。」
シナゴーグとは、ユダヤ教の礼拝を行う会堂、ユダヤ人の集会所。ディーナはユダヤ人なのでこの感じには、造詣があった。お姉ちゃんによく連れていってもらってたらしい。信心深いのかと思ったら、案外そういう事では無いみたい。
「生き抜くっていう伝統は好き。異端審問の時も、ホロコーストの時も…うちの家系は生き抜いてきた。」
ガソリンの容器を発見。目の前にガソリンタンクがあったけど、タンクの中身はゼロ。裁判所に向かう。
今でもディーナは信仰心を大事にしている。礼拝だってたまにしているらしい。巡回する時とか、ジョエルの墓の前でもやってくれたって。哀しみと向き合う…人と関係性を持つ時とか敬意を払う時に必要な事なんだ。ディーナにとっては。ワードローブにトーラーと呼ばれるユダヤ教の聖典があった。聖書みたいな物だ。この代物をディーナが見るに、かなり貴重品のようだ。お姉ちゃんに見せたかった…と、吐息混じりに言っている。
「5774年?タイムスリップしちゃった?」
「違う、それヘブライの暦」
ユダヤ人にとって祝日は大切なもの。大事な人と食べ物を食べてお祝いする…。生き抜く…という伝統を守るユダヤ人の教えだ。
食料配給センター改め、シナゴーグ礼拝所を後にし、次に訪れたのはバリアントミュージックショップ。要は楽器屋。内部は腐敗していて、楽器も壊れていた。だけど、これ全部使えてたら…と考えただけでウッハウハになる。バンドも結成できるし、最高の音を奏でる事ができる。ディーナは楽器初心者だから、私が教えてあげよう。酸いも甘いも。ジョエル直伝の…ね。うん…。
この楽器屋は楽器の他にもレコードが沢山ある。『シックハビット』。2人でよく聴いていた。私が聴いていたから、それに釣られてディーナも聴いていた。ディーナは特に音楽への興味関心は無い。私と一緒にいる時しか、聴かないようだ。
2階に行く。部屋に入るとそこには、ギターが置いてある。久しぶりに見たな…。気づいたらギターを持って座っていた。ディーナも来て、私はシアトルに来る前の道中、焚き火を囲んで歌った曲をギターと共に披露した。
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いくら話しても、肝心な事が言えない
でもどうにか伝えてみよう
相変わらずつれない君に
そっぽ向かれるだけだけど
いつか振り向かせたいんだ
僕を受け止めて
早く受け入れて
もうじき僕は、遠くへ行ってしまうから
もう知ってるよね
僕が半人前だって
でも僕なりにもがいて、生きるって事を噛み締めるんだ
君もそう思わない?
後悔するくらいなら、やり切ろうって
僕を受け止めて
早く受け入れて
もうじき僕は
もう遠くへ行ってしまうから
遠くへ行ってしまうから
──────
私なりの彼女へのメッセージ。なんだか気恥しい…。彼女も受け取ってくれたかな…。ジョエルみたいに披露する時に目線を合わせないのは、あまり嫌いだ。せっかく届けるんだから、相手に伝わるようにやんなくちゃ。
楽器屋を出て、裁判所を目指す。
道中で私達はジャクソンに来た時の初週を思い出す。人の多さに驚いたし、何より食べ物の豊富さに驚く。来た時はもう無我夢中で食べまくってた。だって、トミーが甘えさせてくれるんだもん。マリアも「いっぱい食べて」って言ってくれたし。無くなるのが怖くて、ポケットに突っ込んで、路地で盗み食いしてた。
「それ見てた。」
「えぇ?マジで?嘘つけ。」
「ホントだよ?このジャーキー泥棒のガリガリは誰だろう…って。」
ジャーキーそんなに盗んでないのに…あの時の1回を見られてたんだ…やだ最悪。
小規模の喫茶店。ジョエルは本当にコーヒーが好きだった。持ち物半分とコーヒー一杯で交換しても、ジョエルにとってはそれに値していた。ジョエルが1回飲ませてくれたけど、それから私は飲んでない。ジャクソンに来て少し経った時かな。ウオェ…ってなった。吐いた訳じゃないけど、もう二度と飲まないってあん時決めた。なんでこんなものを好んでいるんだろう。焦げたうんちの味なのに…。大人の味だ…って毎回言ってたな…。コーヒーショップの奥にトイレがある。そこから急に出てきた感染者には驚いた。まさかこんな所にいるなんて…。窓ガラスも割られてなかったし自殺したんだな。全く、自殺するなら後の人の事を考えて、頭を撃ってくれ。そうしたら、感染者にはならないんだから。自殺者って自分の事しか考えてない。自分が現世から居なくなることしか考えてない。だけど、この後の処理とか対処をするのは生きてる私達なんだよ?なんで知らねえ奴の屍紀行に付き合わなきゃ行けないんだよ。誰にも責任を負わせず、黙って勝手に死んでほしいものだ。
トイレで鍵を発見した。そういや、さっき開かなかった扉があった。バルコスっていうペットショップ。後で向かおう。
ウェストゲートの向こうは有刺鉄線のデカい柵でここからは進めなかった。だけどウェストゲート検問所には、金庫が置いてあった。それは【ウェストゲート2のパスコードで開く】…と壁にペイントされていた。こうした様々な方法で物資を隠しているFEDRA。自分達のためなのかな…?めっちゃ面倒臭いよね。後から探さなきゃいけないんだよ。私達みたいなシアトルに来訪する人にとっては優しいね。物色していると、久々な物を目にする事もある。中でも、嫌な思い出として記憶しているのは『感染信号探知機』。ボストンで運び屋だったジョエルとベスに連れられて、雨の中、軍隊に拘束されて、これを額に当てられたっけ…。
バルコスペットショップ。コーヒーショップで手に入れた鍵が適合した。内部へ入る。
─
WLFのビラ
『俺たちは羊じゃない!今こそ牙を剥け!』
─
ボストンにいた、ファイアフライみたいな組織。ディーナもそんな組織と対峙した事があった。『レイブン』。ニューメキシコにいて、自分達のことを『法の番人』って言ってた。規則性の厳しいFEDRAから抜けた奴らで構成された組織だって。アメリカ全土には、まだ知らない組織が沢山いるのかもしれない。
裁判所。ここにお目当てのガソリンがある。これも正規の入口から入る事はできなかった。裏口を探す。周辺を走らせていると、感染者の鳴き声が聞こえる。裁判所の中からだ。どこからか音が漏れているんだ。少し扉が開いているのか、壁が薄い箇所があるのか、単にこいつらが目立ちたがり屋でうるせぇのか…。すると、窓を見つけた。裏口では無いが、窓を強制的に開ければ入れる所があった。内部へ侵入した。案の定、感染者の姿。ステルス攻撃を最優先させたが、足が法廷の机に当たってしまい、感染者の耳を立ててしまった。感染者は鳴き声を激しくさせ、こちらへ向かってきた。ショットガンを放ち、なんとか撃退に成功。ディーナもピストルを撃ってなんとか、乗り越えた。目に入る者は全員殺したけど、ここはまだ何かがいそう気がする…。ガソリンを探そう。
「陪審員とか楽しそうだよね。」
確かに…。証拠品とか、嘘ついてるやつを推察したり…。色々と卓越した物知りにとっては脳汁が出る出来事の連続かもね。裁判所には行ったことが無い。ボストンでは沢山の問題を起こしたし、多分見つかったら、殺されるような事もした。ていうか、裁判とかそういう司法制度が現在のアメリカで機能しているのか?
階段を下りる。陽光が射し込まない暗黒の世界が構築されている。頼りの光は私達の懐中電灯のみ。機能停止しているエレベーターの前に、シアトル裁判所の案内看板が掲示されていた。地下にガソリンがある…とゲートで見つけた紙に書いてあった。『地下一階・職員駐車場』。ここだ。ていうことは、さっきいたのは『1階・ロビー/廷吏事務室』ということか…。エレベーターは停止している。だが、隙間から下に降りる事は可能だった。上から下に吊るされたロープ。誰かが最近までここにいた。ロープが新しい。私が乗っても切れることが無かった。単に頑丈なだけかもしれないけど。ロープを使って地下一階に降りる事ができた。だが地下一階は足元が水浸しになるほど、辺りが浸水被害に遭っていた。そして、感染者の姿。水の音ですぐさま私達の居場所は探知されてしまった。仕方ない…銃を使うしかない。距離をとってライフルで迎撃する。相手の動きが速く、焦って弾を落としてしまう。だがディーナの力もあり、一体ずつ確実に仕留めていった。今回ばかりは少々危なかった。ガソリンタンクを確認、中身もがっちり入ってた。これでようやく、ゲートを開けられる。ずいぶん長いことかかってしまった。セレベナ基地へと向かおう。
ディーナからよく聞く、「農場を持ちたい」という話。ジャクソンの郊外で持ちたいようだ。確かに広い空間で羊を育てたり、牛の乳を搾ったり、経験した事が無いようなものばかりだから、気になりはする。あと、ディーナと一緒なら全然オッケーって感じ。楽しそう。たまにジェシーとか、トミー、マリアを呼んでパーティーでもしたらきっと盛り上がるんだろうな。セスとか、ジジイ連中は呼ばない。また老害みたいな行動とるから。空気悪くなっちゃうしね。愉快な空気は永続的にしなきゃ。
シアトルのダウンタウン。2時間ぐらいいたかな。なかなかにスリリングでハードなミッションだった。このぐらい広大な世界なら、危険度も低いから楽勝。でも人間…WLFを見なかったな。一人も。先に進まなきゃ。
[穏健の裏]
ぶっころゲートに戻った。ガソリンを入れてジェネレーターが起動。パスコードを入れて見事、前進に成功。セレベナ基地が目の前に現れる。敵のお出迎えはなし。セレベナ基地の横にイーストゲート1がある。パスコードを確認したが、このゲートのパスコードは紙に虫食い状態にされていた。よって、イーストゲート1は今使用できない。すると、セレベナ基地の柵を吸い寄せられるように、攀じ登る感染者を確認する。行く当てがない状態なので私達も柵を攀じ登り、セレベナ基地内部へと向かった。人の声は聞こえない。聞こえるのは、感染者の声。音を立てずに内部へと侵入する。ホテルとして建設されているので、私達が今いるのは、フロントかと思われた。フロントに感染者が4体。その内の3体は一人の遺体を貪り食っている。固まっている所には火炎瓶が有効だ。火炎瓶を投げ入れ、一掃した。後の敵もサプレッサーを付けたピストルで隠密に戦闘を終えた。貪り食っていた死体を視察する。WLFの記章付きジャケットを着ている。その遺体の現状は新品。新しかった。何日も前に死んだものでは無い。1週間前か、2日前か、1日か…。胴体部分は感染者に抉られた跡が確認できたが、頭の部分には風穴が開いている。誰かが撃ち抜いたんだ。ヘッドショットをできるのは相当な名手。鉄パイプで封鎖された扉を破壊し、階段を上る。階段には人の死体が数多く横たわっている。しかも全て、頭を撃ち抜いている。技術が半端じゃない。並大抵の実力じゃここまでの成果を上げることはできない。廊下や室内にも存在している。廊下の壁と床にはまだ新しい血痕が残っていた。
一つだけ閉ざされている部屋があった。その部屋を開けるとそこには、拷問を受けた拘束遺体があった。椅子に縛り付けられ、手と足の自由を奪い、口の周りが血だらけになっている。そして奥にもう一人、同じように拘束された遺体を見つける。この光景を見て、エリーは確信した。
「トミーがやったんだ。」
「トミーが?」
「こいつもあの小屋にいた。」
だけど、奥の遺体の顔面は初めて見た。この遺体の傍には、ダイイングメッセージのように【east 1 7302】と書かれている。これは、恐らくイーストゲート1のパスコードだ。
「答え合わせしたんだ。」
「なにそれ?」
「ジョエルが教えてくれた。まずこいつに質問、んで答えを言わせず、床に書かせる。あっちにも同じ質問をする。答えが一緒なら嘘をついてない。違ったら…。」
「ボコボコにする…。」
「そういう事。」
ジョエルがあの時、人喰いハンターから私を救ってくれた際に使った拷問の手段。「一応教えておく。」と言って教えてくれた。弟のトミーも同じ手段を使うとは…。遺体の傍にはテーブルがある。白いテーブルで血だらけのモンキーレンチが2本置いてあった。これで殴り殺したんだ…。ディーナはこんなトミーの姿を初めて見た。トミーも色んな試練を上手いように掻い潜ってきたんだ。いつも優しくて、街からも頼られているトミー。ディーナは少し怯えた様子でこの場から立ち去った。ディーナにとって、あまり知りたくない現実だったんだ。
「トミーのこと、悪く思わないで。」
私はそれだけ、彼女に伝えた。
外へ出ると、雨が降っていた。床に書かれていたパスコードを打ち込んで、ゲートを開けることができた。雨が強くなってきたし、雨宿りできる所を探す手も出てきた。高所ならシアトル全域を見渡せるし、丁度いい機会かもしれない。入れそうなビルを探す事にした。キラリを走らせ、有刺鉄線バリケードを飛び越えた次の瞬間、爆発が私達を襲った。ディーナは陥没した溝に落下。キラリはその爆発で…いや、判らない。急な爆発を至近距離で食らったから、何が起きたのかもよく判らなかった。すると、人の声が聞こえる。そいつはキラリの事を撃ちやがった。ほぼ気絶状態の私。そこから逃れようとするが、力が入らない。這いつくばって地面に落ちたライフルを手に取ろうとするが、相手の気絶攻撃を食らってしまった。
[イーストブルック小学校]
「まーた、お目にかかれるとはな…。」
目を覚ますと、ここがどこなのか判別不可能な建物内。
目の前には…アイツだ…。あの時、ロッジで…私がナイフで切り刻んでやった奴。手は縛られ、半拘束されている。
「どうやって見つけた?」
「顔にキズのある、クズの場所聞いただけ。」
絶望的な状況ながらも、私はこいつに反抗意識を露わにする。絶対にこんなヤツらに屈しない。許さない。絶対に殺す。殺すって誓った。どんだけ殴られても、蹴られても、指を、足を、目を、耳を、どんなに身体のパーツを失っても、地獄に引き摺り堕ろしてやる。こいつは私の喉元へ、私のナイフを突きつけた。掻っ切る寸前だ。あと数センチ刺し込められたら、私は死ぬだろう。だけど、私は弱気な態度を見せなかった。私の方が今、優位な立場にいるように魅せた。
「ジョーダン、片割れ捜してたんじゃないのか?」
また新たなクズ野郎が現れた。私を気絶させた奴だ。トミーとのセレベナホテルでの戦闘で、応援部隊がここまで来たようだ。その際に、私らの動きを発見したようだ。セレベナホテルにいたのは、ニックというやつ。トミーから受けた拷問を知っているのかな…コイツらは。クソざまぁない最期だったよ…。笑える。アイザックという名前を耳にした。この名前は、ダウンタウンで発見した紙によく記載されていた。どうやらこいつはWLFでボス的立ち位置の奴なんだろうな。
私に銃を向けた。人質として私を使うか、今すぐ殺めるか…2つの選択で言い争っている。後ろから狙うなら今がチャンスだ…。だけど今、私は身動きが取れない。クソ…最高のチャンスなのに…。待って…私、死ぬかもしれない。
そう思った時、天井ガラスから銃声が聞こえた。その弾は私を撃ち殺す寸前の男をぶち抜いた。天井にいるのは、ディーナだ。ディーナは無事だった。
だが、ジョーダンという男がディーナのいる天井ガラスを撃ち割る。ディーナは落下し、私達がいる空間に現れた。ジョーダンはディーナを殴った。
抑えきれない怒りに駆られた私。
天井ガラスが床に散らばっている。
足を伸ばせば、届くかもしれない。なんとか、届いた。そのガラスを使って拘束縄を切る。
まずい…早くしないと…ディーナが犯される。アイツは首を絞めようとしている。クソ…はやく!はやくして!早く切れろ!!切れやがれ!!縄が切れた。散らばったガラスの中でも私は瞬時に一番大きくて歯切れの良いガラスを見つけた。それを手に取った私は、走ってディーナを犯そうとしているクソガキの首へ刺し込んだ。3回刺した。口から一気に血が出て満足のいく出来だった。だらしない声を最期に、クソガキは力を失った。
「くたばれ…クソ野郎が。」
こいつには、頭と腹を蹴られた。本当は拷問して、肉を剥いでやりたかったけど、すぐ殺した。ディーナが危なかったからだ。苦しまずに死にやがって。有難く思えゴミクズが。
ゴミクズのポケットから新たな情報を入手した。だがそれを見ている暇は無い。すぐにコイツらの仲間がやってきた。そいつら容赦無く銃撃してきた。脇から回り込んで、隠密を行い、奴らを排除した。物陰を巧みに使ったこっちの勝利だ。多分ここはWLFのアジト。捕まってしまったんだ。ここから脱出しなければ。建物内を少し歩くと、教室のような区画に入った。ここは小学校だ。図書室を抜けて、更に奥へと進む。
緑の成長が激しい。まるで学校ごと飲み込んでしまうほど。外気の音がする。吹き抜けた扉を抜けると、中庭のようなら空間に出た。だがそこには敵部隊の姿。生い茂る草木を使い、隠密行動をとる。簡単にはここから脱出させてくれないようだ。2人の敵は、別れて、私たちを捜している。一人はカフェテリアに行くといい、その方向へと向かった。判りやすく捜す所を言ってくれて非常に有難い。しゃがみながら、カフェテリアに向かった奴を殺しに行く。机と扉を巧みに利用し、敵の行動を伺う。狙いの奴が前方を向いた。私は今がチャンスと思い、勇み足で急接近しようとした。だがその時、背後から他の敵を感じ取った。私は急いで、他の場所へと身を隠す。めっちゃ危なかった…。前方に向かった敵は、ディーナがステルス攻撃を仕掛けた。私の背後に現れた奴には、 瓶を投げて音で紛らわした。その隙に後ろから接近して、首元を掻っ切ってやった。ディーナと合流してなんとか、中庭を脱した私達。
次に訪れたのは、屋上エリア。ソーラーパネルが設置され効力を成しているのか判らない場所。ここにもWLFが出現。もうこいつらほんとダルい。キモすぎる。ソーラーパネルが至る所に設置された屋上。これを上手く使えば、戦闘を行わずにやり過ごせるかもしれない。ソーラーパネルの下には、人が入れる隙間ができていた。私はそれに着眼点を置いた。ディーナに「ここに隠れよう。」と言い、2人でうつ伏せになりその隙間に入った。5人ほど敵がいた。少し経過したら、5人は屋上から姿を消した。彼等は中庭方面に向かって行った。戦闘を連続に行うのは、体力的にもキツくなる。このようにインターバルを置いて、選択肢が与えられない非常事態の時のみ、確実に仕留めていこう。
屋上から屋上へ、逃走の足を緩めることは無い。地上からトラックの音が聴こえる。下を覗くと犬を連れた敵部隊が小学校に入るのを確認した。犬…マジか…。躊躇うな。多分、外敵を駆除するように育成されているんだ。それと鼻がよく効く警察犬みたいなやつ。こんな所に犬を連れてくるなんてそれ以外考えられない。戦闘に長けた犬。見つけたら即、殺そう。危なすぎる。人より危ない。
[潜む敵兵]
小学校屋上から、脱出できるルートが唯一発見できた。アパートのベランダへのジャンプだ。かなりの大ジャンプで、私達は小学校からの脱出に成功した。これで通りに戻れる。少し落ち着いた空間に到達し、小学校で入手したジョーダンの紙と写真を振り返る。リアと呼ばれる女はジョーダンの彼女。ジョーダンへ、胸を露出した写真を提供している。これの理由は、後の紙にて明らかになる。
【テレビ局への2週間駐留で会えなくなる…これでも見て機嫌損ねないでね…】だと書いてある。観光地図を見るに、高層ビルの横にあるテレビ局の方角が判明する。リア…こいつをぶっ殺しに行く。しかし、紙に書かれていた【スカーが目撃された】とはなんの事だろうか。これ以上敵対組織は増やしたく無いのだが…。
WLF。まるで軍隊だ。ここまでとは思わなかった。トミーの言っていた通りだ。シアトルを拠点に置いてるから、それ相応の戦闘能力を得ている…という事か。だけど、気持ちに変わりは無い。アイザックという私達的にはボスと解釈しているやつ。こいつからの指示書によると、ディーナを捜しているようだ。爆発により、道路の下に落ちたディーナ。更に私達は、捕縛していた小学校から脱獄した。しかも、お仲間さん達を殺しまくった。今頃、その遺体を目の当たりにして、怒りに満ちているんだろう。奴らは、全力で捜索して来るに違いない。それは小学校周辺区域も該当しているかと思われる。注意しよう。
アイザックの指令書にはこんな事も書いてある。
【侵入者は一人残らず殺せ。】
WLFはシアトル侵入者を、所構わず殺しの対象とする野蛮な殺戮集団のようだ。私達が有益な情報を抱えた難民だった場合でもだ。ジョエルが本気で切れた時の怒りが、常時発出されてるかのようだ。
「ずっと気になってたんだけど、なんでアイツらはエリーとトミーを殺さなかったの?」
確かにそうだ。逆の立場なら、絶対殺している。あまりにも不用心すぎる。バカなんだと思った。判断を誤った。殺さなかった結果、今、私は敵の住処にいる。
「多分、あなたが捜してた相手じゃなかったから…とか。」
ジョエルをただ単に殺したかった…って言う事?何の理由があるんだよ…なんでジョエルだけが惨殺されなきゃいけないんだ…。私は顔を蹴られただけで済んだ。さっき、ガラスで首を刺し殺したクソガキにね。なんでなんだ…。
「リアに会ったらどうするの?」
知ってる事吐かせて、仲間の居場所を突き止める。ジョエルを殺した理由も訊く。それで納得してもしなくても、ボコボコに殺す。喚き声上げさせて、弱気な台詞を吐かせて何箇所もナイフを突き刺してやる。お前達が無作為に人を殺すように、私もお前らを無残に殺してやる。
「何か、ジョエルの過去について思い当たる事ない?」
特に思いつかなかった。だけどジョエルの事だから、話してない事もあるかもしれない。いや、あると思う…。おしゃべりな人じゃなかったし。トミーは見当がついてるのかな…。ジョエルと過去に揉めてた人を知ってるかもしれない。
【キャピトルヒル】
そう書かれた看板を見つける。コテージのような場所を抜けて、駐車場に出た。そこにはWLFの偵察部隊がお目見えだ。もう、うんざり。
「おい、アイツどこいったんだ?」
「もう、遠くに行ったんじゃねえのか?無駄足だよ、俺らは。」
やはり私達を捜索している。あまり大事にしない方がいい。建物屋上にいる一人をサプレッサーで撃ち殺す。屋上から周辺にいる敵兵の数を調べた。3人だ。
「ほんとにスカーじゃねえよな?馬乗ってたよな?」
スカーという名前をアイツらの声から聞いた。
「どうせ、スカーか感染者に殺されてんだろ。」
「だな、じゃあ死体を見つけてさっさと帰るぞ。」
はぁ?舐めんなよ、クソじじい共が。
「ちょっと、エリー?何やってるの?」
こいつらを殺しに行く。カートリッジに弾丸を込めて、屋上から地上へ降りた。奇襲攻撃で目に物見せてやった。
「エリー?この中に、知ってるヤツいる?」
この中にはいなかった。にしてもこの隔離地域は広い。ボストンとは比較にならない程だ。
雑貨店にはハロウィングッズが揃っている。そういえば、さっきの小学校でもハロウィンの催しが教室に成されていた。なんかこの世界が、終末世界になった頃合が予想つきそうだね。ジョエルが9月のどっかとか言ってたかな…。もう20年も前の話だから覚えてないって。
ガソリンスタンドを発見し、中を物色する。作業台があった。武器のアップデートに必要な器具が必要以上に集まったから、この作業台で武器の拡張を行った。それ以外ここには何も無かった。外へ出ようとすると、車が急接近する音が聴こえる。まずい…長く居すぎたんだ…。WLFが大群で現れた。確認できるだけでも6人はいる。だがこの群れは私とは真反対のガソリンスタンド入口から入って行った。あんなに数がいるんだから、多方向から捜索すればいいのに。こいつらはまだまだサバイバルの新米だ。迷うこと無く、私はガラ空きになった道をしゃがんで進む。ガソリンスタンドの真向かいの建物に4体の感染者がいた。私は瓶をガソスタに投げた。
「ディーナ、行くよ。」
瓶の音に誘発されて、4体の感染者がガソスタに雪崩込んだ。WLFは喚いて、助けを求めている。彼等の最期を見る暇が無い事がとても惜しい。私達はその場から去った。自らの手を汚さずに、音で感染者を誘導させる。あの冬に学習した私の頭脳プレイだ。今回も見事にキマった。
オリーブストリートマーケット。先へ進むとこのような、店舗があり、中は感染者があちらこちらに点在していた。だがここにいる感染者は感染段階がまだレベル1の危険度が低い者。一体ずつナイフで後ろから殺していった。
オリーブストリートマーケットを抜けると、戦闘を余儀なくされるような敵数のWLFが現れた。できうる限り、ステルス攻撃で倒したが、上から当該行動を確認されてしまい、気づかれる。急いで物陰に隠れて間一髪の所で銃撃を免れた。そこからは銃による心理戦だ。タイミングよく、物陰から離れ相手を撃ち抜く。ディーナが一人倒した事で、相手に動揺の隙ができた。それを見逃さなかった私は速射。私達へ向ける銃が無くなった。
この先は検問所で固く塞がれている。パスコードなんてとても効きそうにない。開閉システムを有していない、単純な壁として作られたものだ。どこか先に行けるルートが無いか、辺りを見渡すと建物の2階から飛び越えられるような所を見つける。その建物の1階へと侵入する。
【ベーグルブロス】ファストフード店だ。黒糖トリュフ、ホワイトチョコレートのラテの看板が私の空腹に追い打ちをかける。他にもハンバーガーが書いてあるけど、目玉はラテとか、甘い飲料水みたいだ。
奥には【オーチャード】という主にジュースを取り扱う店舗もある。果物がふんだんに使われた、色鮮やかなものだ。こんなもの、食べた事ないし、飲んだ事ない。フレッシュジュースとやら、何となく予想できるけど、『スムージー』とはなんの事だろうか。スムージーというのが人気なのだろうか、店員側の所に機械を設置していない。客の注文を受ける場所から少し離れた所にスムージーの機械がある。店員が品物を準備する場所とは隔離されている。セルフサービスって言うやつかな。客が自分でやる…っていう。
ジョエルが昔の世界の事を教えてくれてた時に言ってた。アメリカも美味しいのが沢山あるけど、他国にも美味しい料理が沢山ある。一番好きって言ってたのは、日本だったかな…。日本料理。名前が思い出せない。なんだっけな…。
「ディーナ、日本料理って判る?」
「えぇ??日本料理?うーん、スシって聞いた事あ…」
「そう!それ、スシだ!ジョエルが美味しいって言ってたんだ。」
「へぇー、食べてみたいなあ。」
2階へ上がると、一風変わってオフィスになっている。
【ブラッドリー&パートナーズ】。社名かな?
2階から飛び降りると、そこはゲートの向こうの世界。良かった…。前進成功。遠くにあるのは円形のテレビ局が目視できた。観光地図にあった通り、あともう少しだ。
検問所の向こうには、感染者の数がかなり増えている。だがそれはもう少し先の道。今の所は大丈夫と思っていたその時、前方11時方向の物陰から感染者が現れた。だが、その感染者は地面に仕掛けられた地雷トラップにかかり爆発。地雷が仕掛けられているという事は、敵の住処へと確実に近づいている。至る所に仕掛けられたトラップを回避し、テレビ局を目指す。
【シアトル軍事区域】。敵は近い。
【テレビ局 チャンネル13】と書かれた建造物が次第に近くなる。道中は陥没地帯となっており、幹線道路は崩壊。激流した川を進むしか方法が無かった。川には、トラック、自家用車、バン等が無造作に置かれている。勿論、全ての車両が動く訳が無い事が、目に見えてわかるぐらいギッタンギッタンに壊れている。
「あの罠、ジャクソンにも仕掛ければいいのに。そうすれば、私たちの仕事も減るし。」
それ、いいかもね。ビル…。確かそう言ったかな…。ビルの街がこれとよく似た事をしてたな。こんな世界にもなると、人間考える事は一緒って事か。ビルは生きてるのかな…。やなデブのじじいだったけど、最終的には助けてくれたからな。車もくれたし。場所…、、どこだったかな…。
【feel her love】
「あのお方の愛を…?」
三つ編みの白シャツを着た女を、人々が取り囲む絵が壁に描かれている。WLFと関係があるのか…?
