神の加護と幸せ【ヒプノセラピー体験談】
★平和な村
――海の香りはするけど、近くはなさそう。
私はガケの上に立っていました。
素足にサンダル、
脚絆のようなもの、
そしてマント。
いかにも「RPG風冒険者」
のようないでたちですが、
武器はありません。
せいぜい小さなナイフひとつ。
自分が男なのは分かりますが、
この景色にも今の状態にも、
何の感慨もわきません。
なぜ私はここにいるのでしょう?
そこで「幸せ」な場面に行ってみました。
今度の私はとても小さい男の子です。
4~5歳くらいでしょうか、
近所の子たちと元気に遊んでいます。
サイズが合ってないのかガボガボの、
ワンピースのような服を着て、
浅黒い肌をしています。
どうやら中東のどこかの村のようです。
貧しい村でしたが、
「貧しい」とは感じていませんでした。
きっと、皆同じような
暮らしだからでしょう。
乾いた、平和な村。
暖かい土地なので
建物の入り口に戸板はありません。
泥棒だって来ません。
穏やかで、助け合っている
平和な土地でした。
母は妹をおぶって家事をしています。
「外で遊んでおいで」と言っています。
父は仕事。
特別な感情がわかないので、
家族やこの辺りの人とは
今世で知り合っていなそうです。
ただただ、幸せでした。
遊んでいる子どもを
咎める大人なんていません。
皆、笑って見ています。
確かに、幸せでした。
私の名前は、ハンと言いました。
★改宗
重要な場面に行ってみました。
私は10代の少年になっています。
村になにやら派手な一団がやってきました。
五色の飾りのついた服を着た彼らは、
何かが書かれた紙を持って、
居丈高に言い放ちました。
「お前たちも、神の加護を受けよ」と。
意味が分かりませんでした。
私たちの村にも
神に感謝する祭りはあるのに、
彼らは何を言っているのでしょう?
どうやら、彼らは
改宗(信仰を変えること)を
迫っているのでした。
彼らは私たちの信じる
自然の神を邪教といい、
自分たちの神こそが
唯一神だと言いました。
もちろん、村の皆は納得できません。
すると今度は、
脅しにかかってきたのです。
改宗せねば、村は孤立するぞ、と。
――ほかの村、町はどんどん改宗し、幸せに豊かに暮らしている。そうなっていけば我々からも支援ができる。今のままでは村は終わるぞ――。
彼らは何度もこう言いました。
「我々の神は素晴らしい。
唯一無二の神だ。
崇めて信じれば、
すべてのひとが幸せになれる」
私は尋ねました。
「本当? おじさんたちは、幸せなの?」
彼らは私を見ると
馬鹿にしたように笑いました。
「本当だとも。
こんなところに暮らしてる坊やには
分からないだろうがね」
村の中に異質な教会が建ちました。
屋根の十字の飾りがギラついています。
昔からある村の祭りは廃止され、
子どもは泣き、
大人は歯をかみしめました。
それでも、村は平和ではありました。
私は長いこと気になっていました。
彼らの言う「神」とは、
どんなものなのか。
私たちと違う「幸せな生活」
とはどんなものなのか。
家族には反対されましたが、
私は自分の興味を抑えきれず、
旅に出ることにしました。
マントを身に着け、
親に不徳を詫び、
妹に父母を頼みました。
歳は10代後半になっていました。
村を出てしばらく歩きました。
ガケの上から見ていると、
荷車を牛に牽かせた
おじさんがやってきました。
銀貨一枚で町まで
乗せてもらうことができました。
道行き、いろいろな話をしました。
「おじさんの村は、十字かい?」
「ああ、そうだな」
「じゃあ、幸せ?」
「幸せなもんか。
だったらこんな大変な仕事なんぞ、
してねーよ」
「ねえ、そんなにその神って
いいもんなの?」
「さあ、おれにはさっぱり
分かんねえ。
皆がいいって言うんだから、
いいもんなんだろ」
「…ふうん…」
★神の加護と幸せ
町へつきました。(Bなんとか、という町)
確かに話に聞いていた通り、
町はきらびやかだし、
市には活気があります。
だけど少し目を転じると、
そこここに陰のある人々が
うずくまっていました。
物乞い。浮浪者。孤児。
それらを顧みもしない人々は、
私たちの村のように
笑顔でもありませんでした。
私は違和感をおぼえました。
「み、水……」
ボロボロの老人が
手を震わせていました。
「おじいさん! 大丈夫!?
ちょっと待ってて!」
私は急いで水を探しました。
なぜ、ほかの誰も助けないのでしょう?
探しに探しても
どこにも井戸ひとつありません。
私は小さな川まで走って、
自分の帽子に水を汲み
慌ててもどりました。
戻ってくると、
老人は息絶えていました。
それすら、誰も気にしないのでした。
うつろな目をした人々が、
町の隅に大勢座っています。
その前を通りすぎるのに
申し訳なさを感じるくらいに。
「お兄ちゃん、どこからきたの?」
人懐っこい子が話しかけてきました。
可愛い、いい子です。
そんな子がいることに
ホッとしながら会話をしていると、
音がしました。
猛烈な勢いで走る馬車が、
突っ込んできたのです。
「危ない!」
男の子を思い切り引っ張りましたが、
少し馬車と接触してしまいました。
「大丈夫か!?」
馬車が止まらないことが
信じられませんでした。
手当してくれる場所を探し、
子どもを抱きかかえて走りました。
誰もが無関心です。
ようやく「その子の家ならあっちだ」
との声をもらい、
送り届けることができました。
幸い、大したことはなく、
家人にも感謝されました。
私は教会へ行ってみました。
「おれは別な村から来たけど、入れますか」
そう尋ねると、
入り口の人は親切に応じてくれました。
「ええ、教会はどなたでも入れます」
安心して足を踏み入れると、
そこに先ほどの馬車に
乗っていた男がいました。
私は、話しかけたくなりました。
「あなたはさっき、
子どもを跳ねましたね?
