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小論文~「高校教師①」

若気の至りと言うには、あまりに残酷な恋愛をしたことがある。
いや、真面目なお付き合いだった。その時はそう信じていた。
今振り返ると、「恋に恋する」という現象だった気がする。

あれは高校の、そろそろ進路を決めなければいけない時期だった。
17、18歳くらいで将来を決めるなんて、所詮無理なことだと思うだが、志望校を決めなければならない時期が迫って来た。

好きな科目は音楽、得意なことは体育、興味がある世界は生物、勉強しなくても満点なのが国語だったことから、推薦入学も考えて、論文の指導を国語(現国、古文、漢文)の、米倉先生に受けたらどうかと進路指導の先生に言われた。

好きな音楽を進路にしても、授業料など諸々の高さから音楽大学へは到底入れてくれないであろう母親のことを思うと、国語をベーシックにする方が波風が立たないと思い、論文の指導を仰ぐことに決めた。

米倉は、パッとしない外見とは裏腹に、受け持つ2組の団結力からしても判る熱血派の先生だった。
わざと外したようなジョークが返ってウケて、何人かいる国語の先生の中でも、この先生のクラスは人気があった。

実際にリリ子の周りでも、米倉を「ヨネちゃん」と呼ぶ親衛隊らしきグループが出来ていた。
その親衛隊たちは、米倉の授業前になるとわざと廊下に出て、米倉を出迎える歓迎の挨拶が儀式になっていた。チアガールのようなものだ。

そのチアガールの一人の範子は夢中になるタイプで、ヨネちゃんに「早く教室に入りなさい!」と叱られたと言っては嬉しそうにしていた。
「良かったね~ノンノン!」と範子に声をかけると、自分は宿題のチェックに目を合わせていた。

(叱られて嬉しいだなんて・・・)

理由もなく母親に叱られる毎日を過ごすリリ子にとっては、範子は幸せ者だなと思った。

範子はチャーミングな子だった。
10歳の時に父親を事故で亡くした範子は、機能不全家族の中でバランス役のリリ子を頼っていた。リリ子はアダルト・チャイルドだった。

範子の甘えた舌足らずな話し方も男子生徒に人気があり、それを知ってか、横目で男子に視線を送ることも忘れなかった。

その範子は今、クリッとした目を米倉に向けてジーッと正視している。恋する姿とはこういうものなのかと思い見ていると、板書を終えた米倉が向きを変えて、
「この短歌から感じられることを書き出しなさい」と言って着席した。

ゆふぐれは雲のはたてにものぞ思ふ天つ空なる人を恋ふとて / 読み人知らず(万葉集より)


リリ子は書き取りをして直ぐに歌の鑑賞をし、歌の主人公の気持ちに浸りながら、この米倉に個人的に小論文をみてもらうことを範子にどう告げようかと思うと、心が痛いような感覚を覚えた。(つづく)