崩落した橋。その高架下に4体の感染者を見つける。等間隔に倒れているその様は、私達をその道の果てへ、誘っているようだ。感染者の跡を追うと、馬が倒れていた。その馬の装具、鞄、サドル…、間違いない、これはトミーの馬だ。馬からは内蔵が外から見えてしまうぐらい、血塗れの状態。感染者に殺られたんだ。休憩をしていたら、ここに感染者が集まったのか?いや、トミーはそんな戦闘に隙を生まない人だ。となると、元々馬が誰かからの攻撃を受けて使い物にならなくなったんだ。多分それはWLFの銃撃。弾痕が無いか、遺骸から探す。
ディーナが川の元へ行き、吐いている。具合悪いの…と問う。
「うん、その臭いのせい…でも平気。」。
トミーは歩きのはず、少し休んでも大丈夫だと思うけど…。
「ううん、平気、行こう。」
なんだか、体調が優れていないように思える。大丈夫かな…。
異常なまでに荒れ果てた当該地帯。もはやこれは、内戦が起きたとしか思えない。激しい戦闘と自然が時の流れと共に、終末を形成している。
テレビ局の真下のやってきた。その道中は地雷トラップの連続で、瓶を投げて破壊したり、対応に一苦労した。
[吊るし肉]
【Channel.13 シアトル放送センター】。天蓋には電波塔とパラボラアンテナが搭載されている。終末前までの形を保ちつつある状態と言える。入口は見当たらない。上に登って侵入経路を探す。上に登ると道に出た。その道には、銃で撃たれた新品の遺体を発見する。トミーの仕業だ。次々と道には殺された遺体を目にする。進むにつれ、確認できる遺体の惨殺度が激しくなる。激情している…。怒りの感情がトミーを支配しているんだ。矢を食らった遺体もあった。
縄を使い、内部へ侵入経路を自作したと思われる箇所を見つけた。きっとこれもトミーだ。縄を伝って、内部へと侵入。内部も死体が倒れまくっている。もう見るのに慣れた。テレビ局の中枢部かと思われる放送区画へと到達する。そこには、天井に吊るされた死体を4つ発見した。
「なんなのこれ?」
「これは…トミーの仕業じゃない。」
トミーはこんな事しない。いくら憎んでると言っても、こんな事に時間を割いてる暇は無いだろうし、直球に言うと面倒臭い。死体を観察すると、腹の皮を剥がされて、内蔵が露呈している。だけどその内臓は中にはなくて、空っぽだ。とてもグロテスク。こんなことを全員に行っている。何かの警告なのかも。
「最近のやつだよね。」
そう、この死体も新しい。劣化してない。吊るした犯人が、まだテレビ局にいるかもしれない。警戒しよう。
放送区画から階段で上階へ行く。オフィス区画だ。奴らが住処にしていたと思われる痕跡があった。WLFと刻まれた物資コンテナだ。何個もある。するとこの階のどこかから、音が聞こえる。機械だ。機械から人の声がする。不安定な音が聞こえる部屋を見つけ、扉を開ける。そこに見えたのは、私達が捜していたリア。その遺体だ。数本の槍がリアを突き刺している。トミーじゃない。私達が知らない、誰かが殺したんだ。WLFのトラベルバックから、幾つかの写真を手に取る。私が…知っている奴らだ。呑気に笑顔で写真を撮っている。
「これ…ジャクソンの近くだ…。」
ジャクソン近郊の湖畔地帯で魚を釣ってる写真。
彼氏彼女で仲睦まじく映っている写真。
マニー、オーウェン、メル、リア、ジョーダン…写真に書かれていたクソ野郎達の名前の数々。
そして、私にとって一際目立つ、名前と顔を見つける。
「アビー…。」
こいつだ。忘れない。忘れる事ができないこいつの顔。図体がデカくて、男みたいに筋肉質な三つ編み金髪のゴリラ女。アビー…、こいつがジョエルを殺した…。
「6区、こちら2区。応答せよ、インディア隊がテレビ局の応援に急行中。」
まずい、急いでここを出よう。
「リア、殺されてたね、どんな気分?」
話せなくてムカついてるよ。私の手でぶっ殺したかった。
「これで良かったんじゃないかな…。拷問するのは良くないよ。」
アイツらはジョエルを拷問したんだよ?殺したかどうかなんて関係ないんだ。使えるものは盗んで、リアの物を探そう。それから安全な建物に行こう。中心街の奥は、どうだろう…。そこを目指してみよう。
さっき来た放送区画から出ようとする。だがそこには、先程の無線で送られた通り、応援部隊がテレビ局にやってきた。かなりの人数がいる。8人以上で構成され、重装備。確実に殺しに来てる。私達がいる上階と下階、二手に別れたWLF。上階に来た奴らは、ステルスで殺そう。上階の物陰を使い、徐々に近づく。ディーナと協力して一斉に首元へナイフを刺し込む。2人、また2人と敵数は減っていく。上階は全て殺した。後は下階。下に降りようかと思ったが、相手が呼び掛けをしている。
「おーい!上は大丈夫か?」
まずい、一斉に上がってくる。上階下階を繋ぐ階段は2つ。その2つから1人ずつ上がってくるのを確認した。残りの2人は下階に残っている。その2人を上階からサプレッサーピストルで撃ち抜く。ディーナも同様だ。上階に来た2人は、しゃがみこんで音を殺しながら、急接近。ナイフで脇腹を抉ってやった。時間を長く使ってしまった。急いでここを出よう。先程の侵入経路は危ない。違うルートを探しながらテレビ局から出ようとする。陥没した道を発見した。いや道じゃない。Pと書いてあったから、ここは地下駐車場だ。地上との隔たりである天井を失い、陽光が射し込む地下駐車場。急いで走ると、地上からトラックの音が聞こえる。
「奴らだ!侵入者を見つけた!」
「スカーなの?」
「知らねえ!とにかく殺せ!」
次々と人間の声が増えていく。完全に追われてしまった。途方に走っていると、逃げ道を失ってしまった。だが横を見ると、隙間がある扉を見つけた。私達は急いでその扉に駆け込んだ。扉の向こうにあった自動販売機を横に倒してバリケードに使用した。WLFの声が乱雑している。この扉を壊そうとしているんだ。爆発にでも巻き込まれたら危ない。駆け込んだいいものの、ここはどこだろう…。とにかく奥へと進むしかない。進むとそこは、胞子が舞っていた。
「エリー、マスク着けて。」
「…判った。」
[鉄の墓場]
「お前ら、徹底的に捜せ!」
「いたか?」
「いない!」
「クソ、奥に行ったのか…。」
「奥は…確か…」
「仕方ない…進むぞ。」
早く進もう、アイツらが来る。胞子エリア、という事はかなりの腐敗が進んでいる。『感染者の巣』とも呼称すべき場所だ。その証とも言える、感染者の感染段階を意味する、壁に付着している異臭を放つ肉片が点在している。危険地帯だ。
広い空間に出た。だがそこには待ち伏せしているWLFの姿。
「アイツらはスカーなの?」
「ここにいたら、感染者と同じ目に遭うだろ。放っておこう。」
「ダメ、アイツらもマイクと同じ目に遭わせてやる。」
「ジョーダンも殺られたってね。」
「マジかよ…。」
ざまぁみやがれ。この空間を見るに…ここは地下鉄だ。列車が無残にも原型を留めていない。相当な年数、放ったらかしにされていたのだろう。周りを見ると、クリッカーもいた。感染段階レベル3の視覚能力損失の代わりに、聴覚機能が異常に発達している危険な感染者だ。こいつを上手く使えば、戦闘を起こさずにWLFを殺せる。WLFがいる所へ、レンガを投げ込んだ。音に敏感なクリッカーは、一斉にそこへ向かった。WLFが相手せざるを得ない状態を作り、私達はその場を移動した。
「エリー、すごい!」
「まぁね、バカと単純なヤツら。掛け合わせてやったよ。」
半壊した列車の中を進む。
「スカーって言葉、さっきからずっと聞くけどなにかな?」
「さぁね、もっと情報集めないと。でもこれだけは判る。シアトルは、ウルフ以外にもコミュニティがいるんだ。」
「この街…サイコパスだらけだね。」
列車の中を進み、空洞化したトンネルへと出た。線路も破壊され、劣化しているただの空洞。
「やめてええぇ!」
ウルフが誰かに襲われた?多分感染者だ。だけど、感染者にここまでの雄叫びを上げるものなのか?戦闘経験が無いただの素人って事か…?雄叫びが聞こえた方向に向かうと、蒸発し肌が焼け爛れた死体を見つける。
「ちょっと、なにこれ。」
「こんな殺され方、初めて見た。」
ブローターにも、酸の胞子はあるけどさっきのはブローターの音じゃない。未確認感染者。何者か判らないけど、殺し合わせときゃいい。私らの負担が減るから。
「またシャンブラーが来たぞ!」
「逃げろ!!」
「やめろ!」
「ダメだ!」
「なんだコイツ!!」
なんなの…この喚きは。天井部分が網目になっていて、そこを這う事でその様子を視察することができた。見た事もない異形の感染者がウルフを襲っている。
その攻撃方法は、自身の身体を酸で爆発させている。だがそれは自我個体の形を崩壊させてる訳では無い。自己修復能力があるのか、生態は肉眼だけでは判らない。とにかく、ヤベェやつ。
この区画は先に到着して待ち伏せしていたウルフの信号灯のおかげで明かりが点っている。置き土産だ。【シャンブラー】。感染段階レベル4に該当する危険生体。戦闘を行うしか方法は無い。見つかったら、殺される。足もめちゃくちゃ速い。火炎瓶と起爆装置を作成。攻撃準備万端な手持ちにする。相手に気づかれる前に、奇襲を仕掛ける。怯むシャンブラー。それに誘発され他の感染者も襲ってきた。
「エリー、私は他の感染者をやる。そのキモいやつお願い!」
「わかった。気をつけて。」
シャンブラーの攻撃は予測不能、酸を飛ばしてきたり、急に間合いを詰めて突進してきたりもする。ショットガンを4発撃ち込んでなんとか、事態を回避できた。ディーナとも無事に合流。シャッターを開けて、次の区画に進む。
【電圧室】へと続く、連絡通路。複数のパイプが天井に連なり、奥の深淵へと続いている。奥地は、一定距離にならない限り肉眼で確認する事ができない。懐中電灯を点けると、胞子がとても目立つ。電圧室に着いた。ここには感染者の姿は無く、静寂に包まれている。それが逆に怖い。ご丁寧に【station access】という矢印の看板を見つける。地下鉄の駅…という事は地上に続いている。普通だったら。階段やら、まだ地上との繋がる要素を保持しているなら…。希望はある。長年の放置で固く閉ざされた扉。最後に開けたのは、ずっと前だろう。その扉を蹴り飛ばした。
視界に映ったのは、水没した駅の姿。プラットフォーム乗り場、決壊した列車、小規模な踏切…これは、客が改札から乗り場に行く時のものだろう。駅なのは間違いなかった。
だけど、この列車の光景…。人間で言うと惨殺状態。列車が遺体みたいだ。
「列車衝突事故って感じかな?」
うん、それ有り得そう…。爆撃とか戦争の影響とは思えなかった。何故なら、列車はフォルムを留めていたから。ボロボロなのは車内とか、窓ガラスとか、剥がされた車輪とか、そういったものだ。
感染が爆発した時もギリギリ走ってたのかな…。乗員中の客がパニックになった…とか。それから列車内で、菌蔓延…とか。
「エリーってほんと、そういうマイナスストーリーすぐ浮かぶよね。」
「想像力が豊かって言ってほしいな。」
光が見えてきた。あともう少しだ。上方向に傾いた列車内を進む。だがその列車内を進むにつれ、軋む音がする。最悪の事態が起きた。列車が下に急降下。シーソー状態になっていたんだ。列車から放り飛ばされてしまう。
投げ飛ばされた私に向かってくる一体の感染者。銃を放とうとしたが、間に合わず。感染者の暴行を受ける。ディーナが感染者を後ろから掴みかかり、なんとか銃撃。
「エリー!マスクが。」
感染者からの暴行で、マスクに傷がついてしまった。
「ほら、交代で使おう。」
「だめ!外さないで!」
「ちょっとなにしてんの!?」
私はマスクを勢い余って、外してしまった。
「私は感染しない!免疫があるの!」
「…え?」
「ほら、咳してないでしょ?」
先には感染者の群体。飢えた者達が私達に、一斉に襲ってきた。
「さぁ走って!」
「うん…。」
走った。ただただ走った。行ける所はどこでも突き進んだ。柵を飛び越え、なるべく地上へ出れるように、上への道を選ぶ。すると地下鉄駅の改札のような場所に出る。3重にもなった柵を飛び越え、間一髪で事なきを得た。到達した場所は、運が良い事に地上だった。
ディーナが疲労のあまり倒れ込んでしまった。私の「大丈夫?」の声にも息でしか、返してくれない。声を出す事ができないほど体調が優れていないんだ。
「あの劇場で休憩しよう。」
地上に帰還した地下鉄出入口からすぐそこにあった劇場へ、身を休めることにした。中を確認、ディーナを入れた。入口には固く封鎖できるように、手すりへ椅子の柱を差し込む。
「なんかずっとおかしいよ?」
ディーナの体調は、シアトルに着いて少し経った頃から、おかしかった。顔色も青ざめてる。心配しない方が変だ。
「おかしいって…エリー...目の前で胞子吸ったのに…。」
「だからさ、免疫だって…。」
「あっそう…めんえき…。やめてよ。」
「だいぶ前に噛まれたんだ。でも何も起きなかった。これ知ってるのは、トミーとマリアだけ。あとジョエル。あんたも追加。大丈夫、私から伝染る事は無いから。」
ディーナは無言を貫いている。蹲りながら。無理もない。こんな事を急に暴露されて。私だって簡単にそんなこと信じられない。彼女には、とても重い事実を伝えてしまった。それと共に彼女には、もっと前に伝えていても良かったんじゃないか…と後悔した。
「ねぇなんか言って?」
────♂
「エリー、私妊娠してるかも…」
────♁
「はぁ?」
「はぁ…あなたの子じゃない。」
「待ってよ…いつ気づいた訳?」
「数週間アレが来てなくて…」
「数週間!?だったらジャクソンに引き返せたのに!」
「あの時は、まだ半信半疑だったの。迷惑かけたくなかったし。」
「んで、結局迷惑かけるワケ?」
「…」
二度と見たくない。初めて見た彼女のこんな顔…。怒るわけでも無い、哀哭に満ちた表情が私の心を突き刺す。
「…ここが安全かどうか、見てくる…。休んでて。」
私は一人で、劇場の中身を調査する。
信じられない…妊娠を黙っていたなんて…。私を信じてなかったの?なんで…?彼女の突然の悲痛の叫びに私は耐え難い苦悩を覚える。
ここは…映画館?なのかな。ジョエルが見たらきっと喜ぶだろうな…。鍵がかかる扉に出会す。奥へ進むには、この扉を開ける必要がある。この先は一旦諦めて、違う所を調べてみる。階段を上り、2階へ着いた。バーカウンターがあり、シャンデリアが近くに見えた。これは1階からも見えるものであるが、2階になると、とても近く見物する事ができた。金と銀で造られた気品のあるもの。天井も壁も、刻印で施されており古めかしい内装では無かった。終末世界までに、上演されていたと思われる作品ポスターが貼られている。2階には更に上へと続く階段があった。そこを進むと、電圧室のような部屋に着いた。【プロジェクタールーム】と記載されている。
だが、電力は損失。復旧作業を遂げる必要性があった。そのメインジェネレーターの黄色い配線コードは、外壁に続いている。外へ出ると、配線コードは更に上へと伸ばされていた。外壁に設置されていた、非常時の梯子を使う。錆びついていたが、グラグラする様子も無くネジが緩められてもいない。ガッチリと固定されていた。私はこれに少々不安を抱いた。誰かが居住していた…という可能性があるからだ。しかも最近…。
屋上に設置された受電設備所。そこに続いている配線コードの終結部分へと着いた。そこには感電死したと思われる、遺骸を発見する。やらかしたんだね。能無しかな。受電所のジェネレーターを起動。真っ暗な受電所に明かりが灯る。人生であと何回、この作業するんだろ…。
先程のプロジェクタールームへ戻ろう。部屋に戻ると、なにやら、機械の音が聴こえる。テレビ局にもあった無線機器によく似ている。だとすると、ここはウルフが使用していたと考えるのが妥当だろう。無線機器が置かれた机には、FEDRAと記載されたコンテナやファイルが山ほどある。拠点にしていたのか…。無線機器の横に、鍵が置いてある。もしかして、これは先程行けなかった所に差し込めば…。自分の行動により、組み立てられる物語感が、なんだか楽しくなる。でも鍵がかかっていた…。という事は、奥に誰かがいる?それともただ単に、鍵をかけただけ?警戒は怠らないようにしよう。
扉の向こうは、舞台になっている。広くて沢山設置された赤の客席からは、全盛期の賑わい具合が伺える。2階にも客席はあった。
ステージには、舞台物の器具である照明とか、音響スピーカーが無造作に置かれている。音響器具に関しては、ステージに収まらず奈落にも横倒れにされている。床を見るとバミリが沢山貼られている。相当使い古された痕跡だ。貼ったり剥がしたりを繰り返している。客席から完全に見えるぐらいだから、なんだか私が客だったら冷めちゃうな。「あ、ここに登場人物が止まるぞ…。」って。全然面白くないじゃん…。違う意味で面白いかもね。
【The SICK HABIT】。私が大好きな音楽グループのビラがあった。へぇ〜。ピナクル劇場ってとこで、やってたんだ…。あ、もしかしてここ?ここに置いてあるからそりゃそうか…。2013年9月14日。“文明崩壊直前”って事かな。
緞帳で仕切られた奥のステージへと入る。ステージ裏って事。ステージ裏には、先程の倍とも言えるぐらいの音響照明器具がある。だがこれは壁際にしっかりと設置されている。だから、そこまでごった返す内容では無い。少し見回すと、馴染みのある収納ケースを見つけた。中身は見なくてもわかる。ギターだ。久々の再会をしたのに、また会った。触るしかなかった。今の私の気分が晴れる唯一の娯楽。音楽と向き合う事は私にとってのアロマセラピー。試練の数々だったけど、ギターに触れていると忘れられる。だけどその代わりに、ジョエルの事を毎回思い出すんだ。気がつくと、いつも同じ歌を歌っている。弾き語り…。サマなことをしてる…。始球式みたいな?捉え方合ってるのか判らないけど。私の中でなんとなくそうなっている。ギターを持つと必ず最初に弾く曲。ジョエルが初めて教えてくれた曲だから。
──
君を失ったら、我を失ってしまうだろう。
──
[Birthday Present]
3年前───。
「それっぽくなってきたな。」
「はぁ、、下手すぎ。」
「指にタコができれば、上手くできるさ。さっ、行くぞ。」
「えっ!着いたの?」
ジョエルに連れられて、森林地帯にやってきた。一体なんだろう…。私を何処に連れていく気だろうか。最近のジョエルはなんだかずっと様子がおかしかった。何にも教えてくれずに、「楽しみにしとけ。」とだけ。だから私の期待値はグングン上昇中だ。これは現在進行形。ジョエルはこの期待値を乗り越える事…できんの!??ちょっとシンパイ…。
「当ててみせる。」
「お楽しみにしなくていいのか?」
「うーんと、恐竜?」
「内緒だって言ったろ?諦めろ。」
「うーーーん、オープンカー??」
「もう諦めろ。」
「ワンコとか?ニャンコ?」
「子猫だろ。」
「ニャンコ。」
狭い道になった。枝を退けてくれたジョエルが、私を優先して先に進ませる。次の瞬間、ジョエルが私の背中を押した。びっくりし過ぎて、リアクションも全然できななかった。
「なに考えてんの!?」
「お前すごい顔してるぞ。」
「溺れるでしょ。」
「溺れはしないよ。この川は穏やかだ。安心しろ。」
「マジむかつく。。」
「ほらこの先だぞ。」
「はいはい…今に見てろよ…。」
「泳ぎ上手くなったな。がむしゃらに漕いでたのが、懐かしい。」
「バカにしやがって、クソじじいが。腕全体で水をかく…でしょ?」
「よく覚えてるな?」
「あんたの教えがしつこいんだよーお?」
「流石だ。」
「あーあ。」
川から脱出して、ジョエルの元へ行く。ずぶ濡れの私と、なぁんにもなってないジョエルの格好。ちょームカつく。
「おい、エリー、あれを見ろ。」
「え?なに?」
ジョエルが少し先にいる、鹿を発見。私の目を促す。その誘いを受けて、その隙に私はジョエルへ仕返しをした。ビックリした声を出すジョエルの声があまりにも情けなすぎて笑えてくる。
「どんな気分ー?」
「スッキリしたね。」
「落っことされるの、やな気分でしょ?」
「どっちみちここを泳いで行かなきゃならないからな。」
「しかえしされて、ムカついてんのー??」
「ああ、すっごいムカついてるね。さぁお前も来い。」
「ったく…。」
結局、私も川へ飛び込んだ。もうなんなの…。全く私の思い通りにならない。いつか真っ向に、私がマイナスにならないような状態にしてやる。
「新しいスニーカーくれるの?」
「もう十分持ってるだろ?」
「足りない。」
「もういいや、当てるのなし」
「そりゃあ結構。」
「いや、、、今の嘘。DVDコレクションとか?待った、コミックコレクション?」
「そうだ。」
「えぇ?マジ?」
川から上がって、森林を進む。木が段々と、私達が進む道を開けてくれる。その果てに着いた。私の目の前に現れた光景…。それは息を呑む、憧れの場所だった。
「ジョエル…ちょっとこれって。」
「着いたぞ。」
「ウッソ!やば。恐竜じゃん。」
「どうだ?」
「ジョエル!」
嬉しすぎた。憧れの恐竜を初めて目にした。ティラノサウルス!模型だけど。でもその崇高さは異常だった。肉感とか、肌の感じも図鑑で見ていた通りの内容。ていうか、それ以上のもの。やっぱり直視するのとは全く違った。私の4倍はある身長。
「恐竜の王様か…。デッカイ。」
日記にティラノサウルスの全景を描いた。記憶と記録。文字に起こすのが好きだ。記憶というのは、必ずしも永久に残るものでは無い。良いものも悪いものも、自分の都合とは関係なく、次々と自動的に処理されていく。人間のメリットデメリットの大きな事柄だと思う。だけど『記録』は一生残るものだ。10年後50年後100年後…。たとえ記憶で忘れたとしても、記録を見れば不思議な事にその時の視界映像が鮮明に蘇る。ほんとフシギ。まるで昨日あった事のように思い出すの。めちゃくちゃ目が悪かった人が、度入りメガネをかけたみたいにね。どんなに時が過ぎても、腐らない“エターナルメモリー”。最高だよね。『リメンバーミー』だよ?
ティラノサウルスはまだまだ序の口。この先に見えたのは、これまたでかい建物。
【ワイオミング歴史科学博物館】。
博物館入口で、パンフレットを手に取る。私にとっては『恐竜の本』。エントランスでは、恐竜の化石がお出迎えをしてくれている。
「これは…ヴェロキラプトルだな。」
「え?ざんねーん、これはディノニクスです。」
「いや、映画で見た事あるが、これはヴェロキラプトルだぞ…うん。」
ジョエルの記憶と本の内容が乖離している。まっ、どっちでもいいや。恐竜かっこいい!ってだけで十分。
【GIANTS OF THE PAST】
ここは恐竜エリア。うんちをいっぱい出すブラキオサウルス、三本角のトリケラトプス、脳みそ枝豆サイズのステゴサウルス、頂点捕食者のディメトロドン、鳥もどきのガリミムス。どれもこれも特徴がある。骨の形も違うし、発達部位もぜんぶ違う。見応えしかないな。最高の場所。ずっと羨望してた場所。目の輝きが止まらない。
「博物館良く行ったの?」
「ああ、サラが好きでな。テキサス中の博物館や美術館に連れて行かれたよ。」
「へぇー、サラと仲良くなれたかも。」
「きっとなれたよ。エリーならな。」
サラに会いたかったな。金髪だって言ってたっけ。一緒にジョエルの愚痴を言ったり、ディーナとも仲良くなれたはず。でもサラがいたら、多分ジョエルは運び屋やってなかったから私と会えてないかも。運命の分岐路…だね。
階段を上がる。ここからは違うエリアのようだ。ゲートを通ると、そこは科学エリア。もっと詳しく言うと宇宙力学と銀河内星間サイエンスホール。
「ジョエル、星の名前言える?」
「えっと、水金地火木土天海冥…だっけな。」
「急にどうしたの?」
「覚え方だよ。」
「あー、なるほど。」
「ジョエル問題。初めて宇宙飛行した動物は?」
「猿だろ。」
「ぶっぶー。正解はハエ、高高度の放射線被爆を実験したんだけど死ななかった。」
「驚いた…物知りだな。宇宙関連の本は沢山読んだのか?」
「だってジョエルワクワクしない?」
「んー、どこが?」
「うーん、昔の人は楽しても暮らせてた。」
「まあ、どちらかと言えばそうだな。」
「でも行く必要のない宇宙にわざわざ行ったんだよ?すごく度胸ある。」
「なるほどな、そういう事か。」
サターンV。歴代の打ち上げられたロケットが9つある。その模型の中で一番でかいロケットがサターンV。
「スペースシャトルの遮熱剤は砂で出来てるって知ってた?」
「分厚いゴムかと思ってたよ。」
「ううん、砂。」
国際宇宙ステーション、通称ISS。アメリカ、ロシア日本、カナダ、ヨーロッパによる5つの宇宙機関が共同開発及び、参加した多国籍合同プロジェクト。人類の未来を切り拓く、宇宙研究を沢山行った場所。色んな国の人達が同じ場所に集まって、実験してたなんて、なんて優秀な人達なの?大尊敬だよ。
ローバーと言われる地球外惑星探査車の模型。友人月面調査を成功させたアポロ計画の時に移動手段として使用。操縦桿がハンドルの代わり。即動力のある自律型だから、天体での情報伝達のしやすさで重宝されてたんだ。
「人類は月に何回行った?正解は6回」
「ほんとか?それ」
「うん、絶対。7回目は私。」
宇宙ポッド、その模型。中身は宇宙船そのものコックピット。興奮ものだ。ジョエルと一緒に搭乗した。
「誕生日おめでとう。」
ジョエルが突如、カセットテープをくれた。
「こいつは、相当苦労して見つけたんだぞ?」
そのカセットテープを受けとり、持参したプレーヤーに差し込んだ。
「目を瞑って。きっと気に入るはずだ。」
「わかった。」
イヤホンを着けて、目を瞑った。
聞こえてくる音。私が大好きなやつだ。ロケット発射時のコックピット内と管制塔の状況音録が流れる。目を瞑ると、状況は脳内で再生された。宇宙映画で見たあの光景を照らし合わせて、自分自身の映像として構成。管制官の音声がリアルで想像描写に拍車がかかる。
極短時間“イマジナリーシアター”による宇宙の旅を終えた。
「気に入ったか?」
「気に入らないわけないでしょ?」
「そりゃあよかった。」
「ありがとう!ジョエル。」
「それじゃあ、他の場所も見て回るか。」
ジョエルからロケットのピンバッジを受け取る。地球帰還の記念品だ。リュックに付けた。私の宝物認定。
宇宙エリアを後にする。また来たいな。まだ先へと進める扉がある。だけどその先は、道が決壊していて思うようには進めなかった。だけど、下には行けそう。川になっていた。方法は一つ。飛び込む。
「エリー!そうやって皆を困らせているのか?」
「早く来なよ!」
「やだね!」
「ちょっと、誰の誕生日だっけぇ?」
真向かいの棟。まだ博物館は続いている。だけど、入口がビクともしない。上を見ると、入れそうな侵入経路があった。あ、ジョエル飛び込んだよ。
「あそこ、入ってドア開けてくるよ。」
「本気で言ってんのか?」
「今更ビビってんの?」
ジョエルの手を借りて、私は中に入った。
「残念なお知らせ、こっちから開けれない。」
「そうか、なら他の入口を探してみる。」
ここからは、私単独行動。
ここは【自然史センター】。動物って事か。ここには動物の模型が沢山ある。中でも目立つのは、大きなヘラジカが6体の狼に襲われている模型。その模型の頭上はステンドグラス天蓋になっており、陽光が射し込んでいる。それも相まってとても神々しい。
この棟は先程とは打って変わって暗い。太陽の光が全く入っていない。懐中電灯を使おう。道を進むと、壁にペイントされた文字を多く目撃する。
──
【ゲートにいた4人の兵士、最後のやつは泣き喚いた】
【拷問した女、自分の血で窒息死した】
【野営地の忍び込んだ流れ者ら食べ物が欲しかっただけ】
【爆発に巻き込まれた子供、止められなかった】
──
音が聞こえた。誰かが何かが、動いた音だ。このペイントと関係がありそう…。ピストルを構え、臨戦態勢をとる。
せっかく動植物の模型があるのに、眺めることができない。その音は、再び聞こえた。
「さっさと、出てきな。」
感染者だったら、いいな。もしこのペイントの主なら…。面倒事はゴメンだ。今日誕生日だよ?イカレ野郎に出会す誕生日なんか嫌だ。
【光なんてどこにも無い】
決めつけやがって。次の区画に着いた瞬間、イノシシが猛突進してきた。はぁ、ビックリした。音の主はこいつだったか…良かった。
「エリー?」
「ここ。」
ジョエルが非常口から現れた、よかった合流できて。
突進され、起き上がった私に映されたのは、ファイアフライのマーク。その下には【うそつき】と書かれている。
「さぁ、もう行くぞ。」
私は、心のどこかで未だに思っている。ジョエルが、まだ何か隠し事をしているんじゃないかって。でも、ジョエルは言った。「誓うよ。」って。私は信じたい。ジャクソンに着くあの時に、ジョエルとの関係性以外全てを忘れたかった。信じたいけど…。だけど…。やっぱりこの気持ち。気持ちが悪い…。とても心が晴れない。病院で何が起きたのか…。不都合な真実。そんな想いは、今日を境に強くなった。
◤《シアトル 2日目》◢❈
[血の連鎖]
時間が判らない、かなり長い事眠ってしまった気がする。目を覚ますと、無線機器の音が途切れ途切れに聞こえる。
「なんだろう?」
無線機器の部屋へと向かう。
そこには、ディーナがいた。無線機器をいじってアンテナを復旧させてくれたみたいだ。復旧すると、無線機器からはウルフの連絡網に繋がった。学校での出来事も会話として聞く事ができた、という。オーウェンという男の話もしていた。
「トミーが捕まえたかも。」
無線機器からアビーの情報は無かった。
「ロメオ隊2区への出動を要請。繰り返す…」
「いい?数字は場所を表してる。テレビ局は6区。2区からの発信が多いからそこが拠点。」
「ねえ、昨夜はごめん。言いすぎた。」
「いいの。」
「14区で死傷者多数。出動可能部隊は応答せよ。」
「こちら13区リマ隊。スカーか?」
「スカーでは無い。男の侵入者一人を確認。」
「トミーだ。14区はどこ?」
「あんまり自身は無いんだけど…。」
「良いから言ってみて。」
「ヒルクレスト。」
「判った。」
トミーを救出するため、ヒルクレストへ向かう。エントランスの封鎖した扉を開ける。ディーナの体調は優れていない…。
「ねえ、私が行く。ディーナ休んでて。情報集めしといて。」
ここからは一人で動く事に決めた。
ディーナから御守りとして、ブレスレットを受け取った。こんなの意味ないけど…。形から入りたいタイプなんだよねディーナって。絶対に無事に帰って来よう。振り返る事無く、私は雨の中、劇場を去った。
ヒルクレストに着いた。天気が晴れ、視界も良好。成長した草木が建造物を巻き込んでいる。シアトル中枢区域から離れたヒルクレストは落ち着いた住宅街のような場所。そんな観光気分に浸っていたのも束の間、銃撃音が木霊する。間違いない…ここで誰かが戦闘を行っている。トミー、お願いだから無事でいて。気を引き締めて進もう。
┠──────┨
▼WLFルール厳守
1.WLF兵士の命令には従う
2.FEDRAの協力者は処罰対象
3.指定されたエリアを離れる際は許可が必要
4.追って通知があるまで夜間外出禁止
────────────◇
へぇ。
【マドラーナベーカリー】。パン屋か。パンって美味しいんだよなぁ。たまにしか食べれないけど、結構めんどくさいんだって。作るのが。住民皆好きだから、すぐ無くなっちゃう。ステーキサンドイッチ食べときゃあ良かった…。
服屋か…。スーツジャケットとかカッコいいよね。女はシックに決めるんだってマリアが言ってたな。しかも黒だって。今なんか、余裕無いから着れればなんでもいいもん。昔みたいに、迷うぐらい沢山の選択肢が欲しい。
トラックを攀じ登ると、車の走行音が急接近してきた。ウルフだ。荷台に4人座ってた。応援部隊だ。この光景を見るのは、3回目だ。ヒルクレストに向かう道中にも、確認できた。だから、メインルートを進めなくてかなりの時間をかけてここに着いた。普通に来たら直ぐなのに…。
ウルフ車の後を追う。道路は危険なので、脇道を使って接近する。コーヒーショップの屋上から、新たな道を見つけ、その道へとジャンプ。下へ降りた。降りた先はコンビニのような雑貨屋。だがその場所から聞こえる人の声。まずい…と思って急いでそこを避ける。アイツらは犬を連れていたようだ。その犬が私の移動音を察知し、鳴き声を発した。昨日小学校で見た応援部隊のシステムだ。厄介な捜索隊。とにかく犬を殺そう。いや、殺すのは無理だ。人が多すぎる。少しの物音で犬が気づく所の問題じゃない。なるべく戦闘は避けよう。奥に赤の扉がある。ヒルクレストは住宅街で、そこまで外装が壊れていない。隙間も通れるし、身を隠すことができる。上手く行けば一切の戦闘を行わずに、先へ進める。そんな事を考えている内に、半分まで迫った。扉の付近には守り人がいる。先程居た所に、敵が集中した瞬間、こいつにサプレッサーをお見舞いしてやろう。そのシーンが訪れた。作戦は成功。犬が気づくことも無く、無音での戦闘を終えた。扉を固く閉めたその音は、ギシリと鈍い音がした。鍵をかけ、赤い扉の部屋にあった家電を横倒しにした。犬は咆哮し、敵兵もここを無理矢理こじ開けようとしている。近接武器を勢いよく振り払う音が痛々しすぎる。早くここから去ろう。
奥に階段が見える。高台に続いている長い階段。そこまでの道が遮断されてしまっている。こんなの全然珍しくない。いつもメインルートなんか使えた事ない。建物内部を探して、奥へと行けるルートを探す。
玩具屋。腐敗の進んだ感染者。この店には地下がある。これが暗示する未来は余裕で予測できた。感染者の巣だ。感染者は群れを一つに融合させる事で集合体となる。その前身がシャンブラー、ブローターだ。下に潜るのはやめておこう。
ペットショップ。それと飲食店も同じ建物内に併用されている。その飲食店にシャンブラーがいた。奥に居たから、銃の集中砲火で撃破。シャンブラーは倒された後の悪足掻きがキモい。酸の爆発を起こして、戦闘行動を終え、気が緩んだ人間を道連れにしてくるのだ。死ぬんだったらさっさと死んでほしいのに。
建物を出て、高台に続く階段を上る。そこに前触れも無く、爆発音が聞こえた。車の音だろうか?とても銃撃音には聞こえない。火器の可能性もある。何かが破壊された音…。願ってもいない地獄を予感せざるを得ない。
「ねぇ、もう一人侵入者がいる、女だよ。」
その地獄の巣窟にいつの間にか迷い込んでしまった。再び現れた犬を連れた捜索隊ウルフ。うじゃうじゃいる。
「あの黒煙はなんだ?」
「トラックを吹っ飛ばされたんだ。」
連続する住宅街に次々と押し寄せるウルフ。私の姿を視認された。敵の数が半端じゃない。それに加え音と匂いに敏感な犬がいる。戦闘を余儀なくされた。建物を使い、一人ずつ確実に殺していく。血の噴出が止まらない。だが私は一滴の血を垂らさずに仕留めている。私は強い。感情的に動かずに、ここまでの戦闘行動を起こしている。自分自身を強気にさせるには、もってこいの狂乱の宴。殺して殺して殺して殺して…何人殺したか判らない。数え切れないぐらいの大群がヒルクレストに来ている。トラックの音もまた聞こえてきた。時間なんて全く判らないけど、20分毎には来ていると思う。逆にそんだけ兵士を使っているのに、未だに私に傷一つ与える事ができていないウルフ。
クソ野郎ども、来い。まだまだ殺し足りない。銃弾も住宅街に沢山落ちているし、殺した死体から奪えるから、そんなことを困る必要が無い。テクニカルショットを決め続ける。単独行動をして、各区画に散らばる者は弓矢を使い隠密に殺す。
今の自分に問題なのは、怪我による身体の損傷ではなく、急に走ったり、障害を飛び越えたり、高い所からの飛び降りなどのパルクールアクションの連鎖による体力の消耗だ。息切れが激しい。時には匍匐前進をして戦闘を回避もしたが、相当疲れる。やばい…一時停止が1番辛いかもしれない…。ウルフの声が喧騒している。発煙弾を投げ込まれ、視界を奪われてしまった。どこから敵が現れるか判らない…。危機的状況に陥ってしまった。敵の動向を最大限に注意する。だが、この煙の量。投げ込まれた発煙弾は一つでは無い。これでは相手も判別がつかないと思う。煙の中から、棒打を食らった。バットだ。この振り払いで少し、煙が晴れる部分ができた。そしてその晴れた部分に人影を見つける。そこへ、最大出力のナタを振り切る。これは見事命中し、相手の狼狽える声が聞こえた。そこにナタを何発も何発も食らわせた。
顔面が血塗れになり、煙よりも血の影響で視界が見えなくなった。私へバットを振ったやつを殺し、付着した血を顔から拭った時には、煙が晴れていた。
そこにもう一人ウルフが現れたが、私を見るに降参の態度を見せた。私の様を見て怖気付いている。
「わかった…見逃すから…行け…。」
そんな事信じれる訳ねぇだろ。頭蓋をナタでカチ割った。骨に直撃する感じが、身に染みて感じた。
疲れが一気に来る。歩いている方がまだ楽な状態。でも後ろから、前から、次々とウルフはやってくる。立ち止まらずには居られない。囲まれたら即死だ。とにかく動く。今の私に課せられた断続的ミッションだ。そのミッションの行く末は、障害を飛び越えた先に、突然訪れた。
私の口元を塞ぐ謎の男。
「俺だよ。」
その声色で誰なのか、すぐわかった。
「なんでここにいるの?」
「俺だけ仲間外れか?ディーナは?」
「無事だけど…。具合悪くて。」
「なんだそれ。」
「まぁ平気だよ。」
ジェシーには、シアトルへ行く事を言っていなかった。ジャクソンのごく1部の人間にしかこれは伝えていない。助けに来てくれたんだ。とにかく心強い。
「怪我してるの?」
「へっちゃら。」
「一人できたわけ?」
「お説教はあと。」
驚きの再会も束の間、私達の目の前にいるのはウルフ。それも決して少ないとは言えない、5人程度のグループでいる。そのグループが乗ってきたトラック。
「あのトラック、使えそうだな。」
「マジで?」
敵兵捜索地帯ヒルクレストを脱出するには、あれを使うしかない。ジェシーのアングラな提案だが、受け入れるしか無かった。まずはそのトラック周辺に屯している、ウルフを叩きのめす。