悪いとは思わないのですか?
なぜ助けなかったのですか?」
「なんだお前は。
私は急用があったのだ。
子どもなんぞ知らん」
そう言いながら、
男は多額のお布施を
しているようでした。
協会の人間がへりくだっています。
「これはこれは○○さま。
いつもありがとうございます」
「なんの、これも
神の加護のためですからね。
今後ともよろしくお願いします」
私は嫌な印象を感じました。
「そのお金のほんの一部でも、
ケガした子どものために
使ったらどうです?」
「何を言うか。これは私の金だ!」
「神には渡すのに?」
「それは、こうすると
神の加護が得られるからだ」
「神って、どこにいるんですか?」
「この……不敬者!!」
怒って掴みかかろうとした男を、
教会の人間がなだめます。
「まあまあ……。
君、君はここの町の者でないから
分からないのも無理はないが、
神はこうやって自分を慕う者を
必ず幸せにしてくださるのだよ」
「では、自分を慕わない者や、
そもそも知らない者はどうなのです?」
「それは仕方ないですね。
神の加護は届かないでしょう」
「あなたがたの神は、あっちはダメ、
こっちはイイとえり好みするのですか?
私たちの神は、すべての者を愛し
祝福してくれますが」
「……それはあなたの神がおかしいのです!
この邪教徒が!」
吐き捨てるように言われ、
私はそこを後にしました。
こんな小さな教会ではなく、
もっと大きな所に行こうと思いながら。
町の中心の大きな教会では、
何かの演説が行われていました。
にぎわっています。
私がそこに並ぼうとすると、
近くの人々は避けるかのように
身を離しました。
「神はすべてをお救いくださいます。
信じれば幸せになれるのです」
そんな聖職者の言葉に、
観衆は湧いていました。
私は尋ねたくなりました。
「質問をいいですか」
「はいどうぞ」
答えた言葉と裏腹に、
その顔が曇ったのに私は気づきました。
「神はどこにおられるのですか?」
「天です。天で我らを
見ておられるのです」
「神は、信じる者を幸せに
してくれるのですか?」
「そうです」
「では、教会へ向かう馬車に
轢かれた子は?」
周囲がざわめきました。
「……何を言いたいのです?」
「道端で水も飲めずに
亡くなっていく人は幸せですか?
空腹で今にも死にそうな人は?」
「それは、その人たちが
神を信じていないからです」
「我々の村は、あなた方の神を
信じていませんでしたが、
皆幸せでしたよ」
周りがしん、としました。
「怪我や病気の者は皆で世話をし、
転んだ者は助け起こしました。
のどが渇き食べ物がない者には、
皆で分け合いました」
「それは……あなた達とここの町は
常識が違う!
あなたは蛮族だから!」
「あなた方の神は、
違う考え方の者をどうするのですか?」
「間違った、悪い考え方の者たちは
滅ぼします。それが神です。
神は悪魔と戦うのです。
神は常に正しい」
「あなた方の神は天にいるのですか?
私たちの神はすべてのモノの中にいます。
天も地も、石も草も水も、私にも、
それを知らず信じていない者の中にも。
そしてそのすべてを愛し、
幸せを願ってくれます」
「ええい、黙れ!
あいつを捕らえろ!
悪魔の手先だ!
野蛮な邪教の民め!!!!」
私は捕らえられました。
見ていた人たちは
恐ろしかったことでしょう。
邪教は悪なので、殺されます。
でも、私は知っていました。
体の死は、魂の死ではないこと。
魂は永遠なこと。
そこに、信じるとか信じないとかは
まったく関係ないことも。
そうです。
私は、彼らよりちょっとだけ、
知っていたのです。
だから、何も怖くはありませんでした。
ただひとつ、
村で自分を待っている家族に、
先に死ぬことを申し訳なく思いました。
★死後
私……ハンさんは死にました。
どうやってかは、
よく覚えていません。
気づけば木でできた建物にいて、
扉を開けるとそこには
雲の世界がありました。
「ああ……なんと美しい…」
「今の私」は
ハンさんと分かれて、
彼に挨拶しました。
ずっと見ていたこと。
自分もあなたとまったく同じ
感覚だということ。
彼は微笑みました。
「そうですか。それは嬉しい」
彼には何の言葉も癒しも
必要ありませんでした。
自分の人生の中で、
傷ついたことはありませんでした。
恐怖も後悔もありませんでした。
ただ、あるがままに生きて、
自然に死にました。
天界にいるのに、
さらに高い空の上から、
鮮やかな光が差し込んできます。
まるで神様のような光。
私には正体がわかりました。
その光は、
ハンさんを招いていました。
「おいで」と誘われるままに、
ハンさんは宙に浮きました。
彼はもう、神に等しいのです。
一体化して、
幸せのためにその命を
使っていくのでしょう。
別れ際、振り返って
ハンさんは言いました。
「自由に、思い切り生きるんだ」
その後、ガイドさんから聞いたこと。
これとは別に、思いだしたこと。
以前にガイドさんたちに教えてもらったことです。
ついでなので書いておきます。
大事な感性。
きっとこれを読んでいるあなたにもおありでしょう。
これからも大切にしていきたいですね。