見出し画像

まるで蝉丸のようだった

産院から帰ってきてから娘はずっと、頭を右下にして寝ている。

そのせいで、彼女の頭は右だけがべこんと平らになっている。

「首が座っていない赤ちゃんは、左右どっちかを下にして寝るんだよ」

産院の先生はそう言っていた。

長男もそうだった。いつもどちらか片方を下にして寝ているから

頭の形がいびつになって、とても心配したのを覚えている。

けれど、1歳を過ぎ歩くようになるころには、頭の形も整っていた。

なので、娘の頭もいずれ治るだろうとは思っている。

**

とはいえ、べこんとなった頭をみるにつけ、やはり気の毒に見えた。

右頭の下にタオルを敷いたり、体ごと左に向けさせた。

けれど、やはり右向きが好きなのだろう、気づけばいつも右に向いていた。

義父母も可愛い孫を心配して

「ミイちゃん、こっち!」

と言って、何度も頭を左に向けさせようとしたが

娘は「いやっ!」というように、右に向いてしまうのだ。

**

生後2か月を過ぎたころから、少しずつ首もしっかりしてきた。

そんなある日のこと。

静かだったので、娘の寝ている部屋をのぞいてみた。

いつもは右を向いているため、顔が見えるのだが

その日は違った。娘の頭頂部が見えた。

左を向いている!

どうやら、自分の意志で頭を左に向けて眠っていたようだ。

その後ろ姿に見覚えがあった。

百人一首の蝉丸だ。

**

小学校の時、母にせがんで買ってもらった百人一首の札。

母はきっと、私が百人一首を覚えることを期待したのだろうが

残念ながらそうはいかなかった。

いつも坊主めくりばかりして遊んでいたのだ。

「姫」や「殿」の衣装がとても色鮮やかで

見ているだけでも楽しかった。

その中でも「蝉丸」は特別だった。

私が買ってもらった百人一首の「蝉丸」は

ただひとりだけ、向こうを向いていた。

頭頂部をさらした姿は、寂しい感じがしながら

どこか達観して見え、子供ながらに印象深かった。


こんなところで「蝉丸」に会うなんて…。

左向きに眠っている娘に「よしよし、その調子」とささやきながら

頭の形がちゃんと治りますように、と願った。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?