ジェシーはライフルの使い手。奥にいた3人を仕留めて、他のメンツが動揺した所を私が撃ち抜いた。後の2人は、銃を所持していなかった。近接武器のみでこちらに突進してきた。私の事をバカにしてるのか?こいつは。楽に殺してやった。残った1人は足元を撃って、身動きがとれなくなったザマを、ナタで一振。眼球が飛び出た様はいつにも増して爽快だ。
トラックを強奪。ジェシーが運転を担当し、私は援護に回る。エンジンをかけて、急いでヒルクレストから抜け出す。だが、背後から追っ手の影。トラックが猛追を仕掛けてくる。私達と平行に並び、横から銃撃してきた。やられたもんは全部やり返す。運転手を狙い定め、トラックの動きを止めた。そのトラックは街灯にハイスピードで突撃。爆発した。その爆風が私達のトラックも巻き込み、自由を奪われる。ハンドルで軌道修正を行い、何とか持ち堪えた。走らせると感染者の大群が道路を塞いでいる。
「ここしか道は無い!」
「マジ!?」
ジェシーは迷わず、その道を突っ切った。グチャグチャと肉の音が聞こえ、フロントガラスは血液で塗りたくられる。ボンネットが吹き飛び、その中に感染者の肉片が挟まりまくっている。タイヤからも肉質が感じ取れる。感染者の肉でコーティングされた地獄の車。その地獄を更なる場所へと誘うかのように、突っ切った大群から、1体の感染者がフロントドアに手を伸ばしてきた。感染者の勢いは凄まじく、エリーの身体を外へ引っ張り出そうとしていた。ジェシーの銃撃で事なきを得たが、その影響で私がフロントドアを開けてしまったがために、私側はガラ空き状態となってしまう。無我夢中で走り抜けるトラック。住宅街の道路から外れ、木々が生い茂る地帯を抜けた先は川だ。急ブレーキなど掛けれるはずもなく、私達は川に飛び込んだ。
川はそこまで深い所では無く、なんとか無事に地上に戻ることができた。死を伴う危険なカーチェイス。怪我一つないのは、不幸中の幸い。あれだけのカーチェイスをしたのに外傷ゼロ。運良すぎ。
「大丈夫?」
「超余裕。」
「あそこに、ディーナがいる…。行こう。」
近くに劇場がある高層ビルを確認する事ができた。私達はクタクタになりながら、そこへ向かった。
「ディーナ。」
「エリー…。ちょっと嘘でしょ?」
「いてて…」
「ごめん、怪我した?」
「まぁちょっとな…。」
2人の関係性を少し空いた距離で見る私。
──
「マリアは知ってるの?」
「言わずに来た。お前ら放っておけないし…具合は?」
「お腹痛いだけ大丈夫。いつジャクソン出たの?」
「1日後、オレゴンが大雪で、追いつくために、徒歩で18時間毎日歩いてさ…」
「ベイカーシティね、確かに降ってた。あそこは地形変化で天候が急変するのよね。えっと、、まさか自慢してる?」
──
2人の距離関係…。そうか、お腹の子は…。色々と察しがついた。2人の会話に、私が入れる余地はなかった。私はなんだか2人と同じ空間にいたくなくなった。恥ずかしいとかそんな幼稚な考えじゃない。ただ邪魔なんだ。今の2人には私は部外者。特別な関係の人と、久々に会ったんだ。理解はできる。今の2人に、私は必要ない。
[明け暮れの霊峰]
2年前───。
「エリー?エリー?」
「えぇ?」
「おい、聞いてたか?」
「うん…」
「そうかい。」
この日は、ミラー兄弟と一緒に、パトロールを兼ねたお散歩。ジョエルは先のロープウェイにてお留守番。今はトミーと一緒にいる。トミーはジョエルとは真反対に、お喋りで色んな事を教えてくれる。終末前の世界を事を特に聞くんだ。
最近よく聞く話は、美味しい食べ物かな。今じゃあ作れない、甘いあまーいスイーツ。食べてみたいなぁ。トミーは話上手だから、食べ物の話を聞くと、いっつもヨダレが口に溜まる。聞いてるだけでお腹が減るんだ。そんなトミーとデート中。スコープ付きライフルを『今日こそ』撃たせてあげるって言うからついてきた。でも結局いつも、撃たせてくれない…。「エリーにはまだな…。」って。早く撃ちてえ。
「どうした?」
「ううん、考え事してただけ。」
「いつでも相談に乗るぞ?」
「はいはい。」
トミーはいつも優しい。私なんかを気にかけてくれる。お兄ちゃんみたいな感じかな。ジョエルは…、お父さんって感じ。なんでかな…。ジョエルとトミーは兄弟なのに、なんでジョエルはお兄ちゃん的な感じで見れないんだろう…。別に怒られても言い返すし…てか大体喧嘩した時はジョエルが悪い側だから、こっちが強く言い返せるんだよね。でも全然曲げないの。こういう所が兄貴肌を感じないのかな?へんなの。へんな感覚。
「やるか?」
「え!?いいの?」
「今日は気分いいしな。」
「やったね。」
トミーが珍しくスコープ付きライフルを試し撃ちさせてくれた。遠方にいる小屋の周辺に感染者がいる。その感染者は百葉箱の隅に倒れている猪の死体を貪り食おうとしていた。トミーに、「あそこを狙ってみろ。」と課せられた。私の狙撃能力はジャクソン1。片手銃捌きならトップクラス。だけどライフルの使用には、ライセンスが必要。
1ヶ月に1回ある、射撃テストをクリアすれば『小銃使用許可証』を発行してくれるんだ。射撃テストは『ライフル』『弓矢』『ショットガン』の3項目。残すは、ライフルだけだった。本当は許可証必要だけど…今日は特別。ライフルの狙撃スキルは難易度が高い。肩に負担をかける力を異常に使うし、精神集中を高めなければロックオンの射程圏内にはハマらない。私も私以外も小銃許可証には、結構時間を食っている。
射撃テストの発足は、兵士の戦闘練度を向上させるためだと言う。誰でも彼でも、銃を所持する事はできる。だが使用となると、使用者にはしっかりとした責任を負わせなければならない。そのためにテスト制度を設けて、正真正銘の『兵士』を作り上げる。安定した社会システム、問題発生時の即座の対応、防衛態勢。最終的にはジャクソンのオールハブターミナルを統率する当該制度。
ジャクソンはルールを設けている。住民が安心安全に、快適に暮らしていくのに必要な決まり事。勿論、エグいルールは無い。人道に沿った内容だ。ルール違反したら、重いペナルティとかそういうのは無いけど、まぁある程度の嫌な目で、白い目で見られる感じなのかな。違反した人を見た事が無いから私は判らないけど。
感染者を駆除した。かなり精度のいる狙撃内容だったけど、トミーの助力もあってなんとかいけた。
「上手いな。上出来。」
「ありがと。」
「テストここでやってもいいな。」
「えぇー、ここは、、、」
「なんだ?嫌か?」
「いや、イイよ?やってやる。」
「その気だ。」
ライフルをトミーに返して、私達はジョエルの所へ帰る。
「こんな事言うのもあれだが、ジョエルが心配してるぞ?」
「別に…心配する必要ない。」
「そうだろうけどな。ちゃんと口利かないと、何かあったと思うだろ?」
「ちゃんと話してる。」
「挨拶だけじゃなくて、会話だよ?」
「はぁ、わかった、努力する…。」
ジョエルとは最近上手く会話できてない。それは私も判ってる。ジョエルも私の事を思ってくれてる。私はずっと気掛かりになっているんだ。ジョエルと密接になると、いつも心に異物が発生するような気分になる。その異物を吐き出したいんだけど、吐き出せずにいる。いや、いつもその直前でジョエルが止めに来るんだ。その時のジョエルの顔が、それが更に異物を増殖させる。ジョエルがいるロープウェイ発着場の休憩所に着いた。
「さっきの、お前たちが撃ってたのか?」
「エリーが感染者で銃試してたんだよ。」
「どうだった?」
「良い感じ」
「そういえばな、エリー、ギターの弦、替えてないんじゃないか?」
「替えるものなんだ。」
「ああ、それじゃあ、新しいやつ見つけよう…な?」
「下に楽器屋があっただろ?ギター用品もあるさ。2人で行ってきたらどうだ?見張りは任せろ。」
「どうする、エリー。」
「行こっか?」
私とジョエルは、楽器屋へ行く。そこにトミーがついてこないのは、なんか…来て欲しい…と少し、少しだけあった。でもこれは良い機会だ。去り際、トミーが私に、アイコンタクトをしてきた。私達だけの空間を作ってくれたんだ。優しいのか、ありがた迷惑と言うのか…。休憩所の扉の傍に、『サベッジスターライト第6巻『降着』』が置いてあった。私の好きな漫画だ。
「なんでこれがあるの?」
「それは、ジョエルのだよ。」
ジョエルはこんなの趣味に無い。となると…。
2人での乗馬行動なんて、久々だ。ジョエルはすすんで私に話しかけに来た。
「感染者に出会したのか?」
「尾根に2匹いた。そんだけ。ジョエルは?」
「家にランナーが2匹だ。パトロール、うまくやってるって、ジェシーから聞いたぞ?そろそろペアで行けるんじゃないかって。まぁ俺に言わせてみれば、まだまだだけどな。」
「銃の腕なら、殆どのやつに勝ってる。それに他の新人に比べたら、全然私の方が上ぇ。」
「エリー、お前がやれるって言うなら、やればいい。」
「そっか…ありがとう。」
「ただ、短いルートから始めるんだぞ?いいな?それで様子を見てみろ。」
「わかった!」
なんだか今日のジョエルは優しい。会話の一つ一つの文が配慮と気概に満ちていて、全てが私に語り掛けられる。私が避けてたからなのかな…元々ジョエルってこんな感じだったのかな。
「お前が読んでた、『サベッジスターライト』って漫画覚えてるか?トミーとあの学校を通った時、何冊か見つけたんだ。」
「面白かった?」
「いや、俺の好みでは無かった…ダニエラスター博士は…」
「残忍でしょ?」
「特にキャプテンライアンとのデスマッチの場面。」
「あれはキャプテンの自業自得、笑えるよね。」
「ああ、そうだな。」
もしかして、私の趣味を理解しようとしてくれてるの?あのジョエルが?信じられない…。拒絶していた訳じゃないけど、いっつも「いやー俺は大丈夫だ。」とか言って、下手な回避をずっとしてきた。その反応が連続したから「もうなんなの!」とか言って、ぶん殴っちゃったりもしたっけ。ディーナとかが止めに来て、ちょっとした騒動に発展したな…。良い思い出…かな?今となってはね。
ジョエルと馬で下山し、楽器屋に向かった。そこまで遠くはなかった。馬を降りて、楽器屋へと続くホテルの入口を探す。だがその入口は、ワードローブ等で封鎖されていた。仕方なく別の入口を探すと、通気口のような人1人入れるスペースを発見。
「ジョエル、あそこに私を入れて。」
「わかった、気をつけろよ。」
「よゆうだって。」
ジョエルに肩車をしてもらい、通気口に入った。そこからホテル内部へと入る事が出来た。ジョエルが入れる侵入経路を探す。真っ暗だ。懐中電灯をつけなければ何も見えない。横長のベット、今はボロいけど気品のあるトイレ、いかにも『ホテル』って感じね。非常口と思われる扉を見つけた。その扉からジョエルの声がする。
「エリー?」
「ここね、今開ける。」
この扉は鍵が掛けられているだけ。こちらから解錠した。
「どうすごい?」
「別に、もっとちゃんと食べろ。細すぎだ。」
「あァん?もう…。」
ジョエルがこの区画から出られそうな、隙間を見つける。その隙間からは胞子が舞っていた。
「エリー、マスクをつけろ。」
「え?2人だけなのに?」
「誰かに出会したらどうする?」
「はぁ、めんどくさ。」
私の抗体持ちは、誰かに見られたら、問題に発展するようだ。ちゃんと皆に説明すれば、わかってくれるかもしれない。だけど、ジョエルはそれを許してくれなかった。私はそれに納得した。だから今はもう、この事は誰にも話したくない。そう思っている。感染の免疫を持っている…なんて、そんな事信じられるわけ無いもんね。私だって簡単には信じない。
次第に胞子が増殖している。感染者の巣窟とも言える証の、『菌の苔』がホテル内に発現されている。ここに巡回は来てたけど、ジョエルは見過ごしていたようだ。これは、マリアにキツく言われるな。
内部は床の崩落により、1階と2階に道ができており、進路が結合されている。自殺し、感染者と成り果てた姿が幾つかの部屋で確認できた。2階へと行く。その結合進路の果ては行き止まり。だが、その下を見ると1階に繋がっていた。結局2階は行けずじまい…。再び1階を彷徨う。展開された1階の扉の向こうは【受付ロビー】と書かれている。そこからは聞き覚えのあるクリック音。感染者だ。しかもクリッカー。まぁいるよね。
「パトロール中でしょ」
「そうだな。やっとくか…」
「はぁ…。」
こんな戦闘をするつもりで、ここに来てないのに…。扉を開けると、多数の感染者がロビーを徘徊中。音と目で判る。クリッカーがめちゃくちゃ多い。しかもよりにもよって、このロビーは狭い。戦闘に不向きなフィールド。ジョエルが次々と進軍し、クリッカーをステルスキルしていく。やっぱりジョエルは強い…。それに自惚れずに他の敵を倒していく。クリッカーを倒した時の反動が床に響いてしまった。それにより、感染者が一斉に私達の方を向き、襲いかかってきた。ここからは攻撃あるのみ。銃撃し、難なくロビーの感染者を一掃した。
「これだったら最初から撃てばいいんじゃない?」
「いや、なるべく隠密に頼るんだ。弾を大切に扱え。そんな簡単に銃を選択してはダメだ。」
「うん、わかった。」
受付ロビーを去る。
壁裏に人が通れる程度の極狭道がある。両側が壁になっているかなり狭い道。鉄パイプが張り巡る、普通なら決して人は通らない、道とは言えない道。この周りには、杭を打たれ封鎖された扉。極狭道…そこを通るしか無かった。その道を通っていると、次第に聞こえてくる異形の足音。その足音と共に、それはクリック音の肥大化とも言える、耳を腐らす怪音が私達を襲う。そいつが姿を現した時は、私の眼前に菌のプレートで構築された腕が飛び出していた。その汚い腕が私を投げ飛ばした。壁が破壊され、奴がいる部屋に強制的に連れていかれたんだ。こいつはブローターだ。ジョエルが後ろから発砲を開始。その攻撃により、ブローターの気はジョエルに向けられ、倒れていた私は助かった。ジョエルは攻撃の手を緩めず、撃ち続けた。私も加勢。両脇からの発砲にはコイツも為す術なく撃沈。かなり危ない展開になっていた。
「ありがとうジョエル。助かった。」
「ああ、これは危なかったな。」
「大丈夫?」
「ああ、歳食ったってこと以外にはな。」
先へと進むと、そこはフィットネスルーム。筋トレ器具か…。ジャクソンにもいっぱいあるな。体づくりは最低限やっておかないとね。銃の扱いにも、筋力は必要だし。ショットガンなんて最初は、誰かが後ろから引き倒したんかと思ったもん。筋トレは命。
「ディーナとジェシーは、付き合ってるのか?」
「えぇ?まぁそんな感じかな。」
「ジェシーとは、お前はどうなんだ?」
「はぁ?別に普通の関係だよ?」
「そうなのか?俺は結構勘がいいんだぞ?」
「ざんねん、的外れもいいとこ。」
「そうか…」
「期待してもムダ。」
ロッカールーム、トイレを抜けて、更に奥へと進む。進んだ先の部屋には、新品の遺体。殺された…いや、
「去年逃げ出したカップルだよ。」
「そうみたいだな。」
遺体の近くにある机には、遺書と思われる置き手紙。こんな所に誰も来ないかもしれないのに。「命を絶った」って。自殺か…。アダムとシドニー。人生を諦めたんだ…。
「免疫さえあれば…。」
「なぁ、エリー、トミーと合流して遺体を運ぼう。」
「ファイアフライの病院から逃げ出した時、あたしみたいな人が大勢いるって言ってたよね。」
異物を吐き出すチャンスだと思った。
「ああ、そう聞かされた」
「免疫を持つ人なんか会ったことない、ジョエルは?」
「隠してるんだろ、お前みたいに」
「ほんとにそう?」
「今話さなきゃいけないことか?」
「あんなに苦労して、あたしをファイアフライの病院に連れて行ったでしょ?聞きたいこと沢山あったのに…、なんで意識を失ってる間に私を連れ出したの?なんで気づいたら、車にいたの?」
「あいつらの検査方法を見て、無能だと感じたんだ。」
「なんでそんなこと判るの?時間を上げれば、他の方法が見つかるかもしれないのに」
「エリー、治療法なんてこの世に、存在しないんだ。他の人を助ける方法なんて無いんだ。その事実を変えられるなら俺だって変えたいさ。この子達を家に連れて帰ってやろう。他に言いたいことがないならな。」
────
「ない。」
────
私は諦めた。もうこれ以上責めても、何も聞き出せない。私の突き放したような、この言葉はこれから先のジョエルとの関係性を、徐々に歪なものにさせる兆候でもあったかもしれない。
「そうか、行くぞ。」
[高速5号線]
現在──。
傷を縫合する。ディーナがこの間で無線機器から傍受した内容を教えてくれた。『ノラ』という女。この女はあの時ロッジにいた。そいつがウルフの前哨基地として使用している病院にいる、というのを受け取ったらしい。病院は物資の収集所として機能している、という情報も入手したようだ。
「エリー、ちょっと今行くの?」
今行かなきゃダメなんだ。敵が移動するかもしれないし、もしかしたらアビーがいるかもしれない。ノラと一緒にロッジにいた…という事はそこそこ親密な関係値を築いている仲、或いは所属グループが同じ、という事も有り得る。
「うん、なに?」
「別に…」
何故?なんでディーナは嫌そうな顔を浮かべたのか…。私には理解ができない。敵の居場所が判ったなら、そこに行くしかない。
「そう、ドア開けるの手伝って?」
5号線に沿って行けば、病院に着ける。今回は完全に単独行動だ。誰の力も借りる事ができない…。でも私の目標は一人で果たすのが可能な事。そこを達成するまでの道が長いだけだ。
──
ノラにアビーの居場所を吐かせる…。
──
そのためにはなんでもする。行こう。
【この先病院、隔離エリア】
ご丁寧にどうも。
「絶対辿り着く…。」
検問所を越えて、朽ち果てたスーパーマーケットを通る。何回見たか判らない、商品無しのガラガラ店舗。
「よし、一歩前進。」
【高速5号線南】
【9番通り】
高速5号線って、太くて長いのかな…。南って言うことは、方角に沿って道ができてるのかな。
収集は欠かさず行う。いくらアビーに気を取られているからといって、シアトルの物資は全て頂くのが、自らに課したルールだ。
というわけで早速、建造物を発見。道は塞がれていないから、高速5号線の看板に沿っていけば、すぐ着きそうだけど…取り敢えずこの建造物を探索してみる。看板は…この建物の概要は…判らない…看板が虫食いみたいになってる。
【Con****nce Center】だって。
うーん、なんだろう。階を上がれば判るかもしれない。早急に向かう。内部には、昨日見たスカーのペイントが壁に書かれている。血だ。血液で壁に…訂正、“塗られている”。
【あのお方の愛を。】
あの白シャツ女の事か。この建物の昇降機能は停止している。階段も無い。だけどエレベーター内のドームが開けていた。昇降機が無かったのだ。
「よし、梯子発見。」
エレベータードームの梯子を使う。なんともアナログな登り方。まぁでもこんな事今に始まった事じゃないし。
梯子を使い2階へと上がった。昇降機が2階に停止している。正確には、2階に到達する直前で停止している。だからギリギリの隙間を縫って、2階へと入る事ができた。2階には…弾だけ。特に何もない。こんだけの労力を使って、そこまでの収穫なし…。はぁ…。作成素材ぐらいは欲しいな。
1階へと降り、中指を立てて、この建物とはおさらばした。真向かいにも、建造物がある。ここを最初に探索しなかったのは、理由がある。クリック音が聞こえていたからだ。感染者がいる。
もしこの『ファックビル』に生存者が居たとして、先に感染者の建物を襲うと、その音の反応して生存者がやって来る可能性があった。だから、この感染者がいる建造物を後に回しておいたんだ。感染者を倒そう。
一掃した。ファックビルで沢山の弾をゲットしていた。ここらで自分の腕試しと題して、感染者のヘッドショットに挑戦した。5体全ターゲットの頭をぶち抜いてやった。5体中5発。素晴らしい結果だ。まぁ動きが単純な感染者だからね。後ろ歩きして、「こっちこっち」ってやれば、ついて来るから簡単だった。うん、簡単だったな。感染者がいたビルは飲食店…主に酒を扱う店舗だ。ジャクソンの集会所みたいだ。
感染者の手持ち品を調べる。すると、何かが書かれている紙を見つけた。その記載内容は、『脱走兵のリスト』と上にタイトルされている。
──
生き抜く力を。そして安らかな死を。幸運を祈る!
アイザック
──
まぁた、こいつの名前。ウルフか…。ウルフの施設から脱走した奴らが武器と物資を盗んだ。それの捜索隊か…。
「生け捕りを望んでいるが、自分の命を大事にしろ。身の危険を感じたら殺せ。盗みを働いた上に脱走するなど許すまじき行為だ。」
いかにもボスらしいボスだね。
標的の名前、そしてその特徴…アジア人、ラテンアメリカ系、白人、黒人。
ここには、素材も弾も豊富にあった。感染者が棲む所には決まって、たんまりある。人が死んでるからね。当然っちゃ当然。
ここはなんだろう。この建造物は看板どころか、虫食いにもなってない。逆に気になるから入ってみよう。階段を上ると、広間に出た。その広間からは、2つの扉があり、右側左側に設置されている。右側に行ってみる。中を見るとこの建造物の概要がハッキリとした。ここは、集合住宅だ。それもかなり1部屋が広い。キッチンは横に長くて、風呂も3人は一気に入れそうな広さ。リビングも勿論広い。テレビも50インチはあった。大家族の住まいだったんだな…。誰もいなくて、家具もあるからモデルルームを訪問してるみたいな気分になった。こんな壁も剥がれて、照明もライト丸見え状態のオンボロ物件マジで嫌だけど。
そんな『内見』をしていると、武器のアップグレードに必要な作業場を発見する。素材も溜まったし、武器のアップグレードをしよう。そう思い、バックパックを置いて武器の整備に取り掛かった。
その時、後ろから大きな物音が聞こえた。次の瞬間、私を後ろから羽交い締めにしてきた。
「何すんだこのクソ野郎!」
尻ポッケに内蔵してあったナイフを取り出す、羽交い締めをしに来たやつの太腿を抉り切った。
「絶対あそこには戻らねえ!」
「アイザックなんてクソ喰らえだ!」
はぁ?何言ってんだ?私は直ぐにキッチンに隠れた。後ろを振り向いた瞬間に、確認できただけでも4人はいる。まずい、いくらこの部屋が広いからと言って、4人に包囲されているのは最悪の状況。だがこんな時に活用できる物を持っている。爆弾。もうこっからは単純作業。部屋の柱を使って隠れている相手の元に投げ込み、吹き飛ばした。相手の様子を見に行く。3人は死んでいたが、1人は生きていた。
「殺せよ、なぁ早く殺せ…。」
「聞きたい事がある。アイザックとは何だ?」
「お前…ウルフじゃないのか?」
そうか…捜索隊の…。
「何か勘違いしてない?脱走兵?」
「そうか…やっぱり俺達を追ってるんだな。」
「アダム・ピーターズ?」
「お前…?」
「紙に書かれてるよ?君達を探してるって。生け捕りを好んでるみたいよ。だけど安心して、この紙は感染者のポッケに入ってたから…。死んだって事。」
「そうか、、教えてくれて助かった。」
「そういえば、あんたウルフなんだよね?」
「そうだが…。」
ナタを振り払った。ウルフなら問答無用で殺すだけだ。
「死ね。雑魚が。」
[異形の徘徊]
病院が見えてきた。でもまだ先は長い。ここから病院に続くと思われる道は、建造物内へと移る。その建物には、ポスターが数枚壁に貼り付けられ、横断幕まである。
【comics expo 2013 October 25-27】
漫画、アニメ、コスプレイヤーの祭典か…。すっごい気になるなあ…。いつもこうして年数の紙媒体を見る時は決まって『2013年』なんだ。やっぱり2013年の秋からアメリカ全土は時間が止まっている。一時停止した世界を我々動植物が生きているようだ。今は…2038年?映画でも見た事あるけど、こんな荒廃して無かったよ?未来は。浮いてる車とか、ヘンテコな道具だけど超次元的な性質を誇る物体とか、人間が地に足を着かずに生活ができるポッドとか…そんなものを描写していたよ?あれを作ってる奴生きてるか?こんな世界なんだけど…ジョエル世代は、きっと期待しちゃってたんじゃないの?まぁでも、夢は大きく持たなきゃね。……切り替え早、私。
コミックスエキスポ展示模様品の準備をしていたようだ。建物内を進む。だが私の足を止めるような嫌な音が響音した。クリック音だ。慎重に行こう…。塞がれた道。上を見ると人が入れそうな、隙間がある。その隙間は天井ギリギリで、向こう側に、足場の有無すらも判らない。でもここを越えない限り、先は無い。壁を攀じ登り、壁と天井の隙間を見てみる。足場はあった。私が今いる空間と同じような型をしたオフィス区画だ。良かった。向こう側へと、着地。
その時、クリック音が聞こえたと共に感染者が姿を現した。でも何故か、その感染者は私を襲いに来ない。
「ストーカーだ。」
たまに見る感染者の奇行種的個体。複雑な動きを見せる予測不能な謎の感染者だ。更にこいつは、ランナーとクリッカーの能力である、視覚と聴覚の2種を併せ持っている。予測の範疇を超える個体特性とランナー、クリッカーの融合能力。こいつからの逃走は不可能だ。始末する。耳を研ぎ澄ましても、ストーカーの音が全く聞こえなくなった。まさか、こいつ学習能力もあるのか?私が警戒心を強めた事を、ストーカーが察知した可能性を考える。
少しずつゆっくりと、慎重に確実に一歩一歩を刻んで奥へと進む。その侵攻を、奴らが包囲しようとしているとも知らずに…。オフィス区画という事もあり、デスクや椅子、ホワイトボード、壁には家具家電と収納棚がある。隠れられる場所はそこそこある。物陰から物陰へ、ストーカーの感知機能を惑わすように右往左往して、地道に進む。残り僅かの所でストーカーが、移動先の物陰から突然姿を現した。私はこのような事態を想定していた為、近距離に対応しているショットガンを構えていた。その甲斐あって、ストーカーへの即座な瞬殺対応が可能に。撃破した。
だがその行動は、感染者の仲間を呼び寄せるきっかけとなった。私は急いで、その建物内部から出る。その思考に至ったのは、窓ガラスの向こうに非常階段を見つけたからだ。窓ガラスを割ってその非常階段を駆け上がる。10階以上はあるその高い建物の下には、道路が陥没し激流の川が地下水道へと繋がっている。その激流の力は、周辺建造物の耐震鉄骨を露呈させてしまう程の掘削力を誇っている。今いる非常階段は、隣の建造物へ繋がっている…と言うよりかはジャンプすれば届くぐらい繋がっているように見えた。隣の建造物へジャンプし、ストーカーを撒くことに成功した。
非常階段から、建造物の内部へと侵入する。部屋へと入ったその時、部屋から猛追を仕掛けてきた感染者が現れる。その猛追に私は為す術なく、壁に押し寄せられてしまう。しかもその壁は普通の壁じゃない…。窓ガラスだ。感染者が私の身体を窓ガラスに打ちつけてくる。ヤバい…窓ガラスに亀裂が生じている…このまま押されるとぶち破られて真っ逆さまだ。そんな私達の戦闘を、他の感染者が黙って見ているはずも無かった。一体また一体と感染者が壁に群がってくる。本気でやばい…噛まれる…大きな賭けに出た。窓ガラスを割って、私は激流の川へと大ジャンプした。感染者と共に。その感染者は、川の中で私を見つけ、噛み付こうとする。それを私はナイフでギタギタに刺しまくった。川の抵抗力でうまく腕を使えなかったが、そこはもう気合いという言葉でしか説明できない。
地下水道へと着いた。めちゃくちゃに臭い。臭すぎる。全身びちゃびちゃ。暗い空間で生い茂る自然も無い、錆びついた血の匂いがする鉄の壁とパイプ。流れ着いた地下水道には、地上からの光の射し込みが見えた。そこには梯子がある。よかった…地上に出れる。梯子を昇って、出た先は…。
[腸狩りの武者]
【パイオニアスクエア駅】。地下鉄の駅名。私が流れ着いたのは地下鉄だった。地下鉄のホームから階段で更に上へ。本格的に地上に到着。地下鉄入口の前には、掲示マップを発見した。今私がいるのは…ここ。んで病院は…西側に位置している。んで、ここに行くには、まず【ピルグリムパーク】を通るか…。ピルグリムパークという公園を突っ切ろう。
パークという名を謳うに値する、木の乱立さ。終末による、人工管理を損失した自然生命の自立的発達能力が伺える。
雑草と木…と言うより『大樹』の方が適切だろう。立派に立ち並ぶ大樹を横目に歩いていると、何処からか口笛が聞こえてくる。その口笛にそこまで警戒心を強めなかった私。大樹と大樹の間に1本の街灯を発見する。ランプは灯っていない。そんなあるべき姿を邪魔するように、その街灯には、死体が磔にされていた。この光景はテレビ局に吊るされていたのと酷似している。私は、この1本の街灯、磔刑者、口笛…この嫌な予感3点セットに歯軋りをした。
ジャクソンで読んだファンタジー小説では、1本の街灯から、全てが始まっている。少女が馬男と出会い、少年が白い魔女と邂逅した場所だ。街灯は、物語を語る最初の起点なんだ。
段差になっていた地形を這い上がろうとしたその瞬間に、矢が轟速に放たれた。その矢は私の肩に命中。貫きはしなかったから、激痛に耐えながらその矢を引き抜いた。ウルフか?でも弓矢なんて今まで使って来なかった。元いた段差の下に、隠れる。草木を隙間にして、敵の姿を確認した。奴らは…判らない。見た事がない奴らだ。もしかして…スカー?こいつらがウルフと敵対しているスカーなのだろうか…。磔刑者の腹部への切り込み方が、テレビ局の吊るしと酷似している。スカーと、捉えるのが妥当と言えよう。奴らは、口笛を主に伝達方法として活用している。会話はそこまでしていないように思う。聞こえてないだけの可能性もあるが。ウルフがスカーを敵対組織として、指定しているなら逆の立場ならスカー側も同じ判断のはず。私の事を、ウルフだと判断した…という事か。
スカーが私のいる、段差の下に迫って来ている。私は力を振り絞り、音の噴出に注意してその場を離れる。ピルグリムパークの草木は、成長度が高い。匍匐前進をすれば、人からは気づかれないほどだ。接近しなければの話だが。草木から相手の装備を確認する。スカーは銃を持っていない。確認できただけでも、所持しているのは『斧』『弓矢』そして、地面を照らす『松明』。全員が同じ服を着装している。宗教みたいだ。戦闘服…という事なのかな…。
この草木は工夫しだいで隠密し放題。スカーの探索行動は単純なのか、私からしてみれば捜索に抜けがある。その抜け目ない私からのステルス攻撃をお見舞してやった。少数の殺しでピルグリムパークの突破は容易だった。
「ノラが吊るされてなきゃいいけど…。」
検問所は封鎖されている。横に位置する建物で迂回しよう。
【シアトル軍事区域】
ご丁寧にどうも。警戒心強めますよっと。集合住宅へと入り、部屋から繋がる外壁の非常階段を使い、検問所の向こう側に行く事ができた。
【この先、FEDRA病院 災害復旧センター】
ここ通れそう…。進路を阻む車。その車の極狭横脇から先に進むと、広がるのはまたもや草木の成長度合いが著しい場所。だがピルグリムパークと違うのは、現今で磔刑が行われていた、という事。
「やめろ!頼むから止めてくれ。アイザックの事は知らない!」
「闇に塗れたケダモノ…解放を…我が愛を感じよ。」
「嘘だろ?やめろ!あああああああ!!!」
磔刑者は内蔵をナイフで抉り出され、首を吊られまま死んでいった。私は、ウルフとスカーの対立を目の当たりにした。
殺した際の口調とか言葉の羅列が宗教団体の様にも感じ取れる。
「解放されたな」
「解放された」「解放された」
「よし、生き残りを捜すぞ。」
「お導きください…。」
こいつら…イカれてる。狂信集団か…。ここはスカーの縄張り。奴らは主に口笛でコミュニケーションをとっている。その口笛の音程で、円滑な攻防の切り替えをしているように思える。何故かと言うと、口笛にはそれぞれの特徴が確認できる。先程言った音圧の高低差、そして発せられる長さ。それによる口笛後の、奴らの行動パターンに変化が見えるからだ。それを予測できれば縄張りの突破ができる。立体駐車場が見えた。ここを上がろう。
一人背後から首を掻っ切った。その場を離れ立体駐車場へと向かう。すると、長い口笛が聞こえた。この口笛以降、奴らの行動が激しくなった。『警戒』している。一人また一人と私は追い込んでいく。殺しを仕掛けていく度に、その口笛の音圧が高くなり、長くなる。警戒の最大レベルと言った所だろうか。立体駐車場に入った。車が無造作に置かれていて、隠れるのにはもってこいの場所だ。だが立体駐車場からの空間の変化の様は、異常だった。胸が締め付けられるような緊張感、血痕が残るコンクリート。更に上からの物音が聞こえて来ない。一瞬たりとも油断が許されない要素の全てが詰まった、最悪の贈り物。
立体駐車場を上がる。階を上がる毎に車の台数が減っていく。スカーがここまで、侵入者を阻んだ事がない…立体駐車場の1階で全て仕留めてきた…と前向きに仮説を立てた。下からも口笛が聞こえてくる。私と同じ階にいる仲間へと伝達だ。もうこの口笛を聞くのはウンザリだ。私は隠れていた車のフロントから一気に間合いを詰め、落ちていた鉄パイプを握りしめて強く振り切った。この様は階下からのスカーに目撃される。銃撃。相手の攻撃を受けること無く、私の方が一つの上手だった。そいつは銃を持っていた。別にこいつらは、銃を持っていない訳では無いようだ。
立体駐車場最上階屋上。この先は道路へと続いている。その道路からは、検問所で封鎖されており進行不可。建物内迂回も考慮してみたが、どこの建物も固い扉、窓ガラスも一切無かった。行き止まりかと思われたが、大きな溝ができた所を発見する。その溝の先には、まだ進行可能な建物があった。ショッピングモールのような、沢山の店舗が並ぶ複合施設。その店舗には窓ガラスがあり、たとえ扉が閉まっていても進行可能。
分断されたショッピングモールへ、大ジャンプ。見事、侵入に成功。【MERCI】という店舗に入る。化粧品店か。建物内部にも、緑は侵食している。商品棚と同じ高さを誇る枝木もあった。先に進めそうな、赤い扉へと触れた。ドアノブを回したその時、扉の向こう側から蹴り飛ばしてきた巨漢の男が現れる。必要以上に大きな斧を携えた、坊主のデカ男だ。扉ごと私を蹴り飛ばし、首根っこを持って投げ飛ばされた。「ぶっ殺してやる。」この巨漢のクソ野郎が。ウルフだと勘違いしやがって…。この巨漢は図体が大きいだけ。うまく巻ければ相手の裏をかくことができる。力では勝てるはずが無い。だけどそんなテクニカルな考えが浮かんだのは、ほんの最初。投げ飛ばされた時だけ。気づいたら、弓矢で射抜いていた。胴体に突き刺さった矢が、巨漢を跪かせる。
「死ね。」
暴虐に満ちた私の心には、それに似た言葉しか発言できなかった。この巨漢が持っていた大斧で、頭蓋を粉砕。窮地を脱した。
[復讐の鬼]
───
「何処にいる?」
「アイザックがブチギレるだろうね」
「そうだな、辺りを調べよう。」
───
浸水した道路。泳いでいると病院が目の前に現れた。だがいつもの通り、そんな簡単に直線で行かせてくれる訳も無く、浸水路を潜ったりして建物内から迂回する方法を探る。水面から顔を出すと、建物内に侵入していた。地下なのだろうか、コンクリートの壁と鉄パイプが混在している。動力盤のような該当する建物の電力を制御する設備が整っていた。今は使えそうに無いけど。
その場所に、一人の女を見つける。何故かそいつは、私が水面から顔を覗かせて、泳いでいるというのに気づいていない。前を向いているから…?私が後ろから接近しているからなのか…?いや、微かに聞こえるゲーム音。イヤホンか。私はそいつが座る所に上がった。
「叫んだら殺す、手を上げて」
こいつのイヤホンをとって、首にナイフを構えた。
「ねえ、落ち着いて…」
「ノラってやつ知ってる?」
「知ってる」
「どこにいるの?」
「病院だよ」
「病院のどこ?」
「上の階から荷物運び出してるから、そこにいるはず」
「そう、ありがと。」
ナイフを喉仏へ突き刺した。
階を上がると、そこは地上。スカーでは無い、ウルフの姿。そして、ここは病院の直下。エントランス前広場。そこはトラックや、塔が備わった検問所、物資搬入口、物資コンテナ保管テントがあり、拠点として機能していた。ディーナが傍受した無線機器の情報通り。
「やば、スカーが近くまで来てる…」
「奴らをぶっ殺してる音かもな」
「ねえ、みんなを基地に招集してるんでしょ?」
「アイザックは市内を根こそぎ取り戻すらしいぜ」
スカーの襲撃を警戒している。残念、そのスカーを皆殺しにした私が来た。お前らを殺すためにね。だけど私には、最優先事項がある。ノラだ。あの場所にいた奴にしか興味は無い。ただ、私の邪魔をするなら容赦はしない。殺す。手始めに、塔にいる警備兵を殺した。ライフルで狙撃し、銃声が木霊する。その銃声を聞き、更に警戒を強めるウルフ達。銃声が聞こえた方向、つまり私の元へと3人集まってきた。私が狙撃したポイントは、病院エントランスの真向かいにある建物の隅っこ。私の元へ来るには、2方向しか不可能だ。その2方向のポイントに地雷を仕掛けた。
それを奴らが踏んだ瞬間から、私の特攻は始まった。3人のバラバラに散った肉片を余所目に、病院へと猛スピードで駆け抜けた。病院の1階。ウルフが銃撃してきた。私の憎悪。全部お前らにくれてやる。お前たちが何者なのか、何をしているのか、スカーとの関係性とかどうでもいい。私は、私がここに来た理由…その理由を無くすために来た。正解不正解なんてこの世には存在しない。生きてる奴が一番偉いんだ。だったら、お前らは存在しなくていい。クソ野郎。私の人生を壊された。私が…私がお前達に裁きを下す。
一人で全て倒した。一人残さず1階にいた、ウルフを全て。判らない、何故か倒せたんだ。私からしてもよく判らない。今の私が少し怖くなる。
階を上がり、2階へと行き着く。
廊下を歩いていると、向こうから会話が聞こえてくる。病室に入り、身を隠した。
「そもそも、警備がざるなせいでアビーに逃げられたんでしょ?」
アビーがここにいたってこと?
