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Sサイズのキミ

ばこっ また落ちた。

スリッパと言うものが私はどうも苦手だ。実家は絨毯だったので、スリッパは必要なかったのだが、嫁いだ家はフローリングだった。

最初に履いたのが、「誰も履いてないから」と言われて渡された赤いスリッパ。平地ではなんとか履きこなせるのだが、問題は階段だった。

上がるたびに、とまではいかないものの、とても高い頻度でスリッパは私の足から外れた。なんどこけそうになったかわからない。

子どもを産んでからは、「スリッパは危ない」と危機感を持つようになった。赤ちゃんを抱っこして、パカパカのスリッパを履いた状態で階段を上り下りするなんて、恐怖でしかない。

そこで買ったのが、園児や小学生が内履きとして履いているズックだ。これなら脱げる心配もない。長男が生まれてから、3年くらいは履いていた。

ただ、ズックは脱ぎ履きが面倒だ。手が塞がっていると、つぶして履くなんてしょっちゅうだった。すると、かかとがどんどん傷んでくる。1年に1回くらいのペースで買い替えた。

また、ズックの裏って汚れやすい。なにかを踏んでしまうと、もろにゴムの隙間に汚れが挟まる。洗うのもなかなか大変なのだ。

そんなとき、出会ったのがこれ。

NHKのサラメシで見た。もう、ひとめぼれだった。まず、デザインが良い。こざっぱりとして、お洒落だ。かかとをつぶしても、立てても履けるというのが何より良い。

ネットで探すとAmazonや楽天で色々出てきたのだが、サイズがS、M、Lとある。私の足のサイズからいってSなのだが、できることなら試し履きしたい。

製造している阿部産業のHPを見ると、取り扱っている店もあるという。ありがたいことに、私の地元でも1件だけ、取り扱い店舗があった。

その店は、家から車で40分くらいの山間にある温泉地にあった。昼間は雑貨、夜は地ビールを提供しているお店だった。

まずはお店に問い合わせてみることにした。電話に出たのは、物腰のやわらかい男性だった。

サイズを確認すると、S~Lまで揃っているとのこと。さっそく見に行くことにしたのだが、土日は営業していないという。

「でも、今週は店開けてるんですよ。開店1周年だから。」

「そうなんですか、おめでとうございます。」

会ったこともないのに、電話口から聞こえる優しい物言いの店主に、なぜか親近感がわいた。私まで嬉しくなって、お祝いの言葉が出た。

「多分、お昼ごろから開けると思うので。」

気ままなお店なのだろうと想像した。

年明けの、寒い日だった。

お店に行くと、1周年記念らしく、常連のお客さんがたくさんいた。みんなビールを飲んでいる。

「ビール、どうですか?」と、陽気な男性に声をかけられたのだが、私が不審な顔をすると「あ、ビールじゃないのかな。雑貨の方?」と機転を利かせてくれた。

「僕、店主じゃないので。おーい、店主!」奥から、店主らしき男性が出てきた。

「あの、お電話した・・・。」

「バブーシュですね?」

さっそく、バブーシュを見せてもらった。お店でもお客さん用に使っているらしい。

「SとMを見せてもらえますか?」

店主は棚からバブーシュを出している。そのわきで、女性陣がビールを飲んで楽しそうに会話をしていた。

「うちにもあるわよ、それ。ここで履いてて気に入ったんよね。私はM買ったよ。」

店主に渡されて、SとMを履いてみる。やっぱり、私の足にはSがぴったりだった。

「M買って、洗って縮むの待ってもいいけど、Sでぴったりそうですね。」

Sを購入することにした。

「ありがとうございます。」

店の熱気に押されて、そそくさと店を出た。なんだか場違いだったかも、と思いながら、常連さんたちの陽気さと、電話通りの店主の柔らかさに触れて、あたたかい気持ちになっていた。

現在、バブーシュはターコイズブルーとカーディナルレッドの2足を持っている。洗い替えに、1足はネットで購入した。

Sサイズのそれは私の足にぴったりで、脱げることなく快適に履けている。

あの店で試し履きすることができて、本当に良かった。

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