悲しきASIAN BOYと私
私がthe yellow monkeyを初めて認識した曲は「悲しきASIAN BOY」でした。
中学生の頃、深夜の音楽番組でちらっとMVが流れて
なんだこれは!?
と思って調べたのを覚えている。
調べると言っても、今のようにインターネットもスマホも無い時代、中学生のやれる事はカウントダウンTVやJAPANcountdownなど当時はちょいちょいあった深夜の音楽番組をくまなく見て探すくらいのものでしたが…
当時中学生の私に何が刺さったのか?
音楽的要素もそうだけど、やっぱビジュアルだと思う。
ロックバンドのボーカルと言えば長髪だったり、センターわけだったり、マッシュだったりが多かった中、このバンドのボーカルは短髪だった!!坊主の伸びかけ的な。(あとで分かるんだけど、実際CDジャケットは坊主だった)
思春期真っ只中、ロン毛に憧れる中学生の私には逆に超新鮮で衝撃的でした。MVのチェック柄の床(語彙力なくてすいません)も凄くかっこよく見えて、一瞬で心を奪われました。
その後、コンセプトアルバムの存在や歌詞の内容にもやられて、まるで小説を読むような音楽にどっぷりとハマりました。
そして時が流れ、私はすっかり大人。
ふとした時に自分と誰かを比べて優劣をつけたり、不安になったりする。
そんな時は悲しきASIANBOYに励ましてもらっている。
POPな曲調と「強い弱さに縛られる」と言う歌詞が逆説的に背中を押してくれる気がするからだ。
また、吉井さんのヴィジュアルにも励ましてもらっている。あの当時、ロックバンドで坊主に出来ちゃうのはすごいと思う。
バンドの見せ方や楽曲との相性など計算されたものもあるのだろうけど、やっぱり自分たちへの自信が無ければ出来ないんじゃないかな?と思う。
他者と同じでは埋もれる、他者との違いを生む、違いに自信を持つ。
自信がある発言と弱々しい発言、支持されるのは前者だろう。支持されるからには責任が伴うが、それすら楽しめるようにしたい。
悲しきASIAN BOYで学んだ事を仕事でもプライベートでも活かしたいと思う。