「バカにすんなよ、アビーがどこに行ったか吐け」
「アイザックに聞かれたら、私は思ってること言うから、好きにすれば、私は知らない」
「ノラ!はぁ、巻き添えはごめんだからな。」
その会話から察するに、ここにアビーはいない…。今ウルフは、スカー以外にも幾つかの問題を抱えているようだ。そして、声の主はノラだ。私はそいつらを後から追う。やがてノラと会話していた男と女、この2人と別れ、ノラ単体となった。好機。ノラが一人で部屋に入っていった。やる事は決まっている。大丈夫…。息が少し荒くなる。アイツらの顔を思い浮かべるだけで、あの時の光景が鮮明に追憶される。逃げても逃げてもその呪縛からは逃れられない。扉を開けた。
「静かに、それ置いて」
間違いない、あの時…いた。こいつが…いた。銃を構えながら、やつに近づく。
「久しぶり、ねえ、、覚えてるでしょ?」
ノラはこの一言で、私の事を思い出したような顔をした。
「何の用?」
「アビーがいたよね?どこに行った?」
「知らない、撃ったら…仲間が来るよ?」
「でもお前は殺せる。奴の居場所を言うなら逃がしてやってもいい」
「見逃してやったでしょ?」
「そもそも始めから、ジャクソンに近づかなければ良かったんだ。アビーはどこ」
「叫び声に魘される?」
「なに?」
「毎晩思い出す…アイツは殺されて当然のクズ。」
「ぶっ殺す!」
ノラが逃げた。颯爽と逃げ去られたのは、ノラが机から医療用ステンレスプレートをぶち投げてきたから。クソ…緩まってしまった…
なんでだ?なんで撃てなかった?そんなこと考える暇は無い。ノラが逃げた。私は、それを追う。病院を駆け回る。ノラがありとあらゆる医療器具をバリケードとして利用。私の道を塞ぎに来る。舐めやがって…
「撃って!」
2階大広間。ウルフが3階から攻撃してきた。援護射撃を逃げ切り、ノラを追う。奥に突き進むにつれ、光が失われていく。廊下を走り、扉を開けた果てにノラがいた。行き止まりのようだ。だが行き止まりの下には、穴が空いている。赤い照明が焚かれていた。
「来ないで!」
ノラが抵抗、こいつは武器を所持していない。ひれ伏すしかないんだ。ノラに銃突きつける。その時、扉からウルフの仲間が3人。
「諦めろ!行き止まりだ。」
「お願い…見逃してあげるから…」
「あんたは黙って!!」
「銃を捨てろ!」
「下がれって言ってんだろ!!!近づいたらこの女を殺す!」
怒号と悲鳴が飛び交う。
「逃げ場は無いぞ」
私は赤い照明の区画を見た。胞子だ。私は迷わず、そこにノラを道連れに落ちた。私達が落ちたのは、病院の地下、胞子が舞うオフィス区画。整地されたデスクから、横倒しにされている戸棚等、終末前の様子が未だに遺されている。落ちた私を上から発砲してくる奴ら。その隙にノラが逃走。だがノラは確実に胞子を食らっている。覚束無い様子で、この区画から逃げていった。追おうとするが、上から先程攻め込んできたウルフが現れてしまい、戦闘を仕向けられた。
「マスク着けな!」
「なぜ電源が入ってる?」
「判らない…奴を捜しな!」
「アイツ…なんでここに落ちたの?」
「判らん…命乞いだな。もうじき死ぬ、好都合だ。」
「ノラは?」
「クソ…無事を祈るしか無い…。」
赤い照明のみが、地下空間を照らしている。敵兵3名、そして聞き馴染みのあるクリック音。この3名には、餌食になってもらおう。パソコンのキーボードを3名の元へ投げる。クリッカーはそれに反応しウルフの元へ襲いにかかった。クリッカーと私の勝手友好条約。クリッカーを相手にしている所を発砲。用済みのクリッカーも殲滅。
ノラが逃げた先へ向かう。腐敗度が酷い。ここはなんなんだ?感染者が大量発生したとしか思えない程、菌の塊がめり込んでいる。
「見つけた…」
「そんな…嘘でしょ?」
ノラを見つけた。高濃度な胞子にやられて、もう自力での歩行は不可能だった。皮膚は焼けただれ、吐血をしている。呼吸困難に陥り、もうすぐ死ぬだろう。
「アビーはどこ?」
「あんた…胞子吸ってるのに…まさか、あの時の…」
「あんたファイアフライ?」
「ファイアフライなんてもういない」
「どこにいんの?」
「言ってもどうせ、あたしを殺すでしょ?」
「言えば楽に死ねるよ?それとも、苦しんで死にたい?」
「あの男がした事で、一体何人死んだか判ってんの?」
「んで、どうすんの?言うの?」
「友達を売る気は無いね」
「そう…」
こんな状況なのに、私に屈さないノラ。アビーという女との友情を優先させた。そんなに大切な人なんだね。私は大切な人を失ったんだ。不平等だと思わない?こんな世界だから、人間の秩序を守ってるの。最低限のね。だから殺す。抵抗する力を見せないノラ。この光景をどれほど待ちわびたことか…。狂気に駆られ、『復讐の鬼』へと転化した私。私の振り払われた鉄パイプがノラに命中。骨が砕ける音が聞こえる。ノラはもう既に、叫ぶ事もできないぐらい朽ちている。その姿はジョエルが撲殺された光景と酷似していた。
アイツと同じ事をしている…。
頭の形が歪になる。眼球が取れた。なのにも関わらず、こいつは喋っている。じゃあ今度は口を狙った。機能している部位を見つけたら、そこを徹底的に破壊していく。次第に残されたのは、首から下だけになった。ぐしゃぐしゃに潰された頭部。服に付いた肉片が、今の惨状を語るにはちょうど良かった。
戻ろう、、、劇場に。
[望まぬ決別]
大切な人、失いたくない人、赦したい人。帰路につく。
多くの人を殺した私の手。この穢れた姿を2人に見せれるかな…。顔も血塗れ。これが本来の私?復讐に飲み込まれた私?
劇場に着いた。ノックをしてディーナが迎えてくれた…
「エリー、大丈夫?」
「お前それ…誰の血だ?」
「あいつみつけた…びょういんにいた…ころした…」
私は満身創痍で2人との会話がうまくできなかった。少し一人にしてほしい…そう思った。だけど、そんな願いをディーナは許さない。ディーナは私を介抱してくれた。
「腕を上げて…」
怪我だらけエリーの姿はもはや、殺人鬼。そんな姿を見てもディーナは、私の心を支えてくれた。
「口を割らせた…」
「もう大丈夫…。」
「どこにも行かないで…。」
もう一人になりたくない…
もう誰も、失いたくない…
2年前──。
【セントメリーズ病院】
この病院にいたんだ。だけどその記憶は無い。気付かぬまま連れていかれ、気付いたら車の中。ジョエルといた。やっぱりおかしい。おかしいよ。あの時の事を何も教えてくれない。だからここに来た。自分で証明するために。跡が瘡蓋にならないんだ。血を流しながら残る怪我があるみたい。ずっと痛い。セントメリーズ病院…ここで何があったの?薄暗い廊下を進む。誰も居ない。
紙を見つける。
──
【腫瘍は明らかに変異している。実験結果で我々の仮説を裏付ける事ができるか確かめよう。大きな一歩だ。】
──
写真が添付されている。これは…私の腕だ。噛まれた腕。実験結果…状況報告書。
録音レコーダーを見つける。
──
「みんな逃げた、私はどっちに加わるか決めてない。私はあの男と女の子を追うっていう意見に賛成したけど、万が一あの子や免疫のある人を見つけた所で、どうしようもないって。ワクチンを開発できる人はもうこの世にいないって。」
──
「エリー、何やってるんだ…真夜中に突然出てくなんて…なぜ黙って行った…書き置きだけ残されたら…」
「教えて…ここで何があったか…もしまた嘘をつくなら、出ていく。ジャクソンには帰らない。もう二度と。でも本当の事を話すなら、それがどんなことでも、ジャクソンには戻る。」
ジョエルは黙っている。
「ねぇ…言ってよ」
────────────
「ワクチンを作っていたら、お前は死んでた…だから止めた。」
────────────
「待ってよ…なんで…私に指一本触れないで!ジャクソンには帰る。でももう終わり。」
いつか、こんな日が来ることをわかっていた。
だけど、やっぱり難しいな…。
こんなことしか言えなかった。
そこまで言わなくてもよかったんだ。
許せなかった。
◤シアトル 3日目◢✵
[空虚な血雨]
傷だらけの身体が眠りについただけで、休まるものでは無い事は判っている。自身の身体を見つめるだけで、相手の攻撃が鮮明に思い出される。その記憶は拡張され、私が受けた攻撃の最悪の分岐パターンを形成させる。
絶望なんてものは、簡単に作り上げられる。プラスアルファに虚構という精神理論を提唱すれば更にだ。己が恐怖を感じる物を拡大解釈させればいいだけ。それからいつも逃げているから簡単には出せない?いいや、出せるよ。人の思考原理は思っていたより単純。嬉しい…と感じる事よりもネガティブを受け取る方が圧倒的に多い。この世界なんてそうだ。それを今回は私自身の手で下した。
彼への罪と罰。私達の罪と罰。皆からの罪と罰。
劇場──。
「『大胆無敵』、ほらジョエル、お気に入りでしょ?」
ジョエルがいたら、どんだけ興奮するんだろうなぁ…。ここはジョエルの夢で詰まった箱。舞台裏には歴代上映作品のポスターがぎっしりと貼られている。ジョエルったら、止まらないかも。興奮しすぎてお喋りになって、面倒臭いかもな。たまにぐらいが丁度いいんだよね。普段無口の人が急にめっちゃ喋るの。妙に説得力あるんだよね。だから結果的にはジャクソンの図書館で、探し回ってる。原作小説をね。無い時は凹むんだよな…。「気になってんのに!」って。楽しい日。
ジェシーとディーナ。ディーナはソファに横になっている。かなり辛そうな表情。昨日もしかして、私が寝るまで看病してくれてたのかな…。申し訳無い事をしてしまった。赤ちゃん…いるのに。ありがとう、ディーナ。
「昨日昨夜、あいつずっと辛そうにしててさ」
「だったら起こしてよ。」
「妊娠してる?」
「そう」
「お前の気持ちは分かる、ここじゃ医者にみせることも…」
「そのくらいわかってる、でもトミーを放っておけない、あたしのせいなんだよ?あんたが連れ帰って?」
「お前抜きじゃ帰らないよ」
「そうだね…」
「トミー捜すぞ。トミーはまだ、アビーを見つけていない、例の水族館を目指そう」
「ここにディーナを置いて平気なの?」
「そうしろって」
「判った」
「エリー?」
「おはよう、鍵掛けに来てくれる?」
「うん…判った。」
ジェシーと共に水族館へ。雨が強い。ジェシーの力を借りて、一人では突破しようも無い、崖を攻略。水族館への道が開放された。
「ディーナには言ったのか?」
「水族館に行く事?それとも、ジェシーが気づいてるって…」
「違う…。水族館が拠点?」
「多分違うと思う。アビーの隠れ家だってノラが言ってた。」
「動機は聞き出せたのか?」
「うん…あ、、ジョエルはファイアフライと対立してたの。元ファイアフライとね。」
「対立ってどんな?」
「ジョエルは元密輸業者で、最終的に死人が出る程争いになったって…」
「その復讐でしょ?」
「んで、それ聞いて気持ちは?」
「変わらない…」
「そうか、ひとつ聞いていいか?トミーを見つけたら、帰るんだよな?」
「うん」
「残りの奴らは見逃すことになるぞ?」
「ディーナを連れて帰らなきゃ」
「よし、判った」
【フロンティア】。レンタカー屋か。ドライブしたのは、アメリカを横断して以来無いな…。楽しかったなぁ。なんでもない事を話して、それにタジタジになるジョエルの姿。笑っちゃうんだよね。あの時の私って。ほんとガキだったよ。
【パブリックパーキング】。その外壁にはコミックスエキスポの看板が。シアトル中で宣伝していたんだね。その先は、盛り上がった道路で通行止め。左はまだ通行可能。選択肢を制限されてないよりは全然へっちゃら。左折する。
先に進むと、アーチ状になった天井を発見。少しの間はこれで雨を回避できる。だけどそう簡単に通してくれないのがシアトル。廃棄された車で立ち往生。横にある【コンベンションセンター】で迂回。
迂回先、廃棄車よりも厄介な邪魔者が現れる。
「出港だ。全部隊の招集がかかった。」
「誰から聞いた?」
「アイザックだ、他の部隊と合流したら、スカーに戦いを仕掛ける。」
「緊張する…」
「奴らは海岸を固めてる…水辺で狙うつもりなんだ。」
「おい、希望を持て。」
カルト集団スカーとの戦争をおっ始めるつもりなのか?ジェシーはより多くの話をウルフから聞いていたようで、別の名前として『セラファイト』と総称されている事情もあるらしい。奴等が話している隙に、廃棄車で隠れながら前に進んだ。見つかる事も無く、やり過ごせた。ここから更に多くなるかもしれない。いや、なるだろう。劇場からここまでさほど遠い訳では無い。ディーナが心配にもなってきた。
【シアトル会議センター】。コミックスエキスポの看板が立ち並ぶ。ここが、会場なのかな?生まれる時代間違えたな。
会議センターを抜けた先、そこに広がるのは、川。勿論、最初から川のわけが無い。傍には、建物が並んでいる。陥没が酷い。だが雨が降ってるからと言って、そこまで急流な訳では無い。基本的には穏やかな、というか流れの様は見られない。ただそこに川がある…という事だけ。だがこの先は判らない。観覧車が見える。ずっと向こうだ。霧がかかっていて全体像は視認できない。水族館は観覧車の近くにあると観光地図は指し示している。取り敢えずは、この水辺の突破。まだ生きている地面を利用して先に進む。地殻変動を起こしたのか、分断された地面が多発している。分断されていなくとも、軋轢を生み、地中深くで未だに繋がっている地面もある。
雨を回避するという意味も兼ねて、建物内に入りそこから進行する。
「行ってくれればよかったのに。」
「ごめん、反対すると思って」
「ジョエルのためだろ?反対するかよ」
「ジョエルはジェシーの事気に入ってたよ?ジェシーが私の事好きだと勝手に思っててさ」
「マジ?」
「顔はイケてるけど、タイプじゃないし」
「アジア人が?」
「そう…ってそういう意味じゃない。」
良い奴だよね、ジェシーって。私は残念ながら男に興味は無いからそういう気はサラサラないんだけど。私って、恋愛とか…どうなんだろう。私なりに、愛だと思ってるものが、この世界に準じていない事は判っている。セックスだって、よくわからない。2人が情欲に溺れればそれでいいの?わかんない。よくわからない。
この建物の概要は…なんだろう。漫画、幼児用玩具、音楽、映像盤、カフェ。オタクがここに来たら、何かしら物を買いたくなるような建物だ。好奇心を擽られる。
「最悪だな、子供の部屋にキノコなんて」
「昔の世界じゃあ、キノコはそういう存在では無いからね」
幼児コーナーの外壁にデザインされているキノコと女の子とうさぎの絵。私達にとっては恐ろしい絵だけど、こんなの、当時の世界じゃなんでもないただの絵。キノコが女の子もウサギを包囲しているんだ。見るからに恐ろしいよ。
「もし帰れたらさ、酒飲んでボードゲームでもしようぜ」
「もし、ね。それ大賛成。」
死体を見つけた。スカーだ。血が乾いていない。通りに戻ろう。
通りに戻ると、獰猛な犬の声がする。これは、やり過ごせない。やってやろう。ウルフを殺す。
「ブラボー隊はまだか?」
「酷い嵐でボートで戻るのは大変かも。」
奇襲攻撃開始。犬の傍にいるウルフへジェシーが発砲。その犬が興奮した所を私が発砲。周辺のウルフ兵が行動を捜索範囲を拡大させた。だがそんな事をさせない。最初の攻撃より前から私達は、ウルフ全ての警戒範囲を見切っていた。リロードする時間を削減し、射撃の度に新たな銃を自身に携える。使ったら捨てる。それを即応する事で、敵の思考を巡らせることさせずに、戦いを終えられる。努力の賜物ってやつ。ミラー兄弟から教う、ジャクソン兵の対人戦闘パターンの一つだ。
アビーが水族館を拠点にする意味がよくわかる。恐らく水族館の区画。他とは違うんだ。水族館に行くには、様々な難所がある。スカーも近づけないんだろう。簡単には。
建物を階上。気付いたら、シアトルを眺望できるほどの位置にいた。観覧車がよく見える。だが霧は更にかかっていた。観覧車以外にも遠方はよく見えない。観覧車が大きいから目立つだけだ。ここから先の道路は完全に陥落。遠泳しなければならない。どうする…。すると、向こうにある高架道路でトラックが3台走行している。ウルフだ。でも遠すぎる。そこに行くまでに時間を食ってしまう。そこに選択肢を増やす新たな、移動手段を発見する。直下の川をボートが移動している。これもウルフだ。これしかない。これを奪えれば、川から水族館へ行ける。圧倒的短縮ルートだ。ボートが移動した隣棟の建物へ向かう。
【海港博覧展示館】。崩壊寸前の内部。浸水していて、歩行は不可能。潜ったり泳いだりして、行く手を阻む瓦礫を突破する。突破した先、顔を水面から出すと、ウルフを多数目撃する。
「マリーナにスナイパーが一名。侵入者の模様。近くの部隊は応答しろ、オーバー。」
「お前ら4人は陸橋からマリーナに行け!」
ウルフは私たちの侵入に気づいていない。ボートの元にウルフが一人。巡回が…判らない。かなりいる。ロープを見つけた。縄登りをして、浸水していない階上区画に出た。
「エリー、ここからマリーナに行ける。」
「だめ、ボートで行く。」
「今の話聞いてたよな?トミーの事だろ?」
「だとしても今から追いつけっこないよ。トミーだってアビーを捜してるし…」
「まずいことになってたら?」
「トミーなら平気」
「お前正気かよ…」
「行くならせいぜい死なないでね」
「そっちこそな…」
別れてしまった。反発し合っちゃった。トミーを助けたい…でもアビーなの。私がここに来た最大の目的にして最重要事項。きっと大丈夫。トミーならきっと大丈夫。だから、私は、私は水族館へ行く。
先程登ったロープの元に着水。ボートを奪いに行く。
「基地へこちらガンマ隊。4名をマリーナに向かわせた。」
「辺りを見回れ。これ以上のサプライズは御免だ。」
施設内部の至る所に敵兵がいる。水中を利用して、奴らの背後に回ろう。浸水は酷いがこれは使える。潜る事で敵との距離をすぐに詰められた。浸水経路はこの内部全域に通じている。背後に回るのは容易だった。だが施設に顔を上げる際の音には十分な注意が必要。施設内部は二層構造。2つの階に敵兵がいる。浸水に達しているのは下の階。まずは下の階を殺る。
背後からの接近で首に刺し込む。次から次へと遂行するにつれ、その死体を発見するウルフ。それは上の階からだ。発砲が私が隠れる柱に当たった。「いたぞ!」応援の声が飛び交った。気づかれたんだ。隠密解除、射撃開始。壁に弾痕ができるのを横目で確認。一人また一人と、射程内に収めていく。相手の殺しのプロだが、私は一人で戦地を壊滅させた。その戦歴が私の憎悪を昂らせる。ボートへ到着した。お願い…エンジン…かかって!
「女がボートを奪う気だ!」
まずい…早くかかれ!早くかかれ!早くかかれ!早くかかれ!よし、エンジンが起動した…。建物内部からの脱出を図る。図ると言っても、出口は目の前の一つしかない。選択肢なんて一つあれば十分。ゼロからイチにする方が面倒臭い。ウルフからの応援が来る前に急いでここを出よう。
川の流れのままに先を進む。この区域の浸水度が高い。先を進むと次第に川の流れが激しくなり、操縦桿が重い。
「素人なんだから、もっと優しくしてよね。」
そんな願いとは裏腹にどんどん流されていく。これは、水族館に近づいているのか?その不安は次に訪れた区画により安堵となる。建物と建物の間から観覧車が見えた。さっきよりも近い。確実に進めているんだ。よかった。廃墟都市の中心区域を突き刺すように、現存するモノレール。今私がボートで移動しているのが、道路だった…という事が改めて感じられる。周辺には建物が立ち並ぶ様子からこの場所はシアトルの中枢広場として栄えていたのが見て取れる。
ここでようやく川本線ルートが封鎖されている。先に進むには横にあるホテル内部へと侵入するしかない。ホテル内部からは人の声よりも、口笛の方が聞こえてきた。スカーだ。ボートの音に反応された。ホテル侵入者を捜している。立ち向かうしかない。
ころした、最後のひとりはこんなこといってた。
「たとえ荒れ狂う海であろうとも、あのお方が、この私を導いてくださる。」
ホテル内壁には、またあの女。もういい。目障りだ。
【アーケード】。シャッターが開かない。あそこだ。上の階で鉄パイプがシャッターの開閉機構に挟まっている。あれを外さなくては…。階上する。バーカウンターをあとにして、鉄パイプが所在する区画の扉を発見。だが、それは固く閉ざされている。なにか無いかと見回すと、その扉の上には隙間があった。段差があれば届きそう。確実に届く。コンテナワゴン。いかにも段差に使えそうなガッチリとした代物だ。扉に近づける。めちゃくちゃに重い。独り言を発したくなるレベルの嫌気が差す重さだ。すると、床からミシミシと音がする。嫌な予感しかしない。その予感の直後、床が崩壊。激重のコンテナワゴンに耐えられなかった。元いた階に戻ったが、ここはボートがある場所の向こう側。こちら側の空間は初見だ。そこにはこのアーケードの主と思われるブローターがいた。スカーの死体を食っている。殺そう。銃を撃ちまくる。奴の移動速度は鈍い。だけど、なんだ?全く倒れない。こんなに撃ってるのに…外皮硬度が通常ブローターとは比べ物にならない。地雷を仕掛けて誘き寄せた。思考回路は他の感染者と同様。単純な作りのようだ。ようやく殺せた頃には、多くの弾丸を消費していた。鉄パイプの場所へ行こう。
シャッターが開いた。激流の川。もはやエンジンは不要とも思った。観覧車が近い。もう少しで住処だ。悪天候になってきた。雷雨。私の心の生き写しみたいに。これを早く晴らしたい。だから、行かなきゃ。今すぐに。
エンジンは不要…だと思ったのは最初だけだ。アーケードから少し進むと、シアトルの海岸に出た。つまり、海。海に出ると、ボートン進行速度が遅い。波による逆行に対しての抵抗力が無くなってきている。だけどその先には、観覧車。はぁ…もう少しで…着く。お願い…あともうちょっとなの…。中間地点まで来た。【シアトル水族館】という看板。間違いない…ここだ。見えるのに…今私がいるのは大波に見舞われた海上。そして、予想できうる最悪の事が起きた。ボートの元に、大波が直撃。ボートは転覆し投げ飛ばされてしまった。もう、、、最悪…。ヤバい…溺れちゃう…かいてもかいても海面に行けない…。はぁはぁはぁはぁ…危なかった…限界の所で海面に到達。海面に上昇した時には、地上が目の前に映し出されていた。
[罪罰の肉幕]
ここに…いる…ココに…イル…。よし、、、、、いこう。アビー、、アビー?アビー、、、、ここに居るんでしょ?出てきなよ。ころして…あげるから…。
落雷が近い。
大雨。
案の定、入口は開いていない。建物脇にある機械物を攀じ登る。水族館の外壁で唯一、穴のある場所を見つけた。窓ガラスが既に割られていた。なんか内外のどちらからか、物が投げられたかのような穴の開き方。内部に侵入する。
中は、、、水族館。水生生物は勿論展示されていない。真っ暗だけど、確かに拠点にするには結構いいかもしれない。マジでどこにいんの?全然人の気配もしない。それとももっと奥があるの?答えなんか返ってこない。自分で確認すればいい。いつもそうしてきた。
行き止まり。行き着いたのは、展示区画では無い、当時は水族館スタッフが管理していた整備室。こういう所では大体決まっている。天井に通気口があるんだ。発見。この匍匐前進も今日で最後と思ってやっている。カビが生えた薄暗くて、普通だったら早く出たい…と思うここ。特にそんな気にならなかった。
だが予期していない事は、その通気口が私に耐えられなくなってしまったということ。床に落とされてしまう。その時、犬が私に猛突進してきた。なんなんだ!コイツ!!急に現れた犬への抵抗は、ナイフでメッタ刺し。なんなの…こいつ…。でも一つ確定した事は、ここにはウルフがいる。犬が現れた先は電気がついていた。その部屋には、ステンレス製の長方形机。その机の上には血塗れのガーゼとゴム手袋が幾つもある。ここで…何があったの?寝床とキッチン。食事をした跡も新しい。オーウェン?オーウェンという名前が書かれたバッジを手に取る。へぇ。
声がする。男と女の声。言い合いしている。ここに他人が入れば気まずい空気が流れること間違いなし、と言ったようなレベルの言い合い。だがこの声は…聞いた事があった。耳鳴りに襲われながらも確実に聞こえていた。それと合致したと推測した今、私が成す事は決まっている。
「ヨットで行けば間に合うだろ!」
「あの島に行けば死ぬのよ!」
「これまで何度もアビーに救われてきたろ?」
「あの子が決めたの。私は行かない。」
「なら来るな!もう帰れ!」
「最低ね。」
──
「手を上げて」
──
「アビーはどこ?アビーはどこ?」
「お前…あの時の…どこにいるの?」
この顔、いた。こいつら…あそこに居た…。
「お前…あの時の」
「どこに向かったの?」
「言えば殺さない?」
「言ってもどうせ殺すだろ?」
「あんたらに用は無い、アビーだけ」
「嘘つけ…」
「あんた、こっちに来な…さっさと来な!!アビーの場所を指さして…んで次はあんた。違ってたら殺す。」
「判った」
「おい、やめろ」
「どうせアビーは死んでる」
「おい、頼むから…」近づくオーウェン。
「こっちに来ないで…来るなって言ってんだろうが!!早く…指を差して…さっさとしな!」
私の怒号と共に、勢いよく私の銃を取りにかかったオーウェン。その拳闘虚しく、私はオーウェンの腹に銃撃を決めた。その様を見たメルが、背後から迫る。ナイフを手に持ち、私は刺し殺すつもりだ。振り下ろされるナイフを全力で止める私。この女の力は弱い。女のナイフを強引に引き抜き、その反動でメルの喉仏にナイフを刺した。
オーウェンが何かを吐こうとしている。やっと言う気になったのか…と思い、駆け寄る。
「彼女は…」
「アビーはどこ?どこに行ったの!」
「彼女は…」
ちょっと待って…この女の姿…、何かおかしい…私は、メルの元へ戻り、ジャンパーをぬがした。
彼女は…妊娠してる…。
ウソ…
嘘でしょ?
うそ…
私…妊婦殺したの?
ウソ…私、赤ちゃんも、、、殺したの?
うそ…私…なんで…何も聞こえない…何したの…妊婦殺した。妊婦殺したの。そんな…耳鳴りがする。ジョエル?
「エリー!落ち着け…大丈夫か?」
トミーだ…トミー…トミーだ…。トミー…私…私…赤ちゃん殺した…
「大丈夫…大丈夫だから…さぁほら行くぞ…」
「エリー?」
ジェシーもいた…。良かった…みんなと会えた…
「ごめんなさい…ごめんなさい…」
「いいんだ…大丈夫。大丈夫だ。」
劇場──。
楽屋。
ディーナの表情。とても苦しそう…。
ジェシーとトミーが話をしている。それは舞台裏からも聞こえてきている。
「ジェシー、帰りの道、ここを突っ切るのはどうだ?」
「いや、ここは危険だ。野蛮なグループがいたんだ」
「そうか、なら…この道は…?」
「俺が通った時に雪で覆われてたぞ。」
「今はもう溶けてるだろ?」
舞台緞帳。ステージには、2人が帰路を決めている。
2人の前に姿を現す。
「エリー、どこ行くんだ?」
「ちょっと外に…」
「まだ起きてたの?」
「眠れなくてな」
「なぁ、帰りはエレンズバーグを通っていこう」
「明日、フォールシティに着くかって所だな」
「エリー?奴らも報いは受けた」
「でも奴は生きてる」
「そうだ、それでもいいか?」
「仕方ないでしょ…」
「マリアに大目玉食らっちまうな?」
「もう慣れてるよ」
「でも、お高そうなエリアを通った時に、ネックレスを見つけてな、ありゃ絶対本物の金だ」
「ほんとに本物?」
「それみんなに分けようぜ」
「自分の分は自分で探せー」
トミーがステージを去る。
「大丈夫か?」
「平気…」
「エリー?」
「平気だって、戻ってきてくれて、ありがとう。」
「お前ら放っておけないし」
「正真正銘のバカ」
「お前一人じゃお先真っ暗」
何か音がした。トミーが行ったエントランスからだ。嫌な予感がした。私達はすぐにエントランスへ向かう。扉を開けたその瞬間、ジェシーが撃たれた。「そんな…」私は急な出来事に受け止めきれなくなる。でもこの声…こいつ…まさか…
「立ちな!」
「両手を上げなきゃこいつも撃つ」
「エリーダメだ…」
「あんたは黙ってな!」
「待って!判った…」
アビーだ。こいつ…どこから…なんでここにいるの…放心状態になる。トミーが…奇襲されたんだ…。私には…この状況下で、、思考を巡らせる余裕は無かった。手を上げた。この女に。
「武器を捨てて、早くしな!」
「ジョエルのせいじゃないの。あたしを守ろうとしただけ。治療法が無いのはあたしのせいなの、彼は逃がして…」
「皆を殺した…見逃してやったのに…ぜんぶ、ぶち壊した!」
4年前──。
パパが居ない…どこにいったの?パパ!もうほんと…いい加減にしてよ…なんなの…!森林を進む。立ち往生してしまったが大丈夫。私の選択肢はむげんだい。えーーーっと、ほら、あった。上に窓ガラス。えっと、あった石っころ。よし、割れた。廃墟化したトイレを脱出し、屋根に出た。
──
「あ…これ、バージニア州の。1978年…。」
──
屋上から立ち往生向こう側へと越えた。着地…失敗…。泥まみれ…はぁなにこれ…
「アビー?おまえ、泥だらけになってるぞ?」
「パパもね…あのね、パパがいなくなる度に私が怒られるんだよ?」
「またまた」
「皆パパのこと心配してんの!」
「ここは安全だ!もう少しであの子がお産なんだよ、様子を確認したら戻るから。約束する」
「判った…」
「よっし!可愛い娘の護衛付きだ!」
「ねぇコレ見て?」
「おー!1978年?そいつは見たことねえなあ」
「上げるよ、もう二度とこんな事しないって約束するならね」
「判ったよ」
「信用出来ない」
「捜索開始!」
「早くオーウェンにも会わなきゃな」
「え?今なんて?」
「気づいてないとも思ったか?」
「違うよ…彼とは同僚なだけ」
「そうか?そう見えないけどなぁ。俺の前では会話しないのも知ってるぞ?」
「この話ヤメ」
「ほら、アビー見ろ」
「待って、追跡の練習させてない?」
「別に」
「パパは見つけたよ」
「そだけど、ズルしたろ?」
「あらゆる手を使えって言ってなかった?」
「ほお、ちゃんと聞いてたのか」
新たな跡を発見する。
その痕跡をおかずに追跡を再開させる。その先に、拘束されたシマウマの姿があった。針金で動きを封じられている。
「ほーら、大丈夫だよ。じっとして…」
「パパ…大丈夫?」
「大丈夫さ、安心しろ、クソ、針金が食いこんでるな…アビー、カッターで切ってくれ」
「先生!先生!ここに居ますか?」
「オーウェン!早く!シマウマを押えてくれ!」
「よし、切れた…」
シマウマが急いで逃げる。
「皆が捜してますよ?」
「ちょっと…先生!」
「マーリーンが言っていた子。発見されたみたいです。腕に跡がある。感染はしてません。」
「…ありえない」
「検査は進めていますが…先生がいないと…」
「判った…行こう。」
セントメリーズ病院──。
「菌は移動している」
「何か方法はあるでしょ?」
「サンプルの採取は宿主を破壊してしまうんだ」
「宿主?あの子は人間、実験道具じゃない」
「どういうこと、理解してる」
「なのに、殺しても平気なの?」
「君の同意が欲しいんだよ」
「これがアビーだったら?これが娘でも同じ事が言える?」
「夕飯持ってきたよ」
「ああ、ありがとうアビー」
「なぁ、マーリーン…」
「ジョエルに言わなくちゃ、あの子と横断して来たのよ?知る権利がある、成功を祈ってるわ」
「パパは間違ってないよ…これが私でも手術してほしい」
警報音が鳴り響く院内。沢山人が殺されていた…。なんなの?何が起きたの?こんな病院内で。赤いランプが心臓の鼓動を高める。怖い…こんな凄惨なの見た事ない…酷い…皆死んでる…だれが?
