ふるさと迷路

Covid-19という今までにないウイルスがこの地球上を覆っている。こんな目に見えないモノに支配されている人類。もう3月から日本への直行便もなくなった。

今まで、祖国とか故郷を恋しく思ったことは、実はない。それはずっと異端児として生きてきたからだろう。辛い過去にはどこか見切りをつけてきたのだ。それは今でも同じだけど、「行かない」のと「行けない」のでは心理的な差がある。

いつか故郷を詠んだことがあったと思い返して結社誌を探した。それは2017年の1月号にあった。

こんなに歪んだ位置にいる自分とふるさと、実家、親子。よそ者の味わう苦さ酸っぱさを誰も知らない。

同じ詩集を送りつけてきたのは昔の恋人だ。以前に私に贈ったことさえ記憶にないのだろう。思い切りパラフィンを割いてやった。

「ふるさと迷路」 シンタニ優子  水甕2017年1月号掲載 

滑走路に着陸したる衝撃に突き上げらるる帰国と来日
入口は「外国人」だと指を差す入国管理人は早口中国人
埴輪のやうにきっと私は眠るだらう高速バスの排気は青し
桐の花薄紫に遠く浮く若き日のあやまちふとよぎるとは
時を経て君より送られし詩集あり同じ詩集を二冊並ぶる
瘡蓋を剥がすごとくに背表紙の弛みに爪入れパラフィン紙裂く
今一度遥けき人を訪へば枯れ田に老婆は一人芋掘る
アドバルーンの消へて久しきデパートのマネキン人形も顔を失くして
ジェンダーの壁いよよ薄まりて婦人服売り場をマップに探す
かき揚げの叩き売らるる掛け声の列に並びて脂もの買ふ
古伊万里の欠けたる皿に天ぷらを並ぶる母の荒るる指先
断ち難きこと濾過するやうに出汁は澄み梅型人参椀に咲かせる
ゆで卵剥けば今朝がた誤ちてぐしやりと踏みし蝸牛思ふ
潔き女と思われますやうに 三角コーナーへ棄つる皮皮
朽つちるまで私はわたしであれば佳し 梅干しの種のあふとつ暗し
バラの花の水切りしつつ母は聞く母の子の子は何語を話すと
齟齬多き日のあり実家といふ処めざしの頭(づ)から喰らひし我れも
あと幾度白む桜を見送らむ土に還るは四月の心臓
アレッポより届きし石鹸見せらるる日本は豊かと友は言ひたり
棘を持つブーゲンビリアの花咲ける真珠湾抱くハワイへと帰る