手術室。パパがいるはず…。扉を開ける。オーウェンがいる。そしてそこには、血だらけのパパの姿。泣き叫ぶしか無かった。こんな突然の別れ…。なんで…。
──────────
だから、殺した。
だから、殴り殺した。
これじゃ足らない。
もっとやる。
もっと痛めつける。
簡単には死なせない。
生気を失わせない。
あのとき、どれだけの人数が殺されたのか…
そして、パパを殺した…
全ての報い。
お前を殺すために、この4年間を捧げてきた。
肉体改造もした。
全ては…お前を殺すためだ。
あの時、お前は私を助けた。
なんでだろうね。
名前を聞かなければ、友好的な関係になれた。
───────
女の悲痛な叫びが聞こえる。
まだ、生きてる。
口が開いた。
もういい。
こんなクソ野郎の無様な姿、焼き付けたくない。
──
「全員、ぶっ殺してやる。」
──
「地獄に落ちなクズ野郎」
「こいつどうする?」
「殺せば、奴と同類だ」
「証人は残せない」
「しっかり警備しとけば、その可愛い顔に傷なんかつけられなかったのにな!」
「なんだとこの野郎!」
「やめな、もう終わったの」
◤《シアトル 1日目》◢Ж
[安住の地]
図書室──。
目を覚ました。マニーだ。起こしに来てくれた。
時々思い出される、あの時の記憶。もう思い出したくない。終わった…もう終わったんだ。私達は次の試練に進まなきゃ行けない。
トレーニングルーム。皆が各々の筋力トレーニングに励む場所。器具は豊富に設備されている。使用権限に階級は関係無い。時間制限も無しで好きなだけ自分の思うがままに肉体改造を行える。私達、兵士の肉体の種子が発芽した場所かもね。
学校。幼児から少年…昔で言う所の小学生といった成長期の子供たちが世界の理を、今しがた多方面から学習する場所。固く言ってしまった。要はただの学習塾って感じ。ここでは、成長した子供達…いわば青年期の少年少女はすぐに、兵士として訓練を受け無ければならない。青年期の兵士には、身体能力の強化を主に果たさなければならない。
だから、今、子供のうちに学習を済まさなければならないんだ。しかも、中学高校で受ける最低限の知識もね。別にこんな世界なんだから、そんなの要らないのに…。子供達は暇じゃ無いんだよね。大変。でもこれは自分達のため。みんなのため。ここを…守るため。
集会所───。
食料配給所。
昔はフードコートって呼ばれてた。今は固い名前になっている。そんな余裕…無いからね。ここに住む人はよく集まる。兵士は皆ここにいる。朝はここに居て、暫くしたら各々の任務部隊へと参入する。大勢の兵士がここに集まるから、沢山の人とのコミュニケーションを取る事になる。いつの間にか、会話の中心にいることもしばしば。まぁ、人間関係を構築するなら、ここに来れば、かなーりイケると思うよ。私はガツガツ来るやつそんな好きじゃないけど。攻めと引き際は大事だね。会話の絶対的鉄則。
「おい!アビー?」
「ん?なにジョーダン?」
「お前もセレベナに来んのか?」
「いや、マニーと基地に招集された、セレベナで何すんの?」
「ホテルと学校の撤収作業、退却だってよ」
「マジで?」
「リアもテレビ局から戻るいい口実だよ」
「その通りね。行かなきゃ…生き抜く力を。」
「そして、安らかな死を。」
「アルバレス…大丈夫?」
「ああ、大丈夫だよアビー、ありがとうな。こいつの髭をどうにかしてやってくれよ」
「マニー?剃んなさいよ」
「ヤだねー、そろそろ行くか?」
「そうだね。」
マニーの父親・アルバレス。アルバレスの手は震えている。うまく物を握る事ができない。私達はそんな彼を支えている。なるべく長く生きてほしいから。『なるべく』と付ける理由は、人間は必ず死ぬから。『死んでほしくない』とも思うけど…生きる事ってそんなに簡単じゃないけど、死ぬのは凄く難しいと思う。死ぬ時は死ぬけど状況が状況だと付随するオプションが、死ぬ直前を襲うんだ。それが一番辛い。仲間に見届けられない死とかね。これは『孤独』というオプションが付随している。『拷問』もそう。簡単には死なせない…。そう…簡単には…しなせ…ない。
マニーが強引に列を割り込み、ブリトーを受け取った。3つも。1つは私がくれた。列に並んでいる皆の目線が痛々しい。とても恥ずかしい…兵士はそんなに偉くない。だけど、マニーは偉いと思っている。
食料配給所の他にこの集会所には、装具品の支給もある。ここの石鹸好きなんだよね。無かった…だけど、積荷に置いてあるかもって…まだ望みはある。早くバックパック取りに行こ。
「マニー、メルも…来るの?」
「ああ、そうさ」
「ジャクソンの時から口利いて無いんだ…」
「まぁ仲良くしろ。もっと何か言って欲しいか?」
「はぁ、うるさ…」
バックパックを取りに自室へと着いた。
自室から見えるこの光景。皆が今、スタジアムのフィールド上で何をしているのか、ひと目でわかるから好きなんだよね。いつ見ても、決まりきった風景じゃないんだ。
この終わっちまってる世界で、その時々に必要な事を行ったり、それに向けての準備をしたりしている。皆で結託してる様子が私の原動力にもなるんだ。頑張ろうって。だから、弱音なんか吐かない。皆の前では…ね。
「もしもーし、いいか?」
「マニー大丈夫だよ。メル?任務に出ていいの?」
「大丈夫、じっとしてるのも嫌だし」
「オーウェンはいいって?」
「なんでオーウェンが決めるの?さぁ、アリス連れて来なきゃ。行こ」
「ああ…」
「今のは…不合格。」
「うるさ…」
3人で自室から出る。
「メル、帰ったら親父の事を診てほしいんだ」
「手首の痛みが増してて…スプーンも限界だ…」
「鎮痛剤持って行けるかも」
スタジアムを階下する。元々客席だった場所を大改造して、食料加工所を設営した。野菜と肉を主にして、住民の食事を作成している。朝から夜まで、私達の腹を満たしてくれる素晴らしき集団だ。
「メル、オーウェンと96区に移されたの?」
「ええ、そうよ?いい所よ」
「赤ちゃんも…」
「そうね、子供達のことを見てると、ワクワクするよ」
「気をつけてね。」
「ありがとう、アビー」
食料加工所がスタジアム客席の40%を占めている中で、それに囲まれるようにフィールド上に設営されているのが、戦闘犬の檻だ。私達ウルフの最高傑作。人間よりも圧倒的にすばしっこくて、敵を翻弄するには最適解。人の匂いも辿れるから、捜索にも有効。脱走兵捜索にも有効。戦闘犬の育成で、ウルフの指揮系統は格段に幅を広げた。今や、戦闘犬は大事な仲間であると共に、武器でもあるんだ。現在25体以上が育成の最中。緊急対応できる戦闘犬は、16体ぐらい。アイザックは、戦闘犬育成のスピードを早めさせている。
出動させる戦闘犬アリスはプレイエリアにて一時的開放中。アリスを出した。可愛い。すごくかわいい。すぐ私のところに来るんだもん。
メル、マニー、アリス、そして私、アビー。この4人で基地へと向かう。S24のトラックの鍵。そして、武器管理人から、武器を受け取り記帳をする。
マニーが運転手となり、アリスが助手席へ。トラックの荷台に乗り、共に乗ったメルと荷台で話す。スタジアムから出て、基地への移動を開始した。
壁に囲まれたスタジアム区画。周辺は畑を耕している。広大だ。スタジアム区画はほぼ港湾都市。海が近くにある。
4番検問所。
「よお、マニーどうした?」
「招集命令だ。S24、2区へと向かう。」
「了解。」
緑に包まれた道を進むトラック。久しぶりにメルと対面で喋っている。ジャクソンでの事をまだ引きずっている。あれはさすがにやりすぎなんじゃないかって…。殺してしまったら、アイツと同類なんじゃないかって…。私には、理解できなかった。殺した数もそうだけど…私には耐えられなかった。
メルとジャクソンを回想している時、アリスが吠え出した。緊急信号だ。何かが迫って来ている。左からだ。セラファイトだ。乗馬し、発砲をしている。迎撃するためにこちらも発砲を開始する。
「メル!気をつけて!」
「おい!アビー!後ろからも来てるぞ!」
セラファイトが大群で押し寄せてきている。トラックのエンジンは止められない。前方からも、待機していたセラファイトが2人。狙いを定めて、一発の銃弾に全てを込めている。そうはさせない。撃ちまくる。左にいるやつも右にいるやつも前も後ろも。全方向からやってくるセラファイト。トラックの耐久力が持たない…。次第にトラックの制御が効かなくなっている。
「マニー?大丈夫!?」
「やっべぇかもしんねえ!」
住宅街。家の屋根に腐るほど待機していたセラファイト。投擲物を確認。その詳細は…火炎瓶だ。連続に投げ込まれた火炎瓶は、私達のトラックのボンネットに命中。急ハンドルを受けた私達は、投げ飛ばされそうになるぐらいのカーブを決められる。そのカーブの先は、コンテナ庫のような、なにかの製造所。運良くそこには、セラファイトがいない。私達はすぐに炎上中のトラックを離れ、取り敢えずは、製造所中枢に潜入する。
広い倉庫に出た。アリスが倉庫の異変を直ぐに察知する。アリスのこの唸りは、感染者だ。私達3人は感染者を葬った。ここからの出口を探す。天井がとても高い倉庫。倉庫内に積まれたコンテナを段差に上層に出口が無いかを探る。だが見つける事はできなかった。
するとマニーが出口を見つけてくれた。こんなにコンテナを上ったりしたのに…もっと周りを見ときゃよかった…。マニーが見つけた、透明な扉を開けると、そこは植物園のような倉庫。天井が透明ガラスになっているので、陽光がよく射し込む。鉢が沢山あるが、そこからは花は生えてない。だけど、倉庫の地面からは生えている。一応…植物園としては識別できるって…事かな?
植物園から、出口へと通ずる通路を発見。廃棄された車が段差となった先に位置している。やっと…出られた。その先に見えたのは、招集された基地。私達は安堵した。だけど、まだ先がある。
「今まではここでスカーに襲われることなんか無かったのに」
「休戦時代が恋しい?気楽だったよね」
「仲間を吊るされたからな、ふと突然に、それは消された。」
「子供もいたんだよ?スカーには。」
「関係ないでしょ?因果報応だよ」
見るからに道路は無い。建物内を通って行くしか方法は無かった。最初に入ったのは、金属パーツが沢山置かれた、作業場。マニーは船の整備場と断定した。ここは覚えておこう。港湾にあるボートのメンテナンスに使えるかもしれない。
「メル?なんで私を避けるの?」
「避けてないよ」
「ジャクソン以降一言も口利いてないでしょ、いくらなんでも惨かった?」
「いや…あれでも足りないぐらい…だけど加担したくなかったってだけ」
「そう…ごめんね」
「ねぇ、アビーは怖いものあるの?」
「なに?急に」
「いや、なんか弱点がわかんなくてさ、誇らしすぎて」
「高所かな、あと手術とか絶対いや。ビビりすぎて麻酔無しで失神するかも」
「へぇー、意外だね」
「だから、鍛えるのかもね」
「なるほどね」
「さぉーほら!女性陣、この車庫越えたらもうすぐ基地だ。油断すんなよ!」
「判ったよマニー。」
車庫。廃棄された貨物列車が線路内に収められている。無造作に置かれているという訳では無い。並んだ列車と緑が生い茂った、長い車庫。いつ何が来てもおかしくない。隠れ身をするには最高の環境。でもそれは私達だけが該当する環境では無い。
奥からスカーがやってきた。やり過ごすのも手だが、こちらは4人いる。奇襲を仕掛ければ何とか攻撃を受けずに行けるかもしれない。私らは呼吸を合わせ、一人一人の狙いを定める。アリスは忍ばせて噛みつかせる。アリスが噛み付くタイミングこそが、私達への攻撃の合図となる。アリスが噛み付いた。スカーが一気にそれに反応した。アリスは急いでこちら側に戻ってきた。良い子いい子は後!動揺したスカーを根絶やしにする。作戦は成功。
「すげえな!アリスは!」
「ほらー、よしよし。」
最高だねアリス。アリスのおかげで助かった事は何度もある。だから珍しい事じゃない。人間も頑張んなきゃ。
根絶やしにした車庫エリアに、前哨基地の周辺を警備する部隊が応援に駆けつけてくれた。その応援の甲斐あって、車庫エリアに侵入しようとしたスカーも葬ったそうだ。
「大丈夫か?」
「ああ!助かった。」
「よし乗れ!4人か。」
前哨基地──。
応援部隊のトラック荷台に乗った4人。その荷台には、銃創を負った男の兵士がいた。メルは医療に造形が深い。だがそんなメルも怪我を負ってしまった。急いで手当をしなくてはならない。前哨基地の緊急処置室にメルは負傷した兵士と共に、先に行った。
「おい!メル」
「なんだ?」
「お前らエースなら知ってんだろ?基地に3日も駐留してんのに、何もおこりゃしねえ」
「なら俺たちが来て、より一層安心したろ」
「なぁ、頼むよ、探ってくれ」
「判った、報告しておくよ」
検問所を越え、前哨基地内地に到着した。人が多い。ここまで多いとなると…考えられる事があった。その考えは、スカーの先程の警戒網を突破された事も鑑みた結果だ。アイザックに会いに行こう。まず先に、メルの様子を見る。
緊急処置室。ノラもいた。ちょっと頑張りすぎかもメル。休んでてね。メルは真正面で受け入れてくれた。ノラは任務を受けたらしい。西の病院から物資を回収しろ…との事だ。ジョーダン達も物資回収の任務だったな…。メルの赤ん坊の事をノラに聞いてみるが、バイタルの不安定が確認されたけど、そこまで問題視することじゃないらしい。良かった。オーウェンにも伝えなきゃね。心配してるだろうし。ノラが見せたいものがあると言い、私とマニーを連れて行く。
「ここ。」
ここは、死体安置所。
夥しい数の死体。ノラは、全て仲間だと言っている。少なくとも50人は床に並べられている。そして、その中には、私達と同じ班のダニーもいた。先日マリーナにスカーがやってきて、オーウェンとダニーが掃討に向かった。今朝、そのフェンスでダニーのみ死体で見つかった…。そんな…。
「腹撃たれていたのに、歩いて戻ってきたんだ…」
今のところ、マリーナには応援は派遣されてない。オーウェンの事だから、心配は無いけど…でもやっぱり…。一人って事でしょ?
“この事も誰にも話してはならない…”?あっそ。
「アイザック何処にいる?」
「上だよ、建物」
アイザックの所へ行こう。
「なんでアイザックはマリーナに舞台を派遣しないの?」
「なんでだろうな…」
建物内に入る。嫌なんだよね、ここ。拷問を受けた奴らの腐った身体の匂い。あと血。檻から漏れちゃってることもあってさ。掃除してよねほんと。今朝の仕返しコイツらにしてやりたい気分だよ。
「お、アビー、待ってたよ」
「アイザックどこ?」
「お前らが来たら、呼べってさ、こっちだよ。ボス、アビーとマニーです。」
「コイツを寝かせるな」
拷問中のアイザック。相手は全裸だ。狼狽えて何も声を発していない。
「はい。」
「来たな…上に行くぞ。小競り合いに巻き込まれたか?」
「死人ゼロ、大丈夫です。基地が賑やかですね」
「てことは…つまり?」
エレベーターに乗り、シアトルを一望できる所まで昇った。
「休戦って手もあるが、どちらかのクズが馬鹿な真似をして、破綻するのも時間の問題だ。ならば、根絶やしにする」
「だが島の…」
「今回は…総力戦だ。」
「数日後に嵐が来る。それに乗じて侵攻するぞ島に。お前らが先人だ。隊員を選べ」
「オーウェンは?いつ戻る予定です?」
「ノラが喋ったのか…ソルトレイク組の間で隠し事はなしか…」
「無事なんですか?」
「知る限りはな」
「だったらなんで捜索隊を出さないんですか?」
「ダニーを撃ったんだぞ?スカーから守るために」
「ありえない、」
「なんだと?」
「オーウェンらしくない…誤解です」
「ダニーが死ぬ間際、俺に嘘を付いたってのか?」
「ボス、噂が広まれば…オーウェンは終わりだ」
「だったら、お喋りは慎むんだな」
「捜しに行きます。私が連れ帰って」
「ダメだ、」
「でも数日で嵐が来るって…」
「ダメだ!チャンスは一度きりしかない。重要な作戦だ。当然オーウェンよりもな。奴が戻ってきたなら、チャンスをやってもいい、真相を突き止めよう。アビー、お前が必要だ」
「はい、判ってます」
「よし、作戦を確認しろ。何か食ってこい。」
アイザックの言い分には、納得がいかない…。自分で確認しに行きたい…。しなきゃダメな気がする。マニーが私の顔を見て直ぐに察した。
「朝には戻るから、誤魔化しといて」
「お前、大目玉食らうぞ?どうやって捜すんだよ」
「居場所なら判る」
検討がつく。私達の思い出の場所。オーウェンの居場所は直ぐに判る。マリーナに行ったならね。
3年前──。
シアトル水族館にある観覧車。オーウェンと私は、観覧車のゴンドラ内にいた。信じられる?めちゃくちゃ苦手なんだよ…高いところ。なのに、オーウェンが来いよ来いよ!ってうるさいから…。しょうがなく登ってあげた。今やっと安心してる。ちょっと!オーウェン?嘘でしょ?飛び込もうとしてるの?ちょっと!やめてよ!飛び込んだら、私もう別れるからね。ちょっと…待ってよ、、、、ちょっと!!!
嘘でしょ…下は海だ。だからといってこの高さ…怖すぎるよ…誰かに押してもらわないと身体が動かないよ…てか…なに?オーウェンが全然海面に姿を現さない…ちょっと…大丈夫?何かあったの?あーーー!!もう!
ハァハァハァハァ…怖かった…。オーウェン!オーウェン!
「アビー?まさか!飛び降りたいのか?」
はァ、ほんとムカつく。心配してやったのに…木の柱に隠れてたなんて…オーウェンの誘いに乗っかり、私は水族館の内部へと潜入する。見せたいものって…なにかな?
水槽だ、しかもまだ生きてる魚。オーウェンはこれを見たかったらしい。まぁちょっと良いモノ見れたぐらいの感じかな。水族館外部のパフォーマンスステージ。ここでショーをやってたんだって。人と動物が。
「えぇ?マジで」
そのステージに停泊していたヨット。ただのヨットじゃない。ソファもキッチンも寝床もテーブルもテレビも完備されている豪華なヨットだ。子供の服がある。大人サイズのも。3人…。家族でいたのか…絵もある。3人だ。スカーに殺されたのかな。
「根暗なことを言うな…」
ツアー再開。ヨットを離れ水族館内部に戻る。新たにやってきた区画。そこには、天井から吊るされた動物の模型があった。大広間だ。水族館に入ったら、まず最初に行き着く所。エントランス的な所なのかな。
息を飲むほどデカくて美しかった。でもこれは本来の姿じゃない。私達が見ているのは、緑が生い茂った水族館。これも十分美しいけど、昔の人はこれよりもっと綺麗な物を見ているんだね。床下は水槽!?信じられない…しかもさっき居たところだ。窓ガラスになっていて、ハンマーでチョンとつついたら、壊れそうな感じ。ウヨウヨ動いてるよ魚…。かわいい。
皆も連れて来たいね。大目玉食らっちゃうけど。
「道連れにするか」
そうだね、そうしよう。
オーウェンが何かを発見したらしい。『マックスの部屋』?なにそれ。鍵が掛かっていて開かないみたいだ。
階上する。先程居た空間よりかは狭いが、多くの人数を収容できるような部屋に行き着いた。壁は窓ガラスになっており、水族館からシアトルを眺望できる。看板がある…カフェだ。そういう事ね。ソファも机も椅子も沢山ある。グループでここに居たのか…と思ってしまう程だ。ソファに人影を見つける。腐敗している死体。肉が無くなり、骨のみの状態だ。近くに遺書と思われる物を発見した。マックス?さっきの部屋の…。
「鍵発見!」
「もうほんと最低」
「骸骨なんだからいいだろ?」
子供がスカーになったって…なんで?あんなイカレた集団なのに…ファイアフライもテロリストって呼ばれてたけど…。でも私達は狂信的じゃなかった。検問を閉鎖して爆破したとかも、違うグループだし…。スカーとは違う。
【マックスの部屋】、ねえ。鍵が開いた。壁一面に落書きが成されている。
「おいすげえな、この子に会ってみたいよ」
「もう会ってるかもよー、スカーなんだから」
「うわ、それ最悪だな…」
書きたい動物はよく判るが、お世辞にも上手いとは言えない。だけど、微笑ましい壁絵の数々。マックスの部屋からはそれが途絶えない。マックスの部屋から続く、停止中の昇降機を伝ってもだ。
階下した。下にはドーム状の私たちを取り囲むような水槽が広がった。 アザラシ…斑点模様ね。
水生生物に囲まれた自然を直に感じとれる空間に取り憑かれた私達。次第にお互いを欲する時間が流れようとしていた。
「ごめん…アビー、急だった?」
「いや、、ごめん」
「もしかしてデブはイヤか?バレバレだもんな…この服じゃ…」
「やっぱりさ…諦め切れない…」
「そうか…」
「ジョエルは生きてるんだ…」
「じゃあどうしたい?」
「もう帰ろ、訓練間に合うかも」
「先行けよ、もう少し、アザラシと遊んでく」
「ほんとにごめん」
「大丈夫だ、謝んなよ…」
現在──。
水族館に行く事を決意した私。それにマニーは協力してくれるという。本線ルート、つまり高速道路を使わず巡回ルートから行く。本線だと、スカーがいる可能性が極めて高くなる。巡回ルートも多分いるだろうけど、少数なら対応できる。マニーありがとうね。色々と。
「やめろって。湿っぽいのは苦手だ…」
柵がある。ここからは通りだ。この道を使おう。
「見つけてもさ、殴ったりすんなよ?気をつけろよな」
ありがとう、マニー。感謝してるよ。
マニーの力を借りて、柵を越えた。
[狂信包囲網]
チャイナタウンを駆け抜ける。直線では通らせてくれない所も、建物を使えば迂回ルートを生み出す事ができる。単独行動の演習は何回もした。大丈夫。もっと自分に自信を持て。大丈夫なんだから私は。『殉教者の門』か。牌楼門の前にそれは位置している。イカれたやつらだな。これ以上近づくなって言う事か。じゃあお前らもあの島にずっといやがれ。こっちに来んなよな。牌楼門を通り、高層建造物が立ち並ぶ廃墟都市に出た。そこには、スカーの姿が。
「通りを掃討しろ、殉教者の門までだ」
「ヘイブンからこんなに離れたのは初めて?」
「ああ、監視塔で1年過ごしてようやく許可が下りたんだ。ここは、廃れてるんだな。こんな所にウルフ達は居るのか」
「私達はあのお方の教えで素朴な暮らしができている」
建造物と取り囲む広場。そこはかつて、十字路だったと思われる。十字路は車が等間隔に置かれている。更に、生い茂る草木。2つのオブジェクトが私に隠密行動を奨める。多数のスカーが高層建造物から現れてくるが、十字路にはやって来ない。右方面左方面へと、扇を沿うように警備している。チャンスだ。他の道は崩壊した建造物により、塞がれている。高層建造物にスカーが居なくなった。
高層建造物に着いた。階上する。高層建造物が乱立するこの地帯。崩壊した建造物と、未だ地面に根を張る建造物。維持された建造物が支えとなり、崩壊建造物が傾向している。崩壊建造物の外壁は剥がれ、隣棟への移動が可能になっている。飛び越える、という多少のリスクを伴うが。高層建造物内部には、スカーがそこらじゅうにいる。武器を所持しているが、警戒しているという訳では無い。そうは見えない。ここまで侵入者はやって来ない…と思っているのだろうか…。
崩壊しながらも、部屋形状を辛うじて維持している内部を私は隠れながら進む。昇ったり降りたりの繰返しで足への負担が大きくかかる。いつしか降りる事が多くなった。建物内部では、スカーの野営地を多く発見する。高層建造物を無事に抜け、この先は急な下り坂。泥でコーティングされた、振り出しに戻れない。行くしかない。私は駆け下りた。
その駆け下りた死角から、巨漢な女が私にのしかかって来た。装束を見て直ぐに判別がついた。スカーだ。大斧を振り翳し、床に倒れた私を斬殺しようとした。大斧を回避し、地面に突き刺さった斧を引き抜こうとしている所を私は黙って見ている訳が無い。回避した後、仰向けになっていた私は、女の耳を噛みちぎる。流血が、私の元に垂れ、視界が悪くなった。距離を取ろうと一歩また一歩と後退する女。逃げさせない!このクソ女へ鉄槌を下そうとしたその時、後方からも敵が数人現れ、拘束されてしまう。拘束された後、眼前に現れた長身の女。そいつが、私の頭を銃でぶん殴った。私の視界は真っ暗になり、全感覚機能の停止を自認した。
───
「逃亡者の捜索をするか?」
「いや、夕方からエミリー達が森へ行く事になっている。任せよう。」
「そうか、掟破りに預言者の裁きを」
「良き見せしめにならんこと。」
───
4ヶ月前──。
真冬のシアトル。私はオーウェンがいる水族館を訪れた。生い茂った草木を刈り取り、内装はリフォームされている。当時ここに沢山の家族が遊びに来たものを再現できていると思う。3年前、発見した当初から現存している箇所がある。マックスが描いた壁画だ。他にも探していると、マックスの遺物はそこらじゅうに放置されていたんだ。マックスには、創作欲が無限にあったと思う。きっと素晴らしいアーティストになっていたに違いない。
元ファイアフライが【サンタバーバラ】で再結集しているという噂をオーウェンが聞いたらしい。根も葉もない噂だよ…そんなの。ここにはメルとアリスも居るみたいだ。アリスが愛用する玩具で判った。メルとはうまくいってるようだ。私の時よりもね。オーウェンとメルは、以前住んでいた人達が遺してくれた物を主に、住居として再利用している。その中では、自分達で制作した娯楽もある。子供用アーチャーで的を当てるシューティングゲームで時間を潰しているようだ。スコアボードまで作っている。
特にオーウェンとメルが、改装という言葉にまで行き着いたのがカフェが併用されている休憩所。今はクリスマス仕様だ。イルミネーションが部屋全体に設置されている煌びやかな空間に様変わりしている。勿論、クリスマスツリーも。“船長”の遺体があったソファを少し警戒した。オーウェンはそんなことをしてくる人間だ。冬のシアトル。景色は最高。メルはクリスマスが大好き。形から入りたいタイプだ。私はオーウェンに、突然ここに来た理由を話した。
「ジョエルの弟を見つけた。ワイオミングで。ファイアフライで仲間だった奴から聞いた」
「やつが抜けたのは10年も前だ、音信不通だったはずだろ?」
「そうだとしても、確かめなきゃ」
「そいつがジョエルの所在を知る確率は?」
「みんなやる気だよ?アイザックも許してくれた」
「なんだって?」
「ジョエルを許すはずない、正義にこだわる男だ。一緒に来てくれるでしょ?」
「もちろん。」
現在──。
雨音。引き摺られる私。歪んだ地面。暗い。緑。力が入らない。打ち付けられた身体。うつ伏せ。炎。私達。照らす。力を絞り出す。見上げた。直上。内蔵が露出された死体。吊るされている。スカー。逃走懇願。顔を地面に押し付けられる。予め用意されていた吊るし縄。首。一気に上に引き上げられた。抵抗。浮く身体。抵抗。浮く身体。足を伸ばす。抵抗。一斗缶。足が届く。一時的。予測。ナイフを手に取る女。殴られた女。殺したい。
「罪にまみれたケダモノ、解放を…。」
口笛が鳴る。一人の少女。拘引。
「ヤーラ…掟破りの片割れは?」
ナイフ女に唾を吐く女。
「腕を折れ」
左腕。ハンマー。骨の音。生々しい。泣き叫んでいる。右腕。ハンマー。矢の音。直射。奇襲。何者。隙。右腕。ハンマー。殺す。ナイフ女。戸惑う。隙。弓矢締め。留まらせる。ハンマー。左腕の少女。下す。
「ヤーラ!悪魔が来る…」
「下ろしてあげて…」
「ウルフだ」
「レブ…」
弓矢を持った少年が吊るしロープを切ってくれた。もう少しで…死にそうだった。この少年…スカーか?少女も…?
焚き火…。この騒ぎ…。この鳴き声…。
「来るよ…。」
私は少年に、臨戦態勢をとらせる。次々と押し寄せる感染者。ストーカーだ。私の攻撃を回避もするし、フェイントもかけてくる。調子に乗ったクソ感染者が。
「急いで!海岸はこっち!」
少女が焚き火から松明を作成し、脱出ルートを模索する。それについて行く私と少年。暗闇の森林地帯。松明が無ければ、完全に視界はゼロ。終わりだ。正気の沙汰じゃない。感染者が後方から、側方から接近する。
「こっちだよ!」
高架下に行く。新しい死体…。ほんとにこの道であってんの?
「じゃなかったら、この道来ないでしょ…」
やなガキ…。カーショップに着いた。使えるもんは拾っといて。
「嫌だよ、この世界のものなんて」
じゃあ、木でも引っこ抜けって?でも気は抜かないでね。今のはダジャレね。
「え?なにそれ…」
なんだか、つれないな。
森林地帯を突破し、海岸の港湾都市に着いた。ヤーラはもう限界だった。立てないぐらいのダメージを受けている。左腕全体が真っ赤に腫れている。ここに留まる事はできない。抱えるしか、方法は無かった。レブが先導して、休める所を探す。港湾都市には、コンテナ型の仮説住居が幾つかあった。鍵が開かない住居もあったが、運良く3つ目に試した住居の扉が開いた。2人はそこに、移動した。
「固定すれば平気…お願いレブ…。はぁ、、やった事ある?」
左腕を切断しようとしている。確かにそれしかない。その判断は賢明だと言える。だが…ここにはそれを行う為の器具もガーゼも何も無い。私は彼女の左腕を木で固定させるしかできなかった。
「あなた…名前は?」
アビー。
じゃあ、行くから。
ここは安全じゃない。そう、レブに伝える。
─
回復してなくても、直ぐにここから発って。
─
「放っといて。」
そう…
ここは港湾都市。という事は、水族館は近い。私は私の目的を果たそう。高架道路を歩く。歩いてる中で、やはり気になる存在となっているあの2人。大丈夫なはずが無い。レブ…って言ってたかな。あの子…スカーの子供か。戦闘経験はあっても、腕の切断には躊躇していた。知らないんだ。だから、怖い。そのまま医療知識が無いまま、施してしまうと、さらにヤーラへの負担がかかる。お先真っ暗だ。助けられるかも…しれない。
今は、水族館に行こう。
高架道路はこの先塞がれている。横に…難破船か。通ってみる価値はある。行こう。
船の側面に書かれているのは、【ワシントン州交通局】。ワシントン州が管理していた船か。階上し、船内へと入る。扉を開けると、そこには死体が横たわっている。まだ、肉が腐っていない最近のモノ。クロスボウを所持している。最後まで粘っていたのか…。という事は、ここは感染者がいるって言うこと。クロスボウもらっとこ。訓練項目にはあったけど、常時装備する武器としては指定されていない。久々の使用だ。弦が重いな…。単発でしか撃つ事ができないから精神集中が問われる。一発感染者に直撃。わーお。すごい。慣れたら結構イケるかも。音も一切出さないから、隠密攻撃が可能になった。こりゃあ嬉しいこと。だけど、予想以上に感染者がいるな。屋上区画。6体。プラスシャンブラー。勘弁してよ…。こいつ嫌い。最後の悪足掻き。キモすぎ。マジ勘弁。シャンブラー以外をクロスボウで射撃。弓矢は屋上にも船内にも沢山置いてあった。船内でパンデミックが発生し、船は大混乱。結果色々あって、ここに流れ着いたのかな…。弓矢は感染者も所持していた。だめ…私の頭じゃここからの予測は立てられない。シャンブラーへの先制攻撃。ライフルでお見舞いだよ。難破船クリア。屋上区画からは、高架道路の続きを歩むことができた。
【シアトル水族館】
眼前に確認。やっと着いた。これ本当にまだ1日経ってないの?信じられない…外は暗い。時間は?今は何時なんだろう…。入口は、、、開かない。他を当たろう。整備室…良かった…窓ガラスだけど。オーウェン、いるよね?
はぁ?何この爆音。エントランスに入った。カセットレコーダーからだ。ここには居ない。となると…。ヨットかな。
パフォーマンスステージ。ヨットに灯りが。
「なんだ、お前か。アイザックのお使いか?」
「ダニーが死んだ…何があったわけ?」
──
オーウェンとダニーは、スカー野営地の掃討を行っていた。そこに現れたのは老いたスカー。そのスカーは、俺への敵意を向けること無く、佇んでいた。そんな人を殺せなかったオーウェン。だがダニーは殺そうとしている。それにより、両者に対立が発生。どっちが先に銃を撃ったか判らないが、気づいたらダニーに命中していた…。
──
そんな…
「サンタバーバラに行く。」
え?噂を信じて?ファイアフライなんてもういないんだよ。確かめる?メルはどうするの?
「置いてくよ」
サンタバーバラにファイアフライがいるなら、一歩たりとも近づきたくない。大人になったら…私みたいに。
「どうすりゃ大人になれる?殺しゃいいのか?」
私はオーウェンに突っかかった。だけどオーウェンはそれを、悦びに変えていく。自分自身の勝手な思い込みを、私に加担させてゆく。メルがいるのに…。やめてよ…こんなこと…。私は…受け入れてしまう。最低な女ね。
◤シアトル2日目◢✣
[聳え立つ根城]
はぁ、ほんと世話がやける…。何してんだか…。ヨットの中で、私達は溶け合った。オーウェンが求めたものを私が与えた。なにしてんだろう…。
夢に出てきた。あの2人。頭から離れない…。気持ちが悪い。行くしかないか。私はオーウェンを起こさず、黙って水族館を後にした。そして、再び海岸へ行く。
2人を助けるために。
港湾都市コンテナエリア。2人がいる仮説住居の前には、スカーの死体が2体あった。矢が刺さっている。レブだ。ドアが開いている。仮説住居に入ろうとしたら、発砲をしてきた。だがその声を聞いて私は安心した。
「来ないで!」
私!ヤーラは?
ヤーラの左腕は肝臓ぐらいのどす黒さになっていた。
「どこに連れていく気?」
死なずに済むかも…。
水族館──。
2人を連れて、水族館に戻った。
オーウェン!オーウェン!
「どうした?スカーか?」
スカーの匂いを嗅ぎつけて、アリスがレブに飛び掛ろうとしてくる。そう私達が教えていたから当然の行動だ。アリスが中々、落ち着かないのはレブも臨戦態勢を取っているから。
「おい!アビー!そいつに弓矢を下ろさせろ!」
レブを静止させた。仕方ないようにゆっくりと下ろすレブ。その小競り合いの元に、メルが現れた。
「なにこの子達は…?」
命の恩人…
「腕折れてる…?」
やったの私じゃない。なんとかできない?
「寝かせて」
緊急処置開始。ステンレス製の人が寝そべれるサイズのプレートへ、ヤーラを寝かせる。メルによると、骨が砕けていた…。【コンパートメント症候群】。切断しないと、この状態を維持した場合、壊死が増長し絶命の危機が訪れる。メルがこの手術に必要としているのはノコギリ、縫合糸、抗生物質。でもそんなものは水族館には無い。今から病院に行っても丸1日かかってしまう。そんなに時間をかけてしまうと、ヤーラに更なる問題を抱えさせてしまう。レブは打開案を提示した。
「2時間で行けるとしたら?」
「2時間だと?」
「橋を作ったんだ。それで洪水とお前らから…身を守ってる。」
2時間…希望は持てる。メルからリストを貰った。オーウェンは私の行動に強く反対している。スカーの橋は危ないって…。少数で行けば大丈夫…。レブがそう言った。
「バカはよせ!」
助けたいの。2人は、恩人だから。
レブ、行こう。
水族館整備室側出入口。
「それ、俺の鍵…。なんで…さっき来た奴らだぞ?」
だったら、なに?
「おい…昨夜の事…」
そんなの、関係ない。
「アビー…後悔すんなよ」
なんでだろうね、昨日会った。しかもスカー。皆には判らないだろうね。この気持ち。大事にしたいんだ。もう自分は自分から逃げない。私を信じたい。自分の手で物事を判断したいんだ。それに指定されたのが、ヤーラの救済。
レブの先導で、橋を目指す。
「仲間もウルフなの?」
「そうだよ、メルがいてラッキーだったね。シアトル1の外科医だから」
「メル、オーウェン、アビー、犬の名前はアリス」
「自分、犬嫌い。」
そうだよね、私達があんたらを狙うために育成して、それが功を奏してるんだから。
「流れが急な所から、スカイブリッジに通ずる高い所に行けるんだ」
「あんた、道わかってんの?この先はダウンタウンだよ?」
「あの高い建物までの道判る?」
「判るよ」
「そこについたら、先導するよ」
「判ったよ」
橋を使えば、急流を越えられる?たったの数時間で?賭けてみるか。
「もし、その材料が無かったら?」
「オーウェンが提案した、ナイフと火を使って、強制的に火傷にして血を止める方法。でもやめた方がいい。感染症にかかる可能性がある」
「それ…、、やめてよ」
「わかってる」
「あれ、あそこに橋があるんだ」
レブが指し示した高層建造物。霧がかかっていて、最高階が見えない。ほんとにあんな所まで上るの?嫌な予感しかしない…
「ねぇ、急流だよ。ここからは建物を使ってだよ」
「わかった…」
集合住宅を抜けて、幹線道路。お目当てのビルが近い。ほぼ直下だ。どこまで伸びている建造物なのか、全く判らない…
「大丈夫?」
レブが私に言う。
「大丈夫…」
「ほんとに??」
「だいじょうぶだから。」
レブとヤーラがスカー…いや、レブが言うに、セラファイトから逃げているのは、『頭を刈ったから』。はぁ?そんだけの理由で?規則…へぇ。信じられない。規則違反で血族諸共こんな事にあわせるの?イカレてる。
「なんで剃ったの?」
「わかんない」
「パンク精神?」
「パンクって?」
「あんた、規則破るの好きなんでしょ?」
集合住宅から複合施設へ。階上すれば、隣棟への移動が可能だった。道が解かれていく感覚は気持ちがいい。その進行経路には、途中一旦、外を挟んだりして、急流を超えなければならないルートもあった。建物内に感染者が居たからだ。こんな所で戦闘なんかしていられない。
「弓矢の腕…大したもんだよ」
「ヤーラの方が上手い。」
「そう。見たかったよ」
「何人のセラファイトを殺したの?」
「なんで?」
「何となく」
「覚えてない」
私には、この子が仲間を連れて私達を奇襲するとは思えない。あんな事をされている光景を見たし。ほんとに決別したように見えたから。だから、殺した人数を不確定にしても大丈夫だと思った。分断された道路の溝を急流が掘削している。今にも、少しずつ歩幅が縮小しているようにも感じ取れる。跳躍を繰り返し、急流を越える。当時は坂道の道路だと思われたこの道が、今や急流という有り様。地球が起こした自然現象の賜物だ。
ここからスカイブリッジには、建物内の中枢から進行する。階上していくと、外壁が剥がれた階層に突入する。もうほぼ、外部と判断した方がいい。とても建物内とは思えない光景。建物の骨組みが露出していて、今にも崩壊しそうな欠陥だらけの状態。進むと、もはや外壁という概念が存在しない、吹き抜けの内部へと突入した。そしてスカーが制作した、簡易的な木製の橋。これを伝って隣の建物へ向かう。これがあまりにも、怖すぎる。
「大丈夫?」
「これ…ほんとに大丈夫なの?」
「早く来て!」
グラグラしてない…?ちょっと…嘘でしょ?下…こんなに私達上ってたの???急流がもう、あんなに下にある…。15階は上にいるのかな…怖すぎ…。ねぇちょっと!早いって!レブの走りの勢い…戦々恐々とする。途中の道には、野営地がありそこはしっかりとした部屋。外壁も…あるにはあるが、隙間風がどこからか通っている。屋根も…あるにはあるが、時々、雫が滴り落ちる。もうなんなの…スカーお手製の階上区画。梯子で上る。
「こんなところがあったとはね…」
「ウルフが強くても、仲間がどんどん新しい道を切り拓くんだ」
「殺されそうになったのにまだ仲間って呼ぶんだ…」
「リリーだ!」
梯子を上り到達した直後、スカーからの銃声が私らを襲った。
「何故戻ってきた!リリー!」
レブの事?今は始末に専念だ。ここはオフィス。だが部屋と部屋の隔たりがほぼ皆無の状態で、隠れるには機能しない区画だ。だから、殺して進むしかない。もう火蓋は切られたんだ。レブもやる気満々。というか、もう既に2人は倒していた。相手の脚部を狙い、駆動機能を停止させる…。口を割らせようと思ったが、私がスカーに接近した途端、矢が放たれた。レブは戦士の表情をしている。だから、私以上かもしれない。
「リリーって呼ばれてたこと、気になる?」
「聞いてほしいわけ?」
「ううん…」
「そう。」
久方ぶりに足を踏み入れた気がする『部屋』。スカー…いや、セラファイトの預言者。よくシアトル全域で確認する事ができるこの壁画の白シャツ女。この部屋にも描かれている。レブはセラファイトを辞めたけど、預言者には崇高な気持ちを維持している。「お導きください」って。私らトラックに乗ってたら、銃撃受けたんだけど…。それもこの女の仕業ってこと?本当にほんとうに…勘弁。
信教者の部屋を後にし、先に進む。そこには配下達が散りばめられた建設現場のような屋上区画。木材や鉄板プレート、何層にもなっている吹き抜けの空間。未完成の建設工事現場と言えよう。これは多分、元々こんな姿だったと思う。当時の世界から引き継がれた名残が、今も尚こうして現存されている。ここを通れば、もう少し、スカーに注意して先を進む。
建設現場。何層にもなっていた未完成の床を登り、レブの後を追う。敵に気づかれることは無く突破できた。建設途中という事もあり、この区画には至る所に通り道があったお陰だ。決して少ない人数では無かったが、助かった。
エレベーター?これで上がるのか…。
「ねえ、恐怖を克服する方法教えようか?」
「はぁ?」
「恐怖のいい部分だけ考えるんだよ、速く走れるようになるとか、集中力も上がる。ヤバいってなると手に汗が滲むでしょ?強くなってる証拠だよ。弱き心は誠の力を振り絞る。」
「電気とか罪深き世界のものは、禁じられてるんじゃないの?」
「うん、でも例外はあるんだ。特に兵士には」
「都合よすぎ」
一気に駆け昇るエレベーター。こんな装置も使うんだ…。そしてまだ残ってるんだ…。とてもスカーが最初から設置したとは思えないし…。ってなにこれ。どんどん上がっていくじゃん。濃霧だよ。全然外の世界が判らない。さっきまでいたとこすら、どこにあるか判らない。なにせ、怖いって…!エレベーターが到達。先導するレブ。しかしその先に見えたのは、異様の光景。
「嘘でしょ?これ行くの?」
「下見ないで!」
スカイブリッジ。これか…。赤色で…なんなのこれ…倒壊した電波塔が横に位置する建造物に倒れている。ここにセラファイトは通路を作ったんだ…。直下は真っ白。私達、死んだの?そう思ってしまうくらいの雲海…。恐怖を覚える理由は直下が雲海なだけじゃない。通路が…通路が…木材なんだよ…?しかも、薄っすい…!なにこれ…しかも直線じゃない!右にあったり、左にあったり、人間4人分ぐらいの横幅に、道が右往左往してる…。なんで直線に置いてないのよ!
「橋の平衡感覚を保つためだよ」
あーー、、、、なっとくなっとく…。信じられない!真下見たら終わりかも…わたし。20mぐらいあるって言われた…体感は100m…。ジグザグした木材の道が、私の足の振動を止めさせない。唯一の優しさとしては、この電波塔はガッチリと固定されている。グラグラ感がそこまでなかった。そこまで…ね。やっとの思いで、スカイブリッジの先の建物に移動できた…。はぁ…もうダメかと思った…。
「ねぇ!オーウェンと何かあったの?」
「今なんでそんなこと聞くの!?」
「だって気まずそうだったし。」
「だって…て…。」
「よし、行こう!」
「はぁ、ちょっとゆっくり感動させてくれない?」
「それは、あと!」
「ちょっと…!早いって!え…ちょっと待ってよ…」
信じ難い…嘘でしょ…有り得ない…。また?瓦礫を掻い潜り、現れたのは…勘弁してよ
「これで行けるから!頑張って!」
「いや!もうほんとに!?うそ…!」
しかも今度のやつは、幅が極端に狭く、歩行困難の人道から外れた酷すぎる設計だった。こんなもの通れるの?レブが余裕綽々と走っていった。そんな…やばい…なんか心臓がおかしくなる…なにこれ、、、え、、、直下は先程と変わらない。だけど、向こうには…
「あったよ!病院」
「わかってるから!静かにして!」
長い…長すぎる…しかもさっきの橋で頼りにしていた支えが無い…。完全に自分の体感に委ねられたバランス。怖い上にこんなバランス感覚まで試されなきゃいけないの?震えが止まらない…落ちそう…だめ、、、それだけはほんとにダメ!!うん、よし、いくよ?いくよ?いけんの!いけんのよ!ぜったいにね!いく…いくよ…自分にずっと言い続けた。ずっと行けるって。ほんと最低!
「真の力!感じて!」
「まことのちからをあたえてください…」
もう少し、あと少しで建物だ。レブも私の事を待ってくれている。これ以上の迷惑はもう掛けられない。よし、行こう。次の足を出した瞬間、足を滑らせてしまった。急な足元の滑らかになった箇所に対応する事が出来ず、私はその橋から掬われてしまう。なんとか手が橋には、追いついた。レブも引っ張りあげようとする。だけど、ゴム手袋などしていないこの素手で引き上げる時間を維持できるはずも無く、私たちは真っ逆さまに落ちてしまう。
落下した場所は、プールだった。どんだけ運良いのよ…私達。
「ちょっと休ませて…」
「わかった…」
「OK…」
ここからの道はレブにもわからないらしい。この建物であってはいるけど、セラファイトが作成したルートとはかけ離れていたんだ。でもほんと、プールに落下して良かった。
【オーチャード ジュースバー】【トレーニングルーム】、【ホテル宿泊者用WiーFiパスワード】…。ホテルか。レブにもこの建造物の詳細は不明。昇降機を使用していたから…か。だが非常階段に残置されていた死体から見つけた紙によるとここは、感染者の巣のようだ。確かにここは掃討前だったな。後に回されていた建造物があると聞いた事がある。恐らく…ここか?
[成れ果ての楽園]
非常階段を階下し、扉を開けた先は胞子が舞う感染者エリア。レブにマスクを着けるよう指示した。だがレブはマスクを持っていなかった。この先…感染者の巣窟なら、死体がある程度残置されているはず…。私は単独で扉の先へ行くことを決意。
「帰ってこなかったら…?」
「帰ってくるよう、祈っとけば?」
一人で感染者の巣窟へ。ホテルだった事は看板が無ければもはや判別不能。ここはただの崩壊寸前の黒鉄構造体。ざっくりと部屋の外殻は維持されている。中心地となる所に円筒状のようにぽっくりと空いた空間が向こう側というか、辺り一面を見渡せるような状況を提示している。感染者が壁に張り付いている。菌が塊になっているのは、ここがいかにどれだけ長い時間放置されていたのかが判る証拠だ。その塊が壁に連続的になっている。まるで壁画かのように。最悪の壁画だよ。奥に部屋に死体があった。FEDRAだ。マスクは…よかった…装着してあったマスクをとり、レブの元へと戻る。だが戻りの道にストーカーを発見。もうほんとらこいつら嫌いなんだけど…。5体。マスクを発見した場所から、真向かいの部屋、円筒状空間を越えた先にその姿を確認する事ができた。戻りのルートに感染者を確認できたのはこの円筒状空間のおかげ。内部に壁も無いから、敵の行動は筒抜け。ストーカーが待ち構える所へ火炎瓶やら、投擲物を投げ込み攻撃。よし、最高。レブの元に着いた。
マスクを着けさせる。
「もっと早くしなきゃ…」
「これ以上早く行くのは危険…あんたにまでなんかあったら姉さんはどうなるのよ。よし、行くよ…。」
胞子区画、ホテル中枢へ。下降し、ホテルを出よう。
壁の概念を失った部屋と部屋は、全てが鉄骨で繋がっておりその鉄骨を伝う事により、下降ルートを拓けた。
「アイザックが昔の兵隊倒すってホント?」
「FEDRAね、ほんと」
「拷問するって…」
「その話はやめて…」
途中、感染者がいたものの、一部屋に一体の感染者しかいなかった。それにより、そいつに集中して戦闘が行えた。巣窟とはいっても、この程度なら全く問題は無い。私はもっと、うじゃうじゃを経験している。それはレブもそうだ。どんどんと下降していく。
次第にホテル内部へと光が射し込んできた。その光を頼りに、進んでいくと、外部へと脱出する事ができた。
そして、遂に病院を目の前に確認。営内にはウルフが警戒態勢をとっている。レブは危険だ。私だったらバックギャモンの文句だけで済む。レブは行きたそうにしてるけど…いや危ない。ここに残ってて
「バックギャモン?」
はぁ…取り敢えず、取るものを取って戻ってくるから。
この先は…泳ぎしかないね。でも病院は目の前。大丈夫。
【シアトル病院】
「おい!誰かが泳いでくるぞ」
「私!撃たないで!アビー!」
「アビー?嘘だろ?信じられねえ…ゲートを開けろ!泳いできたのか?」
「ボート壊れちゃってさ…アイザックから医療品頼まれてさ…」
「どっちみちそっちに持っていく予定だけどな…」
「緊急でね」
「そうか、、もう運び出してる所だから、そこら辺探してみてくれ」
「ねえ!ノラいない?ここにいるって聞いたんだけど」
「積荷と共にいるぞ」
「まだここ掃討してんの?」
「そう、1フロアずつな」
「まだ物資残ってる?」
「ああ、他の階にもな」
「頑張って。」
病院に入る。
「あ!アビー!」
「どう調子は?」
「大丈夫よ、アビーもこのゲーム一緒にやろうよ」
「また今度ね。」
他の階からリストの品を探そうとしたその時、私の元へ男が立ち塞がる。
「アビー、基地に戻れ、ボスの命令だ」
「いや、ちょっと待って」
「手を出せ、アビー。脱走したろ?」
「クソ…」
旧エレベーター仮説隔離室──。
拘束され、放置されている。そんな…こんな所で時間を食ってる暇は無いんだ…。
「誰か!ちょっと!お願い!これ外して…」
「そんなことしてると、怪我するよ」
それに呼応してくれたのは、ノラだった。ノラはこの状況を把握していた。アイザックの期限を損ねたって。ヤーラの事も知っていた。医療物資は全部運び出されたらしい…。そんな…だけどノラはなにか見当がつくことがあるような顔を浮かべる。
「いや、まだあるにはあるけど…下に…」
「下?」
「そう、だけど、かなり下はやばいんだ…」
「関係ない、そこに案内して、お願い。」
ノラの案内の元、私はリストの医療品がある『地下』へと向かう。今から向かう棟には集中治療室、外傷センター、手術室がある。だが手付かずのまま掃討されることは無く放置。理由はここに最初の感染者が送り込まれたと言われているから。かなり成長しているだろうね。最悪の結果にならなければいいけど…。
「アビー?また会えるよね」
「うん。」
この先は救命病棟。ここからは私一人。
外傷センター、手術、集中治療室。危ないヤツがいる所。医療用陰圧テントから始まった救命病棟区画には胞子が舞うという情報よりも先行して、菌の塊を伝えた方が人間らしいと言える。先程のホテルよりも地獄さがアップしている。死体の腐りが悪臭となり、壁に赤黒い液体が付着している。各それぞれの集中治療室には、感染者がいる。それを扉が幽閉している。決して外に出てはならない。ノラと別れてからの院内にはFEDRAの死体も沢山見かけた。できる限りの努力はしたということだ。感染者の鳴き声が、扉の奥から聞こえてくるが、一つの部屋から唸り声のような鳴き声が聞こえてくる。感染者からは聞いた事がないような声の一種だ。ブローターに近いようなものか…それかノラが言っていた『最初の感染者』なのか…。絶対に全ての扉を開けたくない。
リストに記された医療品が見つからない。もっと先を探したい…だけど、ここから先は電源を入れなければ進行不可。この区画には配線コードがある。きっとそれが収束する場所に発電室があるはず。コードを辿ろう。発電室発見。ジェネレーターを回し、ブレーカーを再起動。よし、電源が復旧した。だがそれと共に、ガタン…という音が4回ほど全治療室の扉を開けてしまった。そこから感染者が俯きながらゆっくりと現れた。長時間放置なんてコイツらには関係ない。行き場を失ったエネルギーが私に襲いかかってくる…そんだけ。殺そう。
電源が復旧し、新たな区画が進行可能になった。そこは地下駐車場。ここに医療品があるとしたら…救急車だ。一台だけ、救急車があった。救急車の周りには横転した車が3台、さらにその車を囲うように瓦礫ができている。見た感じだと、この救急車を使ってここから脱出したかったかのように見える。医療品、医療品、医療品、医療品…。片っ端から引き出しを開ける。あった…これだ。白いボックスにはリストの物が全部揃っていた。よし、早くここを出よう。するとなにか、妙な声が聞こえてくる。次第にそれは音を増して、足音も同時に聞こえ始めてきた。
救急車にいる私が、懐中電灯で照らしたのは、巨大な感染者。なんなのこいつ!こんなの見た事がない!何体もの感染者がくっついてるようにも見えた。最初の感染者というのは絶対こいつだ。行き場を失った感染者が融合した最悪の形態変化。私はそれから逃げた。急いで逃げる。逃げた先は、まだ救命病棟。だがこいつは図体が大きいのに、かなり速度がある。ドボドボと大きい音を立ててこちらに迫ってくる。私は律儀に救命病棟の廊下を走っているのに、コイツはその壁をぶち壊してショートカットしてきやがる。ズルすぎだろコイツ!まずい直ぐに逃げ道が判断できない広間に出てしまった。やむを得ない…こいつを殺そう。掴まれたら一巻の終わりだ。持てる力を全て振り絞り、こいつを殺しに行く。ライフル、火炎放射器、強化ピストル、爆弾。全武器をフルスロットルで使いまくる。相手の外皮硬度がすごいし、酸も投げてくるしで間合いの取り方がめっちゃムズい…。クリッカーよりストーカーよりすばしっこい訳じゃないからある程度の道具を作成する時間を確保する事はできた。だが一発一発の射撃には魂を削り取るぐらいの面持ちで望んだ。照明だって私の懐中電灯と、復旧した少しの電灯しかない。もうほぼ真っ暗。一発外したら、もう終わり。顔を掴まれて引きちぎられる。
すると私が放った弾丸…もう何発目なのか判らないけど、狼狽えたように後退りをした。人間で言う所の『膝を着く』と言ったような大きなダメージを与えられた奴が起こす衝動的行動だ。こいつが狼狽えたその瞬間、こいつの身体から一体の感染者が逃走。やっぱりそうだ、コイツは集合体だ。きっとこいつはもう倒れる。確証はないけど、初めてこいつが私への攻撃以外に別の行動を起こしたんだ。攻撃を続行する。ショットガンの焼夷弾。ぶち燃やしてやった。奴の身体が消化していく。大きな身体は極端に小さくなり、地面へとその姿を消して行った…。よし、脱出だ。余韻に浸る暇は無い。早く出よう。
先へ進む。救命病棟区画はまだあった。廊下を走り、次の区画へ行く。………………はぁ。なんか聞こえる。もう嫌だ。この鳴き声…。姿を現したそいつはさっき、巨漢からちぎれるように離れていった感染者だ。コイツが離れた時から巨漢の感染者の様子は特に変異することはなかった。核となる生命体では無いようだ。目下の所離れた理由はまるで不明。こんな事考えるのは後回しにしてコイツ殺そ。コイツはすばしっこいだけで、巨漢の奴とは大いに違う。ストーカーの上位互換のような存在。当該区画は広いし、健在している部屋を逃げ道に使えば小休止もほんの少し可能。シャッターを発見した。今すぐの開きはダメだ。開けてる最中に噛まれる。殺そう。ストーカーよりも外皮硬度はあるが、巨漢程では無い。直ぐに殺せた。シャッターを開けると、外部だ。久々のように感じる。
後方から私の口を閉じようとする人間。投げ飛ばそうとしたら、そいつはレブだった。なんでここにいるの?と問う。
「そっちの仲間がアビーのこと凄い捜してたよ?だからこっちも危なくなったんだよ、あった?」
「うん、早く出るよ」
近くにあったボートを使い、私達は水族館に戻った。あんな感染者の事、信じられる?
水族館──。
私とレブは、オーウェンとメルにヤーラの命を頼むしかない。治療を終えたオーウェンが室内から出てきた。手術は成功したようだ。苦しむ顔が消えたヤーラの表情。私は一安心した。
◤《シアトル3日目》◢Ф
[報復のベイサイドマリーナ]
目を覚ました。ヤーラとレブが揉めている。それを遠くから見る私。その私の元にメルが現れた。ヤーラの介抱で手一杯だったろうに…。お疲れ様…と一言かけた。だけど、メルは私に素っ気ない対応をしてくる。水族館での人々の異変は私が眠っている間に発生していたようだ。
オーウェンは元ファイアフライによる生き残りと再結集の噂を信じてサンタバーバラに行くと言い、ヤーラとレブを誘った。だが、レブは母の元に行こうとする。メルもサンタバーバラに行くつもりだが、私が行くなら行かないと言い出した。
私とオーウェンの関係性に嫌気が差した…。ほんと私って最低よね。「疫病神」…だってさ。
「アビー?」
ヤーラが目の前にやってきた。
「良いTシャツ、腕はどう?」
「今朝よりはマシ…」さ
「レブは来るの?」
「時間をあげれば…捜すの手伝ってくれない?感情的になってどっか行っちゃって…」
レブを捜す。レブは母親が心配なんだ。だから、島に行く。子供の罪は親が責任を取る…。セラファイトの習いなんだってさ。でもそれはどの人種にも相当する事だよね。私とレブが友好的な関係になったのは本人から聞いたようだ。勇敢だって、言ってたって。人伝の人伝。死への恐怖を共にしたからね。それで絆を深めない方がおかしい…。ヤーラはレブを大切にしている。掟や風習に疑問を持つレブの存在。反抗意識として、男みたいに髪を剃った。突然の事だった。そん時、ヤーラは怒鳴り散らかした。頭を剃った理由は、長老に嫁げって言われたから。レブからは聞けないような話をヤーラが沢山話してくれた。アメリカ全土の地図。
「サンタバーバラはどこ?」
「カリフォルニア」
「カリフォルニアはどこ?」
「ここがシアトルで、ここがサンタバーバラ」
「私達の島は…ここら辺って事?すごく小さい、んで凄く遠い…」
水族館内を捜す。その途中、レブが好みそうな物を見つける時間にも突入した。レブの好きそうな物…レブの好きそうな物…レブの好きそうな物…レブの好きそうな物…。サメのぬいぐるみ…とかどう?
「完璧。」
ヤーラがそう言ったから間違いない。これで期限を取り戻してもらおう…。
「メルは間違ってる、あなたは良い人」
「何も知らないくせに」
「知ってる。」
オーウェンが現れる。
「おい、俺の物勝手に触るなって言ったろ?」
「水族館のものでしょ?あんたのもんじゃない」
「ヤーラはイイ、お前はだめだ…」
「レブ見てない?」
「ああ、廊下で見たぞ?」
「ありがとう。」
「サンタバーバラ、来るだろ?お前も」
「行けない…わかるでしょ?」
「なんとかなるって!確かに最低の状況だよ。アビー、大丈夫だよ」
───
「レブ!!」
───
パフォーマンスステージからヤーラの叫び声が聞こえてきた。私達は急いでそこに行く。ステージに着くと、ボートのエンジン音が鳴り響いた。乗っているのはレブだ。レブは一人で島に戻ったんだ。…行かなきゃ…。ヨットは今から起動させるには数時間かかるという。勿論、そんなに余裕があるわけじゃない。マリーナにあるボートを使う。ヤーラも行く気だ。ナビゲーターとして私を導いてほしい。
「一人で行かせられるわけないだろ!」
オーウェン…オーウェンはここに残って。何が大事かを考えな。ヨットを直しといて。
私とヤーラはマリーナに行き、停泊中のボートを使う。ウルフはマリーナにボートを停めている。特に今日は、島にてスカーとの戦争が控えている。ボートには余裕があるはずだ。行こう。大雨だ。アイザックの言った通り、今日は嵐になるな。線路を辿ったり、水辺を使い、草木が生えた道なき道を進み、迂回しながらマリーナを目指す。水辺からの迂回ルートで、マリーナの目前まで差し掛かった。ボートも視認できる距離だ。だがその視覚への刺激から聴覚への刺激へと感覚が向けた。銃声だ。マリーナから銃声がする。もしかして…スカー?いや、それ以外考えられないよ。ウルフとスカーが戦っているんだ。今夜から戦争が始まる。間違いない。
「いい?私ひとりでマリーナに行く。ヤーラはここに残って」
「ダメ私も行く」
「大丈夫、ボートで必ずここに戻るから。お願い…。」
「わかった…」
ここから暫く単独行動。ヤーラ、頼むから無事でいて。マリーナに行く。この道中を封鎖する物があまり無い。通行の邪魔になる物がないのは比較的珍しい。ここから察するべき事は、このルートを誰かが使った可能性がある…という事だ。トラップが仕掛けられているのも十分考えられる。鳴り止まない銃声。さっきから聞こえるこの銃声、飛び交っているのは瞬間瞬間なんだよね…断続的に聞こえるのが多い…。どちらかが一方的で有利な立場にいると…これは断定できる。よし、草木を抜けるとそこはマリーナだ。行こう。
「伏せろ!!!」
「マニー!?」
「お前一人か?コイツ…かなり腕が良いんだよ…」
戦闘していたのは、マニーだった。
「ボートを取りに来たんだ、今夜の戦争だよ、そしたら、クスのお出ましだ!さっき、応援は呼んどいた。」
「ボート貸してくれない?」
「だったら、これ片付けるの手伝え!」
「わかった」
マニーと共に狙撃者を殺しに行く。狙撃者はマリーナポート66の連絡橋からこちらを狙っている。私達はこの道路、廃棄された車を盾に少しずつクソ野郎に接近する。
「侵入者どもめ…」
「侵入者って?」
「数日前からいきなり現れたんだ…大勢殺してる」
「なんで?」
「さあな!イカレたやつが何人も来たんだ。何か企んでるんだろう」
「わかった」
コイツ…腕良すぎ。慎重に進もう。この道には水溜まりができている。その水溜まりができている場所は小規模な陥没が発生していた。この段差、そしてその先にあるトラック。トラックの下を潜れば弾丸を回避できる。車を盾にしながら、そこへと行こう。見事、トラックの下を潜り、更なるルートの確保に成功。だがまだ連絡橋は先。するとマニーが…
「アビー!このコンテナを使って駐車場に行くぞ!」
狙撃が止まらない。そしてここからの道、盾となる車が激減していた。新たなるルートを拓く必要があった。そこでマニーが提案したのは、大型トラックから露出していたコンテナが入ったワゴン。このワゴンを盾にして、道路に隣接している駐車場に向かう…という作戦。駐車場は直ぐそこ。だが奴の狙撃スキルを鑑みるに、生身での逃走は死を意味する。どんなに速く走っても、奴からの狙撃から逃れる事はできないだろう。判りやすい的にはなってしまうが、確実的なガード性能を誇るコンテナワゴンしか方法は無い。私は、大型トラックからワゴンを引き、道路へ。マニーもコンテナワゴンに隠れながら、駐車場へと向かった。当然の事ながら、奴はワゴンを撃ってくる。コンテナが壊れ始めてきた。頼む!もう少し持ってくれ!何とかギリギリ…間一髪の所で駐車場に着いた…。だが話はここから。奴を葬ろう。駐車場から連絡橋へと急ぐ。奴がボートを使用し逃げる可能性があるからだ。駐車場へと侵攻。奴の狙撃は止まらない。車を射撃している。考えられる事は一つしかない。誘き寄せてるんだ。奴の思惑通り、感染者が私達に向かって攻撃してきた。奴の術中に嵌ってしまっている。クソ!見つけたら、ボコボコにしてやる!感染者を殺し、奴を堕ろすため走る。連絡橋に到着。先程まで奴が狙撃ポイントにしていた場所だ。当たり前だが、奴はここにはもう居ない。同階に位置するポートサイドエリアの施設から狙撃してきた。
「マニー!追い詰めるよ!」
「わかった、死ねクソ野郎!」
施設の中心部、かつては待機所として沢山の人が行き来していたであろうシアトルマリーナの心臓部。そこに奴は逃げた。そしてシャッターを閉めやがった。だがこの先は行き止まりだ。建物としては。2人はシャッターが閉められた場所の第2の扉を発見。ここから奴がいる部屋に入る。だがこの扉、中々に重い。隙間ができたので鍵が掛けられている訳では無い。その時、私の視界が一瞬で血に包まれた。マニーが撃たれた。マニーが…撃たれた!!遠くには、奴の影。私は勢い余って、重かった扉の部屋に入る事ができた。ほんとうに…間一髪の所…。もう少し遅かったら、私も撃たれていた…。
マニー…マニー…マニー…マニー…マニー…マニー…。アイツ!絶対に殺してやる!!!!
奴は…どこ?どこにいったの!はぁはぁはぁはぁ…ダメだ…頭がおかしい…動揺してる?やばい…変なんなってる…。食堂。その先に扉が開いている。奴がここから逃げたんだ…よし、、、、行くぞ。
その侵攻を阻んだのは扉の裏に隠れていた狙撃手。その姿…嘘でしょ…ちょっと待ってよ…こいつ…こいつから受ける打撃の連続。この先は海。こいつが私を海に突き落とそうとしている。まずい…落とされる…その時、後方から現れたヤーラが奴の脇腹を腹で刺した。その後、ヤーラはぶん殴られたが、その隙を縫って、私は狙撃手を海に突き落とした。
「大丈夫?」
「うん…大丈夫…こいつ…ちょっと待ってよ…。行くよヤーラ。ボートはあっち。」
まさか…奴がシアトルに?そんなの信じられない…侵入者はあと何人?もしこいつと同時期に現れたのなら…。
[ヘイブン]
雨脚が強くなる。セラファイトの島へと上陸。レブを捜す。ヤーラによるとある程度の見当はついているという。目指したのは母がいる家。その道中は、自然に満ちた緑豊かな森林地帯。崩壊した高架道路も確認できた。その高架道路の標識にウルフが吊るされていた。顔見知りだ。その下に吊るされずに倒れているウルフの死体。その死体から潜入報告書を発見した。
───────
・捕虜からの情報が珍しく役に立った。島周辺を確認するため高台を目指す
・南側に最大の建物密集地域。北と東に農場や製材所島にはそれより規模の小さい建物の集合地帯が点在。全てが感染前に建てられた。
・やつらの数には警戒するべきだ。村の警備も厳重で巡回も滞りなく頻繁。想定以上の情報を入手できたので帰還する
・ボートが破壊されている。潜入がバレた。他の方法で島を脱出する
───────
惨い結果だな。
「なんで助けてくれるの?」
「レブにも同じこと聞かれた、こんな事間違ってるし、それに、自分のためでもある」
セラファイトとウルフが一緒にいるなんておかしな話だよね。でも自分を信じたい。
「なに、今の音」
「警報音だよ、ウルフが侵入したんだ、島中が警戒態勢になる。」
「アイザックの野郎」
製材所に行く。ヤーラが云う…この島には1000人の村民がいて、その半分は訓練されている。残りの人間は隠れたり、戦ったり、各々の認識に任せる…という。私が今歩いている区域は森林地帯。海外沿いだ。すぐそこには浜辺が見える。自然現象による地殻変動は先程の高架道路以外は確認できない。当時の世界の様子は維持されたまま、セラファイトが改造したんだ。
海岸方面から、船のエンジンが木霊する。急いで浜辺を見に行った。そこには、何隻ものボートが南側のセラファイト最大密集地域に侵攻していた。アイザックが乗っている。その可能性は非常に高い。私達は急いで密集区域に向かう。
農場。ここを突破しなければならない。ヤーラの先導ルートはここのみを指定していた。この農場はかなり広大な区画だ。トウモロコシ畑を耕している。これは大チャンス。トウモロコシ畑特有のこの高さ。これを活かさなきゃだめだ。その理由は、単に戦闘を行いたくない…というのもあるが、この農場には兵士がばら撒かれていた。警報アラートにより、警備体制が強化された現状を身をもって知った。全員が武器を構えた警備を超えた、正に厳戒態勢。3つの木造建築物が点在しており、その周囲には兵士が2,3人。広大なトウモロコシ畑にも巡回兵がいる。主に注意すべきは巡回兵だ。木造建築物を警戒している連中は、その周りをウロウロしているだけ。上手く掻い潜れた余裕に回避出来る。問題はトウモロコシ畑。めちゃくちゃ高い。何この畑。大人の背丈以上の高さを誇っており、隠密行動としては有効的に活用できる。だが、あまりにも高すぎるが故に私達側にも弊害が生まれるという事象が起こる。だから巡回兵とは、ある程度の距離を保ちながら隠密行動をとらなければならない。………それって隠密なの?まぁとにかく。やるしかない。ここしかないんだから。
突破。木造フェンスの一箇所に緩みがある所を見つけ、農場からの脱出に成功。農場のすぐ先にヤーラ達の家があるという。家に着いた。ヤーラが先に入る。3m後から私が中に入った。凄惨な現場が目に映った。ヤーラが前にしている女性がお母さんのようだ。家の隅っこに体育座りして、身震いさせているレブの姿。
「ここに居たくない…」
「うん…大丈夫…。」
「行こう。」
今は…2人だけの空間を作ろう…。他人が介する問題じゃない。だけどその補助はしたい。現在のレブの感情がダメな方向に臨界点を越えてしまうと、取り返しのつかない事態に発生してしまう。それを止めるのが私の役目だと思っている。そうはさせない。
私達は上陸したボートには向かわず、『ヘイブン』を目指す。戦争が行われている最大密集地域だ。オールドタウンを通って大通りは避ける…。ヤーラの先導で戦争が激化していると予測されるポイントを避けながら、ヘイブンを目指した。当該ルートに登場する木造建築物には、兵士が居ない。皆ヘイブンに向かったんだ。ヤーラ、腕は平気?
「大丈夫、疲れてるだけ…。」
「お願い、無理はしないで…。母さんは心から信じてた。なんでこんなことになるの?」
「信じてるからって死なない訳じゃないの、死からは逃れられない。」
ヤーラの足取りが悪い。うまく走れてはいるが、レブからしたら、歪な動きに見えているようだ。
建築物を見つけた。木造では無い、元々この地帯に遺った建物だ。この建物に近づくにつれ、銃声が激しくなる。
「中心部へ向かうよ、農地の傍の村を掃討して!」
まずい…ウルフが着々とヘイブンに侵攻している。
建物を抜けた先は、小規模な通りに差し掛かった。だけどここはスルー。この通りに隣接する建物から迂回する。
「アイザックの隊とはどこで落ち合うんだ?」
「古い電波塔の先、すぐそこだよ」
「中心部から連絡は?」
「アルファが攻めてるって、ブラボーは内陸に」
「あのクズども、度肝抜かれてるだろうな」
クソ…ウルフ…。
通りを抜けて、また通り。段々と物々しい雰囲気が増している。それを意味するのは銃声だ。一体何人この島に上陸したんだ…。建物を抜けた先は、暫く森林地帯だ。突っ切ろう。扉を開けたヤーラが先を行く。私達もそれに続いて建物を後にした次の瞬間、ヤーラが撃たれた。それは突然の事だった。ヤーラを銃撃した男はウルフだ。私は男をぶん殴り、腕をへし折った。男は悲鳴を上げた。レブは撃たれたヤーラの元へ急ぐ。急な出来事を飲み込めないレブ。私にはわかっていた。ヤーラはもう死んでいる。腹部を2回撃たれていた。唯一武器を所持できていた右手を上げられて…。為す術なく殺された。そんなヤーラを前にしてレブは、失望していなかった。
──
まだ生きてる。
──
言い続けている。だけど、、、出血量からしてももう助からない。そして、人の声が周囲から聞こえてきた。銃声を聞いてこちらに近づいてくる。レブに逃げるよう説得させるが、ここから離れない…!と力強く言い放つ。だめだ!もうこれ以上は助からない…レブを強引にヤーラから引き離した。だが、もう遅かった。眼前に現れたウルフ。4人はいる。顔見知りだった。
「アビー?アビーか?どうして?そいつはスカーだろ?」
これ以上来ないで!
「そこから離れるな…」
アイザック…!説明させて…
「お前の処分は後だ。そいつは誰だ?」
命の恩人。まだ子供なんだよ?
「アビー、3秒やろう、スカーから離れろ。」
本気で撃つ気?
「3」
私はどかないよ…
「2」
………
「ボス!」
「何だ急に!」
「このクソ女!!」
ヤーラがアイザックを発砲。一瞬にして生まれた奴らの気を私は逃さなかった。奴らがヤーラに最後のトドメを刺したその空間から、私は急速前進。レブを連れて、建物内部へと行き、戸棚で扉を閉鎖した。この全ては、思考回路を通じて行われたようには思えない、突発的な行動。とにかく逃げる…!私は裏切り者。もうあそこには戻れない。無我夢中でレブの手を握り、走った。もう誰も死なせない。絶対にこの子は守る。私の信念。
「レブ!逃げないと…」
「死んだ…ヤーラが死んだ…アイツらアビーの仲間でしょ?」
「あんたの仲間!ボートに行くよ!絶対に出るよ…ここから。着いて来て。」
行こう。もう絶対に…。
浸水した建物。
「アビー!どこにいるのー?」
「さっさと片づけよう…」
「出口を塞いで建物を一掃しよう」
クソ…私たちを捜してる…。迎え撃つしかない。レブとの共闘で6人以上は確認できたウルフを皆殺しにしよう。ウルフに対して『皆殺し』なんて使うとは思わなかった。この建物の構造は2層。1階と2階。1階は小規模な店舗が複合している空間で2階は、テラスのような休憩スペース。1階の奥に扉があった。敵を殺しながら、扉を目指した。
一掃仕返し。扉を越えてヘイブンへと続く、無線局を目指す。高架道路の高架下から、ウルフとセラファイトの戦闘を目撃する。一人また一人と倒れていく兵士達。容赦ない怒涛の両軍の追撃。その戦闘に第3の勢力である私達が参入。両軍が柱や廃棄された車、点在している店舗に身を構え攻撃している所を私達がステルスキルしていく。ずる賢く、確実に仕留めていった。両軍は徐々に仲間の声が聞こえて来ない様子に困惑していた。何人も殺したんだ。両軍の戦争の間に介入した私。もうこの手は汚れている。ケジメをつけなければならない。残された兵士の困惑する姿を他所に私達は次に向かった。
馬があった。経験はある。一気に駆け抜けよう。馬で行けば、ヘイブンはもうすぐのようだ。この道中は惨劇の連続。人が人を殺す視界映像を何度も見てきたが、ここまで休息無しに見るのは前例に無い。両者の銃撃は駆け抜ける私達にも向けられた。「アビー!」という怒号が四方八方から飛んだ。レブが乗馬状態で後ろから、援護する。私達が乗る馬に直接カチコミに来たウルフ。レブがナイフで刺し、私が蹴飛ばした。肉の重みを強く感じた。ウルフとセラファイトの戦争本域…ヘイブンに差し迫る。
怒号が飛び交い、炎に包まれた地獄の戦場・ヘイブン。その光景が私達に絶望を与えた。その光景が現れたのは、森を抜けてから。抜けた瞬間から、乗馬するセラファイトが私達に攻撃を仕掛ける。私は馬のトップスピードを維持しつつ、攻撃はレブに任せる。ヘイブンのフェンスを越えた。ここから波止場に行き、ボートを目指す。馬が駆け抜けるこの道に、次々と現れる取っ組み合いをする両軍。馬で踏み潰し、肉片が飛び散った。回避なんかもうできない。馬も興奮している。馬はただただ突き進むだけ。直線上に進み続ける。止まったら両軍からの攻撃を受ける。炎に囲まれた黄土色の空間・ヘイブン。煙が立ち込めるヘイブンは身体的にも生気を奪っていく。時間が無い…。早く!早くここから出なくては…。ここは地獄だ。血が飛ばない時間が無い。波止場はまだ先…。
ウルフとセラファイトの戦争集中区域に突入。横から崩れ落ちてきた木造建築物の火災影響で馬が私達を投げ飛ばしてしまった。地上に落とされ、ここからは歩きで行く事になる。火災する木造建築物に挟まれるヘイブンロードにて、繰り広げられる銃撃戦。撃って、撃った奴が撃たれて、そいつを撃った奴がまた撃たれる…。繰り返される死の螺旋。歯止めの効かない皆それぞれの“虐殺器官”が炸裂している。第3の勢力の私達。私達も参加する以外ここを通る方法は無かった。隠れ身は不可能だ。殺して、殺して、殺して、殺して、殺し続ける…。選択肢なんか与えられない。殺しても殺しても雪崩込むセラファイトの新鋭に私とレブは、審判を下す。
虐殺ロードを突破した。何体殺ったか判らないが、もうセラファイトは来なくなった。だけど、銃声や人の声はまだ聞こえる。他の区画では戦闘が終わっていない。私達は、私達の進むべき道を行く。木造建築物。燃え盛る炎の中を行く。ここを越えれば波止場に着く。熱い…目がやられそう…死体が焼けている…空気もダメだ…こんなもの一気に吸ったら…早く出なきゃ、早く出なきゃ…!木造建築物の出口が塞がれた。火災の影響により、屋根が決壊したのだ。だが、崩壊した木材の重なりに人一人が匍匐前進で通れる程の隙間を発見。レブを先に行かせ、出口の崩れた木材を持ち上げさせようとした。その時、レブが何者かに掴まれ飛ばされるのを目撃する。私は急いで、隙間を前進。バックパックが木材に引っ掛かるも、それを捨て急ぎ足でそいつの所に向かった。立ち上がった傍にある鎌を拾い、レブを襲っている巨漢の男の背中を裂いた。
「リリー!おめおめと戻ってくるとはな…」
だけどこいつは倒れない…なんなの!こいつ!硬すぎだ…大斧を持つこのイカレた男。取っ組み合いになるも、私は奴の強撃を回避する。動きが鈍い。こっちには動きを予測できる時間が大いにあった。回避したら、生まれた奴の行動の隙を狙い、鎌で振り払う。顔面にぶち当たり、口を裂く。奥歯が確認できるぐらいにぶち裂いてやった。汚ぇ。気持ち悪すぎる。こいつ…まだ動いてる…化け物だ。何なのこいつ…奴が最後の力を振り絞り、私の回避行動も裏をかかれた。奴の手により、私は持ち上げられた。苦しい…まずい…どうしよう…対処方法を探すも、やばい…手が動かい…死にそう…意識が朦朧とする中、こいつの肩に矢が刺さった。レブが巨漢の後方から攻撃をしてくれている。私は一気に力を強め、浮いた状態で奴の顔を横蹴り。私とこいつは、下に落ち、強く背中を打った。海浜だ。波止場はすぐそこ…。だけど、起き上がれない…先に起き上がったのは、巨漢だ。奴が私に跨ぎ、絞殺しようとしている。苦しい。痛い。痛い。苦しい。痛い。苦しい。なにか!無いの?!一発大逆転は…!奴の肩には未だに矢が刺さった状態。私はこの矢を引き抜こうとする。だが私の行動を予測されたのか、右手を奴の左足が踏み潰す。激痛が走るが、声も出ない。というか、出す事ができない…。踏み潰された右手をどうにかして、自由にさせたい。私にはまだ、左手がある。そんな単純な事も、考えに至らなかった。奴の裂けた口元を抉り、下の歯を思いっきり下に落とそうとする。奴は舌が丸見えの状態。左頬全体に風穴が空いている。クソ気持ち悪い…。当該攻撃を行っていると、奴の行動に脆さが生じた。一瞬にして生まれた私の右手への圧力の緩みを逃さなかった。その瞬間に奴の肩に刺さった矢を引き抜き、裂けた口内に何度も何度も刺し続けた。眼球にも刺しまくった。その結果奴はようやく意識を失い、地に落ちた。
「行くよ…」
「うん、波止場はもうそこだよ」
「わかった…」
戦争は続いている。私達はここから脱出した。炎に包まれた島の全景を海上から見つめる私達。レブの表情。二度と忘れられないこの姿。水族館に戻ろう。
[ミニマムキャスタミア]
水族館──。
「おいで…。」
イカれた島から脱出。水族館に着いた。鍵を開け、中に入る。2個目の扉は開けると、そこには、アリスの死体があった。そこで一気に2人には緊張感が生まれた。
「気をつけて…」
誰かがいる…。この先は水族館のエントランス。だがその扉の下から水分と共に流れる血が確認された。そんな…最悪の状況を予想してしまう。そしてこの物静けさ…。扉を開ける。そこに広がる光景は、絶句する内容だった。オーウェンとメルが殺されている。そんな…なんで…セラファイト…なの?そんな…嘔吐が止まらない…。メルのお腹…膨れ上がったその腹の中に…いるのに…。仰向けになってるから、そいつは見たって事だよね…。信じられなかった。ひとでなしが過ぎる。
「アビー?」
レブがなにかを私に提示した。レブが渡したのは、2人の傍にあった地図。この地図には『ウルフ』とか、隊の名称とかが当該する場所に記載されていた。そして水族館の所には『アビー』と記載されている。その線が集まる場所…【ピナクルシアター】。
ピナクルシアター──。
地図を頼りに訪れた。もう夜更けだ。劇場からは明かりが点っている。誰かが居るんだ…。行こう。入口からは進行不能。侵入経路を探す。地上から離れ、中間地点に停止している梯子を発見した。レブを肩組し、梯子止めを外してもらった。これで私も梯子に手が届いた。梯子の先は非常階段。その非常階段の窓から、劇場に侵入した。発電室から無線機の連絡が聞こえる。
「アルファ隊、ブラボー隊、エコー隊、応答せよ!」
「こちらブリッグス!増援部隊をよこせ!アイザックが死んだ!」
「え?今なんて?」
「アイザ…やばい!殺される…!」
これって…リアのだ…。リアが持ってるはずの写真。更に掲示されているシアトルのマップには、ウルフの各隊が支持を受けていた掃討区域が記されている。こと細かく、ルートラインが引かれている。何者かに傍受されていたんだ。筆跡があの地図ともよく似ているルートラインだ。
「音立てないで…気をつけて。」
誰かの声がする。しかそれは、聞き覚えのある声だ。忘れるわけが無い。あの冬。間違いない…。
階下する。
「ジェシーのやつ、俺にだって、金の見分けくらいつく…コレ見て驚くなよ…マリアが大喜びだ…」
「手を上げて…さっさとそこから離れろ!振り向いたら殺す。弓構えて…。床に伏せな。」
「一思いに殺せばいいだろ」
「このクズども…。」
こいつの姿…忘れない。忘れるはずがない。トミーの足を蹴り、前に向けたまま膝をつかせる。扉から足音が聞こえた。2人、一斉にこちらに銃を向けながら、こちらに現れた。一人、男は殺った。あとは…この女…!女は直ぐに物陰に隠れた。間違いない…カウンターの後ろにいるのは…。
「立ちな!両手を上げなきゃコイツも撃つよ」
「エリー、だめだ…」
「さっさと立ちな!」
「エリーだめだ!逃げろ!」
「あんたは黙ってな!」
「待って!わかった…」
両手を上げて姿を現した女。あのロッジにやってきた女。全てのピースが組み合わさった。復讐しに来たんだね…
「武器を捨てて、早く捨てな!」
持っていたピストルを捨てた。
「ジョエルのせいじゃないの。治療法が無いのは私のせいなの。彼は逃がして。」
「みんなを殺した…見逃してやったのに…全部ぶち壊した…!」
発砲しようしたその時、トミーが私に突っかかりに来た。そのトミーの足に矢を放ち、伏せさせる。そして発砲した。その隙を縫われ、女が扉の向こうに逃げた。あの女だけは絶対に殺す。絶対に殺す!
「レブはあの男へ、ここを見張ってて…」
「わかった」
あのクソ女を追う。舞台ステージ方面に逃げた女。客席から銃撃してきた。バックパックを所持していた。アイツにはまだ武器がある。気をつけていこう。
「逃げんじゃないよ!!」
緞帳裏に逃げた女。急いで追う。バックステージだ。舞台で使用する衣装や器具、大道具が沢山あった。どこに逃げた?どこに行ったの?忍び足で探していると、背後から木材でぶん殴られた。女は直ぐにたじろいだが、私もその攻撃の影響で握っていた銃を手放してしまう。その銃を女に、盗られてしまった。私は急いで舞台大道具の物陰に隠れた。
相手は銃を所持している。私には素手のみだ。これだけで十分。殴り殺してやる。物陰に隠れながら、慎重に女との間合いを詰める。油断したら、終わり。背後から、遠方から、兎に角私が女の視界に映ったら終わりだ。確実に仕留める…。全神経を集中させる。女だ。少し遠くの大道具辺りを捜している。今なら間合いを詰めれる。一気に私は奴との距離を近づけた。そして背後をとることに成功。奇襲攻撃を仕掛け、ぶっ飛ばした。だがこの女。力が凄い…並大抵の兵士と同様の力を誇っている…こんなに腕も身体も細いのに…。スリーパーホールドを決めにかかろうとした私の左腕の肉を噛みちぎろうとしてきた。私は激痛のあまり、奴への攻撃を変更。距離を一定時間保つ時の衝撃を与える“ぶん殴り”を実行。女は吹っ飛び、仰向けに倒れた。私はそのまま、首を絞めに掛かった。その時、劇場の床から軋むような音が発生。私達はそれから、逃れられないまま下に落とされてしまった。奴の身体はフラフラだ。私は一気に締めにかかる。レンガ状の壁へ女を打ち付け、両手で首を絞めに掛かる。徐々に抵抗する力が無くなる女。顔も青白くなってきた。もう少し…あと少しでコイツを…殺れる…。最後の力を使い、私は本気で締めに掛かった。だがこの女はしぶとい。まだ生気を保っている。隠していたナイフを私の太腿に刺しに来た。急に発生したこの激痛。クソ…このクソ女ぁぁぁ!!私は手を離してしまう。奴は吐血していた。確実にダメージを負わせている。あともうちょっとだったのに!!クソ…足が…動かない…。痛さを越える…逆境を越える…。女はまたどこかに隠れた。そして、何か物を設置する音が聞こえた。アイツ…なにしてんの…。一応、下を確認しながら、奴を捜す。奴を大道具と大道具の重なりの隙間から発見。少し遠い。奴は爆弾を設置していた。それも大道具の物陰や、大道具に吊るされていたり、注意して進まなければ見つからないような仕掛けだ。設置をするということは…地雷式でもあるのか…。必要以上の注意が求められる。何分経過したのか、判らない…。牽制し合う両者。だが私の方が上手。女の背後に取り付いた。ここで見つけた瓶を奴に投げ込み、怯ませてからぶっ飛ばした。奴に抵抗させる暇を与えず私は女の右腕を逆に曲げた。折れる音がこの部屋に響いた。女は為す術なく仰向けになり、その様を見た私は顔面を殴り続けた。顔のパーツが露出するまで、私は止まらない。止めるつもりもない。血が大量に噴出する。殴る。殴る。殴る。殴る。
そこに私に向かって、刺しに来る女の姿が横目で確認できた。直ぐに察知できたから容易に攻撃を回避。更にレブの追撃が直撃。肩部に矢が貫通し、力を一気に失った。突っかかりに来た女を先に殺そうと、コイツの頭を地面に何度も打ち続けた。
「やめて…。」
クソ女が何かを言っている。クソ女に向けて地面を打ち続けさせた女の顔面を見せ、首にナイフを突きつけた。友人の最期の姿を見るのは、当人にとって最悪の記憶となる。私がされた事だ。その報いは当然だ。こいつの前でこの女を殺す。首にナイフを刺し込もうとした瞬間だ。
「妊娠してるの…」
奴がこう言った。関係ない…ふざけるな。
「アビー…。」
実行しようとしたら、レブがそう言ってきた。そこで私は我に返った。これ以上続けたら、復讐の連鎖になる…と。ここで全員殺せば、連鎖は終わるが胎児に罪は無い。その腹の子供まで傷つける虐殺の魂は私には宿っていない。だから………………………止めた。もう終わり。
「二度と私の前に姿を現さないで。」
そう言い残し、劇場を去った。
─────────────────────
ディーナ…ディーナ?大丈夫?ああ…何でそんな…ディーナまでこんな事に…私は…巻き込んでしまった…あのオンナ…殺してやる…絶対に殺してやる…痛い…腕が…痛すぎる。ジェシー?トミー?そうだ…、、、、ジェシーは撃たれた…トミー?トミー…動く?意識は…あった。だけど、全く動く様子が無い。どうしたらいいの…私…これからどうしたらいいの?
またこれを繰り返すの?
復習の連鎖。
これを…繰り返すの?
もう…いやだ。
嫌かもしれない…。
もう…嫌かもしれない。
こんなことがつづくなら。
なぐられつづけているときには、こいつのいきのねをとめるまでしなないとおもったけど、もういい。
みんな、おきて。
おねがい。
おねがいだから。
ひとりじゃ、なにもできない…。
たすけて。
ほんとうに、ごめんなさい。
┠───────────◆─────────┨
[それぞれの紡ぎ方]
「ほら、どうしたの?はいはい、わかったよ…行こうね。」
J.Jったら、ほんと抱っこ好きだよね。まぁ私もすきなんだけどさ。J.Jは抱っこが好きなの?私が好きなの?わかんないよ〜。ほら〜?どっち〜?ンフフフ、可愛いね〜。将来が楽しみだよ…。ママの所にいこうね。
「ディーナ!」
「キッチンにいるよ!」
ママさん発見!音楽かけよっかな。レコーダーかけにいこうよ。ね?J.J。
え?ブギウギ聴きたいの??わかったよ〜。ノリノリになっちゃうね〜。
「ちょっとー、何そのステップ」
「えぇ〜?これの事ぉ〜?ほら、J.J、ママのダンス見て?ほら、こっち来て〜。」
「もう、、、ヘンタイ…」
「知ってる…!」
「あ、まだオリー外に置いて来ちゃったかも…」
「連れてくるよ、どこにいる?」
「トラクターかな…」
「オッケー。」
外に出て、トラクターの元へ。
「あったよ、オリー。」
ぬいぐるみ。
「J.J、見てよ、この景色。最高だよね。J.Jが大きくなったら色んなこと話したいんだ…。色んなこと。本当に。ね。よし、ママのところ、戻ろっか。」
家に戻る。
「洗濯物干しに行くね。腰痛っ…」
「腰大丈夫?」
「ちょっとやばいかも…手伝って!」
「今行く!」
洗濯物の手伝いで、再び外に出る。
「ええ〜また?」
「何度でもやるよ?」
「ほら、もうお終い!」
子羊の元へ。
「触る?いいよ〜。あーあ、ダメダメ。もっとゆっくり。そーっと。そーっと。そうそう!うまいうまい…。」
「エリー?J.J代わるよ。羊を納屋に入れてくれる?」
「このままでも平気。」
「ホント?」
「ディーナは休んでて。」
「ありがと。お風呂にも入れたいし、遅くならないでね」
「あたし、羊マスターだよ?」
羊を納屋に入れる。
「スノー、デイジー、さぁ羊ども!時間だよー!さっさと納屋に入りなぁー!たっくさん居るね。何びきいるか数えちゃおっか。1匹、2匹、3匹、んフフ…眠くなってきたからもうお終い。ユージーン、ほら!行った行った!トド?グダグダしなーい!んて、、、絶対羊多すぎだよね…。」
羊を納屋に入れた。更に羊達を所定の場所に誘う。1匹の子羊が奥に行ってしまった。私は子羊の元へ。ゆっくりと近づき、怖がらせない。この子は少々臆病なんだ。目の前まで来た。すると子羊が私から逃げてしまった。その行動に誘発され、傍に立て掛けてあったシャベルが地面に落ちた。一見なんてことないただの横倒れ。だけど私にとってそれは、あの過去を思い出させるトリガー。納屋に吹き荒れる風。これが現実なのか、虚構なのか判らない…。風の強さが異常だ。こんな納屋にいた子羊が外に出てしまった。追おうとするが、力が入らない。たったシャベルが落ちただけだよ…?大丈夫。
「おちびさん…ほら、、、、エサのじかんだよ??ほら、、こっちにきて…さぁ、、、、、、サア…」
強風で納屋の扉が閉まる。納屋の中は真っ暗になり、私を悪夢を連行した。この白い壁。地下へと続く細い階段。ここは…あそこだ…あのロッジ。ここで…ジョエルが…。
「頼む!!ヤメテクレ!!エリー!タスケテクレ…!」
「ジョエル!!」
ジョエルが雄叫び…。あの時はこんな声聞こえなかった。ただただ殴られ続ける打撃音しか階段からはして来なかった。ジョエル!まだ生きてるんだ!まだ助かるんだ!絶対助ける!絶対に助ける!絶対に…助ける…。おねがい!開いて…開いて…なんで開かないの?おねがい…開いて…!!ジョエル!!!!
「エリー!エリー、大丈夫!ここは家よ。大丈夫。J.Jをこっちに…。」
納屋。
「ごめんなさい…ごめんなさい…。何があったのか…私はただ…。」
「エリー?」
「あたし…」
「いいから…」
「大丈夫、、最近刺激全く無かったし。」
心的外傷後ストレス障害。
まただ…こんなこと…。忘れられない。全身がヒリヒリするし、チクチクもする。現在の身の回りで起こる言動が、あの出来事に直結される。だけど全てでは無い。ディーナとJ.Jと過ごしている時はそれを忘れる事ができた。だけど完全に忘却できる訳じゃなかった。いつしかこの激しい震えは、痙攣へと変異。ディーナとJ.Jには多大な迷惑を掛けてきた。J.Jは私の異変にいつも泣き喚いてしまう。怖がらせてしまっている。本当に申し訳ない…。こんな小さな子に…。ごめん、でも無理なんだ…。傷は完治したのに、内側から私を殺そうとしてくるんだ。もう…やめて。忘れたいの。もう。
狩りから戻る。家の前には馬がいた。誰か、ジャクソンから来たんだ。ジェシーの母・ロビンがよく手紙を送ってくれてた。ロビンかな?「ディーナ、エリー、そしてJ.J、いつでも帰ってきてね。」って。優しいよね。誰だろう…。
「狩りご苦労さま。」
「ごめん、ディーナ、思ったより手こずっちゃって…誰?」
「まぁ、入って。」
「痛っ、、お前握力強いなぁ。」
「トミー…。」
「おぉ!来たか」
「はいはい、私がJ.J持つね。」
「久しぶりトミー。」
「久しぶりだな…元気か?でかくなったな」
「でしょ?筋肉の塊なんだー。ねぇ?」
「トミー、町はどう?マリアは?」
「元気だよ?少し…距離を置く事にした。まっ、色々話し合って決めた事だしな…。座れよ…見せたいものがある。」
トミーの痛々しい姿。足は治ってない。片足を引き摺っている。あの時から、ジャクソンも変わった。私達はいち早く離脱したんだ。
シアトルからジャクソンに帰ってきた時の皆の視線が怖かった。だけどそれは私の主観。後からディーナに聞いたら、皆が心配してくれたみたい。私にはそう感じられなかったんだ。人が怖くなった。誰とも口を利かなくなった。でも、ジェシーの家族は大事にしてくれた。勿論、遺体を運んだし、ロビンからその御礼も受けた。恨まれてるんじゃないかって思っていた。ジェシー以外が一命を取り留めたんだから。だけど、優しかった。
ジェシーのご両親が家に遊びに来たのを思い出す。最初は良い雰囲気だった。ジャクソンでの出来事を面白おかしく話してくれた。私達も農場での生活を話す。家畜の世話とかね。結構大変だから話題が絶えなかった。でもそのうち、「ジャクソンに戻れ」って言い出した。私は我慢できなくなって、森に走った。夜遅くになっても家に戻らなかった。朝方、戻ってきた時、ディーナがずっと起きて待っててくれてたんだ。顔は怒りに満ちていたけど、ディーナは私の手を掴んで離そうとせず、ベッドまで連れてってくれた。罪悪感しか無かった。そんな人間になんだよ…私って。
シアトルからジャクソンに帰還して一番変わったのは、トミーとマリアだ。マリアは怒った。私達にじゃない。トミーにだ。だけどトミーは…変わっていた。違うんだ。私達が知ってるトミーじゃないんだ。その後、トミーはジャクソンで様々な問題を抱えてしまう注意人物として、指定されてしまう程だ。トミーにはペナルティが多く課せられている。だがそれを実行していない。違反行為を続け、住民を困らせている。そんなトミーの姿も、私達がここに生活拠点を移した理由の一つだ。守りたい。守ってあげたい。支えたい。支えてあげたい。そうは思っている。だけど、いつ怒号を上げるか判らない。感情爆発の沸点が判らない。人が怖いんだ。人が怒る姿を直視すると、また痙攣が起こる。辛いんだ。そんな中で、ディーナには妊娠の時期がやって来る。私達が帰還した事で、多くの問題を抱えさせてしまった。ジャクソンにはもう居られない。
「ここんところ、ずっと探りを入れててな、ある新人から聞いたんだ。そいつが言うには、ある女とカリフォルニアで取引をした事があるって。その女は図体がデカくて、顔に傷がある少年を連れてたって…。海岸沿いの座礁したヨットで暮らしてるそうだ。絶対あいつだ。」
「もう終わったことでしょ。」
「悪いけど…。」
「いいか?俺は行けない。」
「わかってる…」
「そうかい…ここでのんびり暮らせば、奴の事なんて忘れるんだろうな…『復讐してやる』ジャクソンに戻った時、そう言ったよな?ガッカリだ」
トミーが家を出る。
「この子をお願い…。」
「J.J…おいで…」
ディーナがトミーに迫る。
「ねぇトミー!あの言い方なんなの?」
「何が?何がだよ?お前らこそなんだ!?こんな所で暮らして。忘れたのか?なぁ!?」
「ねぇ聞いて?トミー?」
「あぁ?なんだよ?文句あんなら言ってみろよ!なぁ?」
「もう二度とあの事を家に持ち込んで来ないで。」
この話は初めてじゃない。何度もあった。「頼む…エリー、アイツを殺してくれ。」って。それもあり、膨らまされる悪夢。何度も何度も何度も何度も、聞く耳を持たなかったが、今宵、遂にこんな地図まで持参してきた。その地図にはカリフォルニアを拡大していて、海岸沿いの赤線ルートの果ては、サンタバーバラを示している。ここに…居るのか…。あの、、、女が…。
トミーが居る前では決断できなかった。
もう苦しい…。ケリをつけたい。もう穴という穴から血液が出てきそうなんだ。痛いんだよ…生きてるのが痛いんだ。ジョエルに会いたい…。ねぇ?ジョエル。私って生きてていいの?なんで生かしたの?ねぇ…なんで?なんでなの…。そうだ。ジョエルだったら、どうする?私の立場だったらどうするの?ジョエルは。決まってる。殺しに行く。ぶっ殺しに行くね。私はジョエルの子じゃない。その役目はサラだ。だけどこれだけは言える。私とジョエルの絆を舐めないでほしい。ジョエルと、まだしたい事沢山あったのに…。あんな会話が最後?冗談でしょ?あたしってホントにバカ。バカ中のバカ。ジョエル?あなたは今私になんて言ってるの?何をしてほしいの?呪われてる。
夜。
一人で起きた。2人は寝ている。
寒い。窓を閉めよう。2階、1階の各部屋にある窓を閉めに行く。この家には私達の全てが詰まっている。思い出の箱。『祭壇』だよ。J.Jが産まれた時の写真。もう結構前になるね。今でも思い出すよ。私が描いたディーナとJ.Jの肖像画。あたしの最高傑作。
1階。窓が開いていた部屋へ。窓を閉めた反動で、手がなにかに当たった。ギターケース。ジョエルと私を繋ぐ遺物。ジョエルが私に本気で教えてくれた。ジョエルに浸りたい…気づいたら、ギターを持ち、いつものギターを弾く態勢になっていた。弦を弾く度に思い出すジョエルの表情。ジョエルが好き。優しい顔。怒った顔。悲しい顔。これは…私には見せないけど、ちょっと覗いて見た事がある。それと…私を愛しているところ。どんなものを失っても、私の事を第1に考えてくれるところ。それをちゃんと伝えられなかった私に腹が立つ。
前夜──。
色彩が白に統一化されたイルミネーション照明が中心のシャンデリアへと集約している。ここはパーティ会場。私は独りで居る。みんなは目の前でダンスを楽しんでいる。ディーナもだ。一人でグラスを片手で持ち、眺めるだけ。何が楽しいんだろう…。いいよね…ディーナって。誰とでも解け合える。私は斜に構えてしまう。ってかなんで私ここにいるんだろう。家に戻ろうかな。横からジェシーがやってくる。
「何が楽しいんだか…」
「ジェシー?同感だね。」
よかった…ジェシーもその気持ちだったんだ。
「お前のおやっさんにどやされたよ。」
「なんで?」
「パトロールのダメ出し。ここは危ない…あそこは行くな。お前が当番だとマジうるさくってさ。」
「そう…」
「あいつ…目立ってんな。」
ディーナはダンスの中心にいた。ディーナのパフォーマンスにみんな釘付けの様子。
「どうせヨリ戻すんでしょ?2週間ってとこ?」
「あいつ、なんか言ってた?」
「やっぱ1週間」
「エリー!おそい!遅刻だよ?」
「ごめんディーナ、ちゃんと来たでしょ?」
「よお」
「……どうも、行こ」
「朝イチで出発だからな、忘れんなよ」
「はーい、ボス…はぁ」
「うーわひど。」
「なーに?なんか文句あんの?凄く気になることがあるんだけど?私臭い?」
「そうだなあ、生ゴミって感じ?」
「はぁ???もう、これでどう?」
「くっさァァーい…」
「もう…んふふふ」
「男どもの視線釘付けにしてるよ?」
「エリーだよ?それは」
「違う…それはないよ。」
「嫉妬してるのかも」
「ただの女の子なんて、怖くないでしょ?」
「それは違う、あなたが一番怖いのにね。」
ディーナとキス。パーティ会場の中心で。
「おい!家族で来てるんだぞ?」
「ごめん、ゴメンって」
「家族で来てるんだ」
「そーいう自分はお手本なわけ??」
「勘弁してくれよ、口達者なレズとはな。」
「あんた今なんて言った!?」
私が激昂した。私はいいけどディーナを傷つける言葉を許さない。私はこのクソジジイをぶん殴ろうとした。
「エリー!だめよ」
「おい、とっとと失せろ。」
そこに割って入ってきたジョエル。
「2人とも…やめて。」
マリアとトミーもやってきた。
「エリー?大丈夫か?」
「何考えてんの?」
「あんな酷いことを…」
「自分だって!助けてくれ…なんて言ってない。」
「そうか…」
ジョエルには、そんな事しか言えなかった。
現在──。
朝。あの時間から睡眠をとることなく、ずっと考えていた。自分の人生、このままでいいの?いつまでジョエルの死体を幻覚すればいいの?
決着しかない。
トミーが話していた。サンタバーバラ。ここに行く。その思考に至ってからは、出立する準備に取り掛かった。キッチン。ディーナとJ.Jには言わずに出ていくつもりだった。2人に迷惑が掛からない程度にほんの少しだけ物資をバックパックに詰め込む。足音が聞こえてくる。振り向かなくても判る。
「エリー?あの子、久々にぐっすり寝てるよ?」
「疲れてたし」
「でも平気、もう寝よう。まだ起きる時間じゃないしね」
────
「終わらせなきゃ」
────
ディーナが止まった。
「なんで?トミーのためにそこまで…?」
「眠れないし…食欲も無い。ディーナには判らないよ」
「なにそれ…私だって辛いよ」
「あの子とエリーのために耐えてるの」
「愛してる」
「だったら!」
「行かなきゃ…」
「じゃあどうしろって言うの?ここでずっと待ってればいいわけ?一体いつまで?あなたが死んでたら…」
「あたしは死なない」
「ジェシーもそう思ってた。ジョエルもね…」
その言葉を聞いてあたしは外に出る決心をした。
「ねぇ待って…おねがい…あたし達家族でしょ?あんな女の方が家族より大事なの?なんで…なんでよ…あたしはもう行けない。」
─
「わかった」
─
彼女が来ない事は判っていた。もう巻き込みたくない。今度はあたし一人。誰の指図も受けない。私が決める。この手で、あいつを、殺しに行く。
────────────────────
「コンスタンス2525、コンスタンス2525」
「あったよ?コンスタンス2525」
「ここは先週も見たでしょ?情報貰うために銃をあげちゃうなんて…アビーほんとお人好し。」
「見つかるかも」
「ファイアフライを見かけたなんて絶対嘘。」
「ほらレブ、いい予感するんだ」
「僕はしない」
「行こう」
閑散とした住居の通り。道路という概念は肌色化した草木の影響で成してない。そこを2人で歩く。
「ねえ、ファイアフライがまだいるなら、何してると思う?」
「そうだね、社会の再建を目指していたし…色んな方法があるだろうし…」
「2417…2419…だんだん近づいてる?」
「いや、ここ。案外近かったね。」
ガレージの隙間から家に潜入する。
「コンスタンス2425…ここか。」
「本当にここなの?」
「レブ、大丈夫だから。たぶん。」
「えぇー」
何も無い、そんなはずは…どこかにまだ道があるはず…。
「アビー?ここ。跡が…。」
「ちょっとどいて。」
「見つけたよ…僕がね。」
「いつも頼りにしてるよ」
ワードローブの傍、床と壁に擦り傷を発見した。何かを予感し、私はワードローブを一気に押した。すると出てきたのは、地下へと続く隠し通路。通路の先に広がるのは、住居区画だ。寝床は2段ベッド、長方形の少々サイズのあるテーブル、洗濯機、シャワーも完備してある。長い事誰かが住んでいたんだ。ソーラー発電を起動させ、電気が復旧した。
住居区画の最奥、無線機器とカリフォルニアの地図があった。
「この周波数は生きてる?どっかにコールサインない?」
「え?なにそれ」
「数字と文字のリスト」
「こちらサンタバーバラのアビー、聞こえますか?オーバー…誰かいないの?」
「これなに?」
「周波数だ…この周波数はまだ生きてる?誰かいますか?」
「これって全部ファイアフライの拠点?」
「さぁーね。誰か聞こえますか?オーバー。この周波数はまだ生きてる?誰か?こちらサンタバーバラのアビー。この周波数はまだ生きてる?誰か?こちらサンタバーバラのアビー。もし聞こえてるなら、応答して…お願い…」
─────
「やぁ、アビー。信号をキャッチした。サンタバーバラのどこにいる?」
「コンスタンス2425、ここにファイアフライの基地があると聞いて…私もファイアフライなんです」
「どこの基地にいた?」
「ソルトレイクの拠点です」
「施設の責任者は?」
「アンダーソン博士。私の父なんです」
「驚いたな…実は中継地点から本拠地に引き上げたんだ」
「何人いるんですか?」
「大体、200人だな、毎月数人増えてる」
「2人、追加して。そちらの場所は?」
「カタリーナ島、大きなドーム型の建物に来ればすぐ見つかる」
「すぐ行きます…アウト」
「了解、気をつけてくるんだぞ?アビー。アウト」
──────
「どうレブ?信じてよかったでしょ?」
「僕は元々信じてたよ?」
「ウソつき…!疑ってたクセに」
「……ごめん。。。」
「ンハハ、気にしないで!大丈夫。さぁ行こう」
階上して、潜入経路であるガレージへと戻った。私が先にガレージを出た。次の瞬間、何者かが私の身体を木製バットでぶん殴りに来た。突然の出来事のあまり受身が取れず、床に倒れ、そのまま拘束状態にされた。後方から矢を放ったレブ。第2射目を放とうとしたが、謎の男に剛腕な右ストレートを決められてしまう。レブは気絶した。猿轡をされ、レブへの声掛けもできない。初撃の際は、人数が判らなかったが、今、仰向けにされ急襲者の確認ができた。全員男だ。武装している。人数は見る限りだと3人。手も足も、固く結ばれた。抵抗は無駄のようだ。制限のある中で、振り絞れる限りの力を出す。その様を高笑いする男達。
「もういい!よせ!死んじまうだろー?縛っとけ。」
レブを殴った、短い銀髪のサングラス男。こいつがリーダーのようだ。
「来るんだ…おい、見せてみろ、いいか?」
「おい、、、よせよ…うああ!あああああ…!!いってぇだろ!」
「これでいい…このチビは任せたぞ」
レブが放った矢を無理矢理引き抜く。
「やめて!その子に触らないで!」
私の願い虚しく、顔面を蹴られ、物理的に黙らされた。
「うはははははは!!この女デケェな。」
「こいつァ、活きがいい。」
「奴隷にぴったしだな。」
[隷属の器]
─────────
いつになれば音は止むの?
時が経てば
衝動も欲望も…
おさまって…
消えるはずじゃないの?
欲望は消え去るんじゃないの…
その突き刺すような微笑みに取り憑かれ
仮面の重みが徐々に増す
私の顔から滑り落ちて行く
1歩進み、そして2歩後退する
首に縄が巻かれている
遠くに行こうとする
縄がきつくなりどんどん息苦しくなる
どうすればこの首吊り縄を切れるの?
ずっと夜明けを待っている
でも光なんてどこにも見えない
私は光を見失ってしまった
私にはもう
見えないのかも…
もう何もかも置き去りにしてしまってもいい?
──────────
いつ書いたのかな…覚えてない。殴り書きだ。書かずにはいられなかったんだと思う。アビーの顔を書いている。顔面に十字を刻んでいた。八つ裂きにしてやる…と捉えていいのかな。この顔には眼球が書かれていない。この顔面の画の横に、様々な眼球のパターンを描いている。虚ろな目、攻撃的な目、奇っ怪な目、研ぎ澄ます目、警戒する目、見上げる目、見下す目。
「どこに行ったわけ?コンスタンス2425?うん、この地図…間違いない。」
サンタバーバラ。景色がとても良い。そこら中に花が咲いていて色の濃い朝焼けが現れる。波の音が心地よい。ここでは、軍の爆撃跡が確認されなかった。足を踏み入れてないんだ。海岸線を延々と進んだ。座礁したヨットを発見した。2、3日ずっと人もヨット見ていなかったから待望だった。しかも一発目でクリーンヒット。船内には、アビーの筆跡と思われる紙。レブ…あの弓矢のガキか…。
「ここからどうやって通りに行ったんだろう…。」
浜辺から通りに出るための道を探す。刻まれた岸壁を発見した。ここで合ってそう。越えた。大樹がお出迎えをしてくれる。その大樹の横には白いコンクリート状の壁があった。居住区だ。ずっと海岸を歩いていたから、久々の通りだった。
「えっと、、、メサブラフか…今はここで…サンタバーバラの市街があるのは、、あっちか。」
メサブラフを通る。聞こえてくる怪音。なんだか久々だな…こいつらと出会うのは…。殺り合うのもいいけど、一応、見送る形も探ってみる。にしてもここは豪邸が多いな。所構わず草木が生えているから、豪邸と道路の境が判別不能。きっとここを完全整備したら、物凄く美しい街が復元されるはずなんだろうな。
豪邸の前には、感染者がいる。通りにいる私の両脇の豪邸に2体ずつ感染者がいる。迂回する事はできない。通りには自身の膝丈ぐらいは生えている草木、廃棄された車がある。戦闘回避は可能だった。先を行く。
通りは倒木の影響で閉鎖されている。左に見えた豪邸の壁が半壊しているのを確認した。そこから迂回しよう。感染者がいても…この場合は仕方がない。
豪邸内部。案の定、感染者がいた。しかもこの呻き声は、シャンブラーだ。2体いる。ストーカーもだ。異形の歩行で、足音が床を伝い、離れた私の元へやってくる。この建物の出口も判らない。殺すしかない。広大なリビング、キッチン等の区画が隔たり無く通行可能となっている。私が奴らから距離を離す逃げ道はあるが、それは反対の事も意味する。私はキッチンを身をかがめて、動向を伺う。奴らには行動パターンがある。2体いるシャンブラーを甲・乙と分別しよう。シャンブラー甲は、現在居る1階の最も広い区画である、リビングを周回している。長時間に渡り、動きを視察したが、周回以外に他のルートへ方向転換する様子は全く見られなかった。反してシャンブラー乙は、変則的な行動をとる。だがそれにも周期的な動きがある。それは、シャンブラー甲との接触だ。リビングを周回している甲に、変則的でありながらも、確実に乙が甲と身体を寄せ付け合う瞬間があるんだ。何故かは全く判らないが、周期的にそれは発生する。両者の身体が、接触したその瞬間に火炎瓶やら銃弾をぶち込めば、一気に倒せられる。ストーカーは二の次でいい。あいつの行動パターン予測は完全に不可能だから。
豪邸内の感染者を一掃した。先に進む。通りの方に…あるはず。あった…また海辺か。あそこがサンタバーバラだ。建造物が沢山立ち並んでいる。しかも全部の形状、高さ、色彩が統一されている。ランドマークとなるような目印が今の所判らない。先ずは進もう。サンタバーバラに。
「アビー?アビーがもし感染者に殺されていたら?どうすんの?ねぇ、、、あたし。あそこに絶対いるよ。あたしが殺す。」
傾斜面を下りて、再び居住区画が見えてきた。傾斜面から居住区画に続く、道として木と木の間を通った。
通った次に視界に映ったのは、反転した世界だった。私は間を通った瞬間、トラップにかかってしまったのだ。両足を取られ逆さ吊りされてしまう。
「そんな…ああああ!!」
両足を固定するロープ。それが私を大きく揺らす。ロープが固定されている木に生えている鋭利で尖った枝が私の脇腹に直撃。抉るように刺さり、堪らず声を出してしまう。目の前がぼんやりとしてくる。そんな…こんな所で…クソ…クソ…クソ…。
「アビー?アビー…アビー…アビー…」
ボヤけて見える視界に映る2人の男の影。
「おい、誰かかかったぞ?」
「こいつ死に損ないじゃないかよ」
男達により、私は地面に落とされる。
「おい今日はもう、終わりにしようぜ」
「そうだな、そいつを降ろして終わりにしよう」
「まじでさぁ、そいつ連れ帰る価値あるのか?うぉ!おい!クソが!なんなんだよ!」
「おい!噛まれたか?」
「いや噛まれてない、平気だ。ビビったぜ…」
ハッハッハハハハハ、だっさ。チビったんじゃないの?
「何がおかしいんだ?あぁ?」
マジでだっさ。
「いい度胸じゃねえか…お前来い!立てコラァ!」
「おい、、余計な事すんなよ…」
「いいんだよ、どうせこいつは死ぬんだからな!」
すみません!ごめんなさい…お願いです。。助けてください…。
なんて言うと、思うと思ったかクソ野郎共が。
私を無理矢理立たせ、私の左手を逆さ吊りのクリッカーに噛ませようとしている。私は弱い女を演じた。こいつは完全に油断している。奴の両手が、私の左腕に集中していた。私の右手はガラ空き。私の事弱い女だと思ってるわけ?笑わせる。こんなの修羅でもなんでもない。脇腹ぶっ刺されたぐらいで屈するわけねぇだろうが。私を無理矢理立たせた奴の腕を一気にクリッカーの元へ押し寄せた。相手の力は弱かった。本当はもっと強靭な能力なんだろう。相当油断してたな…こいつ。クリッカーはこの男に噛みついた。首元から噛みついた。男は絶叫し、自力での直立は不可能になる。そして、油断してたのはもう一人のサングラスの男もだ。武器を全く構えていなかった。クリッカーに噛まれた男を盾にして、奴からのスローな銃弾をガード。その隙をかいて、噛まれた男がぶら下げているサブマシンガンを乱れ撃ち。サングラス男に命中し、後ろに倒れた。サングラス男を脅す。銃を構えながら。
「アビーって言ったよな?そいつ捜してんだろ…数ヶ月前に同じ名前のやつを見たんだ!」
「嘘ばっかり…」
「本当だ。図体デカくて、ブロンドで、ぶっとい腕の…口元に傷のある少年を連れてた…!ああ、間違いねえ、見逃してくれたら、居場所教えるぜ…感染が進む前に見つけられるだろ…。」
「続けて。」
「野営地の檻に入れられてる…」
「どこにあるの?」
「あっちにある線路に沿って行けば、保養所に辿り着く…捕虜は円くて高い建物に収容されてる…ウソじゃねえ…」
用は済んだ。発砲した。
[シーサイドゲツセマネ]
「保養所にある円くて高い建物…円くて…高い…。」
奴の言葉通りに歩いている。線路は自然現象の劇的な成長で、歩けなくなった。遠目で線路を確認しながら進んだ。傷は縫合した。逆さ吊りの状態だったため身体右側が血だらけになってしまった。水分も無く、洗い流す事ができない…クソ…気持ち悪い…。痛いし、頭がクラクラする…。早く見つけなきゃ…私がどうにかなりそう。他人から見た、今の私完全に無法者だよ。めっちゃ血だらけ。あのクソ野郎が言ってた場所を繰り返す。忘れないようにという、そんな単純な理由じゃない。まだ信じてないからだ。別に行くあても無いし…。私が行こうとしてた目的地と合致していたから行くだけだ。保養所…そこに向かっていると目の前で人間の争いを目撃する。
「こっちだよ!足を狙いな!殺すんじゃないよ!」
「戻るもんか、、、絶対に。」
「こいつ!銃を持ってるぞ!」
「あんな所に戻るなら、もういい!」
「チッ、ふざけやがって…死んだら意味ねぇだろうが。」
「辺りを捜索するよう報告して、逃げたのがこいつだけじゃない可能性がある。感染者に注意して。アイツに手を貸したヤツは全員プール行きだよ」
「ここんとこ、暴れててな。今日はこれで3回目だ。もっとゲートに人置けばいいのに」
「ゲートのヤツらがサボってんでしょ?周り見てきて。」
なんなの…こいつら。もう…、もしかしてアイツらの仲間?サプレッサー付きのサブマシンガンを所持している。装具もなんか似ている…。多分、そうだ。サンタバーバラ…とある組織が覇権を握っている可能性を予測した。4人と犬。こいつらは一人の男を狙っていた。「殺すな」とも言ってた。これは救済と捉えるには適切では無い。男は拒絶していた。その結果が自殺だ。まずい所に侵入したかもしれない。こいつらを殺そう。先程入手したこのサブマシンガン。サプレッサー付きがとても優秀。線路区画と合流、列車を利用して遠方から隠密射撃する。次々と葬っていく。一人また一人と仲間が減る事に、何者かに待ち伏せされていると踏んだ、残されたヤツら。残念、待ち伏せでは無い。お前達に用は無いけど、一応殺しておくだけだよ。後々面倒になりそうだからね。死ね。ザマミロ。バカどもに殺られる前に見つけないと…。
掃討。自殺した男を狙う班と更なる脱走者を捜索する班。こいつらが私によって裁きを下されるのは、妥当だと判断したのは次の光景が視界に映されたからだ。車庫を歩き、横倒しにされた貨物コンテナを越える。この行動が3回繰り返された。3回目の貨物コンテナを越境した時、壁に囲まれた街を発見した。かなり近い。何故今まで声が聞こえなかったのか判らないぐらい普通に近い。その壁の街には、“円くて高い建物”に該当する建物が奥に位置していた。本当だった。取り敢えずのクソジジイに感謝しとこ。だが見ず知らずの奴らに対して“裁き”という選択が間違っていなかったと断定したのは、ここからだ。この街では奴隷制度が設けられている。私の前に広がる区画は、畑だ。人々は銃を突きつけられながら、作業を強いられていた。殴られたり蹴られたり、非道な行いをされているのを私は見た。もしここでアビーが奴隷として扱われていたら…。抵抗して死に直面するような仕打ちを受けていたら…早くしなきゃ…早く、侵入しよう。
─────
ラトラーズ!
マッケンジーよ。脱走したの。もう自由の身。
夫はあんたらのトマトを採ってて死んだ。
私たちは孤独な流れ者じゃない。
仲間を連れて戻ってくる。首を洗って待ってな。
─────
貨物コンテナの死体にあった紙切れ。ラトラーズ…。こいつらの名称か。どこから入ろう…。貨物コンテナを越えるために必要な梯子はもう無い。倉庫もありここからの迂回を試みたが、シャッターが開かない。八方塞がりのように見えたが、貨物コンテナの下を見てみた。すると金網を発見。その金網には緩みがあった。金網を押し上げて、侵入。
「ほら、あともうちょっとだぞ??」
「やめときなよ、何も感じないんだよ、ホント呆れた趣味だね」
「逃げなきゃ良かったって後悔してんだよコイツ。ハハハハウウハハ!!」
感染者を拘束して、遊んでいる…。イカれたクソ野郎どもの戯れが映される。感染者の前には2人の兵士。そこに火炎瓶を投擲、周辺にいる兵士は一斉にして、厳戒態勢を張った。そんな事は私にとって微塵の脅しにもならない。建造物の2階から、スナイパーを置いている。貨物コンテナを物陰にして、そこから精密狙撃。クズどもの縄張りを破壊していく。
保養所は全てが結合された複合施設のような大豪邸をアジト化したエリアだ。だから、内装は居住区画と休憩所が連続して訪れる。
「円形の建物…見つけた。」
あそこだ。大音量の楽曲が、感染者の唸り声と共に耳を通る。決して良い気分になるようなものでは無い。ロック調の音楽が大損だ。感染者を拘束している。しょうもない。あ、ここ…。プールだ。水を入れてない空っぽのプール。奴らが言っていたのはまさかこれの事?殺して感染者にするよって事?要は、“正式に殺さない”。人間としては殺しに至るような攻撃を加えるけど、殺傷能力のある攻撃はしない。倒れて、悶え苦しみながら死に、感染者へと転化させる。こんなのイカれた外道のクソがする事だ。
「全員ぶっ殺してやる。」
このクソイカれたアホどもめ。アビー殺してたら、許さないからね。ほんとに。全員、殺す。次々と現れる敵兵。血だらけになりながらも私は戦う。恐れない。もう何にも恐れない。何にも屈しない。私は私の思うがままに生きる。ねぇ、そうでしょ?あなたは私に何をしてほしいの?そうだよね。これでしょ?これで合ってるんだよね?たくさんの人を殺してるよ。みんな悪い人。病んでる人。自問自答を繰り返す度に、まるであなたが傍で戦ってくれてるかのように感じるの。あなたを素肌に感じる。単に好きだから。そんだけの理由。お互い罪を背負ってるよね。私が保養所で起こす壊滅的打撃に終わりは必ずある。その終わりはあの罪人。ジョエルへの贖罪なんだ。偏愛じゃない。博愛。偏りのない美しさに満ち満ちた、私達の絆。この戦いの終結へと私は、歩みを停めない。
階下。敵兵を一掃し、幅が広がった捜索範囲。もう敵はやって来なくなった。そんなに、殺したの?私。扉があった。あけるとそこには檻があった。檻を見つけたその瞬間、後方から木製バットで脇腹をフルスイングする兵士が現れた。取っ組み合いになり、私は奴の首を壁に押し当てる。一気に押し当てる。本気で殺す。まじで殺す。奴が脇腹を蹴ってきた。意図してなのか、それは現在の私にとって急所中の急所。身体全体に激痛が走ったが堪え、奴を薙ぎ倒した。その行動が私にピンチをもたらす。仰向けになってしまい、奴が上に伸し掛る状況を作ってしまった。奴は手持ちしていたバットを使い、私の首に押し当てた。だが私が完全に拘束された訳では無い。両手が使える。右手で奴の目玉をくり抜こうとした。奴からは急激に力が無くなり、伸し掛り状態を蹴り飛ばした。その奴の身体は檻方面に行く。
「ほら!こいつを締め上げろ!」
「頭と胴体真っ二つにしてやる!」
檻の中にいる奴隷達が、奴が持つバットを使い、奴の首を締めに掛かった。檻の中へと引っ張られる私を襲った女。女はそのまま呼吸困難になり、意識を失った。奴隷達は奴のポケットを探り、鍵を発見。内側から手を伸ばし、鍵穴に刺しこんだ。脱出している。6人。男と女。アビーがいない…。奴隷達は武器庫から銃を取り出した。
「ちょっと待って…アビーはどこ?」
「噛まれてる!」
「そこをどけ!」
──
「こっチに銃向ケなイで!!」
──
「おい待て待て!アビー、逃げた罰で、『杭』にいる」
「杭?」
「浜辺に行ってみろ、直ぐにわかる。死んでるだろうがな…。」
男が言った。
『杭』。浜辺。
やばい、なんか、おかしい。
身体が…もうダメかもしれない…。
外から人間の声が大きく聞こえる。
奴隷だ。私は奴隷解放者になった。
奴隷達が暴走している。
時期にラトラーズは壊滅…かな。
私のおかげ?
あの男達と一緒にこのまま帰ればいいのにね。
でもそれは違う。
私がここに来た理由がある。
明確に。
曇天。
あんなに晴れてたのに。
いつの間にかこんな時間になっていた。
時の流れが判らない。
この事象が招くのは、呪縛からの解放。
心の中は最近いつもこんな感じ、この天候から次第に落雷したり、大嵐が吹き荒れたり、天変地異のように精神という地殻が大変動を起こす。
このままのあたしは死んじゃいたい。
生きてる。
私は生きてる。
遺志を継いでる。
アビー、絶対に見つけてやる。
奴隷とラトラーズが喧騒し合う、外へと出た。
浜辺はこっち。
「みんな!捕虜が逃げ出したよ!攻撃するんだ!」
銃声が飛び交う。どっちが優勢なのかは判らない。
「まずい!全員が武装している!一旦引くんだ!捕虜を撃ち殺せ!」
「お願い!誰か助けて…!」
奴隷達は声を上げていない。
全てがラトラーズの雄叫びだ。
戦況が大体把握できたな…。
保養所から火災が発生している。
声が、聞こえなくなった。
勝敗が着いたようだ。
浜辺…。
木があちこちに生えている。
木と木の間から射し込む陽の光。
浜辺は濃霧だ。
だけど、視界に広がる異様な光景は直ぐに判別がついた。
杭。
1本の太い倒木が、等間隔に地面に突き刺され、そこに人間が吊るされている。
両手を上側に固定され、足元には、段差がある。
首を吊られている訳では無い
だから磔刑にされたという事では無く、磔刑にされる前にある程度の肉体的苦痛を与えられたんだ。
腹部を八つ裂きにされている死体が多かった。
脹脛、左腕等、各パーツを集中的に拷問された跡も発見できる。
全員死んでる。
しかもそこまで古くない。
肉が腐ってないんだ。
小バエが死体周辺を飛来している。
海に近づくにつれ、死体の腐敗度が増す。
海に近い杭は、肉が剥がれ落ち、黒く爛れた骨の状態を成していた。
そこに、虫は集っていない。
ここにいるんでしょ…アビー?
どこなの?
1つずつ、杭を回る。
すると、ほんの少しだけ、呼吸音が聞こえた。
その元に訪れる。
見上げた。
短髪。
痩せ細った体型だが、全盛期を感じさせるような余った筋肉質。
この女に近づいた。
「助けて…お願い…。あんた…」
間違いない。
身体は私が知ってるものじゃないけど、この顔が何よりも証拠だ。
見つけた…。
やっと…見つけた。
アビーを杭から下ろした。
アビーは少年の杭の元へ行く。
「レブ?レブ…お願い…!」
「アビー…?」
少年は生きていた。
「ほら、もう大丈夫。」
アビーがレブを抱える。
「こっちにボートがある…。」
そう言い、私を誘った。
2人は、相当な攻撃を受けていた。
私に敵意を向けてこない。
海浜。
ボートが2隻。
アビーはレブをボートに乗せ、出航しようとしている。
もう一つのボートにバックパックを下ろす。
これでいいの?
なんか、別れようとしてない?
まるで私がこいつらを助けたみたいな構図になっている。
ほんとにこれでいいの?
縫合された傷跡を見て、何度目かもわからない、ロッジが思い出される。
違う。
これは違う。
絶対に違う。
骨が砕ける音が何回も聞こえるんだ。
悲鳴も雄叫びも、発していたのに、私があの階段を下りてる時には聞こえてなかった。
でも、聞こえるようになったんだ。
改竄されてる。
経験した出来事じゃないのに、経験した出来事かのように、記憶が編集されてるんだ。
脳が『逃げるな』って、言ってるみたいに。
だから私は、それに応える。
私の人生を壊したこの女。
全てを終わらせる。
「いかせるわけにはいかない。」
「悪いけど諦めて…」
戦う意思が無いことに腹を立てる。
今更そんなのなし。
ふざけるな。
「もうやめて…戦う気は無いの…」
「だめ…戦うの。」
私はレブにナイフを突き立てた。
「その子は関係無い…」
「あんたが巻き込んだんでしょ」
「そう、わかった…」
敵意を向けて来なかったアビーが私に突進を仕掛けに来た。私はナイフで応戦した。ナイフはアビーの頬に直撃。アビーは後方によろけた。そのふらついた隙に、一気に間合いを詰める。ナイフで貧弱した身体を無作為に切り刻みまくった。当たったのか、当たってないのか、感情的になってしまっているため判断のしようがない。殺す事で頭がいっぱいいっぱいになってるんだ。だけど確実にアビーはダメージを受けている。杭までに何があったかは知らない。その影響もあって、ごつい肉体は削ぎ落とされた。完全にあたしのステージ。アビーの膝が地面に着いた。私は胴体を蹴り飛ばして、仰向けにさせる。そこにのしかかり、ナイフを胴体を差し込もうとした。奴の力は鈍ってる。いける…いけるぞ…。胴体にナイフが刺し込まれた。アビーは絶叫する。だが奴にはまだ体力が残されていた。油断は与えたつもりは一切ない。この女の最後の悪あがきだ。刺し込まれたナイフを戻し、海に放り投げた。こいつ…どんだけ動けるんだ…。もうあたしは…ダメかも…こいつはどんどん殴りってくる。あたしも殴り返す。どちらかが、先に倒れたら負けだ。もう両者には仰向けになった状態から立ち直れるような体力は無い。本気で殴る。視界が血だらけになりながらも拭う時間なんか無い。一瞬の隙で相手への空白を与えてしまうからだ。血が拭われる瞬間は、アビーからの攻撃が決まった時だ。それとその攻撃を躱した瞬間の頭の揺れ。暴行の嵐。先に倒れたのは、アビーだ。ここは海浜。浅瀬だ。首を思いっきり、地面に押し付ける。抵抗するアビー。汚い傷だらけの腕が私に纏わりつく。異常な抵抗性を見せつけるアビー。首の留めていた手を引き離されてゆく。そんな…まずい!力を最大限にして一極集中させる。だが、私の手がアビーの口元に入ってしまう。私は口の中をグチャグチャにしてやろうと思った。左手で握り拳を作り、喉を抉ってやろうと。だがアビーは、私の手を噛みちぎろうとする。めちゃくちゃに痛い。動物のように平気で肉を噛み切ろうとしている。しかも手と腕の切断を…歯で。私は急いで引き抜こうとする。その引き抜きに、薬指と小指を代償にしてしまった。痛すぎる…痛い…このクソ女め…。私から指が2本も無くなった。奴はまだ浅瀬にいる。私は伸し掛り状態を継続させたままだ。このまま終わる訳にはいかないんだ。殺す。首をもう…判らない。どれほどの力が入ったのかは判らない。最大級に地面に押し当て、溺れさせる。ジタバタうるせぇんだよ。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。悶え苦しむこの姿。どんだけ待ち望んだことだろうか…。更に私はアビーの腹部を抑え、ジタバタさせている脚部の終息に成功する。もうこいつは、終わる。死ぬ。死ぬ。死ぬ…死ぬの?そう、死ぬんだ。この女は、死ぬ運命なんだ。ほんたにそう?そうだよ?死ぬんだよね。そうでしょ。違うの?え、なにこれ?今から殺すんだよ?そう、殺す。だってそうでしょ?殺せるんだ。あなたの願いそのままに。私が裁きを下す。だから、追ってきたんだよ。なんだろう…これ。なんなんだ?なんで?
──────────
なんでそんな顔をするの?
──────────
なんで今の私を否定するような顔をするの?
なんで?
ねぇ、、、、あなたを思ってなんだよ?
こうしないの?
あなたは私が殺されてもこうしないの?
言ったよね?
ねぇ、お願い。
私から離れないで。
誰も離れないで。
わかった…
私はアビーを解放した。
「もう行って…あの子と一緒に…」
泣き喚いた。
なんでだ…なんで私は、殺せなかった?
なんでなの…出てきたんだ。
[何が与えられ、何を得て、何を成すのか。]
戻ってきた。農場。
物静か。この結果は予想してなかった…。
もぬけの殻…誰もいない。家具も服も食物も全部無い。
出て行ったんだ。
そうか…出て行っちゃったか…。
そうだよね、失望したよね。あたしに。
大切な人だったのに。裏切ってしまったんだ。
何も無い。
あたしの部屋。あたしの全てがあった。他の部屋に置いてあったあたしの物も全部ここに集約されている。
あたしだけ、置いてけぼりにされた。
でもそれは、ディーナもそうだよね。
あたしがした事、それがあたしにも返ってきただけ。
ギター。あなたとあたしを紡ぐ物。
弾けない。
弾けないんだ。もうあたし、この曲弾けないんだ。
ジョエル…ごめんね。私、もう弾けないんだ…。
ジャクソン──。
「エリー?」
「それなに?」
「コーヒーだ。」
「どこにあったの?」
「先週街に来た人がいただろ?恥ずかしいぐらい高くついちまったが、悪くない」
「セスなら一人で解決できた」
「そうだな…」
「それと、ジェシーに巡回のダメ出ししないで」
「わかった。ディーナと付き合ってるのか?」
「違う…あれはただのキスだから、なんでもない」
「好きなのか?」
「ホント…バカみたい」
「俺にはあの子がどういうつもりかわからないがお前と付き合えるなんて、幸せ者だろ」
「よくそんなこと言えるね」
「あたしはあの病院で死ぬつもりだった。生きたって証拠を残せたのに。それを奪ったんだよ!」
「もしも神様がもう一度チャンスをくれたとしても、俺はきっと同じ事をする…」
「わかってる…。たぶん、一生その事は許せないと思う。でも、許したいとは思ってる。」
「それでいい…。」
「わかった…じゃあまたね。」
「ああ。」
現在──。
ギターを置く。バックパックを手に取り、家を出た。独りよがりの行動は私に罪を背負わせた。ギターを手にして、それは外された。決別。アビーを許した。これだけでは、あなたとは離れられない。弾けない…。好都合?あなたを忘れるには最適解?無理に忘れようしなくていい。弾けない…そのうちに忘れられる。
いや…私も出よう。
この家から去ろう。
行くあてなんかないのに。
どこに行こう…。
私は今何がしたいの?
そう、私の価値はどこにあるの?
存在理由が知りたい。
こんな私を求めてくれる誰かをさがしたい。
ジョエルの“助けた意味”が…
『助けてくれた意味』となるように。
原作:Sony Interactive Entertainment & Naughty Dog「The Last of Us Part.Ⅱ」
著者:沙原吏